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世界女王は、彼にだけ勝てない  作者: てへろっぱ


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第六十七話 四人目の場所は、空けて作るものじゃない



 残り七分三十二秒。スコアは三対一でCrownlessが二点を先行している。


 けれど、ユイは表示された数字を一度確認しただけで、すぐに視線を盤面へ戻した。


 さっきまでのCROWNEDとは、もう違う。


「来ます」


 ECHOの声とほぼ同時に、四人が動いた。


 TRACEは左からミカへ。GRIDは中央のユイへ。RUSHは迷うことなくレナへ向かい、その少し後ろからVOIDがECHOを追ってくる。


 形だけを見れば、奇妙なほど分かりやすい一対一だった。


「また同じ相手?」


 レナが笑いながらRUSHの初撃をかわす。


「嫌?」


「逆。今度こそ押し切る」


「こっちも」


 二人が真正面からぶつかった横では、ミカとTRACEの射線が交差していた。互いの癖を知っているからこそ、一発目から命中を狙わない。回避先を作り、その次を奪おうとする撃ち合いになる。


 中央では、ユイとGRIDがまだ一発も攻撃していなかった。


 互いに、先に盤面を動かした側が残り六人へ影響を与えることを知っている。


 だからこそ、動かない。


 そして右外周では――。


「ECHO」


「はい」


「今度は、私から行きます」


 VOIDが自分から言った。


 その言葉だけで、ECHOはわずかに目を細めた。


「どうぞ」


 VOIDが撃つ。ECHOは一発目をかわし、二発目を壁際へ逃がした。三発目は来ない。代わりにVOID自身が距離を詰めてくる。


 さっきまでの追従ではなかった。


 ECHOが射撃なら射撃、移動なら移動、停止なら停止と真似ていたVOIDが、今度は先に選んでいる。


 近距離へ入る。


 ECHOも武器を切り替えた。


 二人の攻撃がぶつかり、ほぼ同時に体力が削れる。


「強いですね」


「あなたも」


「それは、今決めましたか」


 ECHOの問いに、VOIDは一度だけ瞬きをした。


「はい」


「なら、いいと思います」


「敵に褒められるのは変ですね」


「私もそう思います」


 次の瞬間、ECHOは真正面ではなく左へ走った。


 VOIDも反応する。しかし今度は追従ではない。ECHOが向かった先を見て、一瞬だけ判断してから逆へ切った。


 ECHOはミカへ。


 VOIDはTRACEへ。


 同じ側に二人ずつが集まる。


「ミカ」


「見えています」


 ECHOがTRACEの退路へ入った。


 ミカは撃てる。だが撃たない。


 その判断を見たTRACEが、わずかに姿勢を崩した。


「そっちか」


 ECHOが攻撃する。


 TRACEはECHOへ向き直るしかない。


 そこでミカが撃った。


 一発が命中する。


 だが同じ瞬間、VOIDも動いていた。


「TRACE、下がってください」


「了解!」


 指示されたTRACEが迷わず離脱する。代わりにVOIDがミカの射線へ入り、二発目を受けながら前へ出た。


 ECHOが一歩遅れる。


「……味方を守りました」


「はい」


「あなたがしたかったことですか」


 VOIDはミカの三発目を回避しながら答えた。


「今は」


 短い返答だった。


 だが、それで十分だった。


 ECHOには見えた。


 VOIDの中に、少しずつ「自分」が増えている。


 ところが、その変化を一番よく理解していたのはECHOだけではなかった。


「GRID!」


 TRACEが叫ぶ。


「見えています」


 中央で動かなかったGRIDが、初めて前へ出た。


 ユイも同時に反応する。


 GRIDが向かったのは中央制圧ではない。VOIDとTRACEがいる左側へ繋がる環境装置だった。


「ユイ」


「はい。止めません」


 レナが驚く。


「いいの?」


「止めれば、向こうが何を作りたいのか見えません」


 GRIDが装置を起動した。


 壁が一枚上がり、左側と中央の視界が分断される。同時に右側へ新しい通路が開いた。


 RUSHが笑った。


「来た」


 レナも気づく。


「そっち行くの?」


「行く」


 RUSHがレナとの近距離戦を捨てた。


 今までなら、レナと殴り合うことこそRUSHのやりたいことだった。けれど今は、開いた右通路へ走る。


「待ちなさい!」


 レナが追う。


 その先には――ECHO。


「ECHO、二人行く!」


「見えています」


 VOIDも同時に右へ向かっていた。


 ECHO対VOIDだった場所へ、RUSHが加わる。


 二対一。


 レナは追っているが半歩遠い。


「ECHO、下がって!」


 ユイの声。


 しかしECHOは退かなかった。


「持ちます」


「二人です」


「持ちます」


 VOIDとRUSHが同時に入る。


 ECHOは最初の一撃だけかわし、二撃目を受けながらVOID側へ身体を寄せた。RUSHとの間にVOIDを挟む。


「っ」


 VOIDが止まる。


 RUSHも攻撃できない。


 ほんの一秒。


 それで足りた。


「捕まえた!」


 レナが後ろからRUSHへ飛び込む。


 近距離攻撃が直撃し、RUSHの体力が一気に削れる。


「やっぱり来た!」


「当たり前!」


 再びレナとRUSHがぶつかる。


 ECHOはVOIDと一対一へ戻った。


 だが中央では、その一秒の間に別のことが起きていた。


「中央、空いています」


 GRIDが言う。


 誰に対してでもない。


 TRACEが答える。


「行く」


「私も」


 GRIDも中央へ。


 CROWNEDの二人が制圧地点へ入る。


 ユイは二人を見た。


 そしてミカを見る。


 ミカもすでに中央を見ている。


「行きますか」


「いいえ」


 ユイが答える。


「左資源を取ってください」


「託します」


 ミカが逆方向へ走った。


 実況が声を上げる。


『Crownless、中央を捨てた! CROWNEDが二人で制圧に入ります!』


 中央保持、一、二、三。


 ユイ一人が少し離れた位置から見ているだけで、踏みに行かない。


 四、五、六。


 TRACEがミカを見る。左資源へ行った。


「GRID」


「わかっています」


 GRIDが中央を離れようとする。


 その瞬間だった。


「今です」


 ユイが走った。


 中央へ。


 GRIDが戻る。


 TRACEは残る。


 ユイが踏む。


 保持が止まった。


「一人で?」


 GRIDが近づく。


「はい」


 ユイは下がらない。


 GRIDとTRACE、二人。


 対してユイ一人。


 数では不利。


 それでもユイは笑っていた。


「私を見ている間に、左が空きました」


 資源取得の通知が鳴る。


 RESOURCE SECURED.


 CROWNLESS.


 FOUR.


 四対一。


 同時にレナがRUSHを押し切った。


 PLAYER DOWN.


 RUSH.


 CROWNLESS.


 FIVE.


 一気に五対一。


 観客席が沸く。


 だがユイは喜ばなかった。


「違う」


 小さく呟く。


 GRIDが聞いた。


「何が」


「あなたたちは、今までならRUSHさんを助けました」


 GRIDは答えない。


 ユイの視線が中央から右へ動く。


 VOID。


 まだECHOと戦っている。


 そしてTRACEも、ミカを追わず中央に残っている。


 誰もRUSHを助けなかった。


 助けられなかったのではない。


 行かなかった。


 RUSH自身もそれを求めなかった。


「あなたたちも変わっていますね」


「Crownlessに言われたので」


「私たちが?」


「戻る場所を作るのと、失敗させないことは違う」


 GRIDが構える。


「前の試合で、覚えた」


 ユイの表情が一瞬だけ柔らかくなる。


「それは光栄です」


「今は敵」


「はい」


 GRIDが撃つ。


 ユイが回避する。


 TRACEも中央を取りに来る。


 二対一。


 ユイの体力が削れる。


 それでも離れない。


 中央制圧を止め続ける。


「ユイ!」


 ミカが資源取得を終え、戻ろうとした。


「来ないでください」


「ですが」


「まだです」


 ユイはTRACEの攻撃を受け、残り体力二割。


 それでも言う。


「四人目が、まだ見えていません」


 ミカが止まる。


 ECHOも聞いた。


 レナも復帰待機中のRUSHを確認しながら耳を傾ける。


 VOID。


 今、何をする。


 ECHOとの一対一。


 味方のRUSHは倒れた。


 GRIDとTRACEは中央でユイを押している。


 このままECHOを倒しに行くか。


 中央へ行くか。


 RUSHの復帰後の位置を作るか。


 役割で考えれば、いくつも答えがある。


 VOIDはECHOを見た。


「すみません」


「何がですか」


「今、あなたに勝ちたいです」


「はい」


「でも」


 VOIDが中央を見る。


「三人とも、中央にいます」


 ECHOは答えない。


「私も、行きたいです」


 VOIDが初めて、ECHOから離れた。


 中央へ走る。


 ECHOは追える。


 背中が見える。


 一発撃てば当たるかもしれない。


 でも、ECHOは撃たなかった。


「ECHO?」


 レナが聞く。


「行かせます」


「なんで」


「見たいです」


 ユイが一瞬だけ笑った。


「受け取ります」


 VOIDが中央へ到達する。


 TRACE。


 GRID。


 VOID。


 三人。


 そこへRUSHが復帰する。


 RUSHも迷わない。


「中央?」


「来て」


 VOIDが言った。


 RUSHが笑う。


「了解!」


 四人。


 CROWNED全員が中央へ集まる。


 Crownless側はユイ一人。


 実況席がざわめく。


『四対一! これはさすがに月城選手、維持できない!』


 当然だった。


 ユイは倒れる。


 PLAYER DOWN.


 YUI.


 CROWNEDが中央制圧へ入る。


 一、二、三。


 ミカ。


 レナ。


 ECHO。


 三人。


 それぞれ別の場所から中央を見る。


「行きますか」


 ミカが聞く。


 レナがすぐ答えた。


「行く」


 ECHOも。


「私も」


 ユイはリスポーン待機画面から三人を見る。


「では、三人でお願いします」


 四、五。


 三人が走る。


 CROWNED四人。


 待つ。


 六。


 TRACEが左。


 GRIDが中央。


 RUSHが右。


 そしてVOIDが――。


 どこにも行かなかった。


 四人の真ん中にいる。


 役割がないように見える。


 でも、今までとは違う。


 消えるためではない。


 残っている。


 自分で選んで、そこにいる。


「来ます」


 VOIDが言う。


「誰が?」


 RUSH。


「三人とも」


「それは見ればわかる」


「はい」


「じゃあ?」


 VOIDはほんの少し考えた。


「私は、誰かが抜けた場所に行きます」


 GRIDが一瞬だけVOIDを見る。


「それは役割?」


「違います」


「じゃあ何」


「今、そうしたいです」


 TRACEが笑った。


「十分」


 三人が前へ出る。


 ミカとTRACE。


 レナとRUSH。


 ECHOとGRID。


 三組がぶつかる。


 VOIDだけが中央。


 誰かが抜ける。


 その瞬間。


 VOIDがそこへ行く。


 TRACEがミカに押された。


 左へ。


 VOIDが左へ。


 RUSHがレナを押した。


 右は要らない。


 行かない。


 GRIDがECHOのフェイントに引っかかり、中央が薄くなる。


 VOIDが戻る。


 すべてに対応しているようで、違う。


 必要だからではない。


 その都度、自分で選んでいる。


 ECHOが気づいた。


「……厄介です」


 ミカも。


「はい」


 レナは笑う。


「でも、やっと普通に戦える」


 ユイが復帰する。


「いいえ」


 三人。


「もっと厄介です」


「何で」


「四人目が、四人目のままではなくなりました」


 ユイが中央へ戻る。


 CROWNEDを見る。


「CROWNEDが、VOIDのために場所を空けていません」


 ECHO。


 理解する。


 最初。


 VOIDが入った時。


 TRACE、GRID、RUSH。


 三人。


 VOIDに何をさせるか。


 少し。


 気にしていた。


 VOIDも。


 自分がどこへ入るか。


 探していた。


 今。


 誰も。


 考えていない。


 TRACEはTRACE。


 GRIDはGRID。


 RUSHはRUSH。


 VOIDはVOID。


 四人とも。


 勝手。


 それでも。


 チーム。


「私たちと同じです」


 ECHOが言う。


「完全には違います」


 ユイ。


「でも、近いです」


 ミカ。


 レナ。


 口元を上げる。


「じゃあ、負けられない」


 スコア。


 CROWNLESS.


 FIVE.


 CROWNED.


 FOUR.


 中央制圧でCROWNEDが一気に追いついた。


 残り五分十一秒。


 一点差。


 観戦席。


 NoNameは少し前のめりになっていた。


 四人とも気づかない。


 隣に誰もいないから、誰にも指摘されない。


 NoNameは静かに呟く。


「いいですね」


 以前のCROWNEDは、三人が互いの過去だった。


 TRACEはミカの過去。


 GRIDはユイの過去。


 RUSHはレナの過去。


 だからCrownlessが変われば、鏡としての意味を失った。


 でも今は違う。


 三人は自分になった。


 そこへ誰の過去でもないVOIDが来た。


 そして四人目を入れるために形を変えたのではなく、四人がそれぞれ好きに動いた結果、新しい形が生まれている。


 NoNameはほんの少し笑った。


「これは、強いです」


 ステージ。


 その評価を聞くことはできない。


 けれど、Crownlessの四人も同じ結論へ辿り着いていた。


 ユイが通信を開く。


「一度、集まりましょう」


 レナが中央へ戻る。


「作戦?」


「いいえ」


 ミカも。


 ECHOも。


 四人が一瞬だけ近づく。


「確認です」


 ユイがCROWNEDを見る。


「あちらはもう、VOIDさんを四人目として扱っていません」


 ミカが頷く。


「はい」


「CROWNEDの一人です」


 ECHOも。


「はい」


 レナが拳を握る。


「なら、こっちも同じ」


 ユイを見る。


 ミカを見る。


 ECHOを見る。


「誰が一人目とか、四人目とか、なし」


 一秒。


 ECHOが笑った。


「受け取ります」


 ミカも。


「はい」


 ユイ。


「では、ここからは四人で」


 Crownlessが散る。


 誰かの穴を埋めるためではない。


 誰かへ合わせるためでもない。


 四人とも、自分のしたいことを持ったまま。


 CROWNEDも同時に散った。


 残り五分。


 五対四。


 ここから先は、どちらにも「追加された一人」はいない。


 八人全員が、自分の場所を自分で作る。


 だからこそ。


 この試合で初めて、本当に同じ条件になった。


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