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世界女王は、彼にだけ勝てない  作者: てへろっぱ


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5/42

第五話 三人の女王は、同じ敗北を持ち寄った

翌日の夜。


星野ミカは、ノートPCの前で深呼吸をしていた。


世界大会の決勝より緊張している。


そう気づいて、少しだけ自分に呆れた。


昨日、私は世界一になった。

十万人の観客の前で戦った。

世界中に中継される試合で、最後の一人を撃ち抜いた。


なのに今、ホテルの部屋でディスコードの画面を見つめながら、手のひらに汗をかいている。


相手は二人。


月城ユイ。


MMOレイド攻略と戦略ゲームの女王。

大人数を動かし、盤面を支配する知性派。


黒瀬レナ。


格闘ゲームの女王。

一対一の読み合いと圧で相手を潰す闘争派。


どちらも名前は知っていた。


同じゲームでは戦っていない。

でも、同じ世界の頂点にいる人間として、意識しなかったと言えば嘘になる。


そして、その二人もNoNameに負けている。


その事実が、ミカの胸をざわつかせていた。


自分だけだと思っていたわけではない。


でも。


自分が一番、師匠に近いと思いたかった。


その感情を認めるのは、少し悔しい。


マネージャーの七瀬さんは、部屋の隅で腕を組んでいた。


ミカ、本当に参加するの?


します。


公式会見前だよ?


わかってます。


また余計なこと言わない?


言いません。


昨日もそう言ってたよね。


ミカは目を逸らした。


七瀬さんはため息をつく。


まあ、相手が月城ユイと黒瀬レナなら、完全に無視する方が不自然か。変な火種にしないでね。


はい。


スクショされて困る発言はしない。


はい。


NoNameさんの個人情報を探ろうとしない。


はい。


対戦しない。


ミカは黙った。


七瀬さんの目が細くなる。


ミカ?


……状況によります。


駄目だ、この子。


七瀬さんが頭を抱えたところで、通知が来た。


月城ユイが参加しました。


続いて。


黒瀬レナが参加しました。


ミカは息を呑んだ。


画面上に三つの名前が並ぶ。


Hoshino_Mika

Tsukishiro_Yui

Kurose_Rena


そして、少し遅れて。


NoName


四つ目の名前が表示された。


それだけで、空気が変わった気がした。


最初にメッセージを送ったのは、月城ユイだった。


月城ユイです。

本日はよろしくお願いします。


丁寧。


想像通りの文章だった。


ミカも慌てて打つ。


星野ミカです。

よろしくお願いします。


黒瀬レナの返事は短かった。


黒瀬レナ。

よろしく。


そしてすぐに続けた。


で、あいつどうやって倒す?


ミカは画面の前で固まった。


早い。


あまりにも早い。


月城ユイから返信が来る。


いきなり結論に入る前に、前提を共有した方がいいと思います。


黒瀬レナ。


前提。全員負けてる。以上。


ミカは思わず笑ってしまった。


七瀬さんが横で小さく言う。


濃いね、この人たち。


ミカは頷くしかなかった。


NoNameがようやく打った。


まず、全員寝不足です。

今日は短くしてください。


黒瀬レナ。


無理。


星野ミカ。


少しだけなら。


月城ユイ。


短時間であれば可能です。


NoName。


全員、短くする気がない返答です。


ミカは少し顔が熱くなった。


師匠のこういうところが嫌だった。


ちゃんと見抜いてくる。


黒瀬レナがすぐに打つ。


こっちは三本先取の続きでもいいんだけど。


NoName。


今日はしません。


レナ。


逃げた。


NoName。


あなたは昨日、感情で攻めすぎました。今日続けても同じ場所で負けます。


レナ。


腹立つ。


NoName。


知っています。


ミカは画面を見ながら、少しだけ羨ましくなった。


レナはNoNameに遠慮がない。


ミカには、まだそれができない。


師匠と呼んでいる。

三年間負け続けた。

世界一になったことも報告した。


それでも、NoNameに対してはどこか背筋が伸びる。


黒瀬レナみたいに、真正面から噛みつくことはできない。


月城ユイが話を戻した。


まず確認したいのですが、私たちはそれぞれ違うジャンルでNoNameさんに負けています。

その負け方に共通点があるかどうかを整理するべきだと思います。


NoName。


良いと思います。


ミカは画面を見つめた。


整理。


ユイらしい。


レナは少し間を置いてから返した。


つまり、負け自慢大会?


ユイ。


負け自慢ではなく、敗因共有です。


レナ。


似たようなものでしょ。


ミカは思い切って打った。


私は、判断が遅いと言われました。


送信してから、胸が少し痛んだ。


世界女王になったばかりなのに。


自分の弱点を、他の女王たちの前で言う。


恥ずかしい。


でも、言わなければ始まらない気がした。


ユイから返信が来る。


決勝最終局面の話ですか?


ミカ。


はい。判断は正しいけど、決断が遅いと。


レナ。


世界大会で勝った試合にそれ言われるの、きついね。


ミカ。


きつかったです。


NoName。


事実です。


ミカは唇を尖らせた。


今言わなくてもいいじゃないですか。


NoName。


今共有しているので。


レナ。


ほんと容赦ないな。


ユイが続ける。


私は、綺麗に勝ちすぎると言われました。

崩れない盤面を作るのは上手いが、崩れても勝てる盤面を作るのが遅い、と。


ミカはその文を何度も読んだ。


綺麗に勝ちすぎる。


それは、ミカにはない弱点だった。


自分はいつも、現場で崩れた状況を撃ち抜いてきた。


逆に、綺麗な盤面を作ることは苦手だ。


月城ユイは、自分と真逆の場所で戦っている。


レナが打った。


私は、待たれると焦るってバレた。

あと、読み合いに勝ちたがりすぎる。


ユイ。


それをご自身で認められるのは強いと思います。


レナ。


褒めてる?


ユイ。


はい。


レナ。


ユイって真面目だね。


ユイ。


よく言われます。


ミカは少しだけ笑った。


三人とも違う。


違いすぎる。


ミカは前に出る。

ユイは全体を見る。

レナは相手の心を殴りに行く。


同じ女王でも、戦い方がまったく違う。


なのに、全員がNoNameに負けている。


その事実が、急に重く感じた。


ミカは打った。


師匠から見て、私たちの共通点は何ですか。


送ってから、少し緊張した。


NoNameの返事はすぐには来なかった。


珍しい。


レナも反応する。


それ私も聞きたい。


ユイ。


私もです。


数秒後、NoNameが打った。


全員、自分の強さを信じすぎています。


ミカは黙った。


短い文。


でも、刺さった。


レナがすぐに返す。


強いんだから当然でしょ。


NoName。


当然です。

だから弱点になります。


ユイ。


どういう意味ですか。


NoName。


星野ミカさんは、撃ち勝てる自分を信じすぎる。

月城ユイさんは、組み上げた盤面を信じすぎる。

黒瀬レナさんは、読み勝てる自分を信じすぎる。


三人分の弱点が、淡々と並べられた。


ミカは画面から目を離せなかった。


NoNameは続ける。


強みは、勝つために必要です。

でも、強みを信じすぎると、相手に利用されます。


レナ。


あんたが利用してるんでしょ。


NoName。


はい。


レナ。


認めるな。


ユイ。


ですが、納得できます。


ミカも、ゆっくり頷いた。


撃ち勝てる。


そう思っているから、撃つ判断を少し遅らせる時がある。


撃てば取り返せる。


そう思っているから、撃つ前の盤面を甘く見る時がある。


NoNameはそこを見ていた。


だから勝てない。


ミカは胸の奥が熱くなるのを感じた。


悔しい。


でも、見えた。


見えると、直したくなる。


ミカは打った。


じゃあ、どうすればいいですか。


ユイも続いた。


改善方法を知りたいです。


レナ。


倒し方教えて。


NoName。


私に聞く時点で、まだ勝てません。


三人の手が、たぶん同時に止まった。


ミカは画面を睨む。


レナが即座に反応した。


腹立つ。


ユイも珍しく少し強めに打った。


それは、少し意地が悪い回答です。


NoName。


すみません。


ミカは驚いた。


謝った。


NoNameが素直に謝るのは、少し珍しい気がした。


NoNameは続けた。


ただ、倒し方を私から聞くと、私の想定内になります。

三人で考えてください。


ミカは息を止めた。


三人で。


ユイ。


私たちで、NoNameさんの攻略を考えろということですか。


NoName。


はい。


レナ。


本人の前で?


NoName。


はい。


レナ。


性格悪くない?


NoName。


よく言われます。


ミカは苦笑した。


でも、面白い。


NoNameを倒す方法を、NoNameの前で考える。


普通ならおかしい。


でも、NoNameはそれを止めない。


むしろ望んでいる。


自分を倒すために、三人が強くなることを。


ユイがすぐに整理を始めた。


では、まずNoNameさんの特徴を各自の視点で出しましょう。


レナ。


特徴。気持ち悪い。


ユイ。


それは感想です。


レナ。


大事な感想。


ミカは笑いを堪えながら打つ。


私から見ると、師匠は戦場の順番を変えるのが上手いです。

敵の強さというより、こっちが戦いにくい順番にさせられる感じです。


ユイ。


私の視点では、こちらが最善手だと思う選択肢を事前に用意されます。

間違えたから負けるのではなく、正しい手を選んでいるつもりで誘導される。


レナ。


私の場合は、技じゃなくて私を見てくる。

私が読みたいところ、攻めたいところ、ムカつくところを先に置かれる。


三人の文が並ぶ。


ミカはそれを見て、少しぞっとした。


全部違う表現なのに、根っこは似ている。


NoNameは、操作が上手いだけではない。


相手がどう勝ちたいのかを見ている。


その勝ちたい形を、逆に利用している。


ユイが打った。


つまり、NoNameさんは各ジャンルの技術そのものより、プレイヤーの意思決定を読んでいる。


レナ。


意思決定って言うと難しい。


ユイ。


何をしたがるか、です。


レナ。


それならわかる。


ミカ。


じゃあ、師匠に勝つには、したいことを読まれないようにする?


NoName。


近いです。


三人が同時に止まった気がした。


NoNameが反応した。


つまり、方向は合っている。


ミカの胸が跳ねる。


NoName。


ただし、したいことを隠すだけでは足りません。

隠そうとしていることも読まれます。


レナ。


じゃあ無理じゃん。


ユイ。


隠すのではなく、したいことを複数成立させる必要があるのでは?


NoNameは少し間を置いた。


はい。


ユイの文が続く。


単一の勝ち筋に依存すると読まれる。

複数の勝ち筋を同時に成立させ、どれを選んでも次に繋がる状態にする。

ただし、そこに自分の癖が混じると誘導される。


ミカは思わず画面を見つめた。


すごい。


ユイの整理は速い。


ミカが感覚で掴みかけていたものを、言葉にしていく。


レナが打つ。


つまり、勝ちたい形を一個にしないってこと?


ユイ。


近いと思います。


ミカ。


でもそれ、FPSだと一瞬で判断しないといけないです。


ユイ。


だから、事前に複数の形を持っておく必要があります。


レナ。


格ゲーなら、読み合いに勝つんじゃなくて、読み合いを外しても死なない形にするってことか。


NoName。


良いです。


その一文に、三人の空気が少し変わった。


良いです。


NoNameからの評価。


たったそれだけなのに、ミカは嬉しくなってしまった。


多分、ユイも少し嬉しい。


レナはきっと悔しがりながらも嬉しい。


その感じが、チャット越しでもわかった。


レナがすぐに打つ。


じゃあ実戦しよう。


NoName。


今日はしません。


レナ。


なんで。


NoName。


全員、思考が熱くなっています。

今やると、検証ではなく勝負になります。


ミカはうっと詰まった。


言い返せない。


今すぐ試したい。


今すぐ戦いたい。


それは検証というより、NoNameに褒められた勢いで挑みたいだけかもしれない。


ユイ。


では、明日以降に合同で検証するという形でどうでしょうか。


NoName。


良いと思います。


ミカ。


合同で、ですか?


ユイ。


はい。ジャンルが違うからこそ、お互いの視点を借りられるはずです。


レナ。


例えば?


ユイ。


ミカさんの試合を私が盤面から見ます。

レナさんが相手心理と圧のかけ方を見る。

ミカさん本人は現場判断を説明する。


ミカは少し緊張した。


自分の試合を、月城ユイと黒瀬レナに見られる。


しかもNoNameもいる。


公開処刑みたいだ。


でも、強くなれる気がした。


レナ。


じゃあ私の試合も見てもらう。

ミカは反応と間合い。

ユイは状況整理。

NoNameは黙って見てろ。


NoName。


必要なら話します。


レナ。


黙って見てろって言ったでしょ。


NoName。


必要なら話します。


レナ。


腹立つ。


ユイ。


私のレイドログと戦略ゲームの試合も共有します。

お二人の視点が欲しいです。


ミカはすぐに打った。


見ます。


レナ。


見る。

難しい言葉多かったら寝るかも。


ユイ。


なるべく噛み砕きます。


レナ。


助かる。


ミカは画面の前で少し笑った。


不思議だった。


数時間前まで、二人は遠い存在だった。


別ジャンルの女王。

直接関わることなんてないと思っていた相手。


それが今、同じチャットでNoNameの倒し方を考えている。


悔しい。


でも、楽しい。


NoNameが打った。


では、明日は星野ミカさんの試合ログから始めましょう。


ミカは背筋が伸びた。


私ですか。


NoName。


はい。

一番話題になっているので、先に整理した方がいいです。


七瀬さんが横で小さく呟いた。


それは確かにそう。


ミカは少しだけ呻いた。


世界大会の決勝ログ。


自分では何度も見た。


でも、NoNameとユイとレナに見られるのは別だ。


弱点を全部暴かれる気がする。


いや、確実に暴かれる。


ミカ。


お手柔らかにお願いします。


レナ。


無理じゃない?この人たち相手だと。


ユイ。


できるだけ丁寧に整理します。


NoName。


必要なことだけ言います。


ミカ。


一番怖いです。


NoName。


そうですか。


レナ。


自覚ないのが怖い。


ユイ。


同意します。


NoName。


わかりました。


ミカは思わず笑ってしまった。


本当にわかっているのかは怪しい。


でも、悪くない。


NoNameが続ける。


今日はここまでです。

全員、休んでください。


レナ。


また寝ろって言ってる。


NoName。


はい。


ミカ。


師匠、明日逃げませんよね?


NoName。


逃げません。


ユイ。


では、明日の時間を決めましょう。


レナ。


夜でいい?


ミカ。


会見終わった後なら大丈夫です。


ユイ。


二十一時はいかがでしょう。


NoName。


問題ありません。


レナ。


じゃあ二十一時。

ミカの公開反省会。


ミカ。


その言い方やめてください。


ユイ。


公開ではありません。限定反省会です。


ミカ。


あんまり変わらないです。


NoName。


反省会ではなく検証です。


レナ。


言い方変えただけじゃん。


ミカは笑った。


緊張は、まだある。


でも、最初よりずっと軽くなっていた。


三人は違う。


性格も、得意なものも、戦い方も違う。


でも同じものを持っている。


NoNameに負けた悔しさ。


NoNameに認められたい気持ち。


NoNameに勝ちたい願い。


そして、もっと強くなりたいという欲。


ミカは画面を見つめた。


Hoshino_Mika

Tsukishiro_Yui

Kurose_Rena

NoName


四つの名前。


これが、後に世界中を巻き込むことになるなんて、この時のミカはまだ知らない。


ただ一つだけ、わかっていた。


昨日までの自分とは、もう違う。


世界一になった後に、まだ強くなれる場所を見つけてしまった。


それが嬉しかった。


悔しいくらいに。


最後に、NoNameが一文を送った。


明日は、勝った試合の中にある負けを見ます。


ミカの手が止まった。


勝った試合の中にある負け。


世界大会決勝。


最高の勝利。


その中にある、自分の負け。


ミカはゆっくり息を吸った。


怖い。


でも、見たい。


見なければ、きっとNoNameには届かない。


ミカは返信した。


お願いします。


ユイ。


よろしくお願いします。


レナ。


逃げんなよ、ミカ。


ミカ。


逃げません。


NoName。


では、解散で。


今度は、誰もすぐには抜けなかった。


数秒だけ、沈黙が続いた。


それから、月城ユイが退出した。


続いて、黒瀬レナが退出した。


最後にNoNameがオフライン表示になった。


ミカは一人、画面を見つめる。


七瀬さんが隣に来た。


大丈夫?


ミカは頷いた。


怖いです。


うん。


でも、楽しみです。


七瀬さんは少しだけ笑った。


世界女王なのに?


世界女王だから、です。


ミカはトロフィーを見た。


昨日まで、それはゴールに見えていた。


でも今は違う。


それは、ただの通過点だった。


NoNameに勝つ。


そのために、ミカは自分の勝利すら分解しなければならない。


星野ミカは世界一になった。


でも、まだ挑戦者だった。


そして翌日。


三人の女王は初めて、同じ一つの試合を見つめることになる。

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