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世界女王は、彼にだけ勝てない  作者: てへろっぱ


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第九十六話 それでも私の得意な場所へ来てください、とは言わない

 次の相手として名前を呼ばれた瞬間から、レナはずっと笑っていた。


 待機画面へ移っても。


 装備を確認している間も。


 対戦マップが読み込まれている間でさえ、口元が緩んだままだった。


「そんなに嬉しいですか?」


 NoNameが尋ねると、レナは隠す気もなく頷いた。


「嬉しい!」


「そうですか」


「だって師匠が自分で私を選んだんだよ?」


「順番ですが」


「分かってる! それでも!」


 声が弾んでいる。


 けれど、そのまま浮かれているだけではなかった。


 マップの読み込みが終わった瞬間、レナの表情が変わる。


 今回選ばれているのは、中央に開けた空間があり、その周囲を狭い通路と複数の遮蔽物が囲むフィールドだった。


 近距離だけならレナが有利。


 距離を取ればNoNameにも選択肢が増える。


 どちらか一方へ偏った場所ではない。


「師匠」


「はい」


「一個だけ、最初に言っていい?」


「どうぞ」


 レナは少しだけ言葉を探した。


「私の得意な距離に、わざと来なくていいからね」


 NoNameは瞬きをした。


 四対四の最初。


 NoNameは、自分からレナのもっとも得意とする近距離へ入った。


 合理的だからではない。


 レナとそこで戦ってみたかったから。


 結果として一度負け。


 その後、取り返した。


「今日は来てほしくないんですか?」


「違う」


 レナは即座に否定する。


「来てほしいよ。めちゃくちゃ来てほしい」


「では?」


「でも、それを私がお願いしたくない」


 NoNameは黙って続きを待った。


「師匠が近くで戦いたいなら来て。遠くで勝てると思うなら、遠くにいていい。逃げた方が勝てるなら逃げて」


 いつもの勢いはある。


 けれど、言葉そのものは真剣だった。


「私、今日」


 レナはNoNameを見る。


「師匠が私に合わせてくれた試合に勝ちたいんじゃない」


 一度、息を吸う。


「勝とうとしてる師匠に勝ちたい」


 NoNameはしばらく何も言わなかった。


「……それは」


「うん」


「かなり嬉しいですね」


「なんで師匠が喜ぶの!?」


「勝ちたいと思ってもらえているので」


「そうだけど!」


 レナは一瞬だけ顔を赤くしてから、強引に話を戻した。


「だから手加減なし!」


「最初からそのつもりです」


「私が近距離得意だからって、そこに付き合う必要もなし!」


「分かりました」


「あと負けても先生みたいに褒めない!」


「難しいですね」


「そこ難しいの!?」


「良い動きを見れば、良いと思いますので」


「思うだけ!」


「口に出してはいけませんか?」


「少なくとも試合中は禁止!」


 NoNameは少し考えた。


「努力します」


「絶対言うやつ!」


 観戦しているユイが小さく息を吐いた。


「レナさん。そろそろ開始です」


「分かってる!」


 ミカも同じ観戦席にいる。


 ただ、先ほどからほとんど口を挟んでいない。


 最後に自分が残されていることを、どう受け取っているのか。


 NoNameにもまだ分からない。


 今は。


 レナを見る。


 開始まで。


 三秒。


 レナが構える。


 二秒。


 NoNameも構えた。


 一秒。


 開始。


          ◇


 NoNameは、下がった。


「えっ」


 レナから思わず声が漏れる。


 試合開始と同時。


 NoNameは中央へ入らず、後方の遮蔽物へ移動した。


 そのまま距離を維持する。


「師匠!」


「はい」


「ほんとに来ないの!?」


「来なくていいと言われましたので」


「言ったけど!」


「それに」


 NoNameは遠距離から一発。


 レナが避ける。


「今は、この方が勝ちやすそうです」


 レナの顔が。


 ゆっくり笑顔へ戻った。


「そっか」


 嬉しそうだった。


「じゃあ捕まえる!」


 レナが走る。


 一直線ではない。


 遮蔽物を使い、射線が通る瞬間だけ進路を変える。


 NoNameは撃つ。


 一発目。


 避けられる。


 二発目。


 レナは止まった。


 弾が前を抜ける。


 三発目。


 今度は下がる。


 以前なら、NoNameまでの最短距離を走った。


 攻撃を受けても距離を詰める。


 自分が一番強い場所へ入れば勝てる。


 そう考えていた。


 今のレナは違う。


 前へ出たい。


 早く近づきたい。


 その気持ちは変わっていない。


 ただ。


 前へ出るために。


 止まれる。


 戻れる。


 遠回りもできる。


「……速くなったわけではありませんね」


「何が?」


「近づくのが」


「褒めるの禁止!」


「まだ褒めていません」


「じゃあ何!?」


「以前より、近づきにくいです」


「それ絶対褒めてる!」


 NoNameは答えず、位置を変えた。


 レナが追う。


 ただし、追いかけるだけではない。


 NoNameが次に使いたい遮蔽物を先に潰すように進む。


 徐々に。


 距離が縮まる。


 NoNameがさらに後退する。


「逃げるね!」


「勝ちたいので」


「うん!」


 レナは。


 そこで嫌がらなかった。


 むしろ。


「もっと逃げて!」


 笑っている。


「全部追いつくから!」


 NoNameは少しだけ目を細めた。


 これは。


 以前のレナではない。


 昔なら「正面から来て」と言ったかもしれない。


 自分の得意な場所で勝ちたい。


 そこでNoNameを倒せば、自分の強さを証明できる。


 けれど今は。


 相手が逃げるなら追う。


 相手が得意な距離を維持するなら、それを壊す。


 NoNameが勝つために選んだものごと。


 全部込みで。


 勝とうとしている。


「レナ」


「なに!」


「やはり――」


「褒めない!」


「まだ何も言っていません」


「声で分かる!」


「そうですか」


「今の師匠、分かりやすいんだから!」


 レナが突然止まった。


 NoNameも一瞬判断する。


 まだ距離はある。


 レナなら進みたいはず。


 なのに来ない。


 NoNameが撃つ。


 レナは避ける。


 また止まる。


 NoNameは距離を広げようとした。


 その時。


 レナが進んだ。


 NoNameが下がる。


 レナはまた止まる。


「……」


 NoNameの動きがわずかに鈍った。


 理解する。


 レナは自分が近づいているのではない。


 NoNameを。


 少しずつ後ろへ動かしている。


 このマップの外周。


 さらに後ろへ行けば。


 逃げ道が減る。


「気づいた?」


「はい」


「遅かった?」


「少し」


「やった!」


 レナが一気に前へ出る。


 NoNameもすぐ位置を変えようとした。


 しかし。


 右は壁。


 左はレナ。


 後ろへ行けば行き止まり。


 残るのは。


 前。


 レナのいる方向。


「捕まえた!」


 近距離。


 NoNameも反撃する。


 レナが一撃。


 NoNameがかわす。


 二撃目。


 受ける。


 NoNameも一発返す。


 しかし距離は切れない。


 レナの三撃目。


 撃破判定。


 第一本。


 黒瀬レナ。


「――よっしゃあ!」


 大きな声が響いた。


 NoNameは敗北表示を見る。


「負けました」


「褒めるの禁止!」


「まだ何も言っていませんよ」


「絶対このあと『いいですね』って言う!」


「言おうとはしました」


「ほら!」


 レナは勝ったというのに、なぜか必死だった。


 NoNameは少し笑う。


「では、言いません」


「うん!」


「ただ」


「ただもなし!」


「分かりました」


 NoNameは黙った。


 だが。


 悔しい。


 はっきりと。


 四対四で取られた時とは少し違う。


 今回は。


 最初から逃げた。


 勝つために。


 レナの得意な場所を避けた。


 それでも捕まえられた。


「師匠」


「はい」


「悔しい?」


 NoNameはレナを見る。


「かなり」


 レナの顔が。


 一気に明るくなった。


「じゃあ次!」


「はい」


「もっと逃げてもいいよ!」


「そうします」


「即答!?」


「勝ちたいので」


「よし!」


 第二本が始まった。


          ◇


 第二本は。


 NoNameが取った。


 今度は外周へ追い詰められる前に、自分から中央を横切った。


 レナが追えば。


 射線を通せる。


 追わなければ。


 距離を維持できる。


 レナは追った。


 当然だった。


 NoNameもそう読む。


 中央へ入ってきた瞬間に一発。


 レナが止まる。


 その停止まで読んで、もう一発。


 耐久を削る。


 レナはそれでも距離を詰めた。


 だが。


 残り一歩。


 届く前に。


 NoNameの最後の攻撃が入った。


 一対一。


「……負けた!」


「勝ちました」


「嬉しそう!」


「はい」


「そこはいい!」


「いいんですか?」


「勝った時は!」


「基準が難しいですね」


「師匠が試合中に先生になるのが嫌なの!」


「なるほど」


「今理解したの!?」


「かなり」


「遅い!」


 NoNameは笑う。


 ただ。


 第二本。


 簡単ではなかった。


 最後まで。


 レナは届きかけた。


 あと一歩。


 ほんの少しでも自分の判断が遅れていれば。


 また近距離へ入られていた。


「次」


 レナがすぐ構える。


「今度は取る」


「私もです」


 三本目。


          ◇


 三本目は。


 長かった。


 レナは追わなくなった。


 正確には。


 NoNameが下がったからといって、そのまま追うことをやめた。


 中央付近で止まる。


 NoNameが距離を取れば。


 取らせる。


「来ないんですか?」


「行かない!」


「私に遠距離から撃たれますよ」


「撃って!」


「いいんですか?」


「避ける!」


 NoNameが撃つ。


 レナは避ける。


 再び撃つ。


 避ける。


 少し削られる。


 それでも。


 来ない。


「……なるほど」


「何?」


「私から来させたいんですね」


「褒めないで!」


「分析です」


「それも今は禁止!」


 NoNameは仕方なく黙った。


 レナは中央付近。


 NoNameは外側。


 このままなら。


 遠距離から削り続けられる。


 有利なのはNoName。


 しかし。


 時間がかかる。


 そしてレナは。


 少しずつ。


 撃たれる位置そのものを変えている。


 遮蔽物。


 高さ。


 角度。


 NoNameが狙いやすい場所を見せながら。


 撃つたびに。


 少しだけ別の位置へ誘う。


 気づいた時。


 NoNameは中央へ近づいていた。


 自分から。


「……またですね」


「何が?」


「いえ」


 今度は言わない。


 レナが笑う。


「気づいた?」


「はい」


「でももう近い!」


 レナが来る。


 NoNameは下がる。


 まだ間に合う。


 そう判断した。


 レナが。


 止まった。


 NoNameも反応して止まる。


 その瞬間。


 レナは下がった。


「……?」


 逃げる。


 近距離まであと少しだったのに。


 自分から距離を切る。


 NoNameの判断が。


 一瞬遅れる。


「師匠」


 レナが笑う。


「今、私が来るって思ったでしょ」


「はい」


「じゃあ外れ!」


「そうですね」


「次は?」


 NoNameは答えない。


 レナがさらに離れる。


 何をする。


 NoNameは見る。


 レナの足。


 視線。


 重心。


 以前なら。


 そこから答えを絞った。


 今もできる。


 しかし。


 レナ自身が。


 最後まで決めていない。


 来る。


 止まる。


 下がる。


 もう一度来る。


 全部。


 NoNameの反応を見てから。


 その場で選んでいる。


「師匠!」


 レナが来る。


 NoNameは撃つ。


 止まるか。


 レナは。


 止まらない。


 被弾。


 それでも前へ。


「今は行く!」


 距離が消えた。


 NoNameはすぐ反撃へ切り替える。


 しかし。


 レナの方が速い。


 一撃。


 二撃。


 NoNameも削る。


 互いに危険域。


「レナ」


「なに!」


「今、楽しいです」


「知ってる!」


「分かりますか」


「顔!」


「そうでした」


「でも私の方が楽しい!」


 レナが最後の一撃へ。


 NoNameも同時。


 交差。


 撃破判定。


 先に届いたのは。


 レナ。


 二対一。


 黒瀬レナ。


 リード。


 観戦席が。


 静かだった。


 レナ本人も。


 勝った直後だというのに、最初の一本ほど大声を上げなかった。


「……取った」


「はい」


「二本目」


「そうですね」


「あと一本」


「はい」


 レナがNoNameを見る。


「師匠」


「何でしょう」


「本気だよね?」


「もちろんです」


「私に付き合ってない?」


「付き合っていません」


「負けてもいいって思ってない?」


 NoNameは。


 少しだけ目を細めた。


「思っていません」


 即答。


「今」


 自分でも分かる。


 悔しい。


 二対一。


 あと一本取られれば。


 負ける。


 一本勝負ではない。


 三本先取。


 偶然とも言いにくい。


 自分が勝つために距離を取り。


 相手を読み。


 方法も変えた。


 それでも。


 二本取られている。


「かなり負けたくないです」


 NoNameが言った。


 レナは。


 ゆっくり笑った。


「そっか」


 嬉しそうだった。


「じゃあ」


 構える。


「次で勝つ」


「させません」


 NoNameも構えた。


「二対二にします」


          ◇


 第四本。


 NoNameが取った。


 結果だけなら。


 それだけだった。


 だが。


 これまでの三本とは違った。


 NoNameは逃げなかった。


 だからといって。


 レナの距離へ付き合ったわけでもない。


 最初から。


 中央へ入った。


 レナも来る。


 二人とも。


 自分から。


 近づいた。


「師匠、来るんだ!」


「今は来たいので」


「そっか!」


 レナが笑う。


 接近。


 だが。


 NoNameはレナと殴り合わない。


 近距離へ入る直前。


 横へ。


 レナが追う。


 さらに横。


 逃げるのではない。


 レナの得意距離の。


 ぎりぎり外。


 そこを維持する。


「うわ、嫌な距離!」


「勝ちたいので」


「分かってる!」


 レナが入る。


 NoNameが離れる。


 また入る。


 また外す。


 レナが止まる。


 NoNameも止まる。


 互いに。


 相手が動くまで待つ。


 先にレナが笑った。


「これ、ずっと終わらなくない?」


「その可能性がありますね」


「じゃあ行く!」


 レナが来る。


 NoNameも。


 今度は下がらない。


 半歩だけ前へ。


「えっ」


 レナが想定していた距離より。


 近い。


 得意な距離。


 だからこそ。


 レナは反応する。


 攻撃。


 NoNameはそれを待っていた。


 かわす。


 反撃。


 一発。


 レナの耐久が削れる。


 追う。


 レナは止まる。


 NoNameも止まる。


 だが。


 今度はNoNameが先に。


 もう一歩。


「来た!」


 レナが迎える。


 NoNameの一撃。


 レナの一撃。


 互いに入る。


 耐久は。


 NoNameがわずかに上。


 その差を。


 最後まで。


 NoNameが守り切った。


 撃破。


 二対二。


「……ああー!」


 レナが悔しそうな声を上げる。


「勝ちました」


「知ってる!」


「嬉しいです」


「それも分かる!」


「かなり」


「追加しなくていい!」


 NoNameは。


 本当に嬉しかった。


 あと一本。


 これで同じ。


 次を取れば。


 勝てる。


「レナ」


「なに」


「次も取ります」


「私が取る!」


「譲りません」


「私も!」


 最終本。


 二対二。


          ◇


 始まる前。


 レナは。


 少しだけ静かだった。


 NoNameも急かさない。


「師匠」


「はい」


「ありがと」


 唐突だった。


「何がでしょう」


「逃げてくれて」


 NoNameは意味を考える。


「第一本ですか?」


「うん」


 レナは笑う。


「正直、師匠がまた私の距離に来てくれたら、それはそれで嬉しかったと思う」


「はい」


「でも」


 声が少しだけ落ち着く。


「それで勝っても、今日欲しい勝ちじゃなかった」


 NoNameは何も言わず聞く。


「前はさ」


 レナが続ける。


「師匠に私の得意なところ見てほしかった。近距離なら私の方が強いって言いたかった。そこへ師匠が来てくれたら、絶対勝ちたかった」


「覚えています」


「でも今は」


 レナはNoNameを見る。


「師匠が何しても勝ちたい」


 遠くから撃たれても。


 逃げられても。


 読まれても。


 自分の得意な形を避けられても。


「師匠が本当に勝とうとした結果、選んだもの全部に勝ちたい」


 NoNameは。


 ゆっくり息を吐いた。


「それは」


「褒めるの禁止」


「まだ何も言っていません」


「言う顔だった」


「……では、別のことを言います」


「なに?」


 NoNameも構えた。


「私も」


 レナを見る。


「今のレナに勝ちたいです」


 レナが。


 数秒。


 完全に止まった。


「……ずる」


「何がですか?」


「絶対それ分かってないで言ってる!」


「何をでしょう」


「もういい!」


 レナが構える。


 顔は赤い。


 けれど。


 目だけは。


 完全に勝負へ戻っていた。


「三本目取る!」


「私もです」


「絶対!」


「はい」


 開始。


          ◇


 最終本は。


 今までで一番静かだった。


 NoNameは下がる。


 レナは追わない。


 NoNameが撃つ。


 レナが避ける。


 レナが近づく。


 NoNameが距離を変える。


 どちらも。


 相手へ自分の答えを押しつけない。


 見て。


 選ぶ。


 選ばれたものを見て。


 また変える。


 何度も。


 何度も。


 距離が近づき。


 離れ。


 また近づく。


 耐久だけが。


 少しずつ削れていく。


 NoName、残り四割。


 レナ、残り三割。


 NoNameがわずかに有利。


 レナが遮蔽物へ入る。


 NoNameは追わない。


「来ない?」


「今は」


「そっか」


 レナも出てこない。


 数秒。


 NoNameは考える。


 待てば。


 有利。


 耐久差がある。


 レナが出る必要がある。


 なら。


 待つのが正しい。


 NoNameは待つ。


 レナも。


 待つ。


「レナ」


「なに?」


「来ないんですか?」


「行かない」


「でも」


「分かってる」


 レナの声。


「このままだと私が不利」


「はい」


「だから師匠」


 少し笑う。


「待つでしょ?」


「そうですね」


「じゃあ」


 レナが。


 遮蔽物から。


 一瞬だけ姿を見せる。


 NoNameが撃つ。


 引っ込む。


 当たらない。


 反対側。


 また出る。


 NoNameが狙う。


 消える。


「……」


 何をしている。


 誘っている。


 分かる。


 どこへ。


 NoNameは位置を変えない。


 その方が安全。


 レナが何度も顔を出す。


 右。


 左。


 右。


 左。


 NoNameは。


 撃つ。


 当たらない。


 少しずつ。


 意識が。


 レナの出入口へ固定される。


 その時。


 レナは。


 出てこなかった。


「……?」


 一秒。


 二秒。


 来ない。


 NoNameの視線が。


 別の場所へ。


 その瞬間。


「今!」


 上。


 レナが遮蔽物そのものを使い。


 普段ほとんど選ばない経路から。


 飛び込んできた。


「――」


 NoNameは反応する。


 できる。


 しかし。


 一瞬遅い。


 レナが近距離へ入る。


 NoNameは下がる。


 一撃。


 かわす。


 二撃。


 当たる。


 耐久差が消える。


 NoNameも反撃。


 レナが受ける。


 互いに。


 あと一撃。


「師匠!」


「はい」


「捕まえた!」


「まだです」


 NoNameは下がる。


 レナが追う。


 その追い方。


 速い。


 だが。


 NoNameには見覚えがある。


 前へ。


 一直線。


 昔のレナ。


 なら。


 止まる。


 NoNameは。


 レナが次に踏み込む位置へ。


 先に攻撃を置いた。


「取ります」


 レナは。


 その攻撃を見て。


 止まった。


「……!」


 昔なら止まれなかった場所。


 今は。


 止まる。


 NoNameの攻撃が。


 目の前を通過する。


 レナは。


 笑った。


「それ、昔の私!」


 NoNameの目が開く。


 そうだった。


 自分が読んだのは。


 今のレナではない。


 前へ出るしかなかった頃の。


 黒瀬レナ。


 止まったレナは。


 もう一度だけ。


 自分で選ぶ。


 前。


 今度は。


 NoNameの攻撃が終わったあと。


「今の私は――」


 一歩。


「止まってからでも!」


 さらに一歩。


「前に行ける!」


 NoNameも。


 最後の反撃へ入る。


 間に合うか。


 わずか。


 本当に。


 わずか。


 二人の攻撃。


 ほぼ同時。


 表示。


 一瞬。


 NoNameは。


 自分の画面が暗くなるのを見た。


 撃破。


 勝者。


 黒瀬レナ。


 三対二。


 試合終了。


          ◇


 誰も。


 すぐには声を出さなかった。


 レナ本人も。


 勝利表示を見つめたまま。


 動かない。


 NoNameも。


 敗北画面を見ている。


 三対二。


 黒瀬レナ。


 自分が。


 負けた。


 完全な一対一。


 三本先取。


 手加減なし。


 レナの得意距離を避け。


 勝つために戦って。


 それでも。


 負けた。


「……師匠?」


 レナの声は。


 いつもの勢いがなかった。


 どこか。


 恐る恐る。


「はい」


「今の」


「はい」


「私の勝ち……だよね?」


 NoNameは結果をもう一度見る。


「そうですね」


「本当に?」


「三対二です」


「そうじゃなくて!」


 レナの声が震える。


「師匠、本気だった?」


「はい」


「私に勝たせようとか」


「していません」


「成長見たかったからとか」


「それが嬉しい気持ちはあります」


「やっぱり!」


「でも」


 NoNameは。


 自分の胸の内を見る。


 悔しい。


 想像していた以上に。


 強く。


「今は」


 少しだけ。


 笑えなくなるほど。


「負けたことの方が悔しいです」


 レナが。


 黙った。


 NoName自身も。


 少し驚いていた。


 レナが強くなった。


 嬉しい。


 自分の予想を外した。


 嬉しい。


 昔の自分ではなく。


 今の自分に勝った。


 それも。


 嬉しい。


 けれど。


 それら全部より。


 今は。


「取り返したいですね」


 その感情の方が強かった。


「……師匠」


「もう一回できますか?」


 レナの目が大きく開いた。


「今!?」


「はい」


「今すぐ!?」


「できれば」


「ちょ、ちょっと待って!」


 レナが慌てる。


「私まだ勝った実感味わってない!」


「では、何分くらい必要ですか?」


「そういう問題!?」


「違いますか?」


「違う!」


 観戦席で。


 ユイが吹き出した。


 ECHOも笑っている。


 そして。


 ミカは。


 NoNameではなく。


 レナを見ていた。


 静かに。


 けれど。


 その目には。


 はっきりと火が点いている。


「レナさん」


「な、なに?」


「おめでとうございます」


「……うん」


「本当に」


 ミカは微笑んだ。


「悔しいです」


「そこまで言う!?」


「はい」


 NoNameがミカを見る。


「ミカもですか?」


「当然です」


「なぜでしょう」


「NoNameさん」


「はい」


「今は聞かないでください」


「分かりました」


 理由はまだ分からない。


 ただ。


 レナが勝った。


 その事実が。


 次に残っているミカの何かを。


 明らかに変えた。


 NoNameはもう一度、三対二という結果を見る。


 公式記録には残らない。


 誰にも公開されない。


 それでも。


 忘れることはないだろう。


「レナ」


「なに?」


「次は勝ちます」


 レナは。


 ようやく。


 いつものように笑った。


「私も!」


「また戦ってくれますか?」


「何回でも!」


「ありがとうございます」


「でも今日は終わり!」


「そうなんですか」


「次ミカでしょ!」


 言われて。


 NoNameはミカを見る。


 最後の一人。


 三年前。


 世界一になったあとも。


 自分には勝てなかった人。


 そして今。


 レナが。


 一対一でNoNameに勝ったところを。


 最初から最後まで見ていた。


「ミカ」


「はい」


「予定通り」


 NoNameは敗北画面を閉じた。


「最後に、お願いします」


 ミカは。


 静かに立ち上がった。


「はい」


 いつもの声だった。


 落ち着いている。


 丁寧で。


 感情を大きく見せない。


 それでも。


 NoNameにはもう。


 以前より少し分かるようになっていた。


 ミカは。


 かなり。


 勝ちたがっている。


「NoNameさん」


「はい」


「一つだけ、先に約束してください」


「何でしょう」


 ミカはNoNameを真っ直ぐ見た。


「今の敗北を引きずったまま、私と戦わないでください」


 NoNameが瞬きをする。


「レナさんに取り返すことではなく」


 ミカの声が。


 少しだけ強くなる。


「私に勝つことだけを考えてください」


 NoNameは。


 その言葉を聞き。


 ほんの少し考えたあと。


「分かりました」


 頷いた。


「次は」


 レナとの敗北を。


 消すためではない。


「ミカに勝ちます」


 ミカの目が。


 細くなる。


「はい」


 そして。


 静かに。


 笑った。


「私も、あなたに勝ちます」


 最後の一対一が。


 始まろうとしていた。

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