第六十八話 四人とも違うから、同じ場所に立てる
残り五分。スコアは五対四、Crownlessが一点を先行している。
けれど、盤面を見ていたユイにとって、その一点はほとんど意味を持たなかった。
CROWNEDはもう、以前戦った三人組ではない。
TRACEはミカを映す鏡ではなく、TRACE自身として撃つ。GRIDもユイの過去をなぞらず、自分の判断で盤面を組み替える。RUSHはレナのように前へ出るのではなく、前へ出たいから出る。そしてVOIDも、三人の隙間を埋めるための四人目ではなくなった。
四人とも、自分で立っている。
それでも噛み合う。
「ユイ」
右側を走りながらレナが呼んだ。
「はい」
「これ、前より面倒」
「同感です。以前は相手が何を基準に動くか、ある程度わかりましたから」
「今は?」
「本人です」
短い答えだったが、それだけで十分だった。
過去のデータを捨てたわけではない。癖も、得意な距離も、判断の傾向も消えてはいない。ただ、それらより先に本人の意思がある。
つまり、読むことはできても、決めつけることができない。
それは今のCrownlessと同じだった。
「なら、読むのやめる?」
「いいえ」
ユイはわずかに笑った。
「読んだうえで、外される前提にします」
「性格悪い」
「褒め言葉として受け取ります」
その会話の間にも、TRACEとミカの射撃戦は続いていた。
一発目をミカが撃ち、TRACEは右へ避ける。二発目はTRACE。ミカが遮蔽物の陰へ入ったところで、今度は二人とも撃たなかった。
互いに、三発目を読んでいる。
だからこそ、ミカは武器を下げた。
「TRACE」
「何」
「私、中央へ行きます」
「宣言するんだ」
「はい」
「じゃあ止める」
「どうぞ」
ミカが走る。
TRACEも追う。
普通なら、それだけで中央へ二人が寄る。しかしミカは中央手前で急に左へ折れた。
TRACEも反応するが、ほんのわずかに遅い。
「嘘じゃん」
「途中で変えました」
「それ、あり?」
「あります」
ミカの目的は中央ではなかった。左側の環境装置へ触れ、通路を一枚だけ開く。
その先にいたのはECHOだ。
「見えました」
「お願いします」
ECHOはGRIDと交戦しながら、新しく開いた通路へ滑り込む。そのまま中央へ行くと思わせて、逆に外周へ抜けた。
GRIDが追う。
そこへユイの声が飛んだ。
「ECHO、そのままで」
「はい」
「GRIDさんを連れていってください」
「どこまで」
「決めていません」
「受け取ります」
ECHOが少しだけ笑った。
GRIDも聞こえていたらしく、追いながら眉を寄せる。
「指示が雑になってない?」
「以前よりは」
「自覚あるんだ」
「あります」
その間に中央へ入ったのはユイだった。
一、二、三。
RUSHが気づく。
「中央!」
レナとの接触を切り、ユイへ向かおうとする。
「行かせない」
レナが追う。
「さっきまで私と殴り合いたかったくせに!」
「今は中央!」
「じゃあ今は私が殴りたい!」
「勝手!」
「お互い様!」
レナがRUSHの進路へ身体を入れた。攻撃を当てることより、中央へ行かせないことを優先する。
昔のレナなら、近距離で相手を倒すこと自体が目的になっていた。
今は違う。
殴りたい。
でも、それ以上にCrownlessで勝ちたい。
だから倒しきれなくても構わない。
四、五、六。
中央のカウントが伸びる。
そこでVOIDが動いた。
それまでECHOのいる外周を見ていたのに、突然中央へ向きを変える。
ユイはすぐに気づいた。
「来ます」
VOIDが走る。
速さ自体は特別ではない。ただ、迷いがない。
中央へ入ればユイを止められる。
それだけなら予測できる。
ユイは迎撃の位置へ動いた。
だがVOIDは中央の一歩手前で止まった。
「……?」
ユイも止まる。
VOIDはユイを見たまま、中央へ入らない。
七。
八。
「何をするつもりですか」
「まだ決めていません」
九。
その返答に、ユイは一瞬だけ以前のNoNameを思い出した。
けれど、似ているだけだ。
NoNameなら「まだ決めないことで残っている選択肢」を見ている。
VOIDは違う。
本当に、今この瞬間に自分が何をしたいかを探している。
十。
CENTRAL HOLD.
CROWNLESS.
SIX.
六対四。
中央得点が入った。
それでもVOIDは動かなかった。
ユイは理解できず、少しだけ困惑する。
「取られましたよ」
「はい」
「止められました」
「はい」
「なぜ止めなかったのですか」
VOIDは中央の表示を見てから、静かに答えた。
「あなたを止めたいのか、まだわからなかったので」
「……試合ですよ」
「はい」
「勝ちたいんですよね」
VOIDはすぐには答えなかった。
数秒前なら、それを聞かれても困ったはずだ。
だが今回は、少し考えてから頷く。
「勝ちたいです」
「なら」
「でも、勝ちたいから何をしてもいい、とはまだ思えません」
ユイの目がわずかに細くなる。
「何をしてもいい?」
「三人が楽しそうだったので」
VOIDの視線がTRACE、GRID、RUSHへ向く。
三人とも、それぞれの場所で戦っている。
「私はそこへ入るために、誰かのやりたいことを奪いたくありません」
ユイは数秒、何も言わなかった。
その考え方は、チーム戦として正しいとは限らない。
勝つだけなら、もっと効率のいい選択がある。
それでも。
「では、どうするんですか」
「今、考えます」
「試合中に?」
「はい」
ユイは、とうとう小さく笑った。
「かなり面倒な人ですね」
「よく言われます」
「今日だけで何回目ですか」
「わかりません」
次の瞬間、VOIDが中央へ入った。
ユイも反応する。
「決まりましたか」
「はい」
「何をしたいんですか」
「あなたと戦いたいです」
「……私?」
「今は」
VOIDが攻撃する。
ユイはかわしながら後退した。
中央を奪い返すためではない。チームを助けるためでもない。
単純に。
今、ユイと戦いたい。
その結果として中央を取るなら取る。
そういう順番だった。
「本当に厄介ですね」
「ありがとうございます」
「褒めていません」
中央で二人がぶつかる。
その頃、外周ではECHOとGRIDの追走が終わりかけていた。
ECHOが突然止まったからだ。
GRIDも少し離れて止まる。
「もう走らない?」
「はい」
「理由」
「疲れました」
「……それだけ?」
「それだけです」
GRIDが吹き出した。
「いいね」
「そうですか」
「うん。昔のあなたなら、今の自分が何役なのか説明しようとしたと思う」
「はい」
「今は疲れたから止まった」
「はい」
「それでいいんだ」
「私は、そう思います」
GRIDは一度中央を確認した。
VOIDとユイが戦っている。
TRACEはミカ。
RUSHはレナ。
自分だけがECHOと外周。
助ける場所はいくつもある。
けれど、GRIDは戻らなかった。
「じゃあ、私もここにいる」
ECHOが見る。
「なぜ」
「あなたと、もう少し話したい」
「試合中です」
「VOIDにも同じこと言った?」
「言っていません」
「じゃあ私だけ」
「そうですね」
ECHOは少し考えたあと、武器を構えた。
「話しながらでも、戦えます」
「それは助かる」
二人が撃ち合う。
お互い、少し笑っている。
誰かを倒すためだけではない。
今ここにいる相手と戦いたい。
それ自体が、選択になっていた。
スコアは六対四。
残り三分四十秒。
Crownlessがまだ二点を先行している。
けれど、ユイは中央でVOIDと戦いながら気づいた。
CROWNEDは得点のためだけに動いていない。
それなのに、弱くなっていない。
むしろ。
「レナ!」
「何!」
「一度、全体を見てください!」
「今!?」
「今です!」
レナはRUSHの攻撃をかわし、ほんの一瞬だけ視線を広げる。
左。
ミカとTRACE。
中央。
ユイとVOID。
右外周。
ECHOとGRID。
自分とRUSH。
四つ。
完全な一対一。
誰も誰かを助けていない。
誰も穴を埋めていない。
誰もチームのために自分を消していない。
それでも。
「……あ」
レナも気づく。
四組の戦いが、互いに邪魔をしていない。
TRACEがミカを左へ押したことで、中央への射線が消える。
RUSHがレナを右へ押したことで、GRIDとECHOの逃げ道が生まれる。
GRIDがECHOを外周へ留めたことで、VOIDとユイの一対一が維持される。
そしてVOIDがユイを中央に留めることで、TRACEたちは自分の戦いへ集中できる。
誰も。
そんな形を。
決めていない。
「勝手に噛み合ってる」
レナが呟く。
ユイも頷く。
「はい」
「どうすんの」
「崩します」
「誰を?」
「誰も」
「は?」
ユイはVOIDの一撃を避けながら通信を開いた。
「四人とも、一度、自分の相手から離れてください」
ミカがすぐ答える。
「託します」
ECHOも。
「はい」
レナだけが一瞬遅れた。
「RUSHからも?」
「はい」
「今いいところ」
「だからです」
「……わかった!」
Crownless。
四人。
同時に離れる。
ミカがTRACEから。
ユイがVOIDから。
レナがRUSHから。
ECHOがGRIDから。
CROWNED。
四人。
一瞬。
止まる。
それまで自分が選んだ相手が、いなくなる。
誰を追う。
何をする。
また選ぶ必要が生まれる。
「今です」
ユイが言う。
「好きにしてください」
レナが笑う。
「ユイがそれ言う?」
「今日は言います」
ミカは左資源へ。
レナは中央へ。
ECHOは右環境装置へ。
ユイ自身は――何も取らない。
中央外周を走る。
CROWNED。
反応。
TRACEはミカを追おうとする。
途中で止まり、中央のレナを見る。
GRIDはECHOを見る。
次にユイを見る。
RUSHは迷わずレナへ。
VOIDだけ。
誰も追わない。
立ったまま。
四人を見る。
選べる。
どこへでも行ける。
でも。
今は。
「TRACE!」
VOIDが呼ぶ。
「何!」
「資源、取らせたくないです!」
TRACEが笑う。
「了解!」
二人でミカへ向かう。
初めてだった。
VOIDが「自分がしたいこと」を味方へ伝えた。
命令ではない。
必要だからでもない。
取らせたくない。
それだけ。
「二人来ます」
ミカが言う。
「持てますか」
ユイ。
ミカは一度だけ相手を見た。
TRACE。
VOID。
二人。
「持てません」
即答。
レナが笑う。
「素直!」
「なので、捨てます」
ミカは資源を諦めた。
そのまま反転し、中央へ。
TRACEとVOIDが追う。
つまり。
三人が中央へ来る。
レナはすでに中央でRUSHと戦っている。
ユイも外周から入る。
ECHOだけ右。
「ECHO」
「見えています」
「装置を」
「押します」
右環境装置、起動。
中央床。
分割。
四方向へ開く。
密集した五人が強制的に分断される。
TRACEは左。
VOIDは北。
RUSHは南。
ミカは西。
レナは中央。
ユイは外。
そして。
右環境装置のECHOとGRIDだけが、同じ区画に残った。
GRIDが目を細める。
「狙った?」
「途中から」
「最初は?」
「押したかっただけです」
「やっぱり面倒」
「受け取ります」
ECHOが装置を確保する。
ENVIRONMENT SECURED.
CROWNLESS.
SEVEN.
七対四。
残り一分四十八秒。
CROWNED。
三点差。
それでも。
誰も焦らない。
VOIDが初めて声を出す。
「三点」
TRACE。
「見えてる」
GRID。
「まだある」
RUSH。
「じゃあ取ろう」
誰も。
VOIDを四人目と扱わない。
VOIDも。
三人へ混ざろうとしない。
ただ。
四人で。
次を選ぶ。
観戦席。
NoNameは静かに見ていた。
誰か一人を分析することは、もうできない。
Crownlessも。
CROWNEDも。
四人それぞれが自分で動き、そのたびに全体の形が変わる。
以前なら、自分が盤面の次を先に取れた。
今は。
「……わかりませんね」
小さく。
嬉しそうに。
呟く。
次に誰が何をするか。
本当に。
わからない。
それは。
NoNameにとって。
最高の試合だった。
残り一分三十秒。
七対四。
VOIDが中央を見た。
次に三人を見る。
「一つ、やりたいことがあります」
RUSHが即答する。
「何?」
「四人で、一点取りたいです」
TRACEが少し笑う。
「今まで四人で取ってなかった?」
「違います」
GRIDは理解した。
「誰かの選択に結果として四人が乗るんじゃなくて」
「はい」
「最初から四人で、一つを選びたい」
「はい」
RUSHが拳を握る。
「いいじゃん」
TRACEも頷く。
「やろう」
GRIDは中央を見る。
「なら、中央」
VOID。
「はい」
四人。
同時。
中央へ。
ユイが気づく。
「来ます」
ミカ。
「四人です」
レナ。
「全部?」
ECHO。
「はい」
CROWNED。
初めて。
四人で。
同じものを。
欲しがった。
それまで。
違うまま。
一緒にいた四人が。
今度は。
自分たちで。
一つ。
同じものを。
選んだ。
ユイは少しだけ笑う。
「いいですね」
レナ。
「取らせる?」
「いいえ」
ミカ。
「止めます」
ECHO。
「四人で」
ユイ。
「はい」
Crownlessも。
中央へ。
八人。
残り一分。
一つの場所へ。
集まる。
今度は。
誰かに集められたのではない。
全員が。
自分で。
ここを。
選んだ。




