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空先カナタの異世界宇宙探検記  作者: 木山京


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2/8

1-2.地球人だろ’76

 三日後。

 人里離れた森のどこかで、カナタの叫びがこだましていた。


「いやぁああああッ!」


 たぶん生まれて初めて腹から出している絶叫。それが徒競走のあらゆる世界新記録に迫る勢いで、白昼の森林に響き渡っていた。

 生き物の底力だ。死に物狂いになった時、リミッターが外れたかのように体がすさまじいスペックを発揮してくれる。50メートル走でフラフラになっていた空先カナタはどこにもいない。

 ここにいるのは、ゴブリンの群れを背後に猛然と木々を駆け抜ける一個の生存本能だ。


「断んなきゃよかった! 断んなきゃよかったッ! 誰でもいいからつけてもらえばよかった!」


 三日前のカナタ自身に見せたい姿である。

 王宮にて啖呵を切った後、飛び出したはいいが行くあてどころか土地勘すらわかっていなかったカナタの前に、あの怖い騎士が現れたのだ。怯えて竦む少女にやはり何も物申さず、見たことない多少の金貨と地図やら装備品らしき一式を押しつけ、気付いた時にはまた消えていた。


 それから道行く人に尋ねてどうにか宿を取り、本当にここが地球ではないのだと思い知った。

 言葉が通じたのは幸いだ。勇者としての能力だろうか。そういえば、あの王たちもそんなことを話していたように思う。

 それから二日間、出来る限りの情報収集と戦いの準備に努めるくらい、カナタは自分でも意外なほどのたくましさを発揮した。自覚はなかったが、思ったより逆境に強いタイプなのかもしれない。


 制服はブレザーだけ脱いだ。受け取った物資の中からは金属製の胸当てと関節部のプロテクターらしきものを身に着けた。鎖帷子や槍などもあったが、丈が合わなければ装備して動く体力もない。それらは換金し、食料と短剣、それにショルダーバッグに変わった次第。

 さらに魔法の唱え方を覚えた末、満を持しての旅路である。


 目指す場所は王都から少し離れた村。森を抜ければ数日で到着できるという集落だ。

 少女はとにかく王宮より遠ざかりたい一心だった。王やら老人は当然、あの騎士も。あんな連中とは一刻も早く縁を切りたい、それだけを胸に秘めて踏み出した第一歩である。


 そして現在――。


「ひぃいいい……っ!」


 真後ろから、びゅんっ、と。耳のすぐ横を掠めて飛んだ投石に、情けない涙が出る。

 下調べはしたのだ。この辺りは王都周辺だけあって治安がいい。森に出没するのはゴブリンなどの低級な魔物で、今の装備ならどんなバカでも負けるはずがない、と。

 短剣を買った鍛冶屋の気のいい店主から、そんな太鼓判まで押してもらってる。

 だから、深く考えていなかった。


「怖い怖い怖い怖いッ! やだやだやだやだやだやだッ!」


 空先カナタは日本人である。十五歳の、おまけに圧倒的に文科系寄りの少女だ。

 苦手分野は運動全般。空手、柔道、剣道、フィットネスボクシングなどなど、あらゆる武術や格闘技に毛ほども通じていなければ興味もない。


 15年間で戦闘経験はただひとつ。小太り気味な飼い猫と動物病院行きを巡る戦いだ。30分にもおよぶ死闘の末、カナタは肉球パンチに敗北を喫した。以来、おやつを献上しては機嫌を取っている。

 要するにそんな少女だ。平和な国で、争いらしい争いを知らずに育ってきた十五歳なのだ。

 そもそも魔物を初めて見る。この世界の人間とは価値観が違いすぎた。


「死っ、死ぬっ! 死んじゃうっ! ひぃっ!」


 こちらを殺す気で向かってくる、小人のような怪物。いずれも棍棒やら即席のナイフやら粗末な武器を手に取り、体格はカナタの腰程度。

 ゲームの世界でなら幾度も倒した最弱クラスの敵だが、実際に目の当たりにすると凶悪な化け物に他ならない。これほど不気味で醜悪な生き物を、何をどうすれば弱いと寸評できるのか。

 それが五体。獰猛な雄たけびをあげ追いかけてくる。


「ひっ、ひっ、ひっ、ひぃいいいっ! ひっ……火っ!? 火ぃっ!」


 もう何分逃げているだろう。そろそろ体力が切れる寸前で気付いた。

 戦う手段は一応ある。短剣ではない。接近戦を挑んだところで袋叩きにされるだけだろう。なら魔法はどうだ?


 覚えた術は、直撃させたら並みの魔物を一撃で倒せると聞いている。

 しかし当てられるのか。反撃するなら立ち止まり、振り返り、狙いを定めて命中させる。そんな芸当がずぶの素人に出来るだろうか。怪物とはいえ、生き物を殺せるのだろうか。


「……ッ、当たるし当てる! 女は胆力ッ!」


 自身を鼓舞する怒号。最後の一言は王の前でも己へ向けて呟いた言葉だった。

 意を決してカナタが動く。

 片足に力を込め、スライディングのような形で急停止。振り向きざまに右腕を突き出す。親指と人差し指をL字に立てて残りを握り込んだ、いわゆる指鉄砲の形。


「ふぅううう……!」


 深々と息を吐きつつ、体の内側を駆け巡ってゆく力を感じた。心臓から湧き出て指先に収束してゆく魔の力。

 イメージが浮かぶ。力が変化し、色づき、灯る。炎だ。ただ燃え盛るのでなく、鋭く飛んで標的を射抜く銃弾のような炎。

 そしてカナタは唱えた。


「ファイヤーショットッ!」


 空想が顕現する。

 人差し指の先から迸る一個の炎。一直線に飛び出したそれがゴブリンの一体を捉え、撃ち抜いた。


「当たった!?」


 ひょっとしたら、たじろぐ魔物たちより驚いていたかもしれない。ワンテンポ遅れて我に返る。と、残るゴブリンたちも動揺から立ち直り迫ってきた。


「ひっ! ファイヤーショット、ファイヤーショット!」


 無我夢中で炎を撃つ。突進してくる二体目を仕留め、さらにもう一体の胴体を貫いた。

 目に見える敵はこれで全部。上出来だろう。文字通りの初陣で一度に三体を仕留めてみせたのだ。この調子なら何とかやっていけるかもしれない。

 そんな風に気が抜けた矢先、


「や、やった! ……あれ?」


 疑問が生じた。

 倒したゴブリンは三体。本当にそうか? 追いかけてきたのは五体じゃなかったか? 残る二体はどこに逃げたのだろうか。

 いいや、違う。


「っ!?」


 カナタの背後で、木陰から物音がした。そう気づいた時にはもう遅い。同時に両サイドから飛び出してきた二体のゴブリンが、少女の体を叩きのめす。


「あ、が……っ」


 それは悲鳴というより肺の空気が抜ける音だったに違いない。ぞくりと悪寒がはしるような、骨の折れる嫌な音色が鳴る。

 棍棒と石斧。前者はカナタの背中、肩甲骨あたりを打ち、後者は右足を完全にへし折った。


「かっ、は……っ、あぐ……っ」


 痛覚は絶叫しているのに、息の詰まった喉が悲鳴をあげるのも許さない。涙ばかりが溢れ、目の奥には白い光が何度もまばたいた。

 侮っていた。いや、やはり戦いを知らなかったのだ。

 この二体は仲間を囮にして回り込み、獲物の仕留め役となることを瞬時に判断した。倒した三体にしても、不意打ちだった最初の一体を除けばおそらく全員が同じ方針で連携していたのだ。


 迅速な反撃、そして集団戦術。

 加えてカナタに打ち込んだ部位も容赦がない。背骨と片足。初撃で脊髄まで砕いてしまえば獲物は逃げられなくなるし、それに失敗しても足を負傷させれば優位に立てる。見飽きるほどに見た逃げ足をまず奪うところから攻めてきた。


 最弱の魔物、ゴブリン。

 これで最も弱いのなら、上位の魔物はどれほど恐ろしい怪物なのだろう。

 とはいえ最早、そんなことに気を回す機会などあるまいが。


「や……やだっ、やめ……っ、たすけ……っ」


 息も絶え絶えに泣きじゃくりながら、カナタは命乞いこそすれ希望を持てなかった。

 うずくまる少女の眼前に立つ、魔物たち。見れば先ほど撃ち抜いた三体まで合流している。傷を負ってはいるものの致命傷ではないらしい。


 魔法自体に不慣れなせいで、本来の威力を発揮できなかったか。それともカナタ自身が殺生へと踏み切れず、無意識に術の火力を抑えてしまったのだろうか。

 殺さないよう手加減したから見逃してくれ、と。むろん、そんな言い分が通るはずはない。


「や、だ……っ」


 ここで死んでしまうのか。わけもわからず異世界に連れ込まれ、あんなゲスな王たちに乗せられ、森の片隅にて人知れず魔物の食料になってしまうのか。

 絶望しきったカナタの眼前で、ゴブリンたちは楽しげに笑い、各々の武器を振り上げた。

 直後だ。


「!?」


 突然、カナタの後方より放たれた青い光弾がゴブリンの一体を撃ち抜く。着弾と同時に爆ぜると、小さな魔物を軽く数メートル先まで吹き飛ばした。

 続けて突進してくる、白い影。


「ひっ!?」

「味方だ!」


 影は言うなり、カナタを抱きかかえて後方に跳ぶ。人の脚力ではない。並外れた力、というよりも明らかに何らかの推進力を備えているような機動。地を這うように駆けるスラスター噴射だ。


「伏せてろ」


 くぐもって聞こえる男の声。降ろされた地面に這いつくばりながら、逆光の中でカナタは見た。

 全身を白い装甲服のようなものに包まれた人物。両手で構えるのはこの異世界にあるべき剣や弓などではなくて、見間違いでなければライフル銃のようだった。

 光がほとばしる。


 銃声というには印象が違った。もっと電気的で、SF映画で見かけるレーザー銃のような。そしてカナタの感じ方は正しかったのだろう。事実、男が構える銃からは先ほどと同じ光弾が放たれた。

 二連続の射撃を数セット。目まぐるしく狙いを変えながら、正確にゴブリンたちを仕留める。


「っ! 右!」


 咄嗟にカナタが叫ぶ。先ほど自分がやられたのと同じ要領、最後の一体が木々の合間を回り込み男の側面から仕掛けたのだ。


 だがゴブリンにとっての誤算は、この人物がすでにその戦術を看破していた点だろう。

 振り向きざまに繰り出した肘打ちがゴブリンの顔面を砕く。鈍い音。木の幹にぶつかったゴブリンは、すでに半分死んでいたに違いない。


 それでも男は無造作に照準を合わせるとトリガーを引いて確実に仕留めた。

 狙撃からカナタの救出、そして魔物の排除。一連の流れは数秒とかかっていない。装備の優位こそあるのだろうが、それにしても圧倒的に実戦慣れしていた。

 カナタとは違う本物の戦士。


「なんなんだ、こいつらは。……無事か?」

「へ……? あ、はい……痛っ」


 この世界に連れ込まれた時と同様、呆気に取られるあまりポカンとしていた少女は、だが全身を貫く激痛によって状況を思い出した。


「待て待て、動くな。いま診てやる」


 言いながら男はライフルを背に、変わって左手を突き出した。手首の辺りから何かの光を照射し、カナタの全身を往復する。

 それから傍らにしゃがみ込むと、


「足の骨折に、背骨はヒビか」


 端的に診断するなり、懐から何かを取り出した。細長いボールペンに似た形状のものが二本。


「な、なんですか……!」

「そう警戒するな。痛み止めと生体ナノマシン……わからないか? なんて言うべきか……そうだ、注射ならわかるか? いやともかく、お前の体を治す薬みたいなもんだ」

「ナノ……は? や、ちょっと待っ……うわっ」


 魔王がいて魔物がはびこり魔法がある。電気などなく科学は未発達。そんな世界観で聞こえるはずがないだろうSFじみた用語が、カナタの混乱を加速させた。

 最後に付け足したのは、有無を言わさず腕と足に注射器が刺さったことへの反射だ。

 刺された痛みはほとんどない。注射ではあるのだろう。何かが自分の体に入ってゆくのを感じる。こんな針があるのなら全国の予防接種が同じものを使ってくれていたらいいのに、などと場違いな感慨にさえふけっていた。


 数秒後。激痛がすうっと消える。これは痛み止めとやらの効果か。あるのは負傷部位の違和感。

 だがそれもさらに数秒が経つとなくなった。


「え……? あれ、足……?」


 もう全身が動かせる。完全に折れていた右足など、まるで手品のように元通りとなっていた。


「便利なもんだろ」


 男が言う。人好きする笑顔が透けて見えそうな、明るい声で。


「医療用生体ナノマシンって言ってな。患部に入れてやると、細胞やらなんやら一気に治してくれる。ちぎれた腕だってくっつけちまうくらいだ。まあそのまま使うと死ぬほど痛むんで、痛み止めは欠かせないんだけどな」

「は、はあ……? あの……」

「うん?」

「あ、えっと……ありがとう、ございます」

「いいさ。たまたま見つけられてよかった。で、ところでなんだが」


 男は立ち上がり、自分が倒したゴブリンたちを眺めて言った。


「この変な連中はなんだ? 状況が状況なんで、そのまま倒しちまったが」

「あ、ええと……ゴブリン、っていうみたいですよ?」

「ゴブリン?」


 どこか面食らった様子で男が振り返る。


「それってあれか? ファンタジーの映画や漫画なんかに出てくる……って言ってもわからんか」

「い、いえ、たぶんそれじゃないかな、と。……っていうか」


 上体を起こしながら、カナタは続けた。男の出で立ちをしげしげ眺めて、どう見てもそうとしか思えない職業を口にする。


「おじさん、宇宙飛行士? NASAとかの……」

「! NASAがわかるのか!?」

「わっ! は、はい、一応……! ロケットとか飛ばす、アメリカの……!」

「なんてこった! あんた同郷か! 地球人だろ!」


 豪快に笑う、宇宙飛行士らしき男。そう、彼の全身を包むのは白い与圧服らしきもの。カナタの知るものよりひと回りは細身だが、ヘルメット含めたワンセットの出で立ちは間違いなくロケットに乗り宇宙を目指す人々だ。


「驚いたな。こんな辺境の星で会えるなんて。あんた、出身は?」

「に、日本です。生まれも育ちも。……おじさんも?」

「いやあ、おれはもっと田舎の出だよ。ああでも一時期住んでたぞ。鹿児島ってところに二年くらい。でもそうだよな。言われてみりゃ、あんた見たまんま日本の女子高生だ。雰囲気はだいぶ変わってるが、その短剣やら防具やらを取ったら普通の……普通の?」


 男が気付いたらしい。カナタは首尾よく察し、苦笑いを浮かべた。

 そうして予想通りの質問が来る。


「なんで日本の、普通の女子高生がこんなとこにいるんだ?」

「あ、あはは……なんででしょう?」


 まったく同じ疑問を、カナタは果たして何回ほど自分に呟いたことだろう。なんで自分がこんなところに呼ばれたのか。どうせ召喚するなら、もっとマシな人選があるはずだ。

 たとえば武術の達人とか、格闘技のチャンピオン。警察官や自衛隊だっていい。

 なのにどうして、自分がこんな目に会っているのか。


「ま、立ち話もなんだな。行こう。近くにおれの船がある。メシでも食いながら話そう。立てるか?」

「は、はあ……あっ! あの!」

「うん?」


 さっさと歩き出す男を追いかけようとして、寸前でカナタは尋ねる。


「おじさん、名前は?」

「ああ、そうか言ってなかったな」


 彼はヘルメットを外した。実を言えば、カナタからすると男の顔もわからなかったのだ。バイザー部分は遮光されており、こちら側からだと中の表情がまるで見えない。人よりロボットに近い存在にさえ見えた。

 だからようやく表れた男の顔立ちが生身の人間であったことに、人知れず少女は安堵する。

 短い黒髪。よく日焼けした、なめし革の質感を備える肌。精悍な顔立ちは30代後半ほど。多く見積もっても40代だろう。触れたらチクチクしそうな無精ひげに、気持ちのいい笑顔を浮かべる中年だ。


「この辺りの星じゃ、ノーマッドで通ってる。あんたは?」

「そ、空先カナタ……です」

「空先。空の先の、さらに彼方か。いい名前だなぁ。宇宙の向こうまで行けそうだ」

「あはは……今のとこ、宇宙っていうか変な世界に来ちゃってますけど」


 差し出された手を握り返しつつ、カナタはまた苦笑する。

 これがノーマッドという男との出会いであり、さらに言えばこの世界に来て初めて自分から名前を伝えた瞬間でもあった。

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