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世界女王は、彼にだけ勝てない  作者: てへろっぱ


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第九十五話 選ばされた答えでは、あなたには勝てない

 ECHOとの一対一を終えたあと、NoNameはほとんど休憩を挟まずに次の対戦ルームへ入った。


 相手は月城ユイ。


 先ほどと同じく三本先取。ただし、マップだけは変更されている。


 ECHOとの試合で使ったのは、遮蔽物こそ多いものの、互いの位置を把握しやすい比較的狭いフィールドだった。対して今回ユイが選んだのは、中央広場から左右へ複数の経路が分岐し、高低差と遠距離射線が複雑に交差するマップだ。


 NoNameは読み込みが終わったフィールドを見渡し、少しだけ笑った。


「ユイらしいですね」


「何がでしょう」


「選択肢が多いです」


「嫌ですか?」


「いいえ」


 NoNameは首を横に振る。


「だからユイを二番目に選びました」


 一瞬。


 ユイの視線が止まった。


「……先ほども聞きましたが」


「はい」


「それは、私ならNoNameさんを困らせられると思ったから?」


「はい」


「随分嬉しくない選ばれ方ですね」


「そうですか?」


「普通は、もう少し別の理由を期待するものです」


「例えば?」


「それを私に聞きますか?」


「思いつかなかったので」


 観戦側からレナの声が飛んできた。


「師匠、それ以上聞かない方がいい!」


「なぜです?」


「ユイが怒る!」


「怒っていません」


 ユイは穏やかな声で否定した。


 ただし。


「一本目を取る理由が増えただけです」


「やっぱり怒ってるじゃん!」


「レナさんは静かに観戦してください」


「はい……」


 レナの声が小さくなる。


 その隣ではミカが笑いを堪えている。ECHOは自分との試合を終えたばかりだというのに、すでに完全に観戦する側へ切り替わっていた。


「ユイ」


「何でしょう」


「もう一つ、理由があります」


 開始までの待機時間。


 NoNameはユイを見る。


「ユイは、私が何を選ぶかを見るだけではなく、何を選ばせるかまで考えると思ったので」


 ユイの表情から、わずかに笑みが消えた。


 今度は。


 競技者の顔だった。


「正解です」


「やはり」


「でも、分かっていて防げますか?」


「分かりません」


 NoNameは素直に答えた。


「なので試します」


「そう言うと思いました」


 開始まで三秒。


 二秒。


 一秒。


 試合開始。


          ◇


 ユイは、来なかった。


 NoNameも最初から無理には追わず、中央へ近づきながら相手の位置を探る。


 すぐに一発。


 遠距離から攻撃が飛んできた。


 NoNameは遮蔽物へ身体を隠し、射線の角度からユイの位置を推測する。


 左奥。


 高所。


 そこまでは簡単だった。


 問題は、その次だった。


 ユイまで最短で届く中央経路には長い射線が通っている。一方、左から回れば安全に近づけるが時間がかかる。右側には一時的に視界を切れる地形があり、そこから高さを合わせることもできる。


 三つ。


 どれも成立する。


「NoNameさん」


 ユイの声が通信へ入る。


「はい」


「中央から来ると、早いですよ」


「撃つつもりでしょう?」


「もちろんです」


「左なら?」


「遠いですね」


「右は?」


「どうでしょう」


「答えてくれないんですね」


「全部教えたら、選択肢になりませんから」


 NoNameは少し考え。


 右へ動いた。


「そちらですか」


「はい」


「どうして?」


「ユイが一番説明しなかったので」


「なるほど」


 ユイの返事は穏やかだった。


 次の瞬間。


 右側の出口へ攻撃が飛んだ。


 NoNameは直前で止まる。


「やはり待っていましたね」


「はい」


「私が、情報の少ない方を確認したがると思いましたか?」


「それもあります」


「それも?」


「NoNameさんは今、自分がどこまで読まれるのか知りたがっています」


 NoNameの目が少し細くなる。


「だから、分からない場所を選ぶ?」


「はい」


 当たっている。


 勝ちたい。


 同時に。


 今の自分がどれほど読みやすくなったのかも知りたい。


 ECHOとの試合でもそうだった。


 そしてユイは。


 その欲まで選択肢へ組み込んでいる。


「困りましたね」


「始まったばかりですよ」


「すでに少し困っています」


「それはよかったです」


 ユイが場所を変える。


 NoNameも右側を諦め、中央へ出る。


「今度は中央?」


「はい」


「先ほど危険だと言いましたよ」


「だからです」


 ユイが次に自分をどこへ誘導したいのか。


 それを考えすぎれば、結局ユイが用意した盤面の中で選ばされる。


 ならば危険でも。


 今、自分が一番直接行きたい場所へ。


 NoNameは中央を走った。


 当然、攻撃が来る。


 一発。


 二発。


 三発。


 完全には避けきれず、耐久が削られる。


 それでも止まらない。


「強引ですね」


「早くユイと戦いたいので」


「……そういうことを」


「はい?」


「今言う必要がありますか?」


「理由を聞かれたので」


「そうでしたね」


 ユイの照準がほんのわずかに乱れた。


 NoNameは見逃さない。


「今」


「え?」


「少しずれました」


「……気のせいです」


「そうですか?」


「そういうことにしてください」


 NoNameが一気に距離を詰める。


 高所へ上がる入口まで、あと少し。


 ユイは位置を捨てた。


 逃げる。


 NoNameが追う。


 ここからなら。


 追いつける。


 そう判断した瞬間。


 ユイが進路を変えた。


「……」


 左。


 その方向には二つの道がある。


 短いが遮蔽物の少ない上段。


 長いが安全な下段。


 ユイは下段へ。


 NoNameが上段へ入れば、先回りできる。


 だが。


 あまりにも分かりやすい。


「どうします?」


 ユイが尋ねた。


「誘っていますね」


「何をでしょう」


「上から先回りすることを」


「そう見えますか?」


「はい」


「では、来ませんか?」


 NoNameの足が。


 一瞬。


 遅れた。


 そこで気づく。


 もう始まっている。


 上へ行く。


 行かない。


 ユイはどちらでもいい。


 NoNameが「ユイに選ばされたくない」と思った時点で。


 選択基準へユイが入り込んでいる。


「なるほど」


「何でしょう」


「嫌ですね」


「私が?」


「戦い方が」


「安心しました」


「本人は嫌いではありませんよ」


 今度は。


 ユイが完全に足を止めた。


「NoNameさん」


「はい」


「試合中です」


「知っています」


「少し黙ってください」


「すみません」


 観戦席でレナが何か大声を上げていたが、NoNameには内容まで聞こえなかった。


 そのまま。


 下段を選ぶ。


 ユイと同じ道。


 先回りしない。


 直接追う。


 ユイが振り返る。


「そちらを選びましたか」


「はい」


「理由は?」


「今、一番行きたかったので」


「私にそう言わせられた可能性は?」


「あります」


「気にならない?」


「かなり」


 NoNameは距離を詰める。


「でも、それを考え続けてもユイの中から出られないので」


 ユイの表情が変わった。


 そして。


「遅いです」


「え?」


 横から攻撃。


 NoNameの耐久が一気に減る。


 ユイは逃げながら。


 すでに別の射線を作っていた。


「考えすぎましたね」


「……そうですね」


「今のNoNameさんは、以前より選ぶのに時間がかかります」


「自覚はあります」


「欲しいものが増えましたから」


「はい」


「私に勝ちたい。自分がどれくらい読まれるか知りたい。私に選ばされたくない。でも、自分のしたいことは捨てたくない」


 ユイが静かに数える。


「全部大事にしようとすると」


 最後の射線が重なる。


「迷います」


 攻撃。


 NoNameは避けきれなかった。


 撃破判定。


 第一本。


 ユイ。


          ◇


「……負けました」


「はい」


 NoNameは敗北画面を眺めながら、自分が倒された直前の動きを思い返した。


 ユイは、最後までNoNameの動きを完全に読んでいたわけではない。


 むしろ何度か外している。


 それでも勝った。


 理由は。


 NoNameが何を選んでも。


 その次に別の選択を迫れる形を作り続けたから。


「ECHOとは全然違いますね」


「そうでしょうか」


「はい」


 NoNameは考える。


「ECHOは、私が欲しいものから次に行く場所を当てました」


「私は?」


「私が欲しいものを増やしています」


 ユイは小さく笑った。


「正解です」


「勝った後に言われると悔しいですね」


「嬉しいです」


「嬉しいんですか?」


「NoNameさんにそう言わせたかったので」


 NoNameはユイを見る。


「それも選ばされましたか」


「どうでしょう」


「嫌ですね」


「先ほども聞きました」


「でも」


 NoNameは敗北表示を閉じる。


「面白いです」


「それも、予想していました」


「……本当に嫌ですね」


 今度はユイが声を上げて笑った。


          ◇


 第二本。


 NoNameは最初から中央へ出た。


「早いですね」


「考える前に来ました」


「それは対策になっていますか?」


「分かりません」


「私が、迷わせると分かったから?」


「はい」


「では、それも私を基準にした選択ですね」


 NoNameの足が。


 止まりかける。


 止めなかった。


「今のは危なかったです」


「何がです?」


「また考えそうになりました」


 ユイが遠距離から一発。


 NoNameがかわす。


「考えないつもりですか?」


「いいえ」


「では?」


「考えます。でも」


 NoNameは中央の遮蔽物を使いながら距離を詰める。


「選んだあとまで疑うのをやめます」


 ユイの攻撃。


 避ける。


「間違っていたら?」


「負けるかもしれません」


「嫌ですよね?」


「かなり」


「それでも?」


「はい」


 NoNameが笑う。


「全部正しい選択をしようとすると、ユイには勝てなさそうなので」


 ユイの目が細くなった。


「それは」


 少し間を置く。


「私に対する評価として、かなり嬉しいです」


「褒めています」


「ありがとうございます」


「でも勝ちたいので」


「そこまでセットなんですね」


「はい」


 NoNameが一気に前へ出る。


 ユイは退く。


 左に逃げる。


 今度も。


 上段と下段。


 同じ分岐。


 さきほどなら迷った。


 NoNameは。


 上段へ入った。


「そちらですか」


「はい」


「罠かもしれませんよ」


「でしょうね」


「下へ来た方がよかったかもしれない」


「かもしれません」


「気になりませんか」


「気になりますよ」


 NoNameは上段を走る。


「でも、今はここを選びました」


 ユイが下から射線を作る。


 待っていた。


 やはり罠。


 NoNameは攻撃を受けながら、それでも前へ。


 耐久を削られる。


 効率は悪い。


 しかし。


 上段を抜ければ。


 ユイの真上。


 NoNameが飛び降りる。


「……!」


 初めて。


 ユイの反応が明確に遅れた。


「そこまで受けて来ますか」


「来たかったので」


「本当に」


 ユイが距離を取る。


「単純になりましたね!」


「褒め言葉ですよね?」


「半分だけ!」


 接近。


 ユイが近距離での対応へ切り替える。


 得意ではない。


 それでも世界トップ級。


 簡単には崩れない。


 一撃。


 二撃。


 互いに削れる。


 ユイは離れたい。


 NoNameは離したくない。


 その目的だけは明確だった。


「右へ逃げます」


 NoNameが言った。


「え?」


 ユイが本当に右へ動きかける。


 NoNameも右を塞ぐ。


「……NoNameさん」


「はい」


「今のはずるくありませんか?」


「ユイがずっと私にしていたことです」


「私は選択肢を作っただけです」


「私も作りました」


「一つしかないように聞こえましたが」


「だから分かりやすかったでしょう?」


 NoNameの攻撃が入る。


 ユイの耐久が危険域。


 ユイも反撃。


 NoNameもあと一撃。


 距離は近い。


 ユイが左へ。


 NoNameは追わない。


 今度は。


 自分が中央へ戻った。


「来ない?」


「はい」


「私を倒したいんですよね?」


「とても」


「なら、なぜ?」


 NoNameは少し笑った。


「今は来てほしいので」


 ユイの動きが止まる。


「……」


「嫌ですか?」


「かなり」


「では、お互い様ですね」


 数秒。


 ユイは待った。


 NoNameも待つ。


 しかし。


 このままでは何も変わらない。


 先に動いたのは。


 ユイだった。


「行きます」


「はい」


「多分、そうさせたいんですよね」


「はい」


「それでも行きます」


 NoNameの笑みが深くなる。


「分かります」


 ユイが前へ。


 NoNameも迎える。


 攻撃が交差する。


 撃破判定。


 第二本。


 NoName。


 一対一。


          ◇


 三本目は。


 ユイが取った。


 二対一。


 NoNameが「選んだあとで疑わない」ことを利用された。


 一度決めた経路を最後まで進む。


 そこへ。


 ユイは最初から二段目の罠を置いた。


「……なるほど」


 敗北後。


 NoNameは思わず笑っていた。


「今度は、迷わないことを使いましたね」


「はい」


「難しいですね」


「私との対戦ですから」


「自信がありますね」


「あります」


 ユイははっきり答えた。


「少なくとも、選択肢を作ることでは負けたくありません」


 NoNameはその言葉を聞き。


 少しだけ。


 嬉しくなった。


「ユイ」


「はい」


「今の方が好きです」


「……」


 ユイが黙った。


「以前は、最適解を出すことにかなり拘っていましたよね」


「そういう意味ですか」


「他にありますか?」


「ありません」


「そうですか」


「絶対にありません」


「分かりました」


 観戦席でレナが天井を仰いでいた。


 ミカは目を閉じている。


 ECHOだけが普通に試合を見ていた。


「NoName」


「はい」


「多分、今のはNoNameが悪いです」


「何がでしょう」


「あとで説明します」


「お願いします」


 ユイが深く息を吐く。


「四本目、始めますよ」


「はい」


「絶対に取ります」


「私もです」


          ◇


 四本目。


 NoNameは。


 動かなかった。


 ユイも中央へは出ない。


 しばらく。


 互いに相手の出方を待つ。


「今度は何をするつもりですか?」


 ユイが先に聞いた。


「考えています」


「何を?」


「ユイの作った選択肢から、どうやって外れるか」


「私に教えていいんですか?」


「まだ答えが出ていません」


「では聞かなかったことにします」


「助かります」


 NoNameはマップを見る。


 中央。


 左。


 右。


 高所。


 下段。


 ユイは。


 どこを選んでも次へ繋がるように作ってくる。


 なら。


「ユイ」


「はい」


「一つ質問しても?」


「何でしょう」


「今、一番どこに来てほしくないですか?」


 ユイが止まった。


「……答えると思いますか?」


「思いません」


「では、なぜ聞いたんですか?」


「顔を見るためです」


「映っていませんよ」


「声もあります」


「本当に嫌な人ですね」


「すみません」


「褒めています」


「ありがとうございます」


 NoNameは。


 右へ行った。


 理由は。


 ユイが右を嫌がったからではない。


 声から何かを読み取れたわけでもない。


 ただ。


 今、右を試したくなった。


 それだけ。


 ユイの攻撃が飛ぶ。


 予想通り。


 NoNameは止まらない。


 途中で左へ抜けられる経路。


 ある。


 しかし選ばない。


 さらに先に。


 上段へ上がれる地点。


 それも無視する。


「NoNameさん」


「はい」


「そのまま行くんですか?」


「今のところ」


「私が待っていますよ」


「でしょうね」


「なのに?」


「はい」


 攻撃を避けながら。


 NoNameはふと思う。


 少し前の自分なら。


 こんな戦い方はしなかった。


 分かっている罠へ行く。


 合理的ではない。


 ただし。


 無謀でもない。


 ユイがそこで待っていると分かっているなら。


 そのユイと。


 そこで戦えばいい。


「見つけました」


 ユイが言う。


「何を?」


「今のNoNameさんの弱点です」


「教えてもらえますか?」


「自分で選んだことを、大切にしすぎます」


 NoNameは。


 否定しなかった。


「そうかもしれません」


「だから、一度選ぶと捨てるのが遅い」


「はい」


「そこを使います」


「どうぞ」


 ユイの攻撃が来る。


 NoNameはかわす。


 続けて二発目。


 避ける。


 三発目。


 当たる。


 それでも進む。


「本当に変えないんですね」


「今は」


「意地になっています?」


「少し」


「それも弱点です」


「多いですね」


「増えましたね」


 NoNameは。


 笑った。


「悪くないです」


「負けますよ?」


「それは嫌です」


「では変えるべきです」


「でも」


 距離が縮まる。


「弱点があるまま勝ってみたいので」


 ユイの呼吸が一瞬止まった。


 NoNameが前へ。


 ユイも覚悟を決めたように迎撃へ移る。


 この道を選んだ時点で。


 ユイはNoNameがここまで来る可能性を考えている。


 だから。


 最後の罠もある。


 NoNameも分かっている。


 出入口を抜けた瞬間。


 左右。


 二方向。


 どちらへ避けても追撃が届く。


 なら。


 NoNameは。


 避けなかった。


「え」


 前。


 ユイ自身へ。


 最短距離で踏み込む。


 一撃を受ける。


 耐久が減る。


 二撃目。


 さらに受ける。


 残りわずか。


 それでも。


 届いた。


「ユイ」


「はい」


「捕まえました」


 ユイが。


 悔しそうに笑う。


「……本当に」


 NoNameの攻撃。


「嫌な人ですね」


 撃破判定。


 二対二。


          ◇


 最終本。


 ECHOとの時と同じ。


 二対二。


 だが。


 NoNameの感覚は全く違った。


 ECHOとの試合では、自分の欲が読まれることと戦った。


 ユイとの試合では。


 選ぶことそのものを揺さぶられている。


「最後ですね」


 NoNameが言う。


「はい」


「楽しいです」


「私はかなり疲れています」


「すみません」


「NoNameさんのせいです」


「そうでしょうね」


「でも」


 ユイが小さく息を吐く。


「私も楽しいです」


 NoNameが笑った。


「よかったです」


「だから最後は」


 ユイの声が変わる。


「完全に迷わせます」


「怖いですね」


「逃げますか?」


「いいえ」


 NoNameは構える。


「それを見たくて、ユイを選んだので」


 開始。


 今度のユイは。


 最初から動いた。


 中央へ。


 これまでと違う。


 自分から距離を詰めてくる。


 NoNameも出る。


 すぐに。


 ユイが右へ。


 NoNameが追う。


 だがユイは攻撃しない。


 さらに左へ。


 高所。


 下段。


 短時間で何度も位置を変える。


 NoNameに追わせながら。


 道を見せる。


 ここなら近づける。


 ここなら安全。


 ここなら先回り。


 ここなら攻撃。


 大量の選択肢。


 そして。


 どれも完全な罠ではない。


 選べば。


 本当に少しだけ有利になる。


 だから迷う。


「嫌ですね」


「ありがとうございます」


「褒めていません」


「私は褒め言葉として受け取ります」


 NoNameは進む。


 ユイがまた二つの道を作る。


 左なら近い。


 右なら安全。


 NoNameは。


 止まった。


「……?」


 ユイも一瞬だけ遅れる。


 NoNameは。


 どちらへも行かなかった。


 後ろへ戻る。


「戻る?」


「はい」


「なぜ?」


「どちらもユイが作ったので」


「それだけですか?」


「はい」


「でも、戻れば不利です」


「そうですね」


 NoNameは中央まで戻る。


「では、ここからもう一度選びます」


 ユイが。


 少し黙った。


「それ」


「はい?」


「私が一番嫌なやつです」


「そうなんですか?」


「せっかく作った盤面を捨てられました」


「すみません」


「謝るなら戻ってきてください」


「嫌です」


「即答ですね」


「勝ちたいので」


 ユイが追ってくる。


 初めて。


 NoNameではなく。


 ユイの側が。


 相手の選んだ場所へ入った。


 中央。


 遮蔽物が少ない。


 互いに選択肢が減る。


「ここなら」


 NoNameが言う。


「少し単純ですね」


「私には不利です」


「だから選びました」


「随分正直ですね」


「隠しても分かるでしょう?」


「はい」


「なら言います」


 NoNameはユイを見る。


「ここで、ユイに勝ちたいです」


 ユイは。


 数秒。


 何も返さなかった。


 やがて。


「本当に」


 小さく息を吐く。


「ずるくなりましたね」


「そうでしょうか」


「はい」


 ユイも中央へ入る。


「では」


 構える。


「ここで勝ちます」


 二人が動く。


 もう道は少ない。


 高低差もない。


 選択肢は。


 攻める。


 避ける。


 止まる。


 下がる。


 それだけ。


 だからこそ。


 一つ一つが重い。


 ユイが撃つ。


 NoNameが避ける。


 NoNameが踏み込む。


 ユイが下がる。


 一発。


 互いに削れる。


 二発目。


 NoNameがわずかに先。


 三発目。


 ユイが読む。


 NoNameは止まる。


 ユイも止まる。


 互いに。


 次を選ぶ。


「NoNameさん」


「はい」


「今、何がしたいですか?」


 NoNameは。


 少しだけ笑った。


「ユイに勝ちたいです」


「それ以外は?」


「今はありません」


「公開試合の練習は?」


「後です」


「自分がどこまで読まれるかは?」


「もう十分分かりました」


「私に選ばされたくない?」


「今は気にしていません」


「では」


 ユイも。


 笑った。


「やっと一つですね」


「はい」


「私もです」


 ユイの照準がNoNameへ向く。


「NoNameさんに勝ちたい」


 次の瞬間。


 二人が同時に前へ出た。


 最後は。


 読みではなかった。


 どちらが先に相手へ届くか。


 どちらが一瞬早く選び直せるか。


 それだけ。


 ユイの一撃がNoNameを掠める。


 NoNameも外す。


 互いに横へ。


 再び向き合う。


 次。


 ユイが撃つ。


 NoNameが半歩遅れて避ける。


 耐久が削れる。


 あと一撃。


 ユイが追う。


 NoNameは。


 逃げなかった。


 前へ。


「来ると思いました」


「はい」


「読めています」


「それでも?」


「それでもです」


 ユイの攻撃。


 NoNameの攻撃。


 交差。


 一瞬。


 沈黙。


 そして。


 撃破表示。


 勝者。


 NoName。


 三対二。


          ◇


 NoNameは結果画面を。


 しばらく黙って見ていた。


「……勝ちました」


「はい」


 ユイの返事は。


 思ったより穏やかだった。


「悔しいです」


「私なら嬉しいですが」


「でしょうね」


「かなり」


「聞いていません」


「すみません」


 NoNameは笑う。


 その一方。


 ユイは自分が負けた最後の場面を見直していた。


「NoNameさん」


「はい」


「最後、私が前へ来ると分かっていました?」


「半分くらいは」


「また半分」


「残りは賭けました」


「最近よく賭けますね」


「以前より」


 NoNameは少し考えた。


「全部を分かってから動こうとしなくなったのかもしれません」


「怖くないですか?」


「負けるのは怖いですよ」


「なら、なぜ?」


「全部分かるまで待っていたら」


 NoNameはユイを見る。


「ユイとは、ずっと動けない気がしたので」


 ユイは一瞬黙ったあと。


 小さく笑った。


「それは正解です」


「やはり」


「待ってくれれば、いくらでも選択肢を増やしました」


「危なかったですね」


「次はもっと増やします」


「また戦うんですか?」


「嫌ですか?」


「いいえ」


 NoNameはすぐに首を横へ振った。


「次も勝ちたいです」


「私もです」


 そこで。


 観戦席からレナの声が飛んできた。


「はい! じゃあ次!」


 NoNameが振り向く。


 レナはすでに立ち上がっていた。


「私でしょ!?」


「まだ決めていませんが」


「ECHO、ユイって来たんだから私!」


「順番の根拠になっていません」


「ユイは今終わったんだから黙ってて!」


「負けたからといって発言権はなくなりません」


「そういう意味じゃない!」


 NoNameは二人を見ながら。


 少し笑った。


 残っているのは。


 ミカとレナ。


 最初に出会った世界女王と。


 もっとも近距離で何度もぶつかってきた世界女王。


 どちらとも。


 戦いたい。


 以前なら。


 どちらを先にすれば練習効率が高いか考えた。


 今は違う。


 自分へ問いかける。


 次に。


 どちらと戦いたいか。


 その答えは。


 思ったより早く出た。


「レナ」


「はい!」


 レナの顔が一気に明るくなる。


「お願いします」


「よっしゃあ!」


 その隣で。


 ミカだけが。


 静かにNoNameを見ていた。


 NoNameはそれに気づく。


「ミカ」


「はい」


「最後でいいですか?」


「……理由を聞いても?」


 NoNameは少し考える。


 そして。


 そのまま答えた。


「四人の中で」


 一度だけ言葉を切る。


「最後に戦いたいと思ったので」


 ミカの表情が。


 完全に止まった。


 レナも黙った。


 ユイが目を閉じた。


 ECHOだけが首を傾げる。


「重要ですか?」


「多分」


 NoNameは答えた。


「私には、かなり」


 数秒。


 ミカは何も言わなかった。


 やがて。


 ほんの少しだけ。


 笑う。


「分かりました」


 いつもの落ち着いた声。


 ただし。


「それなら」


 視線だけは。


 明らかに勝負を始めていた。


「最後まで、待っています」


 その言葉を聞いて。


 NoNameは。


 なぜか次のレナ戦だけでなく。


 その先に残った最後の一戦まで。


 急に楽しみになった。

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