第13話 昼・100年前の海と青い渦の宝物
午前中の探索でヘトヘト。足がガクガク。一旦部屋に戻って昼食。
階段を上るのがきつい。一段一段が重い。
「お腹すいた……動きすぎた……カロリー消費しすぎた……」
部屋に着いて、ドアを開けた瞬間、冷房の冷たい空気。
「あー!涼しい!天国!極楽!」
黒ジャケを脱ぐ。汗でびっしょり。重い。
「重い……汗を吸って倍の重さになってる……」
LAUNDRYボックスへ放り込む。
タッチパネルでラーメン注文。ポチッ。
「汗だくになった後のラーメン最高!塩分補給!濃いスープが体に染みる~!」
ウィーン、という音と共に、熱々のラーメンが出てくる。湯気がモワモワ。
「いただきます!」
箸を持って、麺をすする。ズルズルズル。
「あっつ!でも美味い!スープも美味い!チャーシューも美味い!」
麺をすすりすぎて、スープが飛ぶ。ビシャッ。
「あっ!」
テーブルにスープが飛び散る。慌ててティッシュで拭く。
「もう!集中して食べないと!」
でも夢中で食べる。お腹すきすぎて、マナーなんて気にしてられない。
ラーメンを食べ終えて、スープも全部飲み干して、げっぷ。
「ふう……生き返った……」
椅子に座って、足をぶらぶら。
「疲れた……でも、あと半日……午後も頑張らなきゃ……」
昨日までの疲れが、まだ身体に残ってる気がする。
5分だけ休憩。目を閉じる。
「ちょっとだけ……5分だけ……」
気づいたら30分経ってた。
「寝てた!?やば!時間もったいない!30分もロスした!」
慌てて立ち上がる。めまい。グラッ。
「うわ、立ちくらみ……」
壁に手をついて、深呼吸。ゆっくり息を吐く。
「大丈夫、大丈夫……水分補給して、行こう……」
冷蔵庫から麦茶をゴクゴク。
「よし!午後も頑張る!」
再び30号棟へ。カメラとドローンを持って。バッグが重い。
「よし、本格撮影開始!歴史を記録する!」
外に出た瞬間、空気が重い。
湿気が肌に纏わりつく。潮の匂いと、土の匂いと、錆の匂いが混じって、息が詰まりそうだ。西側エリアの空気は、学校エリアとは違う。重くて、濃くて、息苦しい。
まずは地上から。建物の周りを、丁寧に、慎重に撮影。3歩進んで撮って、1歩だけ進んで撮って。重複率80%。もう完璧にマスター。
「もう慣れた。失敗しない。ちどり荘の悲劇は繰り返さない」
でも、暑い。真夏の太陽が容赦なく照りつける。黒ジャケを着てないけど、それでも暑い。
「暑い……でも頑張る……」
建物の中に入って、各階を撮影。1階、2階、3階。階段を上って、下りて、また上って。
足裏に、階段のきしみが伝わる。ミシミシ。ギシギシ。一歩のたびに、崩れそうな音。この島は、いつ壊れてもおかしくない。
「4階は食堂があったんだよね……あ、広い部屋!ここだ!」
広い空間。窓がたくさん。光が入る。
「ここで組の人たちが一緒にご飯食べてたのか……ワイワイ食べてたんだろうな……」
壁の貝殻を何度も撮影。いろんな角度から。
「この貝殻、絶対記録しなきゃ。これが30号棟の証だもん。アイデンティティだもん」
5階、6階と上がっていく。
「はぁ、はぁ、階段きつい……二回目だけど、やっぱりきつい……」
一段一段が重い。足が痛い。太ももが悲鳴を上げてる。
身体全体が、疲労で重い。昨日までの蓄積が、今日になって押し寄せてくる。
「昔の人、エレベーターなしでこれ毎日上ってたの?重い荷物持って?すごすぎ。尊敬する」
最上階の7階まで上る。もう限界。
「やっと……着いた……もう……無理……」
壁に手をついて、息を整える。心臓がバクバク。ドキドキドキドキ。
窓から外を見る。海が広がる。どこまでも青い海。
「景色いいな……でも、ここに住むの大変だったろうな……毎日この階段……」
屋上への階段を発見。資料に書いてあった、階段室がないむき出しの階段。
「これ、雨の日ビショビショじゃん!台風の日とか地獄じゃん!」
慎重に上る。手すりが低い。というか、ほとんどない。怖い。
「落ちたらやばい……マジでやばい……死ぬ……慎重に……一段一段……」
屋上に出た瞬間――
「うわ!見晴らし最高!絶景!パノラマ!」
360度、遮るものがない。島全体が見渡せる。海が、空が、全部見える。
「すごい……こんな景色、初めて……東京じゃ絶対見られない……」
煙突の跡を発見。コンクリートの筒が、いくつも屋上に突き出てる。
「あ、これ煙突の跡?かまどの煙突が屋上まで伸びてたんだ……各部屋から……」
手すりの柱も残ってる。錆びた鉄の柱。
資料を思い出す。頭の中で復唱する。
「戦時中はここに速射砲があったって……対空砲……」
「平和な住宅が、戦争の最前線になってたなんて……」
ちょっと怖くなる。ゾクッとする。
光庭を上から見下ろす。真下を覗き込む。
「完璧なロの字!きれい!正方形!幾何学的!」
「でも、この『ロの字』構造、上から見ないと分からないな……地上からじゃ絶対無理……」
ドローンの出番だ。私の目。空からの目。
「行くよ、相棒!空へ!」
ドローンを取り出して、自動撮影モード起動。画面をタップ。
「よし、飛ばすよー!記録するよー!」
光庭の真上から、ゆっくり上昇。ブゥゥゥン。
でも、挙動が少しおかしい。ふらつく。
「あれ?ちょっと不安定?」
GPSの信号が乱れてる。ピピピッ。電子音が濁って聞こえる。ピ……ピ……
「やばい……安定しない……」
焦る。手のひらに汗。
なんとか飛んでる。モニターを見つめる。高度が上がるにつれて、30号棟の形が見えてくる。
「うわー!本当に立方体!完璧な立方体!でも真ん中に四角い穴!」
「ドーナツというより……サイコロに穴開けた感じ!ダイスの6の目みたい!」
興奮して画面に見入る。鼻がモニターにつきそう。
「この構造、できた!我ながら天才!中庭があるから、全部の部屋に光が入るんだ!」
「外側だけじゃなくて、内側にも窓があるのか!内側も外側も!」
ドローンをもっと高く。20メートル、30メートル、40メートル。建物全体が見えてくる。
でも、また挙動が不安定になる。風に煽られる。
「頑張って……お願い……今日はまだ落ちないで……」
怒りと涙が混じる。くそっ。なんで今日なの。
手動で操作。慎重に。膝をついて、コントローラーを握りしめる。
「南西側が一番頑丈……壁が厚い……風雨を受ける側だもんね……船のブリッジ……」
夢中で撮影してたら――
足元に、何か光るものを発見。キラッ。
「ん?なにこれ?」
しゃがんで、手を伸ばす。拾い上げる。
ビー玉だった。
手のひらに乗せて、光にかざす。透明なガラスの中に、青い渦が入ってる。螺旋を描く、美しい青。
「きれい……!青い渦が入ってる……海の渦みたい……」
太陽の光を通すと、青い渦がキラキラと輝く。生きてるみたい。
「100年前の子供の宝物かな……」
想像する。この屋上で遊んでた子供。ビー玉を転がして遊んでた子供。
「落としちゃって、悲しかったかな……探したかな……」
「それとも、わざと置いていった?『また帰ってくるから』って思って?」
ビー玉をじっと見つめる。青い渦が、こっちを見つめてる気がする。
「君の持ち主は、今どこにいるんだろうね……」
「おじいちゃんになってるのかな……それとも……もう……」
胸がキュッとなる。目頭が熱くなる。
「ダメダメ、泣いちゃダメ……今は撮影に集中……」
ビー玉をジーンズのポケットにそっとしまう。
「大切にするね。約束する。絶対に大切にする」
撮影を続ける。屋上の煙突、手すりの跡、壁の質感。貝殻が埋まった壁。全部。漏れなく。
レンズが曇る。湿気で。
「あ、曇った!」
慌てて拭く。でもまた曇る。
「もう!またかよ!」
何度も何度も拭く。そのたびに撮影が止まる。時間がもったいない。
「全部記録しなきゃ……全部残さなきゃ……」
気づけば夕方。西日がオレンジ色に変わってきた。
「あ、もうこんな時間……」
西日が建物を照らし始める。コンクリートが黄金色に染まっていく。
「この光……最高……魔法の時間……」
100年前の建物が、黄金色に輝いてる。魔法にかかったみたい。
「きれい……」
夢中でシャッターを切る。カシャカシャカシャ。
貝殻が埋まった壁が、夕日に照らされてキラキラ光ってる。
「海の記憶が、光ってる……100年前の海が、今、光ってる……」
100年前の砂浜。100年前の貝殻。100年前の波。100年前の子供たち。
それが今、この壁の中に閉じ込められて、夕日に照らされてる。
「すごい……時間が、光ってる……過去が、輝いてる……」
撮影を終えて、屋上から下りる。慎重に、一段一段。
「落ちないように……気をつけて……」
7階、6階、5階。階段を下りるのも大変。足が笑ってる。ガクガクする。
「足が……もう限界……」
4階、3階、2階。やっと1階。地上。
「疲れた……もう無理……体力の限界……」
でも、充実感で胸がいっぱい。やりきった感。
建物の外に出て、振り返る。もう一度、30号棟を見上げる。
「ありがとう、30号棟。今日一日、いろいろ見せてくれて。話を聞かせてくれて」
夕日に染まる立方体の建物。黄金色に輝く109年前の建物。
遠くから、風が吹いてくる。救いのように、温かい風。
「あなたの記憶、ちゃんと残したから。完璧に残した」
ポケットの中のビー玉を触る。冷たくて、丸くて、滑らか。
「これも、一緒に。君の宝物も、一緒に残すから」
「今日の私、ちょっと強かったかも」
小さく微笑む。
部屋への帰り道。足を引きずりながら歩く。もう限界。
「疲れた……でも、いいデータ撮れた……最高のデータ……」
「3700枚……我ながら撮りすぎ……でも全部必要……全部大切……」
階段を上るのがきつい。一段一段が、山みたいに高く感じる。
「はぁ、はぁ、もうすぐ……あと少し……」
やっと部屋到着。ドアを開けて、中に入った瞬間――
床に倒れ込む。バタン。
「疲れた……死ぬ……本気で死ぬ……」
でも、やりきった。
今日も、諦めなかった。前に進んだ。




