1-10.バック・イン・ザ・M.G.R.T.R.
『上手くいきましたね。超音速による低空飛行。衝撃波と共に手加減抜きのエンジン音が直撃ですよ。彼らには文字通り魔法でしょう』
そんなアルファの賞賛を、しかしカナタには受け取る暇がなかった。
「ノーマッドさん!? ねえ落ちてる! 落ちてるってこれ! ちょいちょいちょいちょいっ! これ落ちてるよね!? 落ちてるよ!? 落ちてるってば!」
むべなるかな、両腕で抱えられている、いわゆるお姫様抱っこ状態で少女は絶叫していたのだ。
つい先ほど城壁を脱した時にあったジェットパックの浮遊感は完全に消失。一番高い建物から見てさえおよそ数十メートルはあるだろうという空中で、だ。
エクセアスーツは当然のごとく重力に引かれ、成す術もなくグイグイと地表が近づいた。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ! 上昇、早く上昇っ! はやっ、じょうっ……しっ! 死ぃいいっ!?」
声にならない悲鳴。次の瞬間には地面なり建物なりにぶつかって旅が終わる。目を瞑ったカナタが特に信仰していない神様に祈った、直後だった。
「ひっ!?」
スラスターへと再点火。二人分の重量を宙に押し上げると、誰の家ともわからない平たい屋上にゆるり降り立つ。
「落ち着け、落ち着け。ほれ、もう着いたぞ。……おい、平気か?」
「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……! ッ……はぁーっ!」
地上に立てたのはいいとして、カナタは内股になった両膝をガクつかせる。どうにか倒れないよう無我夢中で宇宙飛行士にしがみついていた。
要するに腰を抜かす一歩手前、いや半歩手前である。
「あ、あたっ……! あたっ、頭!」
「頭?」
ぶつけたのだろうか。そうならないよう着地して降ろしたはずだが。
ノーマッドが首を傾げていると、
「頭っ、いっぱい……っ、にっ! 思い出……っ! あふっ、溢れてきて……っ! おじいちゃん、が! 手、向こうでふっ、振ってぇ……!」
息も絶え絶えに上擦った声で絞り出した。
「孫想いだな」
『立派なおじい様です。ご冥福を』
連なって応じる二人。
「ご存命ですけどね……ッ!」
『では思い込みですよ』
絞り出した一言があっさり返される。どうも仲間に加わると決めた先から、遠慮は無用とばかりに扱いが雑になっている気がした。
それもそれで決して不快ではないのだが。
「だいたい……っ! なんっ、なんで途中っ! 紐、バン……っ、飛ぶ……! 最後ッ、でぇ……っ!」
「なんて?」
『なんで途中で紐無しバンジージャンプになった、飛ぶなら最後まで飛べ、と』
アルファの翻訳に、カナタは力強く何度も頷いた。
「ショートカットは必要だろ。慣性つけて自由落下した方が素早く移動できる。接地前に吹かせば勢いは相殺できるわけだし、現に上手くいったぞ?」
「そ、それなら――っ!?」
それならそれで事前に説明してくれてもいいだろう。
言い募ろうとノーマッドを見上げた少女は、だが飛び込んできた光景に目を見開いた。
「後ろッ!」
足の震えなど一気にかき消された。カナタが叫ぶ。
言葉を用いない全身甲冑の騎士。薄汚れた王宮にあって唯一、蔑視や嘲笑と無縁のまま純然たる武力であり続けた人物。
その騎士がノーマッドの背後にいきなり現れ、今まさに両断せんと長剣を振り上げていた。
「――!」
「うわっ!?」
ノーマッドは振り向かず、代わりにスラスターを起動。判断には僅かなためらいもない。急加速でカナタを捕まえると数メートル先を駆けた。ジェットパック停止と共に右踵部からアンカーを展開、それを支点に反転しつつ制動をかける。
一連の動きに獲物を逃した剣先は、振り下ろされた姿勢のまま微動だにしない。しかしどういう技量を備えたら実現できるのだろう。
切っ先からほぼ一メートル。刃が当たっていないはずの屋上に、深々とした切れ込みを刻むなど。
「そこにいろ! なんかやばそうだな、こいつ……! どっから来やがった……!」
ノーマッドが言い終わるかどうかで騎士が踏み込んだ。身をよじって真正面から斬り上げてくる刃を避けた矢先、上方からの振り下ろしに転じた返しのひと太刀へと、エクセアスーツの左腕を突き出した。
スーツのちょうど手首、外側にあたる部分からブレードが飛び出す。刃渡り30センチ弱。瞬時に伸びきると同時に超振動を始めてほのかな赤色へと発光する、熱伝達振動ブレード。戦闘用よりむしろ非常ツールとしての趣が強い刀身が、騎士の長剣を受け止めた。
いいや、それとも逆だったか。
「なんだァ!?」
驚嘆するノーマッドは鍔迫り合う刃を強引に押しのけた。着用者の膂力より、エクセアスーツが備える強化外骨格としての筋力サポートだ。
跳び下がった騎士に青い光弾を放つ。着地点を狙った素早い二点射。完璧なタイミング、回避は不可能のはずだった。
「――ッ」
黙したまま騎士が凄絶な気迫を放つ。
直後、十文字に閃いた長剣の軌跡はノーマッドにも見えなかった。わかったのは発射したプラズマの弾丸はどうやらその剛剣によってはじかれ、虚しく爆ぜたらしいということだけ。
「冗談だろ……!」
うろたえながらも体が行動しているのだから、やはりノーマッドとて非凡な戦士だ。彼は小銃の側面にあるセレクターレバーを指先ではじき、発射モードを切り替えた。
単発でなく全自動射撃。トリガーを引いている限り、失弾までプラズマを高速連射する。
ノーマッドが即座に一連射を撃ち込んだ。光弾が無数にきらめき、そのいずれもを紙一重の差で騎士はかいくぐる。
射手は確かに非凡。されど相対する側は人外の域か。剣技といい反応速度といい、完全に人の上限を外れている。たとえ魔法とやらの作用があったとしてもだ。
『ノーマッド、状況は?』
「交戦中だ! こいつだけ別格だぞ!」
弾幕をすり抜け肉薄する騎士と斬り結び、隙を突いて銃撃を加えては避けられる。一進一退の攻防の最中、アルファに怒号を放っていた。
『別格とは?』
「一人だけ真面目に超人剣士してやがる!」
バースト射撃を数セット。距離が離れたところで荒い呼吸と共に続ける。
「銃口初速マッハ5のプラズマカービンを軽く見切って、戦艦級の外装も切れる熱伝振動と鍔迫り合いしてくる騎士様だ……! いったいどういう動体視力でどういう剣なんだろうな……!」
軽口というよりほとんど八つ当たりだ。アルファはこういう時の対処をよく心得ていた。むろん彼女なりの物言いで、だが。
『非常に的確な状況報告、ありがとうございます。離脱は困難ですね。プラン変更、この際ですから仕方ありません。ミグラテールを向かわせます。カナタを抱えて上昇、空中で拾いましょう』
「そりゃありがたい……!」
騎士が再び迫った。今度はジグザグの軌道で狙いをつけさせない。
この世界の遠距離武器といえば弓やクロスボウがせいぜいだろうに、この騎士はすでに銃を理解し弱点を分析、さらには対抗策まで実践してきた。
「白兵は趣味じゃねえってのに!」
牽制に数発撃ちつつブレードを構える。ノーマッドは互いの間合いをはかり、騎士の斬撃に合わせ左腕を一閃させ――騎士が消えた。
「!?」
軽業や剣技の類ではない。ノーマッドが見ている目の前で、まさに刃を繰り出そうとした姿のまま騎士は文字通り消失したのだ。
さながら、あの怪物は幻の類で、自分はたったいま夢より覚めたのではないかと疑うほど。
だが違う。物言わぬ騎士は実在しており、それはどういうわけかノーマッドの背後へ移動していた。現れた時と同様、何の前触れもなく無造作に。
なぜそんな位置に? ――気付いたノーマッドが振り向いた時、すでに長剣は振るわれ刃が迫る瞬間である。冷ややかに風を切る刀身へ、彼は死神の姿を重ねた。
刹那。
「――エンチャントッ、リフレクションッ!」
騎士と宇宙飛行士。常人が割って入れぬ戦いを繰り広げていた両者の間へ、しかし臆しもせずに飛び込んだ人影が、気合いと共に魔法を唱える。
その少女は王たちのみならず、きっと自分でも肩書きだけの勇者に甘んじていた。
「カナタ!?」
愕然とするノーマッドの前で、彼女は逆手に構えた短剣にて騎士を迎え打つ。
この世界に来て買ったというなんの変哲もない武器だ。エクセアスーツのブレードすら受け止める長剣に耐えられるはずがない。
しかし打ち合った途端、短剣はやはり呆気なく砕け散り、次いで騎士がまるで巨獣にでも跳ねられたがごとく吹き飛んだ。
「……!」
屋上を滑り城下町の底へと転がり落ちる最中、騎士はあるかなきかの驚愕を発した。少なくともカナタにはそう思えた。
「ノーマッドさん! 無事!?」
「は!? あ、ああ! お前は!?」
「なんとか……うっ」
足下がふらつく。糸が切れたように倒れるカナタを、ノーマッドがなんとか受け止めた。ほとんど柄だけになった短剣が音を立て転がる。
「今どうやった!? 斬られたのか!?」
「はぁーっ、はぁーっ……い、いえ……たぶん、魔法の反動。物理反射の付与魔法……せ、成功した」
額いっぱいに汗をにじませ、前髪を貼りつかせて。酸欠よろしく喘ぎながらカナタは言った。
街を出る前に練習していた魔法のひとつ、反射の付与術式。武器や防具へ一時的に物理ダメージを反転させる術をほどこす、と説明されたものの、実際はダメージというより運動エネルギーそのものだ。
相手の力をそのまま相手に打ち返す。強敵ほど効果はあるし、理論上は弓や銃弾、魔王を討った宇宙空間からの狙撃でさえも反射させられる。もっとも、あの砲撃ほどの質量が迫れば接触前に身が燃え尽きるだろうが。
「死んだかと思ったぞ……! そんな切り札隠してたのか!」
「や、別に……はぁーっ、はぁーっ、隠してた、っていうか……。使う機会、なくて。私の術じゃ、一回の反射で武器壊れちゃうし……ゴブリンみたいな、集団は……はぁーっ、んくっ……使いどころ、なくて……」
おまけに消耗が激しい。付与だけならともかく発動の際にも体力が削がれるようだ。ごっそりと奪われ指一本を動かすのすら難しい。
「無茶しやがる……! でも助かった、さあ行こう。よくあいつの動きが見えたな」
「見えて、ませんよ……」
また抱えられながら、幾分か呼吸の落ち着いた少女は言う。
「わかんない……けど。なんか、感じて……」
「感じる?」
「あいつの、動き……。瞬間移動、みたいだけど……制限がわかった、っていうか……自分に見えてる範囲にしか飛べない、感じで。そしたら次に、なんとなく……考え、読めたんです。正面で、注意引いて……斬る瞬間、に、真後ろへ……移る」
自身の腕の中でか細い声を発するカナタに、内心ノーマッドは戦慄していた。
彼女はなんとなくという曖昧な感覚で語っているが、読みはどれも正しいように思える。しかしどういう分析能力なのだろう。敵の能力、戦術をたちどころに看破し完璧なカウンターを成功させてしまうというのは。
出会った頃、カナタは確かにこの世界に来て特殊能力を得たと言った。術理複製、テックコピー。構造を理解できた技術を瞬時に取り込み、自分のものにしてしまうという。魔法の上達はこの能力があればこそだと本人が述べた。
声なき騎士を看破してみせたのは、果たしてその術理複製なのだろうか。――いや、だとしたら違和感がある。宇宙進出したテクノロジーとはまるで異なる分野のため、絶対とは言い切れないが。
カナタの中では、彼女自身も知らない何かが芽吹いているのではないか。
「やっぱり大したもんだよ、お前は。――アルファ、いいか」
『いつでもどうぞ』
考えるのはあとだ。あの騎士が戻らないうちに退散した方がいい。
「了解。……しっかり掴まってろよ、カナタ。また飛ぶからな」
「おっけ、です……あ、でも」
「なんだ?」
弱々しくカナタが微笑んだ。
「次、紐無しバンジーは……勘弁して」
「楽しかったろ?」
「シャクですけど……喉元すぎれば、ね」
「その意気だ。飛ぶぞ」
ジェットパックに点火。同じタイミングでノーマッドが地を蹴った。ほぼ垂直に上昇してゆく二人に合わせてミグラテールが飛来する。白い外装を露わにして。
姿を晒すのは仕方ない。地表十数メートル。透明化していては合流の難易度が上がってしまう。
エクセアスーツのセンサーは愛機がステルスモードでも探知可能だが、やはり肉眼で確認できるか否かは心理的にも差があるものだ。ましてやこの高さ、ジェットパックの限界高度に近い上、もし乗り損なえば再チャレンジも難しい。
どうせ辺りは夜なのだ。静音装置も起動させた宇宙船は、そこまで人目を引かないはず。そんな判断を情報生命体が下したのだろう。
『捉えました。到着まで5秒』
「任せる。まったく散々な――っ!?」
騎士が現れた。ノーマッドたちの、すぐ眼前に。
カナタの言うように瞬間移動能力があっても飛行能力まではないはず。中身だけならともかく鎧をまといながら空を飛べるとは思えないし、ならば墜落死の危険を無視してまで追撃してこないだろうと。
タカを括っていたノーマッドの直上より、やつは出現して剣を振るった。
『ノーマッド!』
日頃からは考えられないアルファの怒号が、宇宙飛行士の防衛本能を呼び覚ました。
間一髪、斬られる寸前に防御シールドを展開。騎士の放った斬撃はエネルギー壁が防ぐものの、衝撃によりベクトルを狂わされる。
「ちくしょッ!」
ジェットパックの残量は限界ギリギリ。体勢を立て直そうにも推力が足りない。
錐もみ状態に陥る視界の片隅へ、一矢報いたと言わんばかりに落下してゆく騎士の姿が映った。
「やばいぞ! アルファ!」
『間に合いません……!』
それでもやらないよりはマシだと姿勢制御を行なっていたスラスターが、アルファの報告と同時に勢いを無くす。再チャージは間に合わない。どうやっても先に地表へぶつかる。
せめてあと一秒。一秒でも空中に留まれたら――!
「っ……! 女は、胆力っ!」
「カナタ!?」
「掴まって!」
少女が力を振り絞った。ちょうど正面からノーマッドに抱きつくような形で、だが両腕はまっすぐに迫りくる地上で伸ばしている。
すでに底をついている体力の樽の、僅かに残っていた一滴が手のひらに収束した。
「ウィンド……ッ、ブラストッ!」
かざした両の手のひらより突風が生じる。地に足をつけようやく耐えられる反動は、華奢な少女のみならず彼女を守り続けた男でさえも宙に留まらせた。
ほんの一瞬を作り出すだけの、カナタの意地。
この意地が、二人と白い巨鳥とを繋ぎとめる。
「アルファ、迷彩起動! 出せ!」
キャノピー閉鎖。コックピットに潜り込むなり発せられたノーマッドの指示を、情報生命体はすぐさま実行へと移した。
王都を飛び去るミグラテールの機内へ、どうにか座席に着かせたカナタの荒い息が満ちる。
「はぁー……っ、う、く……っ! はぁ……っ、はぁ……っ」
「おいしっかりしろ、カナタ! お前のおかげだぞ、逃げおおせたからな!」
「む、くぅ……っ、ふぅーっ、んっ……へへっ……やって、やりました……よ」
淡い微笑を浮かべる少女の面差しは、異常なほどの蒼白で血の気がない。
「待ってろよ、すぐ医療キットを……!」
「だい、じょぶです……水、もらえます?」
「もちろんだ。ああ、もちろんだとも」
コックピットから収納スペースに移ったノーマッドは、待つほどもなく戻ってきた。両手に飲料水のボトルと緊急医療ツールの収まった小型ケースを携えて。
『点滴は待って、先に着陸させます。あの森でいいですね?』
「任せる」
先んじて処置を制止したアルファに頷きつつ、ノーマッドは慎重に少女の唇へボトルをあてがった。
一口、二口、ゆっくりと飲み下す。やがてボトルが離れる頃、それでもずいぶん顔色を取り戻していたのだからノーマッドたちの安堵は言うまでもない。
「カナタ、ひと休みしたら母艦に向かうからな。そしたら、しばらくゆっくり休め。あんな連中とはこれでおさらばだ。お前自身が、あいつらに思い知らせてやったんだよ」
「ん、へへ……ざまあみろ、です」
笑いながら彼女がそっと突き出した拳に、男もまたそっと拳をぶつける。そうして自分の席へと向かいかけた矢先、
「あの……ノーマッドさん、アルファさんも……」
カナタが小さく呼び止めた。
「どうした?」
「いえ、ちょっと……ひとつだけ、ワガママ言ってもいいですか……?」
眼鏡越しの瞳は弱りきっていながら、まだ消え去っていない意地を秘めてノーマッドを見つめる。一度でいいからあの国王をぶん殴ってやらなきゃ気が済まない。
カナタの眼差しは確かにそう訴えていて、だからノーマッドはきっと面白そうに笑ったのだ。




