第3話 夜・四・五キロの灯り
夕食は、オムライスにした。ケチャップの匂いが、家の匂いに似てて、ちょっと泣きそうになった。
食べ終わって、電気を消して、ベッドに入って——眠れなくて、カーテンを開けた。
「……あ」
海の向こうに、灯りが見えた。
オレンジ色の、小さな光の粒が、点々と。本土の、街の灯りだ。
「……人が、いる」
あの灯りの一つ一つの下に、人がいる。ご飯を食べて、テレビを見て、お風呂に入って、おやすみって言い合ってる人たちが。
お母さん、今ごろ、警察に電話してるかな。
……昨日の朝、私、お母さんに冷たくしたんだ。「お弁当、また同じおかず」って文句言って、ろくに「いってきます」も言わずに出てきた。パートで朝早くから作ってくれてるの、知ってたのに。
謝りたい。今すぐ、謝りたいのに。
ミカ、明日も改札で待っててくれるかな。
「帰りたい……」
涙が、勝手に出た。声を殺して、しばらく泣いた。たった4キロ。泳げない4キロ。世界で一番遠い、4キロ。
ひとしきり泣いて、鼻をかんで、私は部屋を見回した。
温かいベッド。冷蔵庫。お風呂。注文すれば出てくるごはん。鉄格子の窓と、開かない回線。
「……殺す気は、ないんだ」
生かす気は、満々にある。でも、出す気は、ない。
だったら、出口は一つしかない。
PCを立ち上げて、もう一度、あの画面を開く。
『解放条件:この島の全建造物を、それなりにフォトグラメトリでデジタル化すること』
「……やってやろうじゃん」
泣くのは今日で終わり。明日から、働く。クリアして、堂々と、正面から帰る。
リストの一件目を見る。『ちどり荘』。今日、北の端で見た、あの仲間外れの白い箱。
「明日、行くから。待ってて」
寝る前に、お風呂に入った。一日歩き回って、汗と潮でぐっしょりになった制服を、ベッド横の『LAUNDRY』と書かれたボックスに入れる。ラベルの説明によると、洗濯はお任せで、明日の服はこの中に用意されるらしい。
「至れり尽くせりじゃん……。でも『用意される』って、何が来るんだろ」
選ぶ権利は、なさそうだった。ちょっと嫌な予感がして、私はボックスに向かって、釘を刺しておいた。
「まさか明日はメイド服とかじゃないよね」
冗談だよ?冗談。……誰が聞いてるか分かんないけど、一応ね。
カーテンは、開けたままにした。本土の灯りが見える角度に。
「おやすみ、お母さん。おやすみ、ミカ」
4キロ先の灯りに、小さく手を振って、私は目を閉じた。
【残り日数:29日】




