第九十話 決めないことと、黙ることは違う
八対八。
残り二分。
NoNameは味方側の通信を開いたまま、三人から返事が来るのを待った。
「最後の二分だけ、今度は四人で一緒に勝ちに行きませんか」
最初に答えたのはORIGINATORだった。
『その言い方、気に入らねえな』
「そうですか?」
『一緒に勝つって言いながら、お前の頭にはもう何かあるだろ』
NoNameは否定しなかった。
「あります」
『ほら見ろ』
QUEENが通信へ入る。
『で? 私をどこへ置くつもり?』
「置きません」
『……何?』
VOIDも黙って聞いている。
NoNameは盤面へ視線を走らせた。
残り時間が減り始めている。
一分五十六秒。
「私は、こう動けば勝ちやすいという形をいくつか考えています」
『でしょうね』
「でも、それを三人へ指示するつもりはありません」
ORIGINATORが鼻で笑う。
『じゃあ何すんだよ』
「話します」
『何を?』
「私が何をしたいかです」
今度こそ通信が静かになった。
NoNameは続ける。
「私は残り二分で、できればレナをもう一度止めたいです。ただ、最優先は試合に勝つことなので、必要なら他へ行きます」
QUEENが少し間を置いて答えた。
『……それだけ?』
「はい」
『作戦じゃないじゃない』
「そうですね」
『じゃあ私も言えばいいの?』
「聞きたいです」
QUEENはすぐに答えた。
『私はミカを倒したい。さっき一つ返しただけじゃ全然足りない』
「分かりました」
VOIDも続く。
『私はECHOです。もう一度戦いたいです』
「はい」
最後にORIGINATOR。
『俺はお前から一点取りたかったんだけどな』
「同じチームなので難しいですね」
『分かってるよ』
ORIGINATORは笑う。
『今はユイだ。さっきやられたから取り返す』
「では、全員やりたいことはありますね」
『だから何だ?』
「それを知っていれば」
NoNameはレナの位置を確認した。
復帰している。
こちらへ向かってくる可能性が高い。
「誰かの選択が変わった時、その理由を推測できます」
昔は違った。
NoNameが先に答えを決め、他の人間をそこへ置いた。
今度は、それぞれが先に自分の意思を持っている。
ならば。
「例えばQUEENが突然ミカから離れたら、何か見えたか、もっと欲しいものができたということです」
『私が怖くなって逃げた可能性は?』
「かなり低いです」
『そこは即答するのね』
「ORIGINATORがユイを放置すれば、おそらくユイより優先する何かを見つけた。VOIDがECHOから離れれば、それにも理由がある」
ORIGINATORが黙る。
やがて小さく笑った。
『なるほどな』
「指示ではありません」
『分かってる』
「私も皆さんに言います。何を見たか。何をしたいか」
『その後どうするかは?』
「聞いた人が自分で決めます」
ORIGINATORの笑い声が大きくなった。
『やっとチームらしいこと言い始めたじゃねえか』
「今まで違いましたか?」
『昔のお前は一人で四人分やってただろ』
「……そうですね」
否定できない。
QUEENが通信を切り替える。
『じゃあ、さっさと始めるわよ。時間なくなる』
「はい」
『ちなみに私はあなたの指示は聞かないから』
「最初から頼んでいません」
『一言余計なのよ』
残り一分四十七秒。
四人が動いた。
◇
最初に接触したのは、予想通りNoNameとレナだった。
「師匠!」
「来ましたね」
「言ったからね!」
レナは一直線には入らない。
少し外側へ膨らみながら、NoNameが自分へ集中するよう誘っている。
NoNameも追う。
ただし、今度は他の三人を忘れてはいない。
『ミカを見つけた』
QUEEN。
「位置は?」
共有された座標を確認する。
左側。
NoNameから遠い。
『そのまま行くわ』
「はい」
指示はしない。
QUEENが行きたいなら行く。
数秒後、ORIGINATORから通信が入る。
『ユイが中央から左へ寄ってる』
NoNameは一瞬だけ考えた。
ユイがQUEENとミカの戦闘へ介入しようとしている可能性がある。
昔なら、すぐORIGINATORへ追わせた。
今は違う。
「私はレナと接触中です。左へ行けません」
『知ってる』
「どうしますか?」
『俺が追う』
「お願いします」
『頼まれなくても行くっての』
ORIGINATORが進路を変える。
それをNoNameは知らされている。
だからこそ、自分はレナから目を逸らさずに済む。
「師匠、さっきから通信多くない?」
「話しています」
「指示?」
「いいえ」
「ほんとに?」
「私がレナと戦っているので、そちらへ行けないと伝えました」
「……それ言う必要ある?」
「あると思います」
「なんか恥ずかしいんだけど!」
「なぜでしょう」
「知らない!」
レナが一気に距離を詰めた。
NoNameが迎える。
最初の攻防では互いに当たらない。
二度目。
レナが前へ出ると見せて横へ。
NoNameも追わない。
三度目。
今度は本当に来る。
NoNameは半歩だけ下がり、反撃する。
レナもそれを読んでいる。
互いの耐久が少しずつ削れていく。
決定打はない。
その時。
『NoName』
VOIDの声。
「はい」
『ECHOが私から離れました』
NoNameの思考が動く。
「どちらへ?」
『中央』
中央。
レナとNoNameがいる位置に近い。
ECHOのしたいことは、最初に聞いている。
自分で一点を取りたい。
VOIDと戦いたいとも言っていた。
それなのに離れた。
「何か見えていますね」
『多分』
NoNameは目の前のレナを見る。
レナは表情を変えない。
だが。
ほんの一瞬だけ。
視線がNoNameの後ろへ動いた。
「……なるほど」
「え?」
ECHOが来る。
レナと二人でNoNameを落とすつもりだ。
合理的だ。
先ほども同じ二人に倒されている。
今のNoNameは、自分が何を欲しがるかまで見られている。
「VOID」
『はい』
「ECHOを追いたいですか?」
『はい』
「ではお願いします」
『分かりました』
それだけ。
どこから入れとも言わない。
いつ攻撃しろとも言わない。
NoNameは再びレナだけを見る。
「師匠」
「はい」
「何か分かった?」
「ECHOが来ます」
「……何で分かるの!?」
「レナが見たので」
「うわっ」
レナが自分の目を押さえた。
「それ反則じゃない!?」
「レナが教えました」
「教えてない!」
「見れば分かります」
「だからそれが反則!」
NoNameが笑った。
その瞬間、背後からECHOが入る。
「今」
レナも同時に来た。
挟撃。
NoNameはレナから目を逸らさないまま、一歩だけ横へずれた。
ECHOの射線とレナの進路がわずかに重なる。
二人ともすぐ修正する。
さすがだった。
これだけでは崩れない。
しかし次の瞬間。
ECHOの側面へVOIDが現れた。
「追いつきました」
「来た」
「はい」
「今はNoNameを取りたい」
「私はECHOを取りたいです」
「困る」
「私も譲りません」
VOIDがECHOを引き受ける。
結果として、NoNameの前には再びレナだけが残った。
NoNameは何も指示していない。
VOIDが、自分の欲しい相手を追った結果だった。
レナもそれに気づいたらしい。
「師匠」
「はい」
「今の、ちょっとずるい」
「何もしていませんよ」
「それがずるい!」
レナは笑っていた。
「前だったら全部師匠の作戦だったのに!」
「今日は違いますね」
「……ほんとに」
レナが構え直す。
「なんか、今の師匠のチーム強い」
NoNameは少しだけ驚いた。
「私のチーム、ですか?」
「だって師匠が集めたんでしょ?」
「はい」
「でも誰も師匠の言う通り動いてない」
「そうですね」
「なのにちゃんと繋がってる」
それはNoName自身も感じていた。
自分が全員を動かしていない。
それでも、何をしたいかを互いに知っているだけで。
必要な時に動きが重なる。
「いいですね」
NoNameが言う。
「また褒めた!」
「今回は私たちのことです」
「もっとだめ!」
「なぜですか?」
「こっちは敵なの!」
レナが飛び込む。
今度こそ決めるつもりだ。
残り時間は。
一分十二秒。
NoNameも前へ出た。
◇
同時刻。
左側ではミカとQUEENが三度目の正面衝突へ入っていた。
「今度は逃がさないわよ」
「逃げた覚えはありません」
「二回も取っておいてよく言う」
「QUEENも一度取り返したでしょう」
「足りないの」
「私もです」
互いに笑う。
そこへユイが入ろうとした。
だが。
「悪いな」
ORIGINATORが進路を塞ぐ。
「こちらでしたか」
「NoNameが来いって言ったわけじゃねえぞ」
「聞いていません」
「俺が追いたかっただけだ」
「では」
ユイが構える。
「私もあなたを倒してから行きます」
「言うようになったじゃねえか」
二人もぶつかる。
右ではVOIDとECHO。
中央ではNoNameとレナ。
また四つの勝負になった。
だが、先ほどまでとは違う。
全員が自分の勝負をしながら。
互いが何を欲しがっているかを知っている。
それだけで盤面に、目に見えない繋がりが生まれていた。
◇
残り五十四秒。
八対八。
まだ誰も取れない。
NoNameとレナの耐久は、どちらも危険域へ入っている。
「師匠!」
「はい」
「これ、次で決まるよ!」
「おそらく」
「絶対私が取る!」
「私もです」
二人が踏み込む。
レナは最初から前へ出た。
NoNameも退かない。
一撃。
かわす。
二撃。
互いに止まる。
これまで何度も繰り返した読み合い。
だがレナはそこで笑った。
「師匠なら、待つと思った!」
止まったはずの身体をさらに前へ運ぶ。
NoNameの想定より一歩深い。
攻撃が来る。
避けきれない。
「取った!」
レナが叫ぶ。
その瞬間。
NoNameは避けることをやめた。
「え?」
攻撃を受ける。
耐久が残りわずかになる。
それでも倒れていない。
そしてレナは、攻撃後の硬直へ入っている。
「私も」
NoNameが踏み込む。
「そこまで来ると思っていました」
「うそ!?」
「半分くらいは」
「半分!?」
「残りは賭けました」
「師匠が!?」
「勝ちたいので」
NoNameの攻撃が届く。
撃破判定。
九対八。
残り四十二秒。
NoName側がリード。
『あああああ!』
レナの声が通信へ響く。
「取りました」
『知ってる!』
「嬉しいです」
『それも知ってる!』
「かなり」
『言わなくていい!』
NoNameは笑った。
しかし、その笑顔はすぐに消える。
残り四十秒。
一点リード。
ここから逃げ切れば勝てる。
もっとも安全な形もすぐに浮かんだ。
全員を下げる。
互いに援護可能な距離を保つ。
無理に戦わない。
時間を使う。
昔のNoNameなら、即座にそれを伝えていた。
「皆さん」
通信を開く。
『何?』
QUEEN。
『聞いています』
VOID。
『今忙しい!』
ORIGINATOR。
NoNameは一瞬だけ迷った。
「残り四十秒。一点リードです」
『見れば分かるわ』
「安全に守れば、かなり勝ちやすいです」
ORIGINATORが笑った。
『来たな。最適解』
「はい」
『で? 下がれって?』
NoNameは答える前に三人の位置を見る。
QUEENはミカと戦っている。
楽しそうだ。
VOIDはECHOとあと一撃を争っている。
ORIGINATORもユイを追っている。
誰も下がる気配がない。
そして。
NoName自身も。
まだ戦いたかった。
「……いいえ」
三人が黙る。
「私は」
NoNameは正直に言った。
「もう一点、欲しいです」
QUEENが笑った。
『奇遇ね。私も』
VOID。
『私もです』
ORIGINATOR。
『俺は最初からそのつもりだ!』
「では」
NoNameは構え直した。
「続けましょう」
残り三十一秒。
一点リード。
守ればいい。
それでも四人は前へ出た。
◇
残り二十四秒。
撃破音。
スコアが動く。
九対九。
「……!」
倒されたのはVOID。
取ったのはECHO。
『取った』
敵側通信で聞こえているわけではない。
それでもNoNameには、ECHOがそう言った気がした。
同点。
残り二十秒。
次の一点。
おそらく、それが最後になる。
『NoName!』
ORIGINATORの声。
「はい」
『ユイが中央へ抜ける!』
「見えました」
『俺は追う!』
「お願いします」
QUEENも入る。
『ミカも中央へ行った!』
「QUEENは?」
『当然追うわよ!』
復帰したレナも来る。
ECHOも。
VOIDも復帰が間に合う。
全員が中央へ集まり始めていた。
残り十五秒。
これまで四か所に分かれていた勝負が。
最後だけ。
一つの場所へ重なる。
NoNameはそれを見た。
八人。
全員が一点を欲しがっている。
昔なら、この瞬間こそNoNameの得意分野だった。
全員の動きを整理し。
誰を捨て。
誰を使い。
最も高い確率で一点へ届く形を作る。
答えは。
もう見えている。
QUEENを左へ出す。
ORIGINATORには囮になってもらう。
VOIDを遅らせる。
自分が最後に入る。
そうすれば高い確率で――。
NoNameは通信を開いた。
「皆さん」
残り十二秒。
『何!?』
『はい』
『早くしろ!』
NoNameは言う。
「私、中央へ行きます」
それだけだった。
QUEENが笑う。
『私も』
VOID。
『私もです』
ORIGINATOR。
『知ってる。全員来い!』
NoNameも走った。
誰も駒にしない。
誰も捨てない。
だからといって、何も考えていないわけではない。
QUEENがミカを見る。
ORIGINATORがユイを追う。
VOIDがECHOへ向かう。
NoNameの正面には。
やはりレナが来た。
「師匠!」
「はい」
「最後!」
「そうですね」
「今度こそ!」
「私もです」
残り八秒。
全員が動く。
ミカがQUEENへ撃つ。
QUEENがかわす。
ユイがORIGINATORを止める。
ORIGINATORが強引に抜ける。
ECHOとVOIDが同時に攻撃する。
NoNameとレナが真正面からぶつかる。
誰が取ってもおかしくない。
残り五秒。
NoNameの視界に。
一瞬だけ。
ミカが入った。
QUEENへ集中している。
取れる。
今なら。
レナを捨てて方向を変えれば、ミカへ届く可能性がある。
その方が一点を取りやすい。
NoNameは。
レナを見た。
彼女も分かっている。
NoNameが別の一点を見つけたことを。
「行く?」
レナが聞く。
残り三秒。
NoNameは。
笑った。
「いいえ」
「そっか!」
「今は、レナです」
二人が同時に踏み込む。
残り二秒。
一撃。
互いにかわす。
残り一秒。
レナが前へ。
NoNameも前へ。
そして。
試合終了。
攻撃は。
どちらも、届かなかった。
◇
最終スコア。
九対九。
引き分け。
しばらく。
誰も喋らなかった。
「……引き分け?」
最初に言ったのはレナだった。
「そうですね」
「えええええ!?」
大声が通信へ響く。
「最後いけたと思ったのに!」
「私もです」
「じゃあもう一回!」
「レナ」
ユイが呆れた声を出す。
「終わった直後です」
「だって決着ついてない!」
「それは私も同意します」
ミカだった。
QUEENもすぐに割り込む。
「私もよ。ミカとは一勝二敗のままだし」
「そこを数えていたんですか」
「当然でしょう?」
ECHOも静かに言った。
「もう一回したい」
「私もです」
VOIDが答える。
ORIGINATORだけが大きく笑った。
「おいNoName」
「はい」
「どうすんだ、これ」
「何がでしょう」
「全員、終わる気ねえぞ」
NoNameは周囲を見る。
ミカ。
ユイ。
レナ。
ECHO。
ORIGINATOR。
QUEEN。
VOID。
誰も満足していない。
自分も同じだった。
勝てなかった。
悔しい。
最後の一点を取れなかった。
あと一歩だった。
それなのに。
楽しかった。
驚くほど。
「困りましたね」
NoNameが言う。
「何が?」
レナが尋ねる。
NoNameは少し考え。
それから、隠さず答えた。
「終わったのに、まだやりたいです」
今度は。
誰も驚かなかった。
ただレナが笑い。
ミカも微笑み。
ユイは小さく息を吐き。
ECHOが頷いた。
ORIGINATORは満足そうに笑っている。
QUEENは腕を組み、VOIDもほんの少し口元を緩めた。
NoNameは最終スコアをもう一度見る。
九対九。
勝てなかった。
でも、負けてもいない。
昔なら、その結果を分析した。
どこで一点を取り損ねたか。
どの配置なら勝てたか。
誰をどこへ動かすべきだったか。
今も、考えればいくらでも答えは出せる。
けれど。
最初に口から出たのは。
「次は」
七人がNoNameを見る。
「勝ちたいですね」
それだけだった。




