1-4.展覧会の画~マカイの門~
ラダーを昇って入り込んだコックピットは、意外に狭苦しい雰囲気がなかった。もちろん客室ほど広々とはしてないが、先頭に機長のシート、その後ろでは左右にコパイロットの席がひとつずつ配置されている。
操縦室の背後には別のドア。これは収納スペースに繋がっていた。水や食料、単独行に必要不可欠なあらゆるモジュールが備わる。
「好きな方に座ってくれ。一応言っとくが、計器には触れないようにな」
メインの座席につくのは当然ながらノーマッドだ。
「おぁあ……!」
目を輝かせつつ感嘆符まで足し、カナタは右後方のシートに腰を下ろす。思ったより深く、独特な形状。たぶん宇宙服の装着が、もっと言えばバックパック分のスペースが前提となっているのだろう。
ノーマッドも背面にスラスター付きの装備をつけている。
「ベルトのやり方は?」
「わかると思います。こうかな……ん、出来た」
ダイヤ型の接合部がついたハーネス。まず腰の位置で連結させたあと、両肩部分のベルトを繋いだ。
同じタイミングでキャノピーが閉じる。
「いいみたいだな。さぁてそれじゃあ、地図はあるか?」
「もらったものが一応」
鞄から一枚の巻物を手渡す。この大陸の全体図。例の怖い騎士に渡された物資のひとつだ。
「また古風な。どれかわかるか?」
「現在地がこの辺りで、魔王は赤いマークのところみたいです」
「これか。……お前、この距離を行こうとしてたのか? 徒歩で?」
「う……」
むべなるかな、ノーマッドの指摘にカナタが顔を逸らす。
改めて眺めると、かなり距離があった。
王都とカナタの目指していた村とは地図の縮図だと小指の先ほど。魔王の本拠地まではその数十倍である。しかもこの距離はあくまで直線で見た場合。実際には山やら谷やらを迂回するだろうから、さらにかかる。
到底、少女がひとり旅できる道のりではない。無謀もいいところだ。そこで今しがたの指摘である。
「意外と向こう見ずなんだな」
「い、いいじゃないですか」
「すねるな、褒めてんだよ」
だったらもっとわかりやすく褒めてくれればいいのに。少しむすっとしていじけるカナタだ。
「とりあえず、さっさと読み込んじまおう。アルファ、聞こえてるな?」
『むろんです』
「うわっ!」
突然、コックピット内に別の声が満ちた。どこか無機質な女性の響き。
「ああ悪い、言ってなかったな。おれの仲間でアルファだ。アルファ、こっちはカナタ。おれの同郷」
『はじめまして、遠い星のお嬢さん。これでノーマッドの話が妄想じゃないと証明されましたね』
「は、はじめまして。AI……じゃないですよね?」
挨拶と不安げな質問。
アルファの声は肉声とは思えない揺らぎがあったし、感情的な起伏に欠けていた。しかし言い回し自体は変に人間臭く、一概に人工知能と思えないことからカナタは疑問符を付け足す。
「さっき言った情報生命体ってやつなんだ。今は遠隔通信で、本体は母艦をコントロールしてるよ。まあAIと似たようなもんだが、こいつの方が無駄話のバリエーションが多い」
『無駄は心地良く生きるためのユーモアですよ。つまりは感性です。それを無用というなら、手ごろな電卓を注文しておきましょうか?』
ズバズバと言う実体なき生き物、アルファ。
「……わかったろ? この通りだ」
「あ、あはは……」
げんなりしたノーマッドに、引き笑いを返すのが精一杯のカナタ。
普段から母艦とやらでもこんな調子なのだろう。考えてみればミグラテールの積載量には限界がある。メインとなる船では、日頃からこういうじゃれ合いが響いているに違いない。
「どうせ話は聞いてたんだろ」
『ええ。地図をスキャンし、こちらで実際の地形データと照合。先のエネルギー異変と併せて測定した上で目標地点を設定する。相違なければ、早いところ地図を見せてくださいね』
「減らず口が」
渋々、ノーマッドは地図を広げる。パイロット席のコンソールから光が照射され、画像データとして取り込んでいるようだった。ちょうど少女の怪我を調べた時と同じ要領。
「エネルギー異変って、なんです?」
スキャンの最中、カナタが尋ねた。
「ん? ああ、おれがこの星を見つけたのは、アルファが長距離ワープに似たエネルギー場を観測したからでな。この辺りは未開拓の太陽系だし、何があるかわからない。ひょっとしたらおれが体験したのと同じ転送手段があって、地球帰還の手がかりになるんじゃないかと調べに来たわけだ」
なるほど、と頷く女子高生。その前提があればこそ、彼は少女の語った召喚の経緯をすんなりと受け入れられたわけだろう。
「……帰れますかね、お互いに」
「やってみるまでさ。こういうことを続けるコツはな、実現した場面を想像し続けることだ。返すぞ」
手渡された地図を受け取ると、アルファが言った。
『子供の前だと、大人らしいことも言えるのですね。解析完了』
「ごほんっ! ……結論だけ言え」
わざとらしい咳払いは、図星を突かれた照れ隠しだったか。後席のカナタはそっと微笑む。
『ずさんなマップでしたが、おおよそはこちらのスキャンと一致していました。加えて、マークされた地点では観測されたエネルギー場の数値が跳ね上がっています』
「決まりだな。もっとも、魔法とやらのせいかもしれんが。出発だ。カナタ、飛行機の経験は?」
「ない、です……っ」
やや緊張気味に応じる少女。なにしろ国内線の旅客機すら乗ったことがない。長旅の経験なんて、今回の転移を除くと中学校の修学旅行、京都行の新幹線が最長である。
「じゃあ、めいっぱい楽しんでくれ。飛ぶぞ」
「わ……!」
エンジン始動。一瞬、機体全体が揺れたかと思った、次の瞬間にはすでに宙へと浮いている。
着陸脚を収納、主翼が僅かに左右へ広がって可変した。そして後部のスラスター、斜線を取る二基一対の推進ユニットが火を噴き、白い渡り鳥を天空世界に押し上げた。
地球の文明では考えられない急加速、急上昇。なのに機内の負荷はほとんどない。
さらに言えば音も穏やかだ。ジェット機のように耳をつんざく轟音ではない。もっと微かで聞き心地のいい高い音色。
カナタはキャノピーの防音性によるものかと思ったが、そうではない。ミグラテールは戦闘機でありながら偵察機でもある、とノーマッドが話したのを思い出す。光学迷彩だけでなく、エンジンもまた静音性を強化しているのだろう。
「自動操縦に変えるぞ。迷彩つけて、少し遊覧飛行と洒落込むか」
と、ノーマッドは言ってコンソールを操る。
途端、キャノピー越しにもステルス機能が発動したのがわかった。思いきり風防に近づいて後ろを見ると、機体のボディは地上にいた時と同じく透明化している。
「剣と魔法の世界に、こんなのが飛んでたら目立っちまうもんな」
「あはは、確かに。うわぁ……!」
見下ろした先へ世界が広がる。深緑の大地と呆れるほどの蒼穹。その狭間に、カナタは生まれて初めて存在していた。
巡りゆく地表はどこまでも美しく、訪れる景色は目新しく輝いた。
ノーマッドに出会うまで不安と恐怖の対象だった異世界が、きらめいて映る。理不尽な召喚さえ幸運でないかと錯覚するほどに。
「キレイな星だ。地球ほどじゃないが」
パイロットですらそんな呟きをこぼす。
「珍しいんですか?」
「あることはあるが、少ないな。特に未開拓の惑星じゃ、とてつもなく稀だ。こいつに乗って、いつかこんな風に故郷の空を飛べたら気持ちいいだろうな。……また見たいもんだ」
長年、胸に秘め続けているノーマッドの郷愁。似た風景を目の当たりにすればこそ、想いは強まるというものだろう。
ふとカナタは気付いた。
「あの、写真ならありますけど……見ます?」
「なんの?」
「地球の」
「あるのか!?」
血相を変えたノーマッドが振り向く。
「え、ええ、私のスマホに……ほら、これに」
といってスマートフォンを取り出すが、
「スマ……なんだ? どういう機械だ、それ」
「あ、そっか」
そういえばそうだった。ノーマッドは1970年代の人間。以来、どことも知れない星の大海を旅してきたのだから、地球文明の知識は当時で止まっている。
70年代には携帯電話すら存在しない。
「えっとぉ……なんて言うのかな。ノーマッドさんの時代って、電話はありました?」
「バカにしてんのか」
「ち、違う違う!」
どうにも言葉選びが悪かった。
「スマートフォンって言って、電話の進化系! これ! 電話! 写真とか動画とか録ったり見たり!」
「その薄っぺらいやつでか!?」
奇妙な状況である。相手は地球より遥かに進んだ文明を生き延び、自前の宇宙船まで駆る人物。この渡り鳥のようなテクノロジーを地球人が手にするには、まだまだ時間が要るだろう。
そんな未来から現れたがごときノーマッドが、カナタにとってありふれたスマートフォンに驚きを隠せないのだから。
「ほら、これで見れますよ。私が撮ったやつだから、日本の写真しかないけど」
「おぉー……!」
写真フォルダから先頭の一枚を開いて手渡す。修学旅行で友達と撮った風景たち。
「見覚えあるよ。京都だろ?」
「わかります?」
「ああ。雰囲気が同じだ」
一時期は日本にいたともいう宇宙飛行士。彼は深々と息をつきながら画面の中の故郷に見入った。
「もう少し早かったら、桜がキレイだったんですけどね。修学旅行、五月だったから。……指で画面をスライドすると、次の写真に移れますよ」
「たまげた……! こいつはすげえ! お、モフゴロウだ」
寝そべっている猫の一枚。憎らしくも愛らしいカナタの飼い猫、いやカナタの方が従僕だったか。
「いいもんだな、地球は。ありがとう。……このデータ、あとでいくつかもらえないか?」
「もちろんですよ」
スマホを受け取った少女は、自分でも写真を眺めてみる。思い出と呼ぶには近すぎるのに、帰り道の見つからない遠すぎる故郷。
今は僅かな可能性に賭けるしかない。魔王の討伐。その時が近づいていた。
『ノスタルジーを邪魔して申し訳ありませんが』
これまで沈黙していたアルファが切り出す。
『接近中のエリアで例のエネルギー値が上昇しています』
「了解。重力と放射能はどうだ?」
ノーマッドの口調が切り替わった。軍人然とした端的な物腰。
『共に正常。しかし……やはり奇妙です。ワープドライブの空間振動に似ていますが、全くの未知。特性としては電磁場のようにも。ノーマッド、何が起こるかわかりませんよ』
「承知の上さ。手動に切り替える、武装も展開するぞ。マスターアーム、オン。セーフティ解除。防御シールド起動。アルファ、お前は念のため……」
『衛星軌道で待機。そちらからの支援要請に備えます』
情報生命体の見事な先読み。なんだかんだ言いつつ、この二人、やはり息が合っている。カナタの素人目にもよくわかった。
「了解、頼んだ。――少し揺れるかもしれん。舌噛むなよ」
「は、はい……っ」
後半、自分に向けられた言葉にカナタは身構えながら応じた。言われてみると眼下に広がる景色はすでにだいぶ様変わりしている。豊かな緑の大地は潰え、荒涼たる剥き出しの岩盤ばかり。
「地図通りだな。見てみろ、カナタ。正面だ」
「……!」
ミグラテールの前方、ぐんぐんと迫り来る巨大な山脈があった。明らかに他とは形相が異なる。いやに分厚い雲が立ち込め、そのせいで日差しはほとんど差し込んでいないのか、黒々とした気配がここからでも窺えた。
時折きらめくのは稲光。夜闇に似て、しかし遥かに騒々しく暴力的な山脈の先。
「あれを越えたら、魔王の……」
「見るからに、って感じだな。雲の下を飛ぼう」
わざわざ雲の中を進まなくてもいい。乱気流と雷とが吹き荒れ、視界も悪いのだから。
「さてさて、魔王様のご尊顔を拝しますかね」
明らかに異常な気象条件の中へと機体を滑らせつつ、彼の口調は気安いままだ。後席の少女から不安を拭い去る、これは天賦の才だろう。
機体は軽やかに山脈を越え、さらに先へ。
黒雲が時折いかずちを振り下ろす荒野にたどり着くと、姿を隠したまま飛び続ける。
「速度上げるぞ。平気か?」
「だ、大丈夫……! うわっ!」
言った矢先、キャノピーのすぐ傍らを雷がすり抜けた。思わず悲鳴が出るのは仕方ない。
「この程度じゃ沈まんよ」
ノーマッドに呼応し、ミグラテールが加速する。降り注ぐ稲妻をかいくぐって飛んだ。
そうして数分。この世界からしたら、まさに瞬く間に長距離を渡った不可視の鳥は荒地の中空にて緩やかなに減速し、ほとんどホバリングに近い静止状態へ移った。
「指定座標を目視。あれだと思うか?」
「ええ、ものすごく……」
出し抜けに指さしたノーマッドへ、カナタが首肯を返す。
昏い昼の底。雷光が照らす地表に広大な遺跡群が浮かび上がった。きっとかつて華やかに彩られ、知らないもののいない国だったことだろう。今や見る影もなく朽ち果てた過去の街。風防越しにもわかるほど異質な、死の気配が漂う都と化している。
この世とあの世の歪んだ境い目にある、魔王の居場所。女子高生と宇宙飛行士という奇妙な組み合わせの二人は、ついに目的地へとたどり着いたのだ。
邂逅から数えること一時間弱を費やした大冒険である。




