第16話 昼・巨大な瞳と空からの記憶
午後、再び炭鉱施設へ。カメラとドローンを持って。
「よし、本格撮影開始!」
階段を下りてる時、カメラが肩から滑り落ちそうになって、慌てて掴む。心臓がバクバク。
「危ない!落とすとこだった!もっとしっかり持たないと!」
まず、貯炭場のベルトコンベア跡から。支柱の一本一本を、丁寧に撮影していく。
「正面から、横から、斜めから……」
3歩進んで撮って、1歩だけ進んで撮って。ちどり荘で学んだ、重複率80%を意識しながら。
支柱の錆び具合、コンクリートの風化、周囲の景色。全部記録する。
「これが、石炭を運んでた……日本を支えてた……」
一時間半かけて、1500枚撮影。
次に、第二竪坑の捲座跡。鉄骨の土台を中心に、あらゆる角度から。
「この鉄骨の一本一本に、意味があった……」
「ここに巨大な機械が載ってた……命を繋ぐ機械が……」
坑口に近づく。
空気が、変わる。
氷の息を吐かれたみたい。凍りつくような冷たさ。
さらに一時間半。1500枚撮影。
第四竪坑跡の捲座。煉瓦張りの建物。中も外も、細部まで。
「煉瓦の一枚一枚……風化してるけど、まだ残ってる……」
窓の中を覗いて撮る。暗い。でも、カメラの設定を調整すれば、中の様子も撮れる。
「露出上げて……ISO感度も上げて……」
設定を変えながら、胸の中に焦りが浮かぶ。ちゃんと撮れてる?明るさ、足りてる?
「よし、見えた!」
一時間かけて、1050枚撮影。
そして、ドルシックナー。地上からの撮影は午前中にある程度終わらせた。今度は、空から。
ドローンの出番だ。
「行くよ、私の目!空から見た世界を見せて!」
ドローン起動。自動撮影モードで真上へ。
ブゥゥゥン、という音。プロペラが回転する音。機体が浮き上がって、ゆっくりと上昇していく。
でも、GPSが乱れてる。ピピッ。信号が不安定。
「また……?頼むから、今日は落ちないで……」
掌に汗。呼吸が浅い。
手動で操作。コントローラーを握りしめる。
モニターを見つめる。高度が上がるにつれて、ドルシックナーの全体像が見えてくる。
5メートル。まだ地上からと変わらない視点。
10メートル。少し全体が見えてきた。
20メートル。放射状の仕切りが見え始める。
30メートル――
「うわっ!!」
モニターに映った光景に、思わず声が出る。
巨大な目玉。
円形のドルシックナーの中心から、放射状の仕切りが何本も伸びてる。まるで瞳の虹彩。いや、それ以上に。
「すごい……本当に目玉だ……生きてるみたい……」
「この島を空から見つめる、コンクリートの目……」
ゾクッとする。不気味だけど、神秘的。恐ろしいけど、美しい。
「監視カメラより怖い……でも……」
しばらく、モニターを見つめたまま動けなかった。
「なんか……芸術的……現代アートの作品みたい……」
「『軍艦島の瞳』って題名つけたい……」
我に返って、夢中でシャッターを切る。いろんな角度から。
「真上から、斜めから、もっと高く、もっと横から……」
ドローンをもっと高く上げる。40メートル、50メートル、60メートル。島全体が見えてくる。
「あ、この角度もいい!島全体の中にあるドルシックナー!」
撮影に夢中になって、時間を忘れる。
気づいたら1時間以上経ってた。
「やば、こんなに時間経ってた……」
ドローンを降ろす。ゆっくりと戻ってくる。手のひらでキャッチ。
「おかえり!今日もありがとう!最高の相棒!」
撮れた写真を確認。完璧。
「これは……いいデータ撮れた……すごくいい……」
換気施設も撮影。主要扇風機室と補助扇風機室。
「ここが命を守ってた……」
建物の周りを一周して、窓から中を覗いて、あらゆる角度から撮影する。
「忘れないよ。あなたたちの役割を。」
31号棟の方へ移動。資料に書いてあった、ベルトコンベアが建物を貫通してる場所。
「31号棟の2階と3階の間をコンベアが通過……」
建物の横っ腹に、本当に大きな穴が開いてる。
「あ!本当だ!本物だ!穴が開いてる!」
「ここを黒いボタが流れてたんだ……ゴォォォって音がしてたんだろうな……」
穴の中を覗く。暗い。コンクリートの管みたいになってる。奥が見えない。
「住んでる人、うるさくなかった?真上の部屋とか、眠れなかったんじゃ……」
でも、それが日常だった。それが、この島の音だった。
岩礁の方へ回る。ボタを海へ捨てるためのトンネルの入り口を発見。
「真っ暗……」
入り口に立って、中を覗く。本当に真っ暗。吸い込まれそうで怖い。
「中は迷路みたいになってるって資料に書いてあった……30号棟への横穴もあるって……」
「地下都市じゃん……でも、怖い……入るの怖い……」
勇気が出ない。無理に入って、迷子になったら?閉じ込められたら?
「今日はやめとこう……また今度……もっと勇気が出た時に……」
「無理はしない。安全第一。お祖母様もそう言ってた。」
トンネルの入り口だけ撮影して、引き返す。
ボタ捨て場の跡も撮影。海に向かって傾斜してる斜面。
「ここから海に捨ててたんだ……黒い石が、ザーッと海に流れていく……」
想像すると、なんだか切ない。役に立たなかったボタも、元は石炭の一部だったのに。
風が止まった。ふと、気づく。風が、止まってる。
でも、風のような音がする。
ヒュゥゥゥゥ……
海の方から?いや、違う。海は、反対側だ。
波の音のような、でも、少し濁ってる。
誰かが、真似してるような。
背筋が凍る。振り返る。誰もいない。指先が、冷たくなる。
「気のせい……だよね……」
夕方。オレンジ色の西日が炭鉱施設を照らし始めた。
「この光……きれい……」
錆びた鉄骨が、夕日に照らされて黄金色に輝く。廃墟なのに、美しい。
「炭鉱施設なのに……美しい……」
最後の数枚を撮影。夕日に染まる支柱。黄金色のドルシックナー。オレンジ色の捲座。
「よし、今日はここまで!」
撮影枚数を確認。
「5000枚以上……十分すぎる……よく頑張った、私……」
カメラバッグが、ずっしりと重い。データの重さ。記憶の重さ。
これはただの撮影じゃない。
何かの"記録プロジェクト"なんだ。
私は、何かを記録してる。
でも、それが何かは、まだ分からない。
部屋への帰り道。疲れたけど、充実感で胸がいっぱい。
「今日は炭鉱施設を撮れた……島の心臓部を記録できた……」
階段を上りながら、ふと振り返る。夕日に染まる炭鉱施設。
「ドルシックナーの目玉……忘れられない……あれは絶対、いい3Dモデルになる……」
「おやすみ、炭鉱施設……あなたたちの記憶、ちゃんと残したから……」
部屋に戻って、ドアを閉める。
静かに。




