第八十話 優勝したのに、師匠の予定だけが埋まっていく
決勝が終わってから三十分後。
Crownlessの四人は、ようやく自分たちが優勝したらしいという実感を持ち始めていた。
表彰式では巨大なトロフィーを渡され、会場中から名前を呼ばれた。大会公式の速報には《CHAMPION CROWNLESS》という文字が表示され続け、配信では決勝最後の場面がすでに何度も切り抜かれている。
それでも、レナが一番気にしていたのはトロフィーではなかった。
「師匠、どこ?」
選手控室へ戻った途端、荷物を置くより先に周囲を見回す。
ユイが呆れたように答えた。
「先ほど大会スタッフに呼ばれていました。決勝後の合同記者会見について確認があるそうです」
「なんで師匠まで?」
「おそらく、今回の大会で最も説明を求められている人物の一人だからでしょう」
「優勝したの私たちなんだけど」
「その通りです」
「じゃあ私たちを取材すればいいじゃん」
「取材されますよ」
「師匠抜きで?」
「そこを確認しているのではありませんか」
レナは納得していない顔のまま椅子へ座った。
ミカは受け取った端末を眺めながら、小さく息を吐く。
「黒瀬さんが心配しなくても、NoNameさんなら嫌なものは断ると思います」
「それはわかってる。でも、師匠って自分のことになると妙に雑じゃん」
その指摘には、三人ともすぐに反論できなかった。
誰かの意思は尊重する。
誰かが無理をしていれば気づく。
誰かが選べずにいれば待つ。
その一方で、自分自身の負担については「問題ありません」で済ませようとするところがある。
ECHOが真面目な顔で頷いた。
「監視が必要です」
「監視ではありません」
ユイが訂正する。
「では、観察」
「それも少し違います」
「保護?」
「近づきましたが、本人の意思を無視しないでください」
レナが腕を組む。
「じゃあ何?」
ユイは数秒考えた。
「……一緒にいる、でしょうか」
三人が一斉にユイを見る。
「何ですか」
ユイの表情は変わらない。
しかしミカは、ほんの少しだけ口元を上げた。
「ずいぶん自然に言いましたね」
「事実です」
「顔赤くない?」
「黒瀬さん」
「はい」
「黙ってください」
「やっぱ赤いじゃん」
「照明です」
「控室の照明、白だけど」
「黒瀬さん」
「はいはい」
大会を優勝した直後だというのに、話題が完全にNoNameへ移っている。
ECHOはそんな三人を見たあと、端末へ目を落とした。
「ただ、問題があります」
「何?」
画面を見せる。
大会運営から届いている連絡一覧だった。
《決勝後合同会見》
《公式優勝者インタビュー》
《Crownless特別番組出演依頼》
《NoName選手への単独取材申請》
《NoName選手への戦術解説出演依頼》
《NoName選手へのコーチ契約打診》
《NoName選手へのエキシビション再出場要請》
《NoName選手への――》
レナが途中で画面を閉じた。
「多すぎ!」
「まだ下があります」
「見たくない!」
ミカが苦笑する。
「優勝したのは私たちなのに、NoNameさん宛ての方が多そうですね」
「そこ笑うところじゃないよ!」
「少し面白くはあります」
「ミカまで!」
ユイがECHOから端末を受け取った。
「すべて受ける必要はありません。大会関連で最低限必要なものだけ確認しましょう」
「弟子入りは?」
レナが聞く。
「ありません」
「個人コーチは?」
「断ります」
「他チーム専属は?」
「論外です」
そこだけ三人の返答が早かった。
ECHOも頷く。
「一致しました」
ミカが少し遅れて気づく。
「私たちが決めることではありませんよ」
「……そうでした」
レナ。
「師匠本人が決める。でも、嫌」
ユイ。
「気持ちは同じです」
ECHO。
「私もです」
三人の視線がミカへ向く。
「なぜ私を見るんですか」
「ミカは?」
「私も、あまり歓迎はしません」
「一番言い方柔らかいけど同じじゃん」
「黒瀬さんほど露骨ではないだけです」
その時、控室の扉が開いた。
「何の話でしょう」
NoNameだった。
四人が一斉に黙る。
NoNameは扉のところで立ち止まった。
「戻ってはいけないタイミングでしたか」
「逆!」
レナが立ち上がる。
「ちょうどよかった!」
「そうですか」
「師匠、何頼まれた?」
「合同会見への同席です」
「それだけ?」
「今のところは」
「断った?」
「いいえ」
レナが固まる。
「なんで!?」
「Crownlessの関係者として一緒に出てほしい、という内容でしたので。皆さんが嫌でなければ問題ないと思いました」
四人が顔を見合わせる。
嫌か。
むしろ。
「出て」
レナが即答した。
ミカも頷く。
「私も構いません」
「同意します」
ECHOも続き、ユイが最後に確認する。
「ただし、個人情報や過去について答えたくない質問には答えないでください」
「はい」
「他チームからの契約についても、その場で返答する必要はありません」
「はい」
「あと」
ユイが一瞬だけ止まる。
「勝手にどこかへ行かないでください」
NoNameが首を傾げた。
「会見中にですか」
「今後もです」
レナが吹き出した。
「ユイ、それもう違う話!」
「必要事項です」
「月城さん」
NoNameが困ったように笑う。
「私は迷子ではありません」
「知っています」
「では」
「それでもです」
NoNameは数秒考えた。
それから、あっさり頷く。
「わかりました」
「わかるんだ」
レナが呆れる。
「黒瀬さんも同じことを言いそうでしたので」
「言うけど!」
◇
決勝後の合同記者会見は、大会側が急遽用意した最大の会見室で行われた。
中央にはCrownlessの四人。
その少し横にNoName。
さらに反対側には準優勝のZEROと、世界ランキング一位だったMONARCHのQUEENまで呼ばれている。
大会としても、今回の決勝だけを切り取って説明することが難しかったのだろう。
最初の質問は、当然のようにCrownlessへ向けられた。
『世界ランキング一位のMONARCHを破り、そのままZEROとの決勝も制しました。今の率直なお気持ちは?』
代表してユイがマイクを取る。
「嬉しいです。ただ、まだ優勝直後なので、何を達成したのか完全には整理できていません」
『世界一になったという実感は?』
ユイは少し考え、隣の三人を見た。
「世界一、という言葉を何の順位に対して使うかにもよると思います。今日の大会では優勝しました。それ以上は、今のところ必要ありません」
記者席が少しざわつく。
以前のユイなら、ランキングや結果をもっと明確に整理したかもしれない。
今は、王座に自分たちを合わせようとしない。
次の質問はミカへ。
『星野選手。準決勝では、かつてあなたから世界女王の座を奪ったQUEEN選手と再戦しました。最後にはQUEEN選手を倒す機会より、チームの得点を優先しましたね。個人的な決着をつけたかった気持ちはありませんでしたか?』
「ありました」
ミカは迷わず答えた。
横に座るQUEENが少し笑う。
「今もあります。ですから、いずれ一対一でもう一度戦いたいと思っています」
『では、今日は我慢した?』
「いいえ」
ミカは首を横へ振った。
「我慢してCrownlessを選んだのではありません。あの瞬間は、本当にCrownlessの一点の方が欲しかったんです」
QUEENが横から口を挟む。
「それ言われると、私ちょっと悔しいんだけど」
会場に笑いが起きる。
ミカも少し笑った。
「私も逆なら悔しいと思います」
「じゃあ今度一対一ね」
「はい」
「公開で?」
「それは考えます」
「そこ即答じゃないんだ」
さらに笑いが広がった。
続いてレナへ。
『黒瀬選手。決勝では、従来よりもかなり止まる場面が増えました。戦い方を変えたのでしょうか?』
「変えたっていうより、増えた感じです」
『増えた?』
「前に出るのやめたわけじゃないです。今でも前に出るの好きだし、殴り合うのも好き。でも、止まった方が面白い時もあるってわかったから、そっちも使うだけ」
『それを教えたのがNoName選手ですか?』
「きっかけは師匠。でも、今選んでるのは私」
レナは胸を張って答えた。
NoNameが少しだけ笑う。
それを見たレナは一瞬言葉を止めた。
『どうしました?』
「いや、師匠が今笑ったから」
『NoName選手、なぜ?』
突然振られたNoNameは少し困った顔になる。
「黒瀬さんが、自分で選んでいると言ったので」
『嬉しかった?』
「はい」
レナの顔が目に見えて赤くなった。
「師匠!」
「何でしょう」
「そういうの会見で普通に言うのやめて!」
「質問されたので」
記者席から笑いが起きる。
配信コメントも一気に加速した。
ECHOが隣で真顔のまま言った。
「不公平です」
レナが振り返る。
「何が!?」
「私にも質問してください」
今度は会場全体が笑った。
記者の一人が本当にECHOへマイクを向ける。
『ではECHO選手。今回の大会で一番変わったと思うことは?』
ECHOは少し考えた。
「自分が何をしたいかを、以前より聞くようになりました」
『自分自身に?』
「はい。以前は、チームに必要なことを探していました。今も必要ならします。ただ、それだけではなくなりました」
『決勝最後の右資源も、自分で?』
「はい。ユイから選択肢を渡されて、自分で右を選びました」
『もし失敗していたら?』
ECHOはすぐに答えなかった。
ほんの少し考えて。
「悔しかったと思います」
『それだけ?』
「はい」
ECHOはミカ、ユイ、レナを見る。
「たぶん、帰ってから反省します」
そしてNoNameを見る。
「その前に、ただいまと言います」
会見室が一瞬だけ静かになった。
派手な言葉ではない。
でも。
この大会を最初から見ていた人なら。
その意味がわかる。
NoNameも何も付け足さなかった。
ただ、静かに頷いた。
◇
そして。
ついに。
質問はNoNameへ向かった。
『NoName選手。あなたについて、大会中に非常に多くの注目が集まりました。星野選手、月城選手、黒瀬選手、そしてECHO選手に影響を与えた人物として、今では“世界女王たちの師匠”と呼ばれています。この呼び名をどう感じますか?』
「少し困ります」
即答だった。
会場から小さな笑いが漏れる。
『なぜでしょう』
「私は、皆さんを作ったわけではありませんので」
NoNameは四人を見る。
「最初から、皆さんは皆さんでした。私は質問をしたり、一緒に対戦したりしただけです」
『ですが四人とも、あなたの影響を認めています』
「はい。それは嬉しいです」
ミカの視線が少し動く。
ユイも。
レナはすでに危険を感じたような顔をしている。
ECHOだけは前のめりだった。
『では、あなたにとってCrownlessとは何でしょう?』
四人の空気が変わった。
「え」
レナが小さく声を出す。
質問した記者は気づいていない。
しかし四人にとって。
それはかなり重要な質問だった。
NoNameは少し考える。
会見場が静かになる。
ZEROのORIGINATORは、少し離れた席でNoNameを見ていた。
QUEENも興味深そうに待っている。
NoNameは。
迷った末に。
「私が」
一度だけ言葉を止めた。
「帰る場所です」
数秒。
完全に。
静かになった。
次の瞬間。
レナが机へ額をつけた。
「師匠……」
「どうしましたか」
「だから、そういうのを人前で普通に言うのやめてって……」
ミカは横を向いている。
耳が赤い。
ユイは資料を確認するふりをして下を向き。
ECHOだけはNoNameをまっすぐ見た。
「私もです」
NoNameが見る。
「何がでしょう」
「Crownlessは、私が帰る場所です」
「はい」
「そしてNoNameもいます」
「はい」
「重要です」
「そうですね」
レナが顔を上げた。
「ECHOだけずるい!」
「何がですか」
「私も言う!」
「黒瀬さん、会見中です」
ユイが止める。
「でも!」
「では私も言います」
ミカが静かに割り込んだ。
ユイが止まる。
「ミカさん?」
「Crownlessは、私にとっても帰る場所です」
レナ。
「ミカまで!」
三人の視線がユイへ向く。
「……なぜ私を見るんですか」
「ユイだけ言ってない」
「言う必要がありますか」
「ある!」
レナ。
ECHO。
ミカ。
三対一。
ユイはしばらく耐えた。
しかし記者席までこちらを待っている。
諦める。
「私も同じです」
レナが満足そうに頷いた。
「よし」
「何が『よし』ですか」
記者席は笑いに包まれていた。
ただ。
次の質問で。
空気が少し変わった。
『NoName選手。では、今後もCrownlessの一員として活動を続ける?』
「はい」
四人の反応が同時だった。
ミカがNoNameを見る。
ユイも。
レナは完全に笑顔になった。
ECHOは静かに頷く。
質問はさらに続く。
『他チームから、すでに多数のコーチ契約や移籍打診が届いていると聞いています。それでも?』
「はい」
『条件によっては?』
「関係ありません」
今度。
四人が。
完全に止まった。
レナがゆっくりNoNameを見る。
「師匠」
「はい」
「今の、もう一回」
「何がでしょう」
「条件関係ないって」
「はい」
「一億でも?」
「何の金額ですか」
「年俸」
「必要ありません」
「十億?」
「同じです」
ユイが額へ手を当てる。
「黒瀬さん。会見で勝手に値段を上げないでください」
「だって確認大事じゃん!」
ミカが小さく笑いながらNoNameを見る。
「では、本当に移るつもりはないんですね」
「はい」
「理由は?」
NoNameが一瞬止まる。
さっき。
もう。
答えている。
「帰る場所なので」
今度は四人とも黙った。
記者席から、なぜか小さな拍手まで起きる。
ORIGINATORが少し離れたところで笑っていた。
「強くなったっていうより、面倒になったな」
NoNameが見る。
「何がでしょう」
「言うようになった」
「そうでしょうか」
「昔なら絶対言わなかった」
NoNameは少し考える。
「皆さんが、聞くので」
レナ。
「聞いてよかった」
ミカ。
「はい」
ユイも、今回は否定しなかった。
ECHO。
「今後も聞きます」
「ほどほどにお願いします」
◇
会見が終わった後。
大会スタッフから、今後の予定表が渡された。
優勝者撮影。
大会公式番組。
ランキング更新告知。
スポンサー関連の撮影。
エキシビション候補。
世界大会への招待。
再戦希望。
その他。
ユイが一覧を確認しながら、深く息を吐く。
「しばらく忙しくなりそうですね」
「休みないの?」
レナが覗き込む。
「あります。作ります」
「絶対?」
「絶対です」
「師匠も?」
「NoNameさんもです」
NoNameが首を傾げる。
「私はそれほど予定がありませんが」
四人が一斉に彼を見る。
「何でしょう」
ECHOが無言で端末を差し出した。
NoName宛ての新着依頼。
会見中だけで。
二百三十六件。
「……増えましたね」
「他人事!?」
レナが叫ぶ。
ユイがすぐに端末を回収する。
「分類します」
「お願いします」
「本人がやって!」
「月城さんの方が得意ですので」
「そういうところです!」
ミカが笑う。
「でも、ユイさん」
「何でしょう」
「全部断る必要もありませんよ」
ユイの動きが止まる。
レナもミカを見る。
「ミカ?」
「NoNameさん本人が、やりたいものがあるなら」
三人。
少し。
黙る。
正しい。
帰る場所だからといって。
そこから出てはいけないわけではない。
他の誰かを見てはいけないわけでもない。
Crownlessは。
NoNameを閉じ込める場所ではない。
ユイが頷いた。
「そうですね」
レナも渋々。
「師匠が本当にやりたいなら」
ECHOも。
「受け入れます」
三人とも。
かなり。
嫌そうではある。
NoNameはそれを見ながら少し笑った。
「では、一つあります」
四人の表情が一斉に変わった。
「あるの!?」
「はい」
「何!?」
「黒瀬さん、近いです」
「早く!」
NoNameは大会施設の窓の外を見る。
夕方。
長かった大会の一日が。
ようやく終わろうとしている。
「皆さんと」
一呼吸。
「食事へ行きたいです」
四人。
沈黙。
「……それ?」
レナが聞く。
「はい」
「他チームのコーチじゃなくて?」
「はい」
「エキシビションでもなく?」
「はい」
「世界一と再戦でも?」
「今は特に」
ミカが口元を押さえる。
ユイも力が抜けたように息を吐く。
ECHOは真剣に確認した。
「五人で?」
「はい」
その瞬間。
四人が。
ほぼ同時に。
「行きます」
声が重なった。
NoNameが少し驚く。
「まだ場所を決めていませんが」
「どこでもいい!」
レナが即答する。
「黒瀬さん。少しは選んでください」
「じゃあ師匠が選ぶ!」
「私ですか」
「師匠が行きたいところ!」
NoNameは困ったように四人を見る。
世界大会を優勝した。
世界一を倒した。
自分の昔の仲間とも再会した。
数百件の依頼が届いている。
それでも。
今。
一番やりたいこと。
「では」
少し考えて。
「以前、皆さんと行った店で」
レナが笑う。
「そこ!」
ミカも。
「いいですね」
ユイ。
「予約を確認します」
ECHO。
「五人です」
「はい」
NoNameも笑った。
「五人で」
優勝した夜。
世界女王たちと。
世界一のチームを倒した四人と。
その誰にも、ずっと勝たせなかった一人は。
王座を祝うためではなく。
ただ。
いつもの場所へ。
一緒に帰るように。
食事へ向かうことになった。




