第九十六話 それでも私の得意な場所へ来てください、とは言わない
次の相手として名前を呼ばれた瞬間から、レナはずっと笑っていた。
待機画面へ移っても。
装備を確認している間も。
対戦マップが読み込まれている間でさえ、口元が緩んだままだった。
「そんなに嬉しいですか?」
NoNameが尋ねると、レナは隠す気もなく頷いた。
「嬉しい!」
「そうですか」
「だって師匠が自分で私を選んだんだよ?」
「順番ですが」
「分かってる! それでも!」
声が弾んでいる。
けれど、そのまま浮かれているだけではなかった。
マップの読み込みが終わった瞬間、レナの表情が変わる。
今回選ばれているのは、中央に開けた空間があり、その周囲を狭い通路と複数の遮蔽物が囲むフィールドだった。
近距離だけならレナが有利。
距離を取ればNoNameにも選択肢が増える。
どちらか一方へ偏った場所ではない。
「師匠」
「はい」
「一個だけ、最初に言っていい?」
「どうぞ」
レナは少しだけ言葉を探した。
「私の得意な距離に、わざと来なくていいからね」
NoNameは瞬きをした。
四対四の最初。
NoNameは、自分からレナのもっとも得意とする近距離へ入った。
合理的だからではない。
レナとそこで戦ってみたかったから。
結果として一度負け。
その後、取り返した。
「今日は来てほしくないんですか?」
「違う」
レナは即座に否定する。
「来てほしいよ。めちゃくちゃ来てほしい」
「では?」
「でも、それを私がお願いしたくない」
NoNameは黙って続きを待った。
「師匠が近くで戦いたいなら来て。遠くで勝てると思うなら、遠くにいていい。逃げた方が勝てるなら逃げて」
いつもの勢いはある。
けれど、言葉そのものは真剣だった。
「私、今日」
レナはNoNameを見る。
「師匠が私に合わせてくれた試合に勝ちたいんじゃない」
一度、息を吸う。
「勝とうとしてる師匠に勝ちたい」
NoNameはしばらく何も言わなかった。
「……それは」
「うん」
「かなり嬉しいですね」
「なんで師匠が喜ぶの!?」
「勝ちたいと思ってもらえているので」
「そうだけど!」
レナは一瞬だけ顔を赤くしてから、強引に話を戻した。
「だから手加減なし!」
「最初からそのつもりです」
「私が近距離得意だからって、そこに付き合う必要もなし!」
「分かりました」
「あと負けても先生みたいに褒めない!」
「難しいですね」
「そこ難しいの!?」
「良い動きを見れば、良いと思いますので」
「思うだけ!」
「口に出してはいけませんか?」
「少なくとも試合中は禁止!」
NoNameは少し考えた。
「努力します」
「絶対言うやつ!」
観戦しているユイが小さく息を吐いた。
「レナさん。そろそろ開始です」
「分かってる!」
ミカも同じ観戦席にいる。
ただ、先ほどからほとんど口を挟んでいない。
最後に自分が残されていることを、どう受け取っているのか。
NoNameにもまだ分からない。
今は。
レナを見る。
開始まで。
三秒。
レナが構える。
二秒。
NoNameも構えた。
一秒。
開始。
◇
NoNameは、下がった。
「えっ」
レナから思わず声が漏れる。
試合開始と同時。
NoNameは中央へ入らず、後方の遮蔽物へ移動した。
そのまま距離を維持する。
「師匠!」
「はい」
「ほんとに来ないの!?」
「来なくていいと言われましたので」
「言ったけど!」
「それに」
NoNameは遠距離から一発。
レナが避ける。
「今は、この方が勝ちやすそうです」
レナの顔が。
ゆっくり笑顔へ戻った。
「そっか」
嬉しそうだった。
「じゃあ捕まえる!」
レナが走る。
一直線ではない。
遮蔽物を使い、射線が通る瞬間だけ進路を変える。
NoNameは撃つ。
一発目。
避けられる。
二発目。
レナは止まった。
弾が前を抜ける。
三発目。
今度は下がる。
以前なら、NoNameまでの最短距離を走った。
攻撃を受けても距離を詰める。
自分が一番強い場所へ入れば勝てる。
そう考えていた。
今のレナは違う。
前へ出たい。
早く近づきたい。
その気持ちは変わっていない。
ただ。
前へ出るために。
止まれる。
戻れる。
遠回りもできる。
「……速くなったわけではありませんね」
「何が?」
「近づくのが」
「褒めるの禁止!」
「まだ褒めていません」
「じゃあ何!?」
「以前より、近づきにくいです」
「それ絶対褒めてる!」
NoNameは答えず、位置を変えた。
レナが追う。
ただし、追いかけるだけではない。
NoNameが次に使いたい遮蔽物を先に潰すように進む。
徐々に。
距離が縮まる。
NoNameがさらに後退する。
「逃げるね!」
「勝ちたいので」
「うん!」
レナは。
そこで嫌がらなかった。
むしろ。
「もっと逃げて!」
笑っている。
「全部追いつくから!」
NoNameは少しだけ目を細めた。
これは。
以前のレナではない。
昔なら「正面から来て」と言ったかもしれない。
自分の得意な場所で勝ちたい。
そこでNoNameを倒せば、自分の強さを証明できる。
けれど今は。
相手が逃げるなら追う。
相手が得意な距離を維持するなら、それを壊す。
NoNameが勝つために選んだものごと。
全部込みで。
勝とうとしている。
「レナ」
「なに!」
「やはり――」
「褒めない!」
「まだ何も言っていません」
「声で分かる!」
「そうですか」
「今の師匠、分かりやすいんだから!」
レナが突然止まった。
NoNameも一瞬判断する。
まだ距離はある。
レナなら進みたいはず。
なのに来ない。
NoNameが撃つ。
レナは避ける。
また止まる。
NoNameは距離を広げようとした。
その時。
レナが進んだ。
NoNameが下がる。
レナはまた止まる。
「……」
NoNameの動きがわずかに鈍った。
理解する。
レナは自分が近づいているのではない。
NoNameを。
少しずつ後ろへ動かしている。
このマップの外周。
さらに後ろへ行けば。
逃げ道が減る。
「気づいた?」
「はい」
「遅かった?」
「少し」
「やった!」
レナが一気に前へ出る。
NoNameもすぐ位置を変えようとした。
しかし。
右は壁。
左はレナ。
後ろへ行けば行き止まり。
残るのは。
前。
レナのいる方向。
「捕まえた!」
近距離。
NoNameも反撃する。
レナが一撃。
NoNameがかわす。
二撃目。
受ける。
NoNameも一発返す。
しかし距離は切れない。
レナの三撃目。
撃破判定。
第一本。
黒瀬レナ。
「――よっしゃあ!」
大きな声が響いた。
NoNameは敗北表示を見る。
「負けました」
「褒めるの禁止!」
「まだ何も言っていませんよ」
「絶対このあと『いいですね』って言う!」
「言おうとはしました」
「ほら!」
レナは勝ったというのに、なぜか必死だった。
NoNameは少し笑う。
「では、言いません」
「うん!」
「ただ」
「ただもなし!」
「分かりました」
NoNameは黙った。
だが。
悔しい。
はっきりと。
四対四で取られた時とは少し違う。
今回は。
最初から逃げた。
勝つために。
レナの得意な場所を避けた。
それでも捕まえられた。
「師匠」
「はい」
「悔しい?」
NoNameはレナを見る。
「かなり」
レナの顔が。
一気に明るくなった。
「じゃあ次!」
「はい」
「もっと逃げてもいいよ!」
「そうします」
「即答!?」
「勝ちたいので」
「よし!」
第二本が始まった。
◇
第二本は。
NoNameが取った。
今度は外周へ追い詰められる前に、自分から中央を横切った。
レナが追えば。
射線を通せる。
追わなければ。
距離を維持できる。
レナは追った。
当然だった。
NoNameもそう読む。
中央へ入ってきた瞬間に一発。
レナが止まる。
その停止まで読んで、もう一発。
耐久を削る。
レナはそれでも距離を詰めた。
だが。
残り一歩。
届く前に。
NoNameの最後の攻撃が入った。
一対一。
「……負けた!」
「勝ちました」
「嬉しそう!」
「はい」
「そこはいい!」
「いいんですか?」
「勝った時は!」
「基準が難しいですね」
「師匠が試合中に先生になるのが嫌なの!」
「なるほど」
「今理解したの!?」
「かなり」
「遅い!」
NoNameは笑う。
ただ。
第二本。
簡単ではなかった。
最後まで。
レナは届きかけた。
あと一歩。
ほんの少しでも自分の判断が遅れていれば。
また近距離へ入られていた。
「次」
レナがすぐ構える。
「今度は取る」
「私もです」
三本目。
◇
三本目は。
長かった。
レナは追わなくなった。
正確には。
NoNameが下がったからといって、そのまま追うことをやめた。
中央付近で止まる。
NoNameが距離を取れば。
取らせる。
「来ないんですか?」
「行かない!」
「私に遠距離から撃たれますよ」
「撃って!」
「いいんですか?」
「避ける!」
NoNameが撃つ。
レナは避ける。
再び撃つ。
避ける。
少し削られる。
それでも。
来ない。
「……なるほど」
「何?」
「私から来させたいんですね」
「褒めないで!」
「分析です」
「それも今は禁止!」
NoNameは仕方なく黙った。
レナは中央付近。
NoNameは外側。
このままなら。
遠距離から削り続けられる。
有利なのはNoName。
しかし。
時間がかかる。
そしてレナは。
少しずつ。
撃たれる位置そのものを変えている。
遮蔽物。
高さ。
角度。
NoNameが狙いやすい場所を見せながら。
撃つたびに。
少しだけ別の位置へ誘う。
気づいた時。
NoNameは中央へ近づいていた。
自分から。
「……またですね」
「何が?」
「いえ」
今度は言わない。
レナが笑う。
「気づいた?」
「はい」
「でももう近い!」
レナが来る。
NoNameは下がる。
まだ間に合う。
そう判断した。
レナが。
止まった。
NoNameも反応して止まる。
その瞬間。
レナは下がった。
「……?」
逃げる。
近距離まであと少しだったのに。
自分から距離を切る。
NoNameの判断が。
一瞬遅れる。
「師匠」
レナが笑う。
「今、私が来るって思ったでしょ」
「はい」
「じゃあ外れ!」
「そうですね」
「次は?」
NoNameは答えない。
レナがさらに離れる。
何をする。
NoNameは見る。
レナの足。
視線。
重心。
以前なら。
そこから答えを絞った。
今もできる。
しかし。
レナ自身が。
最後まで決めていない。
来る。
止まる。
下がる。
もう一度来る。
全部。
NoNameの反応を見てから。
その場で選んでいる。
「師匠!」
レナが来る。
NoNameは撃つ。
止まるか。
レナは。
止まらない。
被弾。
それでも前へ。
「今は行く!」
距離が消えた。
NoNameはすぐ反撃へ切り替える。
しかし。
レナの方が速い。
一撃。
二撃。
NoNameも削る。
互いに危険域。
「レナ」
「なに!」
「今、楽しいです」
「知ってる!」
「分かりますか」
「顔!」
「そうでした」
「でも私の方が楽しい!」
レナが最後の一撃へ。
NoNameも同時。
交差。
撃破判定。
先に届いたのは。
レナ。
二対一。
黒瀬レナ。
リード。
観戦席が。
静かだった。
レナ本人も。
勝った直後だというのに、最初の一本ほど大声を上げなかった。
「……取った」
「はい」
「二本目」
「そうですね」
「あと一本」
「はい」
レナがNoNameを見る。
「師匠」
「何でしょう」
「本気だよね?」
「もちろんです」
「私に付き合ってない?」
「付き合っていません」
「負けてもいいって思ってない?」
NoNameは。
少しだけ目を細めた。
「思っていません」
即答。
「今」
自分でも分かる。
悔しい。
二対一。
あと一本取られれば。
負ける。
一本勝負ではない。
三本先取。
偶然とも言いにくい。
自分が勝つために距離を取り。
相手を読み。
方法も変えた。
それでも。
二本取られている。
「かなり負けたくないです」
NoNameが言った。
レナは。
ゆっくり笑った。
「そっか」
嬉しそうだった。
「じゃあ」
構える。
「次で勝つ」
「させません」
NoNameも構えた。
「二対二にします」
◇
第四本。
NoNameが取った。
結果だけなら。
それだけだった。
だが。
これまでの三本とは違った。
NoNameは逃げなかった。
だからといって。
レナの距離へ付き合ったわけでもない。
最初から。
中央へ入った。
レナも来る。
二人とも。
自分から。
近づいた。
「師匠、来るんだ!」
「今は来たいので」
「そっか!」
レナが笑う。
接近。
だが。
NoNameはレナと殴り合わない。
近距離へ入る直前。
横へ。
レナが追う。
さらに横。
逃げるのではない。
レナの得意距離の。
ぎりぎり外。
そこを維持する。
「うわ、嫌な距離!」
「勝ちたいので」
「分かってる!」
レナが入る。
NoNameが離れる。
また入る。
また外す。
レナが止まる。
NoNameも止まる。
互いに。
相手が動くまで待つ。
先にレナが笑った。
「これ、ずっと終わらなくない?」
「その可能性がありますね」
「じゃあ行く!」
レナが来る。
NoNameも。
今度は下がらない。
半歩だけ前へ。
「えっ」
レナが想定していた距離より。
近い。
得意な距離。
だからこそ。
レナは反応する。
攻撃。
NoNameはそれを待っていた。
かわす。
反撃。
一発。
レナの耐久が削れる。
追う。
レナは止まる。
NoNameも止まる。
だが。
今度はNoNameが先に。
もう一歩。
「来た!」
レナが迎える。
NoNameの一撃。
レナの一撃。
互いに入る。
耐久は。
NoNameがわずかに上。
その差を。
最後まで。
NoNameが守り切った。
撃破。
二対二。
「……ああー!」
レナが悔しそうな声を上げる。
「勝ちました」
「知ってる!」
「嬉しいです」
「それも分かる!」
「かなり」
「追加しなくていい!」
NoNameは。
本当に嬉しかった。
あと一本。
これで同じ。
次を取れば。
勝てる。
「レナ」
「なに」
「次も取ります」
「私が取る!」
「譲りません」
「私も!」
最終本。
二対二。
◇
始まる前。
レナは。
少しだけ静かだった。
NoNameも急かさない。
「師匠」
「はい」
「ありがと」
唐突だった。
「何がでしょう」
「逃げてくれて」
NoNameは意味を考える。
「第一本ですか?」
「うん」
レナは笑う。
「正直、師匠がまた私の距離に来てくれたら、それはそれで嬉しかったと思う」
「はい」
「でも」
声が少しだけ落ち着く。
「それで勝っても、今日欲しい勝ちじゃなかった」
NoNameは何も言わず聞く。
「前はさ」
レナが続ける。
「師匠に私の得意なところ見てほしかった。近距離なら私の方が強いって言いたかった。そこへ師匠が来てくれたら、絶対勝ちたかった」
「覚えています」
「でも今は」
レナはNoNameを見る。
「師匠が何しても勝ちたい」
遠くから撃たれても。
逃げられても。
読まれても。
自分の得意な形を避けられても。
「師匠が本当に勝とうとした結果、選んだもの全部に勝ちたい」
NoNameは。
ゆっくり息を吐いた。
「それは」
「褒めるの禁止」
「まだ何も言っていません」
「言う顔だった」
「……では、別のことを言います」
「なに?」
NoNameも構えた。
「私も」
レナを見る。
「今のレナに勝ちたいです」
レナが。
数秒。
完全に止まった。
「……ずる」
「何がですか?」
「絶対それ分かってないで言ってる!」
「何をでしょう」
「もういい!」
レナが構える。
顔は赤い。
けれど。
目だけは。
完全に勝負へ戻っていた。
「三本目取る!」
「私もです」
「絶対!」
「はい」
開始。
◇
最終本は。
今までで一番静かだった。
NoNameは下がる。
レナは追わない。
NoNameが撃つ。
レナが避ける。
レナが近づく。
NoNameが距離を変える。
どちらも。
相手へ自分の答えを押しつけない。
見て。
選ぶ。
選ばれたものを見て。
また変える。
何度も。
何度も。
距離が近づき。
離れ。
また近づく。
耐久だけが。
少しずつ削れていく。
NoName、残り四割。
レナ、残り三割。
NoNameがわずかに有利。
レナが遮蔽物へ入る。
NoNameは追わない。
「来ない?」
「今は」
「そっか」
レナも出てこない。
数秒。
NoNameは考える。
待てば。
有利。
耐久差がある。
レナが出る必要がある。
なら。
待つのが正しい。
NoNameは待つ。
レナも。
待つ。
「レナ」
「なに?」
「来ないんですか?」
「行かない」
「でも」
「分かってる」
レナの声。
「このままだと私が不利」
「はい」
「だから師匠」
少し笑う。
「待つでしょ?」
「そうですね」
「じゃあ」
レナが。
遮蔽物から。
一瞬だけ姿を見せる。
NoNameが撃つ。
引っ込む。
当たらない。
反対側。
また出る。
NoNameが狙う。
消える。
「……」
何をしている。
誘っている。
分かる。
どこへ。
NoNameは位置を変えない。
その方が安全。
レナが何度も顔を出す。
右。
左。
右。
左。
NoNameは。
撃つ。
当たらない。
少しずつ。
意識が。
レナの出入口へ固定される。
その時。
レナは。
出てこなかった。
「……?」
一秒。
二秒。
来ない。
NoNameの視線が。
別の場所へ。
その瞬間。
「今!」
上。
レナが遮蔽物そのものを使い。
普段ほとんど選ばない経路から。
飛び込んできた。
「――」
NoNameは反応する。
できる。
しかし。
一瞬遅い。
レナが近距離へ入る。
NoNameは下がる。
一撃。
かわす。
二撃。
当たる。
耐久差が消える。
NoNameも反撃。
レナが受ける。
互いに。
あと一撃。
「師匠!」
「はい」
「捕まえた!」
「まだです」
NoNameは下がる。
レナが追う。
その追い方。
速い。
だが。
NoNameには見覚えがある。
前へ。
一直線。
昔のレナ。
なら。
止まる。
NoNameは。
レナが次に踏み込む位置へ。
先に攻撃を置いた。
「取ります」
レナは。
その攻撃を見て。
止まった。
「……!」
昔なら止まれなかった場所。
今は。
止まる。
NoNameの攻撃が。
目の前を通過する。
レナは。
笑った。
「それ、昔の私!」
NoNameの目が開く。
そうだった。
自分が読んだのは。
今のレナではない。
前へ出るしかなかった頃の。
黒瀬レナ。
止まったレナは。
もう一度だけ。
自分で選ぶ。
前。
今度は。
NoNameの攻撃が終わったあと。
「今の私は――」
一歩。
「止まってからでも!」
さらに一歩。
「前に行ける!」
NoNameも。
最後の反撃へ入る。
間に合うか。
わずか。
本当に。
わずか。
二人の攻撃。
ほぼ同時。
表示。
一瞬。
NoNameは。
自分の画面が暗くなるのを見た。
撃破。
勝者。
黒瀬レナ。
三対二。
試合終了。
◇
誰も。
すぐには声を出さなかった。
レナ本人も。
勝利表示を見つめたまま。
動かない。
NoNameも。
敗北画面を見ている。
三対二。
黒瀬レナ。
自分が。
負けた。
完全な一対一。
三本先取。
手加減なし。
レナの得意距離を避け。
勝つために戦って。
それでも。
負けた。
「……師匠?」
レナの声は。
いつもの勢いがなかった。
どこか。
恐る恐る。
「はい」
「今の」
「はい」
「私の勝ち……だよね?」
NoNameは結果をもう一度見る。
「そうですね」
「本当に?」
「三対二です」
「そうじゃなくて!」
レナの声が震える。
「師匠、本気だった?」
「はい」
「私に勝たせようとか」
「していません」
「成長見たかったからとか」
「それが嬉しい気持ちはあります」
「やっぱり!」
「でも」
NoNameは。
自分の胸の内を見る。
悔しい。
想像していた以上に。
強く。
「今は」
少しだけ。
笑えなくなるほど。
「負けたことの方が悔しいです」
レナが。
黙った。
NoName自身も。
少し驚いていた。
レナが強くなった。
嬉しい。
自分の予想を外した。
嬉しい。
昔の自分ではなく。
今の自分に勝った。
それも。
嬉しい。
けれど。
それら全部より。
今は。
「取り返したいですね」
その感情の方が強かった。
「……師匠」
「もう一回できますか?」
レナの目が大きく開いた。
「今!?」
「はい」
「今すぐ!?」
「できれば」
「ちょ、ちょっと待って!」
レナが慌てる。
「私まだ勝った実感味わってない!」
「では、何分くらい必要ですか?」
「そういう問題!?」
「違いますか?」
「違う!」
観戦席で。
ユイが吹き出した。
ECHOも笑っている。
そして。
ミカは。
NoNameではなく。
レナを見ていた。
静かに。
けれど。
その目には。
はっきりと火が点いている。
「レナさん」
「な、なに?」
「おめでとうございます」
「……うん」
「本当に」
ミカは微笑んだ。
「悔しいです」
「そこまで言う!?」
「はい」
NoNameがミカを見る。
「ミカもですか?」
「当然です」
「なぜでしょう」
「NoNameさん」
「はい」
「今は聞かないでください」
「分かりました」
理由はまだ分からない。
ただ。
レナが勝った。
その事実が。
次に残っているミカの何かを。
明らかに変えた。
NoNameはもう一度、三対二という結果を見る。
公式記録には残らない。
誰にも公開されない。
それでも。
忘れることはないだろう。
「レナ」
「なに?」
「次は勝ちます」
レナは。
ようやく。
いつものように笑った。
「私も!」
「また戦ってくれますか?」
「何回でも!」
「ありがとうございます」
「でも今日は終わり!」
「そうなんですか」
「次ミカでしょ!」
言われて。
NoNameはミカを見る。
最後の一人。
三年前。
世界一になったあとも。
自分には勝てなかった人。
そして今。
レナが。
一対一でNoNameに勝ったところを。
最初から最後まで見ていた。
「ミカ」
「はい」
「予定通り」
NoNameは敗北画面を閉じた。
「最後に、お願いします」
ミカは。
静かに立ち上がった。
「はい」
いつもの声だった。
落ち着いている。
丁寧で。
感情を大きく見せない。
それでも。
NoNameにはもう。
以前より少し分かるようになっていた。
ミカは。
かなり。
勝ちたがっている。
「NoNameさん」
「はい」
「一つだけ、先に約束してください」
「何でしょう」
ミカはNoNameを真っ直ぐ見た。
「今の敗北を引きずったまま、私と戦わないでください」
NoNameが瞬きをする。
「レナさんに取り返すことではなく」
ミカの声が。
少しだけ強くなる。
「私に勝つことだけを考えてください」
NoNameは。
その言葉を聞き。
ほんの少し考えたあと。
「分かりました」
頷いた。
「次は」
レナとの敗北を。
消すためではない。
「ミカに勝ちます」
ミカの目が。
細くなる。
「はい」
そして。
静かに。
笑った。
「私も、あなたに勝ちます」
最後の一対一が。
始まろうとしていた。




