第七十五話 昔の仲間は、昔の答えを持ってこない
決勝会場へ続く通路を歩きながら、レナは何度か後ろを振り返った。
NoNameはちゃんとついてきている。いつものように少し離れた位置を歩き、急ぐ様子もなければ、かといって足を止めることもない。
三度目に振り返ったところで、さすがにNoNameが気づいた。
「黒瀬レナさん。何かありますか」
「別に。ただ、本当に来てるか確認してるだけ」
「置いていくと言ったのは黒瀬レナさんですが」
「だから確認してるの」
「なるほど」
「絶対わかってないでしょ」
レナが呆れたように前を向くと、隣を歩いていたユイが小さく笑った。
「放っておいてもNoNameさんは来ます。今は、それより決勝へ集中してください」
「わかってるって。でも、昔の仲間が全員出てくるなんて聞いた後なんだから、ちょっとくらい気にするでしょ」
「気にすること自体は否定していません。ただ、私たちがすることは変わりません」
ユイは正面にある決勝ゲートを見た。
「ZEROがNoNameさんの昔のチームであっても、私たちにとっては初対戦の相手です。過去の話を知ったからといって、最初から相手を理解したつもりになる方が危険です」
「同意します」
ECHOが頷く。
「特にORIGINATORについては、NoName自身が三度対戦しても次へ利用できる傾向を掴めなかったと言っています。過去の情報を増やしても、むしろ判断を固定する可能性があります」
ミカも静かに同意した。
「まずは今のZEROを見ましょう。昔の彼らがどうだったかは、必要になってから考えれば十分です」
四人の会話を後ろから聞いていたNoNameが、少しだけ目を細めた。
「何?」
レナがすぐに気づく。
「いえ。私が言うことがなくなったと思いまして」
「いいことじゃん」
「はい。かなり」
NoNameは素直に答えた。
それ以上、誰も言葉を重ねなかった。
昔なら、NoNameが対戦相手について知っているなら全部聞こうとしていただろう。癖も、考え方も、過去の戦術も、使える情報はできるだけ揃えたはずだ。
今は違う。
知っている人がいるからといって、その人の答えを借りる必要はない。まして今回は、その答えが通用しなかった相手なのだから。
決勝ゲートが開いた。
眩しい照明と、これまでで最も大きな歓声が四人を迎えた。
◇
配信の同時視聴者数は、決勝開始前ですでに二百万人を超えていた。
Crownlessが世界一のMONARCHを破った直後に、存在すら知られていなかったZEROが決勝へ登録された。その異常な経緯に加えて、大会創設時の特別条項まで公開されたことで、試合前から会場は異様な熱気に包まれている。
先にCrownlessの四人がステージへ上がった。
ミカ、ユイ、レナ、ECHO。
続いて、反対側のゲートが開く。
ZERO。
最初に現れたのは《FIRST》だった。
短い茶髪の女性で、年齢はミカたちより少し上に見える。入場した途端に周囲を確認したが、観客へ手を振ることも、対戦相手へ強い視線を向けることもなかった。
二人目、《SECOND》。
長身の男性。歩き方は穏やかで、FIRSTとは対照的に会場を見回して軽く笑っている。
三人目、《THIRD》。
小柄な女性。ゲートを出るなりCrownlessの四人を順番に眺め、最後にECHOのところで少し長く視線を止めた。
そして最後に現れた《ORIGINATOR》は、黒髪の男性だった。何の演出もなく歩いてきたその姿には派手さも威圧感もない。
それでも観戦席のNoNameは、四人目が姿を現した瞬間にわずかに姿勢を変えた。
レナはそれを見なかった。
見ないと決めたからだ。
代わりに、目の前の四人を見る。
「どれが一番強いんだろ」
「その考え方から離れた方がいいと思います」
ユイが小声で返す。
「わかってる。でも気になるじゃん」
「私も気になります」
ECHOが言ったので、レナが振り返る。
「ECHOも?」
「はい。ただし、今は順位をつけられる情報がありません」
「そういう意味ね」
ミカはORIGINATORを見ていた。
NoNameが三度挑んでも勝負にならなかった相手。そう聞けば、どうしても特別な何かを探したくなる。
立ち方、視線、手の位置、武器の持ち方。
けれど、何も見つからない。
だからミカは探すのをやめた。
「来ればわかります」
その言葉に、三人も頷いた。
中央で両チームが向き合う。
最初に口を開いたのはORIGINATORだった。
「初めまして、と言った方がいいかな」
「私たちは初めましてです」
ユイが答える。
「そうだね。こっちは一方的に見ていたから、少し変な感じがする」
レナが眉を上げた。
「ずっと見てたの?」
「全部ではないよ。大会が始まってから、気になった試合をいくつか。それとNoNameのエキシビション」
「じゃあ師匠が負けたのも見た?」
「見た」
ORIGINATORは少し笑った。
「嬉しかったよ」
四人の空気がわずかに変わる。
レナが一歩前へ出かけたところで、ミカが腕を軽く触って止めた。
「どういう意味ですか」
代わりにミカが尋ねる。
「そのままの意味。あいつが負けたことじゃなくて、負けた時にちゃんと笑っていたことが嬉しかった」
レナの力が少し抜けた。
「……そういう方」
「どんな方を想像した?」
「もっと師匠に意地悪な人」
「昔はかなりしたよ」
今度こそレナがNoNameを見そうになり、ぎりぎりで耐えた。
「聞きたい」
「試合後に本人へ聞けばいい」
「それもそうか」
あっさり納得するレナを見て、ORIGINATORは小さく笑った。
「本当に、いい場所にいるみたいだな」
「だから、それを決めるのは私たちでもあなたでもありません」
ユイが淡々と返す。
「本人です」
「知ってる。さっきは少し試した。悪かった」
「なら問題ありません」
ユイもそれ以上は追及しなかった。
そこでTHIRDがECHOへ声をかける。
「あなたがECHO?」
「はい」
「昔の私と、ちょっと似てる」
ECHOの目が細くなる。
「何がですか」
「それは試合で見せる」
「わかりました」
「気にならない?」
「気になります。ただ、先に答えを聞くより見たいです」
THIRDは一瞬だけ目を丸くし、そのあと楽しそうに笑った。
「なるほど。NoNameが好きそう」
ECHOが止まった。
レナ、ミカ、ユイの三人の視線が同時にTHIRDへ向く。
「何、その言い方」
レナが反応する。
「え?」
「好きそうって何」
「選手として、って意味だけど」
「最初に言って」
「ごめん」
THIRDが素直に謝る。
ORIGINATORが横で笑っている。
「変わってないな。余計な一言を足すところ」
「そっちに言われたくない」
ZEROの四人にも、普通の関係がある。
NoNameの過去だからといって、重苦しい影だけを背負っているわけではない。
そのことがわかっただけで、Crownlessの四人も少し構えを解いた。
ただし、試合が楽になるわけではない。
握手を終え、両チームがスタート地点へ分かれた。
◇
決勝マップは《BLANK BOARD》。
中央制圧地点は一つ。左右に資源拠点が二つずつあり、環境装置は存在しない。
地形も非常に単純で、大きな遮蔽物がいくつか配置されているだけだった。
特殊なのは一つ。
得点が入るたびに、すべての遮蔽物の位置が初期化される。
同じ地形、同じ配置から、毎回やり直す。
「大会創設者が選びそうなマップですね」
ユイが言う。
レナが中央を見る。
「毎回最初に戻るから?」
「おそらく」
ECHOも頷いた。
「前の一点で有効だった形を、そのまま次へ持ち込みにくい」
ミカは反対側のZEROを見る。四人とも、作戦会議らしい会話をほとんどしていない。
「彼らに有利だと思いますか」
ユイは少し考えた。
「わかりません。そう決めるのは危険でしょう」
「ですよね」
スタートカウントが始まる。
レナが拳を握りながら、「最初、誰行く?」と聞く。
ユイは首を横へ振った。
「見えた人が決めましょう」
「了解」
ECHOは正面のTHIRDを見た。ミカはORIGINATORを見ようとして、途中でFIRSTへ視線を変える。
そして開始音が鳴った。
八人が一斉に動く。
Crownlessは自然に広がった。ミカが左、ユイが中央外側、レナが右前、ECHOが中央後方へ向かう。
対するZEROは、四人全員が中央へ走った。
「全部!?」
レナが思わず声を上げる。
四人が固まったまま中央へ入るのを見て、ユイは即座に判断した。
「囲みます。正面から受けないでください」
「了解!」
レナが右へ回り込み、ミカは左から射線を作る。ECHOも少し遅れて中央へ近づいた。
ZEROの四人は中央を保持する。
一秒、二秒。
ミカが撃ち、FIRSTが回避する。
三秒目にレナが右から入り、SECONDがそれを受ける。
ユイはORIGINATORを見た。
指示は出していない。四人とも、自分で動いている。
四秒。
ECHOがTHIRDへ向かった、その瞬間だった。
「出るよ」
ORIGINATORが言った。
ZEROの四人全員が、何の未練もなく中央から離れた。
「え?」
レナが足を止める。
保持カウントは六秒まで進んでいた。あと四秒で得点だったのに、それを自分たちから捨てた。
FIRSTは左、SECONDは右、THIRDは後ろへ下がり、ORIGINATORだけがCrownless側へ深く入ってくる。
ユイの判断が一瞬遅れた。
「中央、空きました!」
ECHOが先に気づく。
「入ります」
そのままECHOが中央へ入り、保持を始める。
ZEROは戻らない。
ミカはFIRSTを追い、レナはSECONDへ向かう。ユイだけがORIGINATORを見た。
「取らせるつもりですか」
「今は」
ORIGINATORが答えた。
どこかで何度も聞いた言葉だったが、意味は違う。
ECHOは一人で中央を保持し続ける。THIRDが振り返れば戻れる距離にいたが、やはり戻らない。
そのまま十秒が経過した。
CENTRAL HOLD.
CROWNLESS.
ONE.
決勝最初の一点はCrownless。
会場が沸く。
だが四人は喜ばなかった。
ZEROは、取れるはずだった一点を自分たちから捨て、その結果としてこちらへ一点を渡した。
「意味がわからない」
レナが言った。
「私もです」
ユイも隠さなかった。
するとORIGINATORが、少し離れた位置から笑った。
「それでいい。今の一点に、次の答えを作らない方がいい」
得点が入った瞬間、マップ全体が白く光った。
遮蔽物はすべて初期位置へ戻り、八人もそれぞれの再開地点へ転送される。
残ったのはスコアだけだ。
Crownless、一。
ZERO、ゼロ。
それ以外は、全部最初へ戻った。
「次」
ORIGINATORが三人へ声をかける。
「さっきのことは忘れよう」
FIRSTが「了解」と頷き、SECONDも「何も取れなかったしね」と肩をすくめる。
THIRDだけは少し笑った。
「むしろ一点あげたけど」
「それも忘れる」
「了解」
レナが目を丸くする。
「本当に忘れるの? 反省しない?」
「するよ。試合が終わってから」
「今しないの?」
「今やると、次の自分をさっきの失敗に合わせることになるから」
ユイの表情が変わった。
NoNameの話と繋がる。
読める。その瞬間は。
だが、次に使えない。
ZEROは失敗から学ばないのではない。試合中に、学んだ答えを持ち越さない。
成功も、失敗も、有効だった形も、次の一点へできるだけ持っていかない。
「そんな戦い方、普通は弱くなります」
ミカが呟く。
「はい」
ユイも同意する。
積み上げがない。相手の癖を利用しない。自分たちの成功パターンも繰り返さない。
毎回、初見に近い状態へ戻る。
普通なら、経験を捨てているだけだ。
それでもNoNameは三度、この相手と勝負にすらならなかった。
二回目のスタートカウントが始まる。
「さっき中央でした」
ECHOが言う。
「はい」
ユイが答えた。
「だから次も中央へ来る、と考えない」
「はい」
レナが笑う。
「じゃ、何もわかんないじゃん」
ミカも少しだけ笑った。
「そこから始めればいいんでしょう」
開始音が鳴る。
今度のZEROは、一人も中央へ行かなかった。
FIRSTは左資源。SECONDは右資源。THIRDはCrownlessの後方へ入り、ORIGINATORは開始地点から動かない。
「本当に違う!」
レナが笑った。
「来ましたね」
ユイの声にも、わずかに楽しさが混じる。
ミカがFIRSTへ、レナがSECONDへ、ECHOが後方へ入り込んできたTHIRDへ向かう。
ユイだけが、開始地点に残ったORIGINATORを見た。
動かない姿に、NoNameのエキシビションが一瞬だけ重なる。
だがユイはすぐにその連想を切った。
「同じだと思わない方がいいですね」
自分へ言ったつもりだったが、ORIGINATORには聞こえたらしい。
「誰と?」
「秘密です」
「それでいい」
ORIGINATORはまだ動かない。
一方、左ではFIRSTが資源拠点へ触れていた。
ミカが射線を作り、一発撃つ。
FIRSTは回避しない。
弾丸を受け、体力を八割まで削られても、そのまま資源を取り続ける。
「避けないんですか」
「今は、取る方が欲しい」
ミカが二発目を撃つ。
FIRSTはそれも受け、体力は五割まで落ちた。それでも資源から手を離さない。
あと四秒。
次を当てれば倒せる。
FIRST自身もそれはわかっている。
ミカが三発目を撃った。
その瞬間、FIRSTは初めて回避した。
弾が外れる。
ミカが追う。
ところがFIRSTは資源から手を離し、そのまま逃げた。積み上げていた取得カウントは消える。
「今度は捨てるんですね」
「うん」
FIRSTが笑う。
「さっきは捨てなかったのに」
「さっきの私は、もういないから」
ミカは一瞬だけ止まった。
その言葉は重い。
けれどFIRSTは深い意味を語る様子もなく、そのまま撃ち返してきた。
右でも似たことが起きていた。
SECONDはレナに押されながら資源を狙っていたが、突然それを捨ててレナの後ろへ回り込む。
「ちょ、そっち!?」
「今、殴りたくなった」
「私も!」
「じゃあ来い!」
レナが笑って正面からぶつかる。
後方では、THIRDがECHOと向き合っていた。
THIRDは一度も攻撃しない。ECHOも、すぐには撃たなかった。
「何をしますか」
ECHOが訊く。
「まだ決めてない」
「私を見てから?」
「ううん。自分を見てる」
ECHOの目が細くなる。
「昔の私と似ていると言いました」
「言ったね」
「どこがですか」
「昔の私は、自分が何をしたいかを毎回捨ててた。必要なことをするために、空いてる場所に入って、足りない役をやって、勝つために自分を消した」
ECHOは黙った。
まるで以前の自分だった。
「でも、あなたは今」
「逆」
THIRDが笑う。
「毎回、自分が何したいかを最初から聞く」
「それがZEROの戦い方ですか」
「私はね」
「全員ではない?」
「全員、理由は違う」
ECHOがわずかに驚く。
同じように答えを持ち越さない戦い方をしている。
けれど、その理由まで同じではない。
「だから、今はあなたを撃ちたい」
THIRDが武器を構えた。
「なぜ」
「似てるけど、違うから」
「受け取ります」
ECHOも構え、二人の交戦が始まった。
◇
二回目の得点を取ったのはZEROだった。
中央ではない。左右の資源でもない。
SECONDがレナとの近距離戦を途中で捨てたあと、誰も見ていなかった中央へ回り込み、そのまま十秒間保持した。
誰かの指示ではなかった。
ORIGINATORは最後まで動かず、FIRSTもミカと戦ったまま、THIRDもECHOと撃ち合ったままだった。
それでもSECONDは一人で中央へ入り、一点を取った。
ZERO、一。
Crownless、一。
同点。
マップが白く光り、また全員が初期位置へ戻される。
レナは再開地点へ転送されるなり、眉をひそめた。
「今の、誰も助けなかった」
「はい」
ユイも見ていた。
「SECONDさんが中央へ行ったことを、ZEROの他三人が利用しようともしませんでした」
「普通、誰か来るよね」
「普通なら」
ECHOが考える。
「ただ、その結果として私たちは中央へ気づくのが遅れました」
ミカも頷いた。
「連携していないように見えること自体が、こちらの判断を遅らせています」
「でも、わざとじゃない」
レナの言葉に、三人が彼女を見る。
「たぶんだけど。あいつら、私たちを迷わせるためにバラバラやってるんじゃない。普通に、自分で好きにやってるだけ」
ユイが少し笑った。
「私もそう思います」
「なら、めちゃくちゃ面倒」
「はい」
「褒めてる?」
「かなり」
観戦席でそのやり取りを見ていたNoNameも、ほんの少し笑っていた。
昔、自分はZEROの前身だったチームへ正解を与え続けた。
誰がどこへ行くべきか。誰を助けるべきか。何を捨てるべきか。
勝つための形を毎回作った。
その結果、四人は自分の判断を使わなくなった。
そして最後には、NoNameを捨てた。
いま目の前にいる四人は、その正反対にいる。
毎回答えを捨てる。
成功したからといって繰り返さず、失敗したからといって避け続けない。
自分が次に何をしたいかを、その都度選び直す。
「変わりましたね」
NoNameは誰にも聞かせるつもりのない声で呟いた。
けれど再開地点にいたORIGINATORが、ふと観戦席を見た。
距離がある。聞こえるはずがない。
それでも目が合った。
ORIGINATORが少しだけ笑う。
NoNameも、今度は目を逸らさなかった。
◇
三回目。
スコアは一対一。
残り十一分二十秒。
スタート前、ユイが三人へ言った。
「一つだけ変えます。ZEROを読むことはやめません。ただし、読んだものを次へ持ち越しません」
ECHOが少し考える。
「相手と同じことをする?」
「いいえ。私たちは、私たちです。前の情報を使いたければ使う。捨てたければ捨てる。ただ、さっきこうだったから次もこうだと決めない」
ミカが静かに頷いた。
「今の相手を見る」
「はい」
レナが拳を握る。
「それなら最初からやってる」
「そうですね」
「じゃあ、普通に勝とう」
ECHOも少し笑った。
「同意します」
開始音が鳴った。
今度はCrownlessから、四人全員が中央へ走る。
ZEROは一人も中央へ来なかった。
「また逆!」
レナが笑う。
「構いません。そのまま行きます」
Crownlessの四人が中央へ入り、保持を始める。
ZEROはFIRSTが左、SECONDがCrownless後方、THIRDが右へ向かい、ORIGINATORも中央へ来ない。
十秒。
そのままCENTRAL HOLDが成立する。
CROWNLESS、TWO.
二対一。
得点が入ると、白い光とともにすべてが初期化された。
レナは再開地点で笑った。
「何これ。簡単じゃん」
ユイがすぐに返す。
「その感想も次へ持っていかないでください」
「わかってるって!」
ZERO側では、ORIGINATORが三人へ問いかけていた。
「今の、どうだった?」
FIRSTが「中央に行きたくなかった」と答え、SECONDも同意する。THIRDも同じだった。
ORIGINATOR自身も「俺も」と言って、四人で少し笑う。
「じゃあ次」
それだけだった。
反省会も、修正もない。
Crownlessの四人はその様子を見る。
「本当に、過去を持ち込まない」
ECHOが静かに言った。
「はい」
ユイが答える。
そこでミカがZEROを見たまま言った。
「でも、過去がないわけではありません」
三人が彼女を見る。
「今の四人を作ったのは、昔の失敗も、NoNameさんと別れたことも、全部だと思います」
ユイの目が少し細くなる。
「捨てているのは過去ではなく、過去から作った答え」
「はい」
ECHOも理解した。
経験は残っている。
痛みも、記憶も、技術も、人間関係も消していない。
ただ、そこから生まれた「次もこうすべき」という答えだけを持ち越さない。
だから本人は残る。
答えだけが消える。
NoNameが三度読めなかった理由が、少しずつ見え始めていた。
そして次のスタート直前、ORIGINATORがCrownlessの四人へ初めてはっきり声をかけた。
「いいね」
レナが眉を上げる。
「何が?」
「NoNameの答えを使ってない」
四人の表情が変わる。
ORIGINATORは笑った。
「なら、もう一つ見せてくれ」
「何を」
レナが訊く。
ORIGINATORは観戦席のNoNameを一度だけ見てから、Crownlessへ視線を戻した。
「お前たちが負けた時、そこが本当に帰る場所のままなのか」
レナの笑みが消え、ユイの目が鋭くなる。ミカは静かに武器を構えた。
ECHOだけは少し考えてから答えた。
「それは、あなたが確かめることではありません」
ORIGINATORが止まる。
「でも、私も知りたいです」
三人がECHOを見る。
「勝った時に帰れることは、もう知っています。引き分けでも帰れました」
MOSAIC戦。
あの日、ECHOは初めて「ただいま」と言った。
「でも、決勝で負けた時に同じように帰れるかは、まだ知りません」
レナがECHOを見る。
「負ける気?」
「ありません」
即答だった。
「ただ、もし負けても、私はただいまと言いたいです」
少しだけ静かになる。
ユイが最初に頷いた。
「私もです」
ミカも続く。
「はい」
レナは数秒だけ黙ったあと、口元を上げた。
「じゃあ、負けたら確認しよ。今は勝つ」
「はい」
ECHOが頷く。
ORIGINATORは四人を見て、少しだけ笑った。
「それでいい」
スタートカウントが始まる。
今度のZEROは四人全員が前へ出た。
Crownlessも四人で前へ出る。
誰も前の一点を、そのまま次の答えにはしない。
開始音が鳴る。
そして八人は、この試合で初めて真正面からぶつかった。




