第八十七話 今日は、正しさを証明しない
四対四。
NoNameは中央へ向かいながら、ORIGINATORの位置を確認した。
相手もすでに動いている。
互いに一直線ではない。遮蔽物を挟み、相手から見えない経路を選びながら、それでも最終的には同じ場所へ近づいていた。
昔から、ORIGINATORはそういう相手だった。
NoNameが盤面から導いた答えを、そのまま受け入れない。
もっと効率のいい道があると説明しても、自分が別の場所へ行きたいと思えば行く。結果として失敗することもあったし、NoNameが正しかったと証明される試合も少なくなかった。
だから当時の自分は、理解できなかった。
勝てるのに、なぜ違うことをするのか。
正しい配置があるのに、なぜ従わないのか。
そして最後には、自分の正しさを証明するために勝った。
「来たな」
遮蔽物の向こうからORIGINATORが姿を現した。
NoNameも足を止める。
「はい」
「逃げなかったか」
「私から来ましたので」
「そうだったな」
ORIGINATORは笑った。
距離はまだある。
すぐに攻撃が届くほどではない。
にもかかわらず、二人とも相手だけを見ていた。
「お前から一点取るって言った」
「覚えています」
「それで、お前は先に取るって言った」
「はい」
「じゃあ始めるか」
その言葉を合図にしたように、二人が同時に動いた。
ORIGINATORが先に射線を作る。
NoNameは正面から受けず、左側へ回り込んだ。
追撃が来る。
予想していた。
半歩戻る。
そこへさらに一発。
「……やはり」
NoNameが小さく呟く。
「なんだ?」
「以前より、私の動きを読んでいますね」
「今のお前の方が簡単だからな」
ORIGINATORは攻撃を止めない。
「レナに負けたら取り返しに行く。ECHOに読まれたら、今度はECHOから一点欲しがる。VOIDに先を越されたら、ちゃんと嫌がる」
NoNameは一度遮蔽物へ入った。
その出口へ、すでにORIGINATORの狙いが置かれている。
「随分見ていますね」
「昔から見てたよ」
返ってきた言葉に、NoNameの動きがほんの少し止まった。
「お前が俺たちを見てたのと同じくらいにはな」
「……そうでしたか」
「ただ、昔は見ても分からなかった」
ORIGINATORが距離を詰める。
「お前自身が、何を欲しがってるのか分からなかったからな」
NoNameが遮蔽物から飛び出した。
今度は逃げない。
真正面から距離を詰める。
ORIGINATORも退かなかった。
互いの攻撃が交差する。
NoNameがわずかに先に避け、反撃を返す。ORIGINATORも読んでいたらしく、身体をずらしてかわした。
どちらも決定打にならない。
「今日は分かる」
ORIGINATORが言った。
「お前、俺に勝ちたいんだろ」
「はい」
「昔の失敗をやり直したい?」
NoNameの指先が、一瞬だけ止まった。
ORIGINATORは見逃さない。
そこへ攻撃が飛ぶ。
NoNameは避けたが、完全には間に合わなかった。耐久が削られる。
「違います」
「本当に?」
「……はい」
「じゃあ俺に、今のお前が正しいって証明したい?」
さらに追撃。
NoNameは今度こそ完全に回避した。
けれど、反撃が遅れた。
言葉が引っかかっている。
ORIGINATORは昔から、こういうところだけは容赦がない。
「お前、昔もそうだったぞ」
「何がでしょう」
「自分が間違ってないって分かってもらうために、勝とうとした」
NoNameは黙った。
覚えている。
ORIGINATORに、勝つために人を盤上から消すのが上手すぎると言われた。
あの時、自分は話し合わなかった。
自分の方法なら勝てる。
それを次の試合で証明した。
そして本当に勝った。
勝ったから、自分が正しいと思った。
そのあと、チームはなくなった。
「今度は逆か?」
ORIGINATORの声が続く。
「昔のお前は間違ってて、今のお前が正しい。だから俺に勝って、それを証明する?」
「……」
NoNameは足を止めた。
その瞬間、ORIGINATORも攻撃を止めた。
「どうした」
「少し考えています」
「試合中だぞ」
「知っています」
「じゃあ早くしろ。待ってやらないぞ」
言いながらORIGINATORは再び踏み込んだ。
NoNameも対応する。
攻撃を避け、反撃し、位置をずらす。
身体は戦い続けている。
それでも頭の中では、今の問いが残っていた。
自分は、なぜORIGINATORに勝ちたいのか。
昔をやり直したいからか。
変わった自分を認めてもらいたいからか。
今の方が正しいと証明したいからか。
どれも完全な間違いではない気がした。
ORIGINATORには、自分の過去を知られている。
だからこそ、今の自分を見てほしいという気持ちはある。
だが。
それだけではない。
「遅い!」
ORIGINATORが強く踏み込む。
NoNameは反射的に後退した。
そこはORIGINATORが待っていた位置だった。
「――取った」
逃げ道がない。
攻撃が届く。
NoNameの耐久が一気に危険域まで削られた。
あと一撃。
ORIGINATORが追う。
「昔のお前なら、ここで俺を倒すことしか考えねえ!」
その声とともに、最後の攻撃が来た。
NoNameは見る。
避けられる。
ただし右へ行けば、ORIGINATORへの反撃が遠くなる。
左なら反撃できる。
しかし左へ行くことは、おそらく読まれている。
勝ちたい。
ORIGINATORから一点を取りたい。
さきほど自分で言った。
その欲が、今も自分の選択肢を狭めている。
NoNameは。
右へ跳んだ。
ORIGINATORの攻撃が外れる。
「……あ?」
ORIGINATORが初めて意外そうな声を出した。
NoNameは反撃しなかった。
そのまま距離を取る。
「逃げるのか?」
「一度だけ」
「俺から一点欲しいんじゃなかったのか」
「欲しいですよ」
「じゃあ来い」
「でも」
NoNameは周囲を見た。
盤面がある。
自分とORIGINATORだけではない。
ミカとQUEENが左側で戦っている。
レナは中央へ近づいている。
ユイは少し離れた高所。
ECHOとVOIDも復帰して、それぞれ別方向からこちらへ向かっていた。
全員がいる。
全員が自分で戦っている。
「昔の私なら」
NoNameは静かに言った。
「今ここであなたに勝つことを、必要以上に重要なことにしていたかもしれません」
「……」
「あなたへ何かを証明するために」
ORIGINATORは答えない。
NoNameは続けた。
「でも今日は、違います」
「何がだ」
「正しさを証明しに来たわけではありません」
言葉にすると、驚くほど腑に落ちた。
昔の自分が間違っていたことは、もう知っている。
今の自分が完全に正しいとも思わない。
これからも間違えるだろう。
誰かの答えを勝手に決めることもあるかもしれない。
だから、ORIGINATORに勝って、自分が変わったことを証明する必要はない。
「私は今、単純にあなたに勝ちたいだけです」
ORIGINATORの口元がゆっくり上がった。
「一緒じゃねえか」
「少し違います」
「どこが?」
「勝てなくても、私が今の私であることは変わりません」
一瞬。
ORIGINATORが何も言わなかった。
NoNameはそのまま視線を動かす。
右側。
ECHOが来ている。
さらに後ろにはレナ。
自分を狙っている可能性が高い。
「なので」
NoNameは構え直した。
「あなたにこだわりすぎて、また倒されるのは嫌です」
「おい」
NoNameはORIGINATORから離れた。
「本当に行くのか!?」
「はい」
「俺と勝負してたろ!」
「まだ終わっていませんよ」
「逃げてるじゃねえか!」
「勝つためです」
「それを俺に言う!?」
ORIGINATORの声を背に、NoNameはECHOの進路へ入る。
ECHOがすぐに気づいた。
「来た」
「はい」
「ORIGINATORは?」
「後で」
「逃げたのか?」
「戦術的な移動です」
追いついてきたORIGINATORが即座に反論した。
「逃げただろ!」
「本人がそう言っています」
「ECHOまで」
その間にも、盤面は動いている。
レナが中央からNoNameへ近づこうとしたところへ、QUEENが横から射線を通した。
「悪いけど、そっちは行かせないわよ」
「QUEEN!? ミカは!?」
「今あの子、私じゃなくてNoNameばっかり見てるから少し腹が立ったの」
「理由がめちゃくちゃ!」
「試合なんだから好きにするわ」
そのQUEENへ、遠距離からミカの攻撃が飛ぶ。
「誰がNoNameさんばかり見ているんですか」
「あなたよ!」
「今はあなたを見ています」
「言い方がいちいち腹立つ!」
別方向ではVOIDがECHOへ向かい、その進路をユイが塞ごうとしていた。
誰もNoNameの意図通りには動いていない。
それでいい。
いや。
今は、その方がいい。
「NoName」
ECHOが真正面から来る。
「今度も私を取る?」
NoNameはほんの一瞬だけ考えた。
「取れそうなら」
「さっきと違う」
「はい」
「欲しくなくなった?」
「いいえ」
NoNameはECHOの初撃を避ける。
「欲しいものが増えました」
「増えた?」
「試合に勝ちたいです」
さきほどまでは、一点そのものへ意識が向きすぎていた。
誰から取るか。
誰に取り返すか。
それも楽しい。
だが今は、もっと大きな欲がある。
この四人で勝ちたい。
自分たちの側にいるORIGINATOR、QUEEN、VOIDと一緒に。
そのためなら、自分が一点を取ることだけに固執する必要はない。
ただし。
「もちろん、できれば私が取りたいですが」
「欲張り」
「そうかもしれません」
NoNameが笑った。
そしてECHOへ踏み込もうとした瞬間だった。
「NoName!」
背後からORIGINATORが来る。
敵ではない。
味方だ。
しかし明らかに苛立っている。
「勝手に話終わらせんな!」
「まだ怒っていたんですか」
「当たり前だ!」
ORIGINATORはNoNameの横を抜ける。
そのままECHOへ向かう。
「俺がお前より先に取る!」
「それは困ります」
「だったら来い!」
NoNameも追う。
二人が同時にECHOを狙う。
「二人になった」
ECHOは落ち着いていた。
むしろ少し楽しそうですらある。
そこへVOIDも近づく。
「私もECHOを狙っています」
「三人は多いです」
「人気ですね」
「嬉しくない」
ECHOが下がる。
NoNameたちが追う。
だが、その動きを見ていたユイが黙っているはずがなかった。
「全員がECHOさんへ集まりすぎです」
援護が飛ぶ。
最初の一発はNoNameへ。
避ける。
二発目はORIGINATOR。
彼もかわす。
三発目。
今度はVOIDだった。
「……なるほど」
NoNameはそこで気づいた。
ユイは誰かを倒そうとしているのではない。
三人を散らそうとしている。
ECHO一人へ集中させず、盤面を広げるために攻撃を置いている。
「ORIGINATOR」
「あ?」
「私がユイへ行きます」
「勝手にしろ!」
「ECHOは?」
「俺が取る!」
「私もいます」
VOIDも譲らない。
NoNameは少し笑った。
「ではお願いします」
以前の自分なら、二人へ役割を振った。
今は頼んだだけ。
二人がどう戦うかは二人が決める。
NoNameは向きを変え、ユイへ走った。
ユイはすぐに気づく。
「こちらへ来ますか」
「はい」
「ORIGINATORさんとの決着はいいんですか?」
「後でもできます」
「昔のことがあるので、もっと拘ると思っていました」
「私も少しそう思っていました」
NoNameが距離を詰める。
「ですが、今はユイを止めた方が勝ちやすそうです」
「それはいつものNoNameさんですね」
「そうですね」
「では、結局変わっていない?」
ユイの問いに、NoNameは首を横へ振った。
「違います」
「どこがでしょう」
「昔なら、私があなたを止めるのが正解だと判断したあと、他の三人がどう動くべきかまで決めていたと思います」
ユイが一瞬だけ目を細める。
「今は?」
「ORIGINATORとVOIDが、勝手にECHOを取り合っています」
少し離れた場所から怒鳴り声が聞こえた。
「勝手って言うな!」
「事実です」
「聞こえてんぞ!」
ユイが思わず笑う。
その瞬間、NoNameが踏み込んだ。
「笑わせましたね」
「今のはORIGINATORのせいです」
「利用しました」
「それを本人に言うんですか?」
「勝ちたいので」
NoNameの攻撃がユイへ届く。
しかしユイも紙一重でかわす。
「本当に、嫌なところだけ昔のままですね」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めていません」
ユイが反撃する。
NoNameが避ける。
その瞬間。
別の場所で撃破音が響いた。
スコアが変わる。
五対四。
NoNameたちの側が、初めてリードした。
「誰ですか?」
ユイが表示を見る。
撃破者は。
VOID。
相手はECHO。
『私の一点です』
通信へVOIDの声が入る。
直後。
『くそっ! また取られた!』
ORIGINATORが叫ぶ。
『遅かったです』
『俺が削っただろ!』
『最後に取ったのは私です』
『NoName! こいつどうにかしろ!』
NoNameはユイと戦いながら答えた。
「本人同士で決めてください」
『お前、昔なら絶対こういうの整理しただろ!』
「今日はしません」
『役に立たねえ!』
「ありがとうございます」
『褒めてねえ!』
今度はNoNameが笑った。
目の前のユイまで、完全に笑いを堪えきれていない。
「楽しそうですね」
「はい」
「試合中ですよ」
「知っています」
「勝ちたいんですよね?」
「もちろんです」
NoNameは構え直した。
五対四。
味方が一点リード。
自分はまだ、ORIGINATORから一点を取っていない。
約束も終わっていない。
それでも焦りはなかった。
この試合には、まだ続きがある。
そして一つの勝負が終わらなくても、別の面白いものが次々に起きる。
「ユイ」
「はい?」
「あなたから一点取ってもいいですか?」
ユイの眉が上がる。
「許可を取るものではないと思いますが」
「そうですね」
NoNameは前へ出た。
「では、取ります」
「させません」
二人が同時に動く。
その背後ではORIGINATORとVOIDが、どちらがECHOを倒したのかではなく、どちらがより多く削ったかでまだ言い合っている。
QUEENとミカは再び互いを見始め、レナはその間を抜けてNoNameを探していた。
ECHOもすでに復帰へ向かっている。
誰も同じ場所に留まらない。
誰も昔の関係へ戻らない。
NoNameも同じだった。
ORIGINATORへ、自分が変わったことを証明する必要はない。
過去を消す必要もない。
昔の失敗がなくなるわけでもない。
ただ今は。
自分で選んだ仲間たちと、この試合に勝ちたい。
そのあとで、ORIGINATORからも一点取りたい。
レナにももう一度勝ちたい。
ミカとの決着もつけたい。
ECHOに読まれたまま勝ってみたい。
欲しいものは、一つでなくてもいい。
それを初めて知ったNoNameは、ユイの射線へ自分から踏み込んだ。




