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空先カナタの異世界宇宙探検記  作者: 木山京


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7/12

1-7.ノーマッドのケンカ大作戦

「これはこれは、勇者殿」


 衛兵と側近を含めても20人前後が控える、玉座の間。家臣団が詰めかけるであろう有事ならともかく、平時であると人数に対して面積が広すぎ、威光ばかり空回りする伽藍堂に感じられた。

 響き渡った第一声はまさにそんな権力の頂点。仰々しい椅子に落ち着き、来客を形だけの礼節で睥睨する王の肉声だ。

 しかし、どういうわけだろう。


「なんとも早いご帰還ですな。どうもお一人で出て行かれたようで。万が一のことがないかと案じていたのですが……そちらは?」

「友達です」


 ノーマッドを示す王へ、カナタはきっぱり告げる。欠片の震えすらない芯のある声だった。


「助けてもらいました。旅の騎士で名前は……」

「ノーマッド。……おい、やばいぞ。聞いてた十倍は殴りたい顔だ」


 じろり、と。王の眼差しが鋼鉄風のスーツを着た男を値踏みするように眺め、それからだ。


「感心しませんな、カナタ殿。名のある騎士は、いずれもこの耳に入っておる。そのような者はここにいる誰もが記憶にない。氏素性のわからぬ余所者を軽々に引き入れるなど、勇者としての沽券に関わりましょうぞ。そんなことならば最初から我らを……」


 王は話し続けた。いや、語り続けたというべきか。地位と年齢とを武器に、自身の主観のみを論理とする言い分を、これこそ絶対的な常識なのだと師になりすまして少女へ語った。

 この男の、こういう口調をカナタは嫌っていた。呼び出しておいて見下し、あからさまに鼻で笑う歪な大人そのものに見えて。


 だがなぜだろう、と。先ほども胸裏に落とした問いは気のせいでないらしく、再びカナタの内側で疑問として芽吹いた。

 顔を合わせることすら恐れていたのに。あの老人も、怖い騎士も、この世界に来た時と同じくこの場に同席し、無言のままこちらの反応を伺っているというのに。いざ面と向かってカナタが感じるのは恐怖でなく、ましてや怒りでもない、冷酷なほど凪いだ感慨だ。


「……かわいそうな人」


 ぽつり、と落とした呟きはノーマッドがぎりぎり聞き取れるかどうかという声量。


「カナタ?」

「からっぽなんだ。生まれた家の権力以外なんにもないから、ああいう言葉しか出せない。一番偉いはずの王様なのに、本当は一番無力な人。王冠をかぶった道化師……」


 淡々と紡ぐ。心ここに在らずといった口調で。

 この瞬間、カナタは奇妙な感覚に包まれていた。誰であろうと何であろうと、自分が知りたいと願いさえすれば立ちどころに理解できるのだという確信。あらゆる要素に関わりなく、ただこの瞳を向ければあらゆる情報が頭に流れ込んでくる、そんな気がしていた。

 刹那。


「カナタ、おい」

「え?」


 ノーマッドに肩を掴まれ、彼女はようやく我に返った。


「どうした。平気か?」

「え、っと……私、今なにを」

『数値低下、おそらくクリア。ずっと呼びかけていたんですよ、カナタ』


 ヘッドセットを介してアルファが割り込む。


『ノーマッドのエクセアスーツを経由し、魔王の拠点と同じエネルギー波を観測しました。もちろん遥かに小規模ですが……カナタ、発生源はあなたです』

「わたし、が……?」


 応じるカナタは舌のもつれを感じていた。夢から現実へといきなり引き戻されたイメージ。覚醒した意識に肉体が追いついてこない。


『いえ、今はやめておきましょう。体調に変化は?』

「少しぼんやりしてるかも、だけど……」


 詳細不明とはいえカナタの身に不調が起きている。アルファもノーマッドもその事実を根拠として即座に切り替えた。


『下がっていてください。ノーマッド、フォローを』

「了解。本題で切り込む」


 常になく端的で矢継ぎ早な応酬が、二人の緊張を示す。それほどまでに先ほど垣間見たカナタの雰囲気が異質だったのだ。

 一方、国王たちはあからさまに不満を浮かべた。カナタの異変など知る由もなく、言葉も聞こえていない。気付けばただ弁舌を無視されていた状況だ。メンツを潰されて朗らかでいる権力者などいるはずもなかった。自分の敷地内ならばなおのこと。


「……旅の疲れでも残っておられるか、カナタ殿? なにしろ数日がかりの大遠征を遂げられたばかりであろう。どんな用向きか知らんが、日を改められるべきでは……」

「魔王を倒した」


 一歩進み出たノーマッドの宣言は、王の皮肉を中途でかき消し響き渡る。


「あんた方がこの子に押しつけた役割は、すでに果たされた。解放しろ。


 静寂が訪れた。謎の騎士の言葉に驚いたのではない。何を言っているかが飲み込めなかったのだ。理解を超える情報を前にした時、人は往々にして沈黙を漂わせ、やがて下卑た嘲笑が現れる。


「ぷっ……くっ、ふふふふっ」


 最初は王が。続いて側近たちが。徹頭徹尾、黙したままいる近衛の騎士を除いたほぼ全員が、主に続いてしたり顔の笑みを浮かべた。

 やがてひとしきりの後。


「いや、いやいや、すまんな。なんといったか……ノーマッド殿? 魔王を倒したか。どうにも貴殿は、願望と現実を取り違えるクセがあるようだな」

「でまかせだ、と?」

「荒唐無稽であろう。ここから魔王のもとまで、どれほど距離があると……」

「雷雲は去った」


 もう一度だけノーマッドが声を張り、続けた。


「山脈の向こうは晴天が訪れた。あんた方なら、この意味わかるだろう?」

「……」


 嘲笑が消える。疑念の眼差しが注がれた。

 魔王の存在を知っている連中が、現地の形相を知らないはずがない。異常気象と魔王の因果関係は確定していないが、なんらかのリアクションは引き出せるのではないか、と。ノーマッドはそこに賭け見事に注意を引いてみせたのだ。

 王はまずじっとノーマッドと彼が後ろにかばうカナタとを見比べ、それから側近の老人へと視線を投げる。


「……ファーガス、調べよ」

「ただちに、陛下」


 恭しく一礼を残し、老人はノーマッドたちの脇をすり抜けていった。通信手段か、遠隔スキャンか、それらに類するものが王宮の別室にあるのだろう。

 老人が立ち去って程なく。


「しばし待たれよ、凱旋された英雄のお二方。それで?」

「とは?」


 訝しむノーマッドに、にやついた底意地の悪い笑みが返す。


「倒したのであろう? 魔王を。勇者の伝説として記さねばな。いったいどのような手段を用いた?」

「魔法を使って」


 昨日、アルファからカナタに送られた入れ知恵だ。僅かにも臆さずノーマッドが口にすると、中々の説得力がある。


「ふん、なるほど……では移動は? まともにやっても行き来だけで数年の旅路と思うが?」

「それも魔法で」

「ノーマッド殿」


 些かうんざりした口調になりつつ、王は言う。


「騎士を名乗るのなら、まず礼節を身につけるが筋であろう。余は嘘がわかるぞ。だいたい、なぜそこまで我らを嫌う?」

「これは失礼を。恥ずかしながら教養のない身の上でしてなぁ。特に子供を英雄に祀り上げて戦場へ送り込むような、そういう手合いへの礼儀は教わる機会に恵まれなかった」


 歯に衣着せぬ物言いは、王たちよりも仲間を慌てさせた。


「ノーマッドさん……! いくらなんでも……っ!」

『抑えてくださいよ。あなたにとっても帰還の手がかりなんですから』

「冷静だ、任せろ。理解できなきゃセーフって言ったよな」


 女性陣をなだめてから再び玉座に向き直り、


「ご無礼をお詫びします、国王陛下。白状いたしましょう。こちらには船がある。それに乗って魔王の居場所に乗り込んできた次第です」

「船? その船は空でも駆けるか?」

「さすが陛下、お察しの通り」


 大仰な身振りに慇懃無礼な態度。とても冷静には見えない。


『ダメですね。嫌いな相手にはすぐケンカの押し売りするんですから』


 おまけにアルファの補足。もうカナタに止める術はなかった。

 彼は続ける。


「あなた方の理解が及ぶものではないでしょうが、我々が乗る船はビクトリア・インダストリー製の重戦闘偵察機シグマ113、ブロック70、通称ミグラテール。エンジンはセラフィムD型に換装済みなので、大気圏内でも極めて俊敏かつ素早く動ける。控えめに言っても一機あればこの国程度は粉微塵になるまで追い立てられる。我々はこれに乗って魔王のもとへとたどり着き、待機していた仲間に砲撃座標を送信。スティレット5型キネティック・ロッド・システムを使用し制圧を完了。そして帰還し、今に至るというわけです。ご理解いただけましたかな、陛下?」


 ひと息にまくし立てる最中も後も、王はじっと片眉をひそめノーマッドを睨んでいた。

 名を聞いたことすらない騎士もどき。この不躾で不快な男をどう打ちのめしてやろうか。魔王を倒したなどという大言壮語を吐き、呼び寄せた勇者を篭絡するような輩だ。処断してやるくらい容易い。不敬の罪を問えばいい。

 しかしそんなものでは足りないのだ。この男の地位も尊厳も奪い、屈辱の中で死なせてやりたい。

 そんな内心を秘めつつ、王は言う。


「……貴殿は騎士にあらず。単なる気狂いよ」

「妄言だ、と?」

「いちいち言わせるでない。主君とは命じるもの。コバエが目の前を舞ったとして、叩き潰すのは王の手でないわ」

「そう仰るなら、陛下。コバエの羽音はまやかしと断じられてはいかがかな?」


 王の眼差しが険しさを増した。いや王だけではない。近衛兵の何人かは呼びかけさえあれば即座に首をはねるという敵意でもって、ノーマッドを睨みつけていた。

 そしてそれらに構わず宇宙飛行士は言う。


「ご自分で仰られた。嘘は見抜ける、と。卓越したご見識か、そうした異能か、あるいはハッタリか。狂人風情にはわかりませんが、断言なされたらよろしい」

「貴様……」

「陛下!」


 いい加減、堪忍袋の緒が切れる。兵士たちに命令が下ろうという絶妙なタイミングで、その怒号はカナタたちの背後より轟いた。

 先ほど退室した老人である。よほど慌てて戻ったのだろう。息を切らし、血相を変え、それでもまず余所者の存在を思い出すと声を張り上げることはせず、代わりにそそくさと王の傍らへ進む。。

 耳打ちが行なわれる寸前、


「集音する。アルファ、カナタに中継」

『了解』


 目ざとくノーマッドが囁いた。

 スーツの集音マイクを起動。王と老人に焦点を合わせ、ヘッドセットを経由しカナタにも聞かせる。


「魔王が消えております」

「……なに?」

「消えたのです、陛下。あらゆる魔力探知で反応がありません。存在自体が消滅した、としか……」


 王がカナタを一瞥した。


「あの者どもが、魔王を倒したと? 成し遂げたのだと?」

「にわかには信じがたい話ですが……臣に申し上げられるものがあるとすれば、脅威は去ったのです。死者の軍勢は最早どこにもいないのです」


 愕然と、王の面貌が凍りつく。

 あの華奢な娘と不遜な男。彼らは真実を語っていたのか。この短期間で魔王を討ち果たしたのか。

 否定し難い事実、肯定しかねる状況。そんな国王の内心を見透かしたように、ノーマッドが絶妙のタイミングで割り込んだ。


「話し合いは決着したようですな? ……なあ、もういいだろう?」


 例によって憎まれ口を叩くかと思いきや、ため息を挟んだあとには疲れた口調が続く。


「伝えた通りだ。カナタの役割は終わった。そろそろ家に帰してやってくれないか? あんた方にはたった数日の小旅行に見えても、子供の無断外泊としちゃ相当なんだ」


 王は片頬をひくつかせる。短絡的な怒りや屈辱とするには彼らの功績は大きすぎ、同時に恐れが生じていた。

 魔王を倒せるほどの戦力を備えた二人。カナタとノーマッド、どちらが隠し玉を備えているのかわからないし、双方に奥の手があったとしてもおかしくない。先ほどの船の話もある。

 むろん、この王にとってミグラテールのあれこれは与太話も同然だ。ただし詳細がわからずとも、極短時間の内に移動し対象を瞬時に撃滅し得る、そんな戦力の存在は認めるしかないし、ゆえにひとつの懸念へとたどり着く。

 それほどの戦力を備えた個人を敵に回った場合、自分たちは生き延びられるのか。


「み……見事だ、カナタ殿! そしてノーマッド殿!」


 一転した喝采。王の笑みは引きつっていた。


「先ほどは失礼した! こ、これほど早く我らを救ってくださるとは! 早速、今夜にでも宴を開くとしよう! 我が領民たち、いや諸国にも貴殿らの活躍を伝えねば! この世界に生きる我ら皆、貴殿たち二人に解放された! 貴殿らによって悪は滅んだのだと!」


 声高に主張する王へ、むろんノーマッドはバイザー越しに白い目を向ける。


「ありゃなんだ? 国王陛下は、おれたちに媚び売って政治ショーに利用なさるおつもりか?」

『状況を考えればさもありなん。魔王討伐が確認され、あなたとカナタはそれ以上の戦力と見なされたわけですから。好待遇で自分たちの安全を担保しつつ、可能であれば外交手段として盛り込んでおきたい。その辺に放牧しておくわけにはいかないのでしょう』

「うんざりするな、政治ってやつは。――よろしいか?」


 相変わらず単調なアルファにぼやくと、彼は声を張って告げる。


「ど、どうされた、ノーマッド殿?」

「賞賛していただけるのは結構。非礼も、私の方こそお詫びしましょう。さっきのは我ながら実に、大人げない態度でしたので」

「いやなに、英雄が気に病むものでは……」

「ですが、だ」


 猫なで声を出す国王へ、ぴしゃりとした物言いが釘を刺す。


「ですが、陛下、こちらの要求はすでにお伝えした。宴会も結構だが、魔王を倒したのは飲み食いするためじゃない。この子を、カナタを家に帰してやれ。あんた方にはその術があるんだろう?」

「ああ、いやうん、ふむ……そうであったな。帰還を、うむ……」

「……?」


 どういうわけかしどろもどろになった王を前に、少女と宇宙飛行士が顔を見合わせる。

 国王の様子にカナタは覚えのある嫌悪感を抱いていた。その姿は、たとえば出来もしない約束をエサになにがしかの試験を子供に与え、達成されてしまった大人のような。成功があるとは、実は最初から考えていなかった、そういうズルい人間の表情。


 ――聞きたくない。


 ひときわ大きく人知れず、少女の心臓が脈打った。あの王とやらが次に発するだろう言葉。それを耳にしてしまったら、耐えられる気がしない。未知のままなら可能性はゼロにならないのだから。

 だがかといって制止するという考えも、カナタの頭には浮かんでこなかった。


「……出来ない、のだ」


 王が言う。絞り出すように。

 カナタは息をのみ、それからほんの一瞬だけ呼吸の仕方を忘れた。


「何を言ってる……?」


 言い募っているノーマッドの声はすぐ目の前なのに、少女にはいやに遠くで響く。


「約束したんだろう? 魔王を倒せば元の世界に帰すと。それが今になって……」

「成功は必要なかったのだ……!」


 バツが悪そうに声を荒げた王へ、今度はノーマッドすら呆然と立ち尽くした。

 王は続ける。まず老人経由に身振りで命じ、衛兵や貴族らしき人々を退室させた。カナタたちを除くと残るのは寡黙な騎士だけ。一連のやり取りの中でも微動だにしない、さながら銅像である。


「貴殿ら余所者にはわからんだろうが……この国は、魔王によって存続していたのだ。諸国といくら揉めようとも、ここには魔王がいる。我らは魔王討伐の最前線として不可侵の確約を取りつけた。あれが率いる死者の軍然は、いずれ人の世を覆う。だがそれはまだ何十年か先の未来の話であって、今日明日のことではない……!」


 人払いが済んだためか、王はこれまでより感情的に声を震わせた。


「時間が必要だったのだ……! 我らは勇者を召喚し、魔王討伐にあたらせ、そして勇者の軍という名目で諸外国に対応する軍備を整える! 討伐などそのための方便にすぎん!」

「わかってないようだな、国王陛下」


 ノーマッドが怒りに満ちた低音で告げる。


「あんた方の政略など知ったことじゃない。おれは、カナタを故郷に帰せと言ったんだ。目論見が外れたから帰すわけにはいかん、とでも言うつもりなら逆恨みもいいところだ」

「そうではない! ただ知って欲しかったのだ、我らにも事情があるのだと!」

「だったら本題を話せ。戯言はたくさんだ」


 一拍。ややして王は老人を見た。


「……ファーガス」

「よろしいのですか?」


 首肯によって促された老人は一拍置き語り出す。


「召喚の術は、魔王が歪めた時空を利用して発動いたします。ですがあれは、あくまでこちらの世に引き寄せるだけで、帰還の前例はないのです。原理的に可能とは思われますが……現状、魔王がいないとなれば時空の歪みもまた存在しない。申し上げにくいのですが、発動する術がないのです」


 いよいよノーマッドですら覇気を失いつつあった。あまりに身勝手な言い分と真実へ、怒りを越え虚しさが広がる。


「最初から、使い捨てるつもりだったのか……? 英雄だなんだともてはやして、死ぬまで」

「そうではないのだ……!」


 と、王が言う。


「これまでの勇者たちは戦いでなく、この国で天寿を全うした! 平穏を見つけたのだ! 軍備増強が目的である以上、極端な物言いをすれば、勇者とはここに存在さえしておればよかった……! カナタ殿にしても、戦に向かぬことはわかっていたのだから、数日もすれば戻るものと……ああ、そうだとも、そうではないか!」


 突然、何かを思い出した様子で王の声色がはしゃぎ、カナタを凝視した。目を合わさずとも悪寒がはしるほどの、おぞましい目つき。


「我らにとって貴殿らが英雄であることに、変わりはない。特にカナタ殿、帰還こそさせられぬが、ここでの暮らしが何不自由なく過ごせることは保証する! 余の寵姫として迎えよう!」


 普段であれば間違いなくノーマッドが割って入ったに違いない。されどこの時点では彼すら、ある意味で圧倒されており反応が遅れた。

 鈍った二人の神経に、突拍子のない言動がただただ響く。


「なに、案ずることはない。余の祖先もまた貴殿と同じく異界の出であったという。若いとはいえ、その歳なら子を宿すこともできよう?」

「……っ」


 声にもならない悲鳴。カナタを襲ったのは全身が総毛立つ感覚だ。


「どこまで腐りきってやがる貴様ッ! ……!」


 今度こそ割り込んだノーマッドは、ついに抑えきれなくなり殴りかかろうという寸前、だが背後から片腕を引っ張る存在に気付き踏み止まった。


「カナタ……」


 懸命に、少女はノーマッドの手首を掴み続ける。震える両手で。頬は言葉の辱めに紅潮しつつ涙を流しこそすれ、俯いてそんな姿を隠そうと試みこそすれ、けれど泣き声だけは王たちに聞かせまいと必死に耐えていた。

 そうしながら、カナタは言う。


「時間、を……ください。考えたい、ので」


 カナタが俯いてくれたのはせめてもの救いだ、と。ノーマッドは感じたに違いない。再び向き直ると玉座に腰を落ち着ける男は少女の要望を受け、にたりとした笑みを浮かべていたのだから。


「おお、むろんだ、構わぬとも。お二方にそれぞれ部屋を……」

「ひと部屋で、結構……です、から……!」


 なんとかそれだけ伝える。

 一瞬、王はノーマッドの方を睨んだ後で、


「勇者殿が仰る通りに」


 案内をつけろ、と老人に目配せして命じる。


「……行きましょ」

「ああ。……ああ、そうだな」


 ひたすら嗚咽を堪え続けるカナタは、まだノーマッドの片手を掴んだままだった。彼もまた無理に解こうとはせず、そっと庇うようにして玉座の間に踵を返した。

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