第九十五話 選ばされた答えでは、あなたには勝てない
ECHOとの一対一を終えたあと、NoNameはほとんど休憩を挟まずに次の対戦ルームへ入った。
相手は月城ユイ。
先ほどと同じく三本先取。ただし、マップだけは変更されている。
ECHOとの試合で使ったのは、遮蔽物こそ多いものの、互いの位置を把握しやすい比較的狭いフィールドだった。対して今回ユイが選んだのは、中央広場から左右へ複数の経路が分岐し、高低差と遠距離射線が複雑に交差するマップだ。
NoNameは読み込みが終わったフィールドを見渡し、少しだけ笑った。
「ユイらしいですね」
「何がでしょう」
「選択肢が多いです」
「嫌ですか?」
「いいえ」
NoNameは首を横に振る。
「だからユイを二番目に選びました」
一瞬。
ユイの視線が止まった。
「……先ほども聞きましたが」
「はい」
「それは、私ならNoNameさんを困らせられると思ったから?」
「はい」
「随分嬉しくない選ばれ方ですね」
「そうですか?」
「普通は、もう少し別の理由を期待するものです」
「例えば?」
「それを私に聞きますか?」
「思いつかなかったので」
観戦側からレナの声が飛んできた。
「師匠、それ以上聞かない方がいい!」
「なぜです?」
「ユイが怒る!」
「怒っていません」
ユイは穏やかな声で否定した。
ただし。
「一本目を取る理由が増えただけです」
「やっぱり怒ってるじゃん!」
「レナさんは静かに観戦してください」
「はい……」
レナの声が小さくなる。
その隣ではミカが笑いを堪えている。ECHOは自分との試合を終えたばかりだというのに、すでに完全に観戦する側へ切り替わっていた。
「ユイ」
「何でしょう」
「もう一つ、理由があります」
開始までの待機時間。
NoNameはユイを見る。
「ユイは、私が何を選ぶかを見るだけではなく、何を選ばせるかまで考えると思ったので」
ユイの表情から、わずかに笑みが消えた。
今度は。
競技者の顔だった。
「正解です」
「やはり」
「でも、分かっていて防げますか?」
「分かりません」
NoNameは素直に答えた。
「なので試します」
「そう言うと思いました」
開始まで三秒。
二秒。
一秒。
試合開始。
◇
ユイは、来なかった。
NoNameも最初から無理には追わず、中央へ近づきながら相手の位置を探る。
すぐに一発。
遠距離から攻撃が飛んできた。
NoNameは遮蔽物へ身体を隠し、射線の角度からユイの位置を推測する。
左奥。
高所。
そこまでは簡単だった。
問題は、その次だった。
ユイまで最短で届く中央経路には長い射線が通っている。一方、左から回れば安全に近づけるが時間がかかる。右側には一時的に視界を切れる地形があり、そこから高さを合わせることもできる。
三つ。
どれも成立する。
「NoNameさん」
ユイの声が通信へ入る。
「はい」
「中央から来ると、早いですよ」
「撃つつもりでしょう?」
「もちろんです」
「左なら?」
「遠いですね」
「右は?」
「どうでしょう」
「答えてくれないんですね」
「全部教えたら、選択肢になりませんから」
NoNameは少し考え。
右へ動いた。
「そちらですか」
「はい」
「どうして?」
「ユイが一番説明しなかったので」
「なるほど」
ユイの返事は穏やかだった。
次の瞬間。
右側の出口へ攻撃が飛んだ。
NoNameは直前で止まる。
「やはり待っていましたね」
「はい」
「私が、情報の少ない方を確認したがると思いましたか?」
「それもあります」
「それも?」
「NoNameさんは今、自分がどこまで読まれるのか知りたがっています」
NoNameの目が少し細くなる。
「だから、分からない場所を選ぶ?」
「はい」
当たっている。
勝ちたい。
同時に。
今の自分がどれほど読みやすくなったのかも知りたい。
ECHOとの試合でもそうだった。
そしてユイは。
その欲まで選択肢へ組み込んでいる。
「困りましたね」
「始まったばかりですよ」
「すでに少し困っています」
「それはよかったです」
ユイが場所を変える。
NoNameも右側を諦め、中央へ出る。
「今度は中央?」
「はい」
「先ほど危険だと言いましたよ」
「だからです」
ユイが次に自分をどこへ誘導したいのか。
それを考えすぎれば、結局ユイが用意した盤面の中で選ばされる。
ならば危険でも。
今、自分が一番直接行きたい場所へ。
NoNameは中央を走った。
当然、攻撃が来る。
一発。
二発。
三発。
完全には避けきれず、耐久が削られる。
それでも止まらない。
「強引ですね」
「早くユイと戦いたいので」
「……そういうことを」
「はい?」
「今言う必要がありますか?」
「理由を聞かれたので」
「そうでしたね」
ユイの照準がほんのわずかに乱れた。
NoNameは見逃さない。
「今」
「え?」
「少しずれました」
「……気のせいです」
「そうですか?」
「そういうことにしてください」
NoNameが一気に距離を詰める。
高所へ上がる入口まで、あと少し。
ユイは位置を捨てた。
逃げる。
NoNameが追う。
ここからなら。
追いつける。
そう判断した瞬間。
ユイが進路を変えた。
「……」
左。
その方向には二つの道がある。
短いが遮蔽物の少ない上段。
長いが安全な下段。
ユイは下段へ。
NoNameが上段へ入れば、先回りできる。
だが。
あまりにも分かりやすい。
「どうします?」
ユイが尋ねた。
「誘っていますね」
「何をでしょう」
「上から先回りすることを」
「そう見えますか?」
「はい」
「では、来ませんか?」
NoNameの足が。
一瞬。
遅れた。
そこで気づく。
もう始まっている。
上へ行く。
行かない。
ユイはどちらでもいい。
NoNameが「ユイに選ばされたくない」と思った時点で。
選択基準へユイが入り込んでいる。
「なるほど」
「何でしょう」
「嫌ですね」
「私が?」
「戦い方が」
「安心しました」
「本人は嫌いではありませんよ」
今度は。
ユイが完全に足を止めた。
「NoNameさん」
「はい」
「試合中です」
「知っています」
「少し黙ってください」
「すみません」
観戦席でレナが何か大声を上げていたが、NoNameには内容まで聞こえなかった。
そのまま。
下段を選ぶ。
ユイと同じ道。
先回りしない。
直接追う。
ユイが振り返る。
「そちらを選びましたか」
「はい」
「理由は?」
「今、一番行きたかったので」
「私にそう言わせられた可能性は?」
「あります」
「気にならない?」
「かなり」
NoNameは距離を詰める。
「でも、それを考え続けてもユイの中から出られないので」
ユイの表情が変わった。
そして。
「遅いです」
「え?」
横から攻撃。
NoNameの耐久が一気に減る。
ユイは逃げながら。
すでに別の射線を作っていた。
「考えすぎましたね」
「……そうですね」
「今のNoNameさんは、以前より選ぶのに時間がかかります」
「自覚はあります」
「欲しいものが増えましたから」
「はい」
「私に勝ちたい。自分がどれくらい読まれるか知りたい。私に選ばされたくない。でも、自分のしたいことは捨てたくない」
ユイが静かに数える。
「全部大事にしようとすると」
最後の射線が重なる。
「迷います」
攻撃。
NoNameは避けきれなかった。
撃破判定。
第一本。
ユイ。
◇
「……負けました」
「はい」
NoNameは敗北画面を眺めながら、自分が倒された直前の動きを思い返した。
ユイは、最後までNoNameの動きを完全に読んでいたわけではない。
むしろ何度か外している。
それでも勝った。
理由は。
NoNameが何を選んでも。
その次に別の選択を迫れる形を作り続けたから。
「ECHOとは全然違いますね」
「そうでしょうか」
「はい」
NoNameは考える。
「ECHOは、私が欲しいものから次に行く場所を当てました」
「私は?」
「私が欲しいものを増やしています」
ユイは小さく笑った。
「正解です」
「勝った後に言われると悔しいですね」
「嬉しいです」
「嬉しいんですか?」
「NoNameさんにそう言わせたかったので」
NoNameはユイを見る。
「それも選ばされましたか」
「どうでしょう」
「嫌ですね」
「先ほども聞きました」
「でも」
NoNameは敗北表示を閉じる。
「面白いです」
「それも、予想していました」
「……本当に嫌ですね」
今度はユイが声を上げて笑った。
◇
第二本。
NoNameは最初から中央へ出た。
「早いですね」
「考える前に来ました」
「それは対策になっていますか?」
「分かりません」
「私が、迷わせると分かったから?」
「はい」
「では、それも私を基準にした選択ですね」
NoNameの足が。
止まりかける。
止めなかった。
「今のは危なかったです」
「何がです?」
「また考えそうになりました」
ユイが遠距離から一発。
NoNameがかわす。
「考えないつもりですか?」
「いいえ」
「では?」
「考えます。でも」
NoNameは中央の遮蔽物を使いながら距離を詰める。
「選んだあとまで疑うのをやめます」
ユイの攻撃。
避ける。
「間違っていたら?」
「負けるかもしれません」
「嫌ですよね?」
「かなり」
「それでも?」
「はい」
NoNameが笑う。
「全部正しい選択をしようとすると、ユイには勝てなさそうなので」
ユイの目が細くなった。
「それは」
少し間を置く。
「私に対する評価として、かなり嬉しいです」
「褒めています」
「ありがとうございます」
「でも勝ちたいので」
「そこまでセットなんですね」
「はい」
NoNameが一気に前へ出る。
ユイは退く。
左に逃げる。
今度も。
上段と下段。
同じ分岐。
さきほどなら迷った。
NoNameは。
上段へ入った。
「そちらですか」
「はい」
「罠かもしれませんよ」
「でしょうね」
「下へ来た方がよかったかもしれない」
「かもしれません」
「気になりませんか」
「気になりますよ」
NoNameは上段を走る。
「でも、今はここを選びました」
ユイが下から射線を作る。
待っていた。
やはり罠。
NoNameは攻撃を受けながら、それでも前へ。
耐久を削られる。
効率は悪い。
しかし。
上段を抜ければ。
ユイの真上。
NoNameが飛び降りる。
「……!」
初めて。
ユイの反応が明確に遅れた。
「そこまで受けて来ますか」
「来たかったので」
「本当に」
ユイが距離を取る。
「単純になりましたね!」
「褒め言葉ですよね?」
「半分だけ!」
接近。
ユイが近距離での対応へ切り替える。
得意ではない。
それでも世界トップ級。
簡単には崩れない。
一撃。
二撃。
互いに削れる。
ユイは離れたい。
NoNameは離したくない。
その目的だけは明確だった。
「右へ逃げます」
NoNameが言った。
「え?」
ユイが本当に右へ動きかける。
NoNameも右を塞ぐ。
「……NoNameさん」
「はい」
「今のはずるくありませんか?」
「ユイがずっと私にしていたことです」
「私は選択肢を作っただけです」
「私も作りました」
「一つしかないように聞こえましたが」
「だから分かりやすかったでしょう?」
NoNameの攻撃が入る。
ユイの耐久が危険域。
ユイも反撃。
NoNameもあと一撃。
距離は近い。
ユイが左へ。
NoNameは追わない。
今度は。
自分が中央へ戻った。
「来ない?」
「はい」
「私を倒したいんですよね?」
「とても」
「なら、なぜ?」
NoNameは少し笑った。
「今は来てほしいので」
ユイの動きが止まる。
「……」
「嫌ですか?」
「かなり」
「では、お互い様ですね」
数秒。
ユイは待った。
NoNameも待つ。
しかし。
このままでは何も変わらない。
先に動いたのは。
ユイだった。
「行きます」
「はい」
「多分、そうさせたいんですよね」
「はい」
「それでも行きます」
NoNameの笑みが深くなる。
「分かります」
ユイが前へ。
NoNameも迎える。
攻撃が交差する。
撃破判定。
第二本。
NoName。
一対一。
◇
三本目は。
ユイが取った。
二対一。
NoNameが「選んだあとで疑わない」ことを利用された。
一度決めた経路を最後まで進む。
そこへ。
ユイは最初から二段目の罠を置いた。
「……なるほど」
敗北後。
NoNameは思わず笑っていた。
「今度は、迷わないことを使いましたね」
「はい」
「難しいですね」
「私との対戦ですから」
「自信がありますね」
「あります」
ユイははっきり答えた。
「少なくとも、選択肢を作ることでは負けたくありません」
NoNameはその言葉を聞き。
少しだけ。
嬉しくなった。
「ユイ」
「はい」
「今の方が好きです」
「……」
ユイが黙った。
「以前は、最適解を出すことにかなり拘っていましたよね」
「そういう意味ですか」
「他にありますか?」
「ありません」
「そうですか」
「絶対にありません」
「分かりました」
観戦席でレナが天井を仰いでいた。
ミカは目を閉じている。
ECHOだけが普通に試合を見ていた。
「NoName」
「はい」
「多分、今のはNoNameが悪いです」
「何がでしょう」
「あとで説明します」
「お願いします」
ユイが深く息を吐く。
「四本目、始めますよ」
「はい」
「絶対に取ります」
「私もです」
◇
四本目。
NoNameは。
動かなかった。
ユイも中央へは出ない。
しばらく。
互いに相手の出方を待つ。
「今度は何をするつもりですか?」
ユイが先に聞いた。
「考えています」
「何を?」
「ユイの作った選択肢から、どうやって外れるか」
「私に教えていいんですか?」
「まだ答えが出ていません」
「では聞かなかったことにします」
「助かります」
NoNameはマップを見る。
中央。
左。
右。
高所。
下段。
ユイは。
どこを選んでも次へ繋がるように作ってくる。
なら。
「ユイ」
「はい」
「一つ質問しても?」
「何でしょう」
「今、一番どこに来てほしくないですか?」
ユイが止まった。
「……答えると思いますか?」
「思いません」
「では、なぜ聞いたんですか?」
「顔を見るためです」
「映っていませんよ」
「声もあります」
「本当に嫌な人ですね」
「すみません」
「褒めています」
「ありがとうございます」
NoNameは。
右へ行った。
理由は。
ユイが右を嫌がったからではない。
声から何かを読み取れたわけでもない。
ただ。
今、右を試したくなった。
それだけ。
ユイの攻撃が飛ぶ。
予想通り。
NoNameは止まらない。
途中で左へ抜けられる経路。
ある。
しかし選ばない。
さらに先に。
上段へ上がれる地点。
それも無視する。
「NoNameさん」
「はい」
「そのまま行くんですか?」
「今のところ」
「私が待っていますよ」
「でしょうね」
「なのに?」
「はい」
攻撃を避けながら。
NoNameはふと思う。
少し前の自分なら。
こんな戦い方はしなかった。
分かっている罠へ行く。
合理的ではない。
ただし。
無謀でもない。
ユイがそこで待っていると分かっているなら。
そのユイと。
そこで戦えばいい。
「見つけました」
ユイが言う。
「何を?」
「今のNoNameさんの弱点です」
「教えてもらえますか?」
「自分で選んだことを、大切にしすぎます」
NoNameは。
否定しなかった。
「そうかもしれません」
「だから、一度選ぶと捨てるのが遅い」
「はい」
「そこを使います」
「どうぞ」
ユイの攻撃が来る。
NoNameはかわす。
続けて二発目。
避ける。
三発目。
当たる。
それでも進む。
「本当に変えないんですね」
「今は」
「意地になっています?」
「少し」
「それも弱点です」
「多いですね」
「増えましたね」
NoNameは。
笑った。
「悪くないです」
「負けますよ?」
「それは嫌です」
「では変えるべきです」
「でも」
距離が縮まる。
「弱点があるまま勝ってみたいので」
ユイの呼吸が一瞬止まった。
NoNameが前へ。
ユイも覚悟を決めたように迎撃へ移る。
この道を選んだ時点で。
ユイはNoNameがここまで来る可能性を考えている。
だから。
最後の罠もある。
NoNameも分かっている。
出入口を抜けた瞬間。
左右。
二方向。
どちらへ避けても追撃が届く。
なら。
NoNameは。
避けなかった。
「え」
前。
ユイ自身へ。
最短距離で踏み込む。
一撃を受ける。
耐久が減る。
二撃目。
さらに受ける。
残りわずか。
それでも。
届いた。
「ユイ」
「はい」
「捕まえました」
ユイが。
悔しそうに笑う。
「……本当に」
NoNameの攻撃。
「嫌な人ですね」
撃破判定。
二対二。
◇
最終本。
ECHOとの時と同じ。
二対二。
だが。
NoNameの感覚は全く違った。
ECHOとの試合では、自分の欲が読まれることと戦った。
ユイとの試合では。
選ぶことそのものを揺さぶられている。
「最後ですね」
NoNameが言う。
「はい」
「楽しいです」
「私はかなり疲れています」
「すみません」
「NoNameさんのせいです」
「そうでしょうね」
「でも」
ユイが小さく息を吐く。
「私も楽しいです」
NoNameが笑った。
「よかったです」
「だから最後は」
ユイの声が変わる。
「完全に迷わせます」
「怖いですね」
「逃げますか?」
「いいえ」
NoNameは構える。
「それを見たくて、ユイを選んだので」
開始。
今度のユイは。
最初から動いた。
中央へ。
これまでと違う。
自分から距離を詰めてくる。
NoNameも出る。
すぐに。
ユイが右へ。
NoNameが追う。
だがユイは攻撃しない。
さらに左へ。
高所。
下段。
短時間で何度も位置を変える。
NoNameに追わせながら。
道を見せる。
ここなら近づける。
ここなら安全。
ここなら先回り。
ここなら攻撃。
大量の選択肢。
そして。
どれも完全な罠ではない。
選べば。
本当に少しだけ有利になる。
だから迷う。
「嫌ですね」
「ありがとうございます」
「褒めていません」
「私は褒め言葉として受け取ります」
NoNameは進む。
ユイがまた二つの道を作る。
左なら近い。
右なら安全。
NoNameは。
止まった。
「……?」
ユイも一瞬だけ遅れる。
NoNameは。
どちらへも行かなかった。
後ろへ戻る。
「戻る?」
「はい」
「なぜ?」
「どちらもユイが作ったので」
「それだけですか?」
「はい」
「でも、戻れば不利です」
「そうですね」
NoNameは中央まで戻る。
「では、ここからもう一度選びます」
ユイが。
少し黙った。
「それ」
「はい?」
「私が一番嫌なやつです」
「そうなんですか?」
「せっかく作った盤面を捨てられました」
「すみません」
「謝るなら戻ってきてください」
「嫌です」
「即答ですね」
「勝ちたいので」
ユイが追ってくる。
初めて。
NoNameではなく。
ユイの側が。
相手の選んだ場所へ入った。
中央。
遮蔽物が少ない。
互いに選択肢が減る。
「ここなら」
NoNameが言う。
「少し単純ですね」
「私には不利です」
「だから選びました」
「随分正直ですね」
「隠しても分かるでしょう?」
「はい」
「なら言います」
NoNameはユイを見る。
「ここで、ユイに勝ちたいです」
ユイは。
数秒。
何も返さなかった。
やがて。
「本当に」
小さく息を吐く。
「ずるくなりましたね」
「そうでしょうか」
「はい」
ユイも中央へ入る。
「では」
構える。
「ここで勝ちます」
二人が動く。
もう道は少ない。
高低差もない。
選択肢は。
攻める。
避ける。
止まる。
下がる。
それだけ。
だからこそ。
一つ一つが重い。
ユイが撃つ。
NoNameが避ける。
NoNameが踏み込む。
ユイが下がる。
一発。
互いに削れる。
二発目。
NoNameがわずかに先。
三発目。
ユイが読む。
NoNameは止まる。
ユイも止まる。
互いに。
次を選ぶ。
「NoNameさん」
「はい」
「今、何がしたいですか?」
NoNameは。
少しだけ笑った。
「ユイに勝ちたいです」
「それ以外は?」
「今はありません」
「公開試合の練習は?」
「後です」
「自分がどこまで読まれるかは?」
「もう十分分かりました」
「私に選ばされたくない?」
「今は気にしていません」
「では」
ユイも。
笑った。
「やっと一つですね」
「はい」
「私もです」
ユイの照準がNoNameへ向く。
「NoNameさんに勝ちたい」
次の瞬間。
二人が同時に前へ出た。
最後は。
読みではなかった。
どちらが先に相手へ届くか。
どちらが一瞬早く選び直せるか。
それだけ。
ユイの一撃がNoNameを掠める。
NoNameも外す。
互いに横へ。
再び向き合う。
次。
ユイが撃つ。
NoNameが半歩遅れて避ける。
耐久が削れる。
あと一撃。
ユイが追う。
NoNameは。
逃げなかった。
前へ。
「来ると思いました」
「はい」
「読めています」
「それでも?」
「それでもです」
ユイの攻撃。
NoNameの攻撃。
交差。
一瞬。
沈黙。
そして。
撃破表示。
勝者。
NoName。
三対二。
◇
NoNameは結果画面を。
しばらく黙って見ていた。
「……勝ちました」
「はい」
ユイの返事は。
思ったより穏やかだった。
「悔しいです」
「私なら嬉しいですが」
「でしょうね」
「かなり」
「聞いていません」
「すみません」
NoNameは笑う。
その一方。
ユイは自分が負けた最後の場面を見直していた。
「NoNameさん」
「はい」
「最後、私が前へ来ると分かっていました?」
「半分くらいは」
「また半分」
「残りは賭けました」
「最近よく賭けますね」
「以前より」
NoNameは少し考えた。
「全部を分かってから動こうとしなくなったのかもしれません」
「怖くないですか?」
「負けるのは怖いですよ」
「なら、なぜ?」
「全部分かるまで待っていたら」
NoNameはユイを見る。
「ユイとは、ずっと動けない気がしたので」
ユイは一瞬黙ったあと。
小さく笑った。
「それは正解です」
「やはり」
「待ってくれれば、いくらでも選択肢を増やしました」
「危なかったですね」
「次はもっと増やします」
「また戦うんですか?」
「嫌ですか?」
「いいえ」
NoNameはすぐに首を横へ振った。
「次も勝ちたいです」
「私もです」
そこで。
観戦席からレナの声が飛んできた。
「はい! じゃあ次!」
NoNameが振り向く。
レナはすでに立ち上がっていた。
「私でしょ!?」
「まだ決めていませんが」
「ECHO、ユイって来たんだから私!」
「順番の根拠になっていません」
「ユイは今終わったんだから黙ってて!」
「負けたからといって発言権はなくなりません」
「そういう意味じゃない!」
NoNameは二人を見ながら。
少し笑った。
残っているのは。
ミカとレナ。
最初に出会った世界女王と。
もっとも近距離で何度もぶつかってきた世界女王。
どちらとも。
戦いたい。
以前なら。
どちらを先にすれば練習効率が高いか考えた。
今は違う。
自分へ問いかける。
次に。
どちらと戦いたいか。
その答えは。
思ったより早く出た。
「レナ」
「はい!」
レナの顔が一気に明るくなる。
「お願いします」
「よっしゃあ!」
その隣で。
ミカだけが。
静かにNoNameを見ていた。
NoNameはそれに気づく。
「ミカ」
「はい」
「最後でいいですか?」
「……理由を聞いても?」
NoNameは少し考える。
そして。
そのまま答えた。
「四人の中で」
一度だけ言葉を切る。
「最後に戦いたいと思ったので」
ミカの表情が。
完全に止まった。
レナも黙った。
ユイが目を閉じた。
ECHOだけが首を傾げる。
「重要ですか?」
「多分」
NoNameは答えた。
「私には、かなり」
数秒。
ミカは何も言わなかった。
やがて。
ほんの少しだけ。
笑う。
「分かりました」
いつもの落ち着いた声。
ただし。
「それなら」
視線だけは。
明らかに勝負を始めていた。
「最後まで、待っています」
その言葉を聞いて。
NoNameは。
なぜか次のレナ戦だけでなく。
その先に残った最後の一戦まで。
急に楽しみになった。




