1-6.JKが凱旋するとき
空先カナタという少女が、宇宙を旅するノーマッドたちに出会った翌日。二人の姿は王都にあった。
「すぅー、ふぅー……」
胸に手を当てて深呼吸。少しだけ震える足に勇気が宿りますように。そんな願いを込めると祈りは新しい友人の声に変わった。
「緊張しちまうか?」
「っていうか、ちょっとの不安ですかね」
弱々しい笑みを浮かべたカナタの背を、大きな手のひらがそっと叩く。
「深く考えなくていいさ。ここに味方だっている。そうだろ?」
今までと比べ、ノーマッドの声はくぐもって聞こえる。ヘルメット部分、遮光レンズの上からさらに追加のバイザーが降りているせいだ。照準補助などのセンサーを組み合わせた戦闘用。装甲パネルになっているためフェイスガードとしての役割も備える。
だがそれだけではない。変化というなら宇宙服の外装からして昨日と違っていた。
白を基調としていたスーツは濃い灰色に僅かな光沢を足し、鋼鉄めいた雰囲気を醸し出している。全体的に物々しさが漂う雰囲気。一種の威圧効果を期待しているなら成功かもしれない。
しかしバイザーや配色変更の理由はまた違うところにあった。
「心強いけど……ホントにそれで騎士のフリするんですか?」
ノーマッドを見上げる少女の面差しは、困惑。ツッコミたい要素をスルーせざるを得ない歯がゆさ。
ことの発端は昨夜。アルファの一言から始まった。
王都近郊の森の中。カナタが初めてミグラテールを見たのと同じ草原に、再び着陸したところで情報生命体は思い出したように告げたのだ。
『――服はどうするんです?』
「服ぅ?」
パイロットシートから聞き返すノーマッドに、
『明日を待って乗り込むわけでしょう? 国王とやらの前に』
「ドレスコードを合わせてやる義理はないぞ。異世界から学徒動員させるような連中だ」
憮然とした様子で述べる宇宙飛行士は、カナタの話を聞いてからずっとここが気に食わなかったに違いない。
冒険譚といえば聞こえはいいが、子供を拉致し少年兵に仕立てていると称しても語弊だとは言い切れないのだから。
特にノーマッド、素人のカナタから見ても軍人らしい雰囲気が覗く。元から軍属だったのか、この宇宙に飛ばされてから訓練を受けたのかは不明だが、そういう立場にいるからこそ人一倍、子供を戦闘員として扱う話には過敏なのだろう。
ただしアルファの意図するところは違ったらしい。
『概ね同感ですが、そうではなくて。あなたの出で立ちですよ。カナタの話や実際のスキャン結果を踏まえてみても、この惑星の文明は未発達です。そんな中にEXEAスーツのまま赴くので?』
「……ああ、そういえばそうか」
一転して納得する。首を傾げたのはカナタだけ。
「エクセアスーツ……? それ、宇宙服じゃないんですか?」
話の流れからして、ノーマッドの装備を指しているのは間違いない。全身一体型、背にバックパックも接続されている外観から、てっきり単なる宇宙服なのだと思っていた。カナタの知っているそれより細身であるにせよ。
すると、
「宇宙服でも間違ってないんだが、発展型とでも言うかな。極限環境活動用スーツが正式名称だ」
「極限……なんです?」
『極限環境』
アルファが引き継いだ。
『先ほど見た魔王とやらの支配地域は、毒性ガスが広まっていたでしょう? ああした汚染や、他に重度の放射能だとか宇宙空間のような真空といった、一部の例外を除いた大半の生物が生存できない環境のことです』
「おあー……なるほどぉ」
わかりやすい、と。ぽかんと口を開けながら内心呟いたカナタに、ノーマッドが続ける。
「そうした環境下でも活動できるようにするのが、このスーツだ。仕組みは……面倒だしいいか」
「急に雑なんですけど」
「専門用語ばっかでもややこしいだろ。ま要するに、フィルターや空気汚染向けのシールドだとかを搭載した防護服だな。いいか?」
「とりあえずは、まあ……それで、その防護服が問題なんです?」
『気付かないんですか?』
と、これは再びアルファ。
『あなたの場合は、宇宙服の概念がある世界から来たようですが、この星の原生人はどうです? 見たところ文明としては未発達で宇宙開発など想定すらされていません。そんな中にノーマッドがその姿のまま出て行ったら』
「……目立ちますね」
ようやく話の趣旨を理解する。
『そういうことです。こうした文明社会にミグラテールの姿を見せるだけでも問題ですし、限りなくありえない話ですが、スーツがあちらの手に渡る可能性すら億分の1程度はあるわけですから』
「やっぱりダメなんです? そういう、馬車が当たり前の時代に自動車で突っ込むようなのは」
『状況にもよります。原則として、どこの宇宙でも禁じられていますが。遠すぎる具体的な技術案は文明そのものの進化速度を歪め、下手をすれば崩壊すらもたらします。逆にそうした植民地化を行なう勢力もありますが、ノーマッドと私はあくまでフリーの、言ってしまえば流れ者です。そのような権限は持ち合わせておらず、軽率に手を加えればお尋ね者ですよ』
「そっか、それで……ん?」
カナタは頷きかけたところで不意に思い出した。
「ついさっき、その未発達の星にめちゃくちゃな大砲撃ち込んでなかったです?」
『あれはいいんです』
ぴしゃりと言ってのける情報生命体。
『目撃者はいませんし、見てもわからないですから。理解されなければセーフですよ。ああ、魔王の討伐方法に関しても追及されるはずです。こちらの言い分は、魔法を使った、で押し通しましょう』
「……アルファさん、魔法を便利に使いすぎてません?」
『だから魔法と言うのでしょう?』
あっさり返された。ぐうの音も出ない。
『ともかく、その辺りにどういった予防措置を取るか、ハッキリさせておくべきではないかと……』
「これならどうだ?」
ノーマッドがカナタを振り返った。ヘルメット部分に追加バイザーを下ろして。
「え、ええっとぉ?」
『なんです、戦闘用バイザーなんか展開させて』
求められてる意見がわからないカナタに代わり、ずばずばとアルファが言う。
「なんだ、わからんのか。これならどうだ?」
と言いながら手首のデバイスを操作する宇宙飛行士。ややしてスーツの配色が変わる。白色から鈍く光りをはじく金属質な彩りへ。
「うわっ、色変わるんだ」
『軍用ですからね、それ。正確には変色でなく投影ですが。カモフラージュ機能として、表面に登録してある迷彩パターンやリアルタイムの環境色を読み取ることでスーツの表面上に……』
「待て待て待て」
たぶん欲しかった感想とは方向が食い違っていたのだろう。男はアルファの解説を遮り、
「そうじゃなくてだな。どうだ? これで、ほら」
「どう?」
『とは?』
まさに阿吽の呼吸。カナタとアルファ、相性は悪くないようだ。
当然ノーマッドの意図は伝わってないし、ここでようやく彼も遠回りをやめる。
「つまりだ。これなら金属に見える。騎士だって言い張れるんじゃないか? 偶然、カナタと会って一緒に魔王を倒した旅の騎士だ」
素晴らしい名案だろう、好きなだけ褒めていいぞ。――バイザー越しにも得意げになった表情が透けて見える。
むろん女性陣の反応は仔細を語るまでもなく、
「……」
『……』
この沈黙だ。カナタに関して言えば神妙な面持ちでノーマッドを凝視しているし、アルファもまた実体があれば同様の顔をしていただろうことは想像に難くない。
「なんだ、二人揃ってどうした?」
「いえ、まあ……」
『……素晴らしい解決策だと、絶句していたところです』
「だろぉ? じゃあ決まりだな。騎士か、騎士……廃材で剣とか作るべきか? いや槍かな」
どこか楽しげに自問自答する中年。
程なくしてカナタにだけ聞こえるボリュームで、アルファがぼやいた。
『男というのは、いくつになっても……』
「男の子、なんですねぇ」
そんな出来事が昨夜。
現在、二人は王宮へと赴いている。数日前はカナタが飛び出していった玉座の間の、扉と呼ぶには無駄なほど大きすぎるゲートを前にして。
両側に控える衛兵が、勇者の口から開門を要求される瞬間をじっと待ち続けている。
「――今のとこ疑われてないだろ?」
これはカナタの質問にあっけからんと応じるノーマッドだ。
「そ、そうかなぁ……」
ミグラテールを草原に残し、二人はここまで徒歩でやってきた。途中、当然ながら都を通ったわけなのだが確かに足止めはされていない。
しかし奇異の視線は集まった。無理もあるまい。いくら色合いを寄せてみたところで騎士甲冑とは造形がまるで違う。街に紛れようにもどうしたって異物感は消せないし、そこにカナタもいる。
装いから来る違和感は女子高生も同じことだ。実際、滞在中は制服のおかげで知らない人間からも勇者として認識されつつあった少女である。
そんな二人組を目にした人々が声をひそめて話していた内容は、聞かずともカナタにはわかった。
勇者がなんか変なやつ連れて戻ってきた。関わらないでおこう。
「どうした?」
「いえ、いいんですけどね……ははっ」
どのみち上手くいけばすぐ故郷に帰れるのだから、今さら何をどう噂されたって構わない。少女は気になってしまう人目に言い訳し、目の前の扉に向き直る。
この先に彼らがいる。あの嫌味な連中が。
「確認なんですけど、魔王は本当に……」
『ええ、滅びました』
返事はアルファの声で、カナタの耳元に発せられた。右耳につけている小型ヘッドセット。出発前に二人から渡されたものだ。単体で作動する通信システム内蔵のモデル。会話はノーマッドのスーツとも同期しているため彼にも聞こえる。
『スキャンの他、無人探査ユニットも出しましたが動体反応は皆無。異常気象は消滅、エネルギー値まで低下しているため、魔王は消滅したと判断していいでしょう。あそこはもうクレーターですよ。何百年かしたら湖になるかもしれません』
ここまで言い切るのだから確定だろう。
勇者の仕事は果たされた。カナタが望んだものではないし、カナタが成し遂げたわけでもないが、それでも王たちの課した条件は達せられたのだ。
あとは伝えるだけ。あの人たちに、胸を張って。魔王を倒したと報告するだけ。
「平気か?」
「っ!」
心の底を見透かされたような気がして、カナタはほんの一瞬ぎくりとなった。
「そういうとこ、鋭いですよね」
「そうか? 年の功かもな。言ってみろ」
くぐもっていても優しい声。この人に、言葉を選ぶ必要はない。思い返せば知り合ってたった一日なのだが充分すぎるほど頼りにしている。ノーマッドも、アルファも。
だから促されるままカナタは言葉にした。
「怖い、です……ものすごく。あの人たちの、私を見てきた目が……気持ち悪くて、怖くて。本当は私、ここを出た時もいっぱいいっぱいで。……今も、足が震えちゃって。立ってるのが精一杯なくらいで」
召喚された直後の、わけもわからず自尊心を一蹴された経験。悪びれもせず大人に向けられる、下卑た欲望の色をした嫌な視線。
いずれも少女の心をえぐるには充分なものだった。直接的な暴力にも等しいほど。
「すみません……全部やってもらってるのに、こんな」
「いいさ。好きでやってることだし、まあなんだ、おれたちはその現場を見たわけじゃないが……」
ぽんっ、と。スーツ越しの手のひらがカナタの頭を撫でる。
「おれもアルファも、お前のことはもう友達だし仲間だと思ってる。友達にそんな真似は、おれがさせない。お前が決断してやると決めたなら、おれたちはどこまでも助けるぞ。立てないなら支えるし、笑うやつらがいたら王でも大臣でも殴り飛ばしてやるさ」
『同感です。なんならまたロッドを撃ち込んでやりましょう』
「やめろ。おれたちまで吹っ飛ぶ」
『冗談に決まってるでしょう。察しの悪い男ですね』
肉声と通信で聞こえる二人のやり取り。ミグラテールの機内と同じ空気だ。伏せていた泣き顔が自然とほころび、弱々しくとも自信の戻った微笑へ変えてくれる暖かさだった。
「ありがとう。ふぅー……女は胆力っ!」
なけなしの勇気を引き出すための口癖を放ち、意を決して扉と向き合う。頼りなかった膝はもう震えていない。
「いい言葉だな」
「受け売りですけどね。好きなライバーさんの口癖で」
「ライバー?」
「あ、そっか」
つい忘れてしまう。ノーマッドの時代にはインターネット配信などなかった。ライバーという単語が通じるはずもない。
「なんて言うんだろ……推し? や、違うよね。アイドル? じゃなくて、んと……ロックスター?」
どうにか伝わりそうな単語を絞り出す。
すると、
「ああ、おれにとってのカンサスか。月行く直前にアルバムが出てな。ありゃあ名曲だった」
「う、ううん……そういう感じです、たぶん。違う気もするけど」
おそらくはその曲なのだろう。軽く鼻歌を奏でるノーマッドを区切ると、二人はどちらからともなく一歩踏み出した。
衛兵たちが意図を汲み、巨大な扉が音を立てて開かれる。
怖くないと言えば嘘になる。だけども今は独りじゃない。自分のためだけならきっと折れていた。しかしカナタの内側には別の理由が生まれている。
地球へ戻るのだ。友達だと言ってくれた二人と共に。ノーマッドを故郷に、そしてアルファに遠い宇宙の景色を見せたい。ただいまとようこそを伝えたい。
「戻ったら聞いてみてくれ。きっと気に入るさ。――前に進め、迷える若者よ。成し遂げた時には、その心に安らぎが訪れる」
「いい歌詞ですね。今の私たちみたいで」
「そうだろ? ……さあ、それじゃ成し遂げに行くか」
「うん、行きましょう」
胸の奥底に秘めた目的の確かな熱量を感じながら、カナタは玉座の間へと進んでゆく。少女にはこれも新しく知った経験だ。
こんな臆病な自分でも、友達のためなら立ち向かえる。だからあんな小悪党みたいな連中を相手に、怖気づいてなどいられない。




