第4話 朝・ちどり荘と、不屈の桟橋
二日目の朝。窓から差し込む光で目が覚めた。
「ん……あれ、もう朝?」
昨日よりちょっとだけ光に慣れたかも。体のリズムが、この島にチューニングされていく感じがする。変な話だけど。
「ん?」
部屋の隅のLAUNDRYボックスの上に、見慣れない紙袋発見。昨日、汗と潮でぐっしょりになった制服を入れたボックスの上だ。
「え、何これ?」
恐る恐る紙袋を開ける。中身は、真新しいジーンズと、フードの紐がやけにオシャレなグレーのパーカー。
「おお!普通の服だ!ありがたい!」
昨日寝る前に「まさか明日はメイド服とかじゃないよね」って冗談で呟いてたから、普通のカジュアル服で心底ホッとした。誰が聞いてるか分からないけど、ありがとう衣装担当さん!あなたのセンス、まだ信じてるよ!
紙袋の底に小さなポーチも入ってた。中身は日焼け止めクリーム、虫除けスプレー、絆創膏、消毒液。
「完全にサバイバルキットじゃん」
日焼け止めのチューブには『SPF50+ PA++++』。
「最強スペックきた!本気で30日間ここで生活させる気満々だ……」
でもありがたい。昨日の今日で、もう肌がヒリヒリしてる。二の腕とか真っ赤だし。日焼け止めをたっぷり塗りたくる。
「よし、今日は絶対焼かない!」
服を着替えて、鏡を見る。パーカーのサイズ、ぴったりじゃん。誰が測ったの?怖いんですけど。
タッチパネルで朝食選び。
【朝食】クロワッサンセット(500円)和食セット(600円)カップ麺(200円)
昨日の3,000円寿司の罪悪感がのしかかって、自然と安い方を選んじゃう自分がちょっと悲しい。
「でもクロワッサン最高!バターの香りがたまらない!」
サクサクのクロワッサンをかじりながら、今日の撮影対象を確認。
【Day2:ちどり荘/ドルフィン桟橋/海底水道取込口】
「今日は二件!?初仕事からダブルヘッダー!?」
でも、一件目には見覚えがあった。ちどり荘。昨日の踏査で前を通った、北の端の、あの仲間外れの白い箱。
「よし。約束、果たしに行きますか」
一件目のちどり荘は、島の北の端にあった。堤防沿いに、ぽつんと立ってる2階建てのコンクリートの箱。
壁は真っ白に変色して、角なんて崩れて鉄筋丸見え。割れた植木鉢が転がってて、そこにはかつて誰かが育てた花があったんだろうな。
「ここで先生たちが暮らしてたのか……」
建物に手を触れた瞬間、また来た。あの変な感覚。
お祖母ちゃんから受け継いじゃった、この厄介な体質。場所に残る記憶とか感情を、光や音として感じちゃう『共感覚的記憶』ってやつ。
視界の端を、淡い若草色の光がふわふわ漂ってる。
あ、これチョークの粉の色だ。
そして、その光を包むように、オレンジ色の光。家族の団らんの色。
——記憶は光になって、この廃墟に今も残ってる。
見えない人には何もない場所だけど、私には見える。狭い部屋で肩寄せ合って、でも楽しそうに笑ってる声が聞こえる気がする。
「……なんか、じーんと来た。狭くても幸せだったんだね」
急にこの古びたアパートが愛おしくなる。
5,300人が暮らしていたこの島に、今は私一人。でも、彼らの記憶は、確かに光となってここに在る。
私は重いカメラ『SONY α7R V』を首から下げて電源オン。
「うわ、首痛っ!重すぎでしょこれ。スマホと全然違う!」
でも文句言ってる場合じゃない。
「よーし、始めますか。記憶の狩猟!……って、自分で言って恥ずかしいけど」
誰も聞いてないから大丈夫。大丈夫だよね?監視カメラは……まあ、いいや。
まずはロケハン。ただパシャパシャ撮るだけじゃダメ。どこから撮れば、この小さなアパートの記憶ごと写せるか考えなきゃ。
建物の周りをぐるっと一周。正面から撮って、横から撮って、裏から撮って……
「よし、これくらいでいいかな?」
全部で50枚くらい撮った。汗だくになったし、一旦部屋に戻ってデータ確認しよう。
部屋に戻って、冷房の効いた部屋で一息。
「あー涼しい!生き返る!」
でも早く確認したい。PCにデータを取り込んで、RealityScanを起動。
「えーと、昨日読んだマニュアルだと……最初は『Align Images』だっけ」
ドキドキしながらクリック。PCが唸り始める。
「頑張れ~!」
5分後、処理完了。結果は……
「……は?写真が3枚?これだけ?」
50枚も撮ったのに、たった3枚しか認識されてない!
「なんで!?壊れてる?!それとも私が何か間違えた?!」
焦って画面をあちこちクリックする。エラーログを見ると『Insufficient overlap』の文字。
「重複不足……あ!」
マニュアルに書いてあった『60-80%重複』を完全に無視してた。
仕方ない、撮り直しだ。外はまだ明るい。諦めるわけにはいかない。
再び外へ。今度は慎重に。
「3歩進んで撮って、1歩だけ進んで撮って……」
正面だけで30枚。横も同じくらい。裏側も、斜めからも。
「暑い!もう汗だく!」
額から汗が目に入って、しみる。でも止まらない。1時間かけて、今度は120枚撮影。
部屋に戻って再挑戦。
「今度こそ!」
Align Images実行。10分待つ。祈るような気持ちで結果を見る。
「……は?写真が12枚?まだこれだけ?」
少しは増えたけど、全然足りない。
「なんでー!ちゃんと重複させたのに!」
写真を見返すと、ピンボケしてるのが結構ある。
「あ、汗が目に入って適当に撮っちゃったやつだ……」
しかも、建物の上の方が全然撮れてない。2階の屋根とか、手すりの細部とか。
「背が足りない!どうしよう……脚立とかないし」
諦めかけたその時、近くにコンクリートブロックを発見。
「これに乗れば!」
よいしょっと登る。ぐらぐらする。
「わわわ!落ちる!」
なんとかバランスを取って、上の方を撮影。20枚追加。
さらに、暗い部分が真っ黒になってることに気づく。窓の中とか、屋根の下とか。
「カメラの設定……露出?って書いてある」
適当にダイヤルを回して明るくする。
「お、見えた!」
最初は「こんなの無理」って思ってた。でも、今、ちょっとだけ分かってきた気がする。昨日までスマホで自撮りしかしてなかった私が、プロ用カメラでフォトグラメトリ。
影になってる部分を重点的に撮り直し。気づけばもう夕方。オレンジ色の西日が建物を照らしてる。
「きれい……」
疲れたけど、この光は逃したくない。夕焼けに染まるちどり荘は、黄金色の宝物みたいだった。
この瞬間を逃したら、二度と見られない。時間は刻一刻と沈んでいく。そして同時に、記憶は光となって積み重なっていく。
最後の力を振り絞って、西日の中のちどり荘を撮影する。結局、全部で200枚以上撮った。もうヘトヘト。
「疲れた……でも、やりきった」
ちどり荘を振り返る。
さっきまでただの廃墟だったのに、今は違う。ここで生きた人たちの笑顔が見える気がする。
先生たちもきっと、こんな夕陽を、家族と一緒に見てたんだろうな。
「あなたの記憶、ちゃんと残すからね」
静かに、小さく呟く。
重いカメラを抱えて部屋に戻る。階段を上る足取りは重いけど、心は軽かった。
今夜のデータ処理が楽しみだ。今度こそ、きっとうまくいく。何度失敗しても、諦めなければ、前に進める。
そう信じて、ドアを開けた。




