第二十七話 裏切りという言葉を、受け取らない
最終試合が始まった。
Rogueの最初の言葉は、短かった。
今度は、誰が誰を裏切るのかな。
星野ミカは、その文章を視界の端に置いた。
読んだ。
腹が立った。
でも、中心には置かない。
裏切る。
その言葉は強い。
誰かを残すこと。
誰かを助けないこと。
自分の役割を優先すること。
味方の指示と違う判断をすること。
試合の中で起こるすべてを、裏切りという一つの言葉へ変えられる。
Rogueは、それを狙っている。
ミカは照準を上げた。
ミカ。
撃ちたい。
ユイ。
整えたいです。
レナ。
殴りたい。
三人は、開幕直後に危険ワードを共有した。
Rogueの言葉に反応した自分を、先に置く。
だが、すぐには変換しない。
ユイ。
全員、保留。
まず初期環境を確認します。
ミカ。
了解。
レナ。
了解。
最終試合の環境は、移動床だった。
マップ内の一部通路が、一定時間ごとに位置を変える。
中央へ繋がる道が開き。
左右の資源端末へ続く道が閉じる。
戻り道が、同じ場所に残らない。
Crownlessにとって、最も厄介な環境だった。
戻る場所を作っても。
数十秒後には、道そのものが変わる。
実況の声が会場へ響く。
最終ラウンドの初期環境は移動床! 固定した守備位置を作りにくく、常に移動判断が求められます!
解説が続く。
Crownlessは戻る場所を軸に戦ってきました。この環境がどう影響するか、注目ですね。
Rogueが選んだわけではない。
環境は事前抽選。
だが、Rogueにとって都合がいい。
戻る場所が動く。
道が消える。
誰かが移動に遅れれば、簡単に孤立する。
ユイはマップを見ながら、短く言った。
ユイ。
最初の戻り場所は作りません。
レナ。
いきなり?
ユイ。
固定すると、移動床に合わせてRogue選手が待ちます。
最初の三十秒は、三人の距離だけ維持します。
ミカ。
場所じゃなく、距離。
ユイ。
はい。
互いに二経路以内。
レナ。
わかった。
三人は、いつもの初期位置へ向かわなかった。
ミカは左高所ではなく、中央左の低い遮蔽物。
ユイは中央後方ではなく、ミカとレナの中間。
レナは地下入口ではなく、右側の広い通路。
三人とも、完全には離れない。
だが、固まりもしない。
Rogueチームは中央へ二人。
一人が右資源へ向かう。
Rogue本人は、まだ見えない。
ユイ。
Rogue選手が見えません。
ミカ。
左にもいません。
レナ。
右もいない。
見えないRogue。
それだけで、三人の意識が広がる。
どこから来る。
誰を狙う。
誰に言葉を投げる。
その警戒自体が、Rogueの圧になる。
ミカは照準を中央へ置いた。
敵が一人、遮蔽物から顔を出す。
撃てる。
だが、Rogueではない。
ミカ。
射線。
ユイ。
維持してください。
倒さなくて大丈夫です。
ミカ。
了解。
ミカは一発撃つ。
相手の足元。
進路を切る。
敵が下がる。
レナが右から一歩前へ出る。
相手チームのもう一人が、レナへ意識を向ける。
ユイは支援を置かない。
戻り場所も作らない。
ただ、三人の間に立つ。
何も完成させない。
Rogueの全体チャット。
Rogue。
ユイ。
今日は帰る場所を作らないんだ?
ユイの手が一瞬だけ止まる。
Rogue。
二人を信じた?
それとも、もう守るのを諦めた?
ユイ。
整えたいです。
ミカ。
受け取りました。
レナ。
私も。
ユイは少し黙った。
そして言った。
ユイ。
変換は、二人へ託します。
新しい言葉だった。
託す。
第一試合と第二試合の間に、NoNameから渡された言葉。
だが、試合中に明確な合図として使ったことはない。
ミカは一瞬だけ考えた。
ユイが整えたい。
いつもなら、ユイ自身が戻れる未完成へ変換する。
でも今は、二人へ託す。
なら。
受け取る。
ミカ。
受け取ります。
私は左の道を見ます。
レナ。
受け取った。
右を止める。
ユイは支援を置かなかった。
ミカが左の射線を置く。
レナが右の圧を出す。
二人の間に、細い空間ができる。
完成した戻り場所ではない。
だが、ユイが必要になればどちらへも動ける。
ユイは、自分で整えなかった。
二人が作った余白を受け取った。
ユイ。
受け取りました。
三人の距離が保たれる。
Rogueの最初の言葉は、空振った。
守るのを諦めたのではない。
守る役割を、二人へ託した。
実況には、その会話は聞こえない。
だが動きは見えている。
実況。
Crownless、月城選手が支援を置きません。星野選手と黒瀬選手が左右を見ながら、月城選手の移動先を空けています。
解説。
役割を一時的に分散していますね。移動床への対策でしょう。
ミカは、自分の胸が少し落ち着くのを感じた。
託す。
受け取る。
それは、置いていくよりも強い。
だがRogueは、すぐに意味を理解した。
全体チャット。
Rogue。
なるほど。
今度は責任まで分けるんだ。
ミカの指が少し硬くなる。
責任を分ける。
嫌な言い方。
失敗した時、誰が悪いかわからなくするため。
責任から逃げるため。
そんな意味に聞こえる。
Rogue。
ユイが失敗しても、二人のせい。
ミカが外しても、射線を使えなかった二人のせい。
レナが落ちても、戻り場所を作れなかった二人のせい。
Rogue。
便利なチームだ。
レナ。
殴りたい。
ミカ。
撃ちたい。
ユイ。
説明したいです。
三つ目の危険ワードが変わった。
整えたいではない。
説明したい。
Rogueの言葉を否定したい。
託すとは、責任を逃がすことではない。
そう説明したくなる。
ミカはすぐに言った。
ミカ。
ユイさん、説明は保留。
レナ。
試合で返す。
ユイ。
了解。
Rogueは見えない。
だが、その言葉だけで盤面にいる。
その時。
移動床が動いた。
中央左の通路が閉じる。
ミカとユイの間に壁がせり上がる。
右側の床が移動し、レナの通路が中央へ繋がる。
一瞬で配置が変わった。
ミカは左区画へ。
ユイとレナは中央右へ。
三人の距離が崩れる。
ユイ。
ミカさんとの経路が三つになりました。
ミカ。
見えません。
レナ。
こっちは二人いる。
その瞬間。
Rogue本人が、ミカの前に現れた。
左区画。
狭い通路。
逃げ道は一つ。
ミカとRogue。
一対一。
Rogueは、最初からここを狙っていた。
移動床が動く時間。
ミカが分断される位置。
そこへ潜んでいた。
全体チャット。
Rogue。
ミカ。
また一人だね。
ミカの胸が熱くなる。
第二試合。
一人に残され。
役に立とうとして追い。
罠にかかった。
その記憶が蘇る。
Rogue。
今度は、誰に託されたのかな?
ミカは照準を合わせた。
Rogueは射線上。
撃てる。
だが、彼も撃てる。
一対一。
FPS/TPSの世界女王として。
勝てるか。
Rogueは強い。
でも、射撃だけならミカが上。
そう証明したくなる。
ミカ。
撃ちたい。
ユイの声が壁の向こうから来る。
ユイ。
受け取りました。
ミカさん、何を託しますか。
何を託す。
助けに来てほしいではない。
自分が一人で戦うでもない。
今、自分が持っているものの一部を、二人へ渡す。
ミカはマップを見る。
Rogue本人がここにいる。
つまり。
中央右にRogueはいない。
ユイとレナが相手にするのは、残り二人だけ。
ミカ。
Rogue選手をここに止めます。
中央を託します。
少し間。
ユイ。
受け取りました。
レナ。
受け取った。
ミカはそいつ止めて。
Rogueが笑う。
全体チャット。
Rogue。
止める?
倒さないの?
刺さる。
世界女王。
一対一。
倒せるかもしれない相手。
しかもRogue本人。
ここで倒せば、会場が沸く。
NoNameも見ている。
証明できる。
だが、ミカの役割はRogueを倒すことではない。
ここに止めること。
中央へ戻さないこと。
ミカ。
倒しません。
Rogueはすぐに動いた。
一歩前。
射撃。
ミカも撃つ。
弾が交差する。
互いに一発ずつ当たる。
体力はほぼ互角。
Rogueは左へ。
ミカは右へ。
狭い通路。
射線の読み合い。
Rogueはミカを倒そうとしているように見える。
だが、本当の目的は違うかもしれない。
ミカを倒す。
あるいは。
ミカに倒させる。
どちらでもいい。
一対一へ意識を固定できれば。
中央の二人から、ミカの意識を切れる。
ミカは照準をRogueの体から少し外した。
足元。
退路。
中央へ戻る通路。
そこを撃つ。
Rogueが中央へ行けないように。
Rogue。
本当に倒さないんだ。
ミカは答えない。
中央右。
ユイとレナは、敵二人と対峙していた。
人数は同じ。
だが、Rogue本人がいない。
これは好機。
レナ。
一体落とせる。
ユイ。
保留。
レナ。
今?
ユイ。
はい。
Rogue選手は、ミカさんが一対一へ入ったことで、私たちが人数有利を急ぐと考えています。
レナ。
じゃあ待つ。
ユイ。
相手に先に、Rogue選手がいない不安を持たせます。
レナは前へ出ない。
ユイも支援を置かない。
敵二人は、Crownlessが攻めてくると思って構える。
しかし、何も来ない。
数秒。
相手の一人が全体チャットを打った。
Rogue Team Player。
Rogue、そっちは?
Rogueはすぐには返さない。
ミカが左区画で止めている。
返事をする余裕はあるはずだ。
それでも、返さない。
おそらく意図的。
味方にも不安を作る。
Rogueは、自分のチームさえ心理戦の材料にしている。
ユイ。
相手の連携が一瞬遅れます。
レナ。
取る?
ユイ。
まだです。
レナ。
待つ。
敵の一人が、中央へ少し下がった。
Rogueの位置を確認したい。
その一歩。
レナが圧をかける。
攻撃はしない。
相手が慌てて前へ戻る。
ユイがそこへ支援を置く。
足が止まる。
レナ。
今。
レナが殴る。
一撃。
敵の体力が大きく削れる。
もう一人が助けに入る。
ユイは支援を下げる。
深追いしない。
一体落とせる。
だが落とさない。
相手二人を中央右へ留める。
左のRogueも、ミカが留める。
マップ全体が、二つの小さな戦場へ分かれた。
その中央。
資源端末が有効化される。
誰も触れていない。
ユイは気づいた。
Rogueも気づいているはずだ。
だが、誰が動く。
ミカがRogueを離せば、Rogueが資源へ。
ユイかレナが敵二人を離せば、相手が資源へ。
全員が相手を止めている。
膠着。
Rogueの全体チャット。
Rogue。
誰かに託したら、自分は動けない。
不自由だね。
ミカの胸が少し動く。
託したから動けない。
確かに、今ミカはRogueを止める役割を託されている。
中央へ行きたい。
資源を取りたい。
二人を助けたい。
でも、ここを離れられない。
託されたものが、鎖になる。
Rogueはそこを狙っている。
Rogue。
ミカ。
二人が資源を取れなくても、君はここにいる?
ミカは答えない。
だが、迷う。
ここにいるべきか。
動くべきか。
託されたものを守るか。
状況に合わせて変えるか。
NoNameは言った。
形を守らない。
原則だけ残す。
なら。
託されたものも、固定ではない。
ミカ。
ユイさん。
ユイ。
はい。
ミカ。
Rogue選手を止める役割、返します。
一瞬、ディスコードが静かになる。
レナ。
返す?
ミカ。
はい。
今は止め続けるより、動いた方が勝ち筋が増えます。
ユイはマップを見る。
資源端末。
敵二人。
Rogue。
移動床の次の変化まで、十二秒。
判断。
ユイ。
受け取ります。
ミカさん、中央資源へ。
ミカ。
了解。
Rogueがすぐに反応する。
ミカが離れる。
Rogueは中央へ向かえる。
だが、ミカは真っ直ぐ資源へ行かない。
一度、後ろへ下がる。
Rogueが追う。
ミカが逃げたように見える。
Rogue。
託したものを返すんだ。
飽きた?
ミカは答えない。
移動床まで、八秒。
ミカは左通路の端へ走る。
Rogueが追う。
中央とは逆方向。
Rogueが一歩深く入る。
ミカはそこで反転した。
撃つ。
足元。
Rogueの退路。
移動床の境界線。
Rogueが避ける。
だが、避けた方向が悪い。
移動床が動く。
左通路が切り離される。
Rogueだけが、左奥の区画へ残される。
ミカは境界線の手前。
中央へ繋がる側。
Rogueとミカの間に、床の空白ができた。
Rogueはすぐには中央へ戻れない。
ミカはRogueを倒さなかった。
止め続けもしなかった。
移動床へ託した。
実況が叫ぶ。
星野選手、Rogue選手を隔離した! 移動床の切り替えを使って、左奥へ閉じ込めました!
解説。
これは見事です。対面を続けるのではなく、環境へ役割を渡しました!
ミカは中央資源へ走る。
ミカ。
Rogue選手、移動床へ託しました。
ユイ。
受け取りました。
中央資源をお願いします。
レナ。
こっちはまだ二人止める。
ミカが資源端末へ触れる。
取得開始。
Rogueは左奥。
戻るまで、次の床移動を待つ必要がある。
敵二人はユイとレナに止められている。
Crownlessが初めて、明確な取得時間を作った。
二十パーセント。
三十。
四十。
Rogueの全体チャット。
Rogue。
面白い。
託したものを返して、今度は環境に押しつける。
押しつける。
また嫌な言い方。
責任から逃げた。
自分で止められないから、地形を使った。
そう聞こえる。
ミカ。
説明したい。
ユイ。
保留。
説明は不要です。
レナ。
取ればいい。
ミカ。
はい。
五十パーセント。
六十。
敵二人が焦り始める。
一人がレナを無視して、資源へ向かおうとする。
レナ。
一人行く。
ユイ。
託します。
レナ。
受け取った。
ユイは、その敵を止めない。
レナへ託す。
レナは前に出る。
攻撃するように見せる。
敵がカウンターを置く。
レナは止まる。
敵がレナを避けて横へ抜けようとする。
その方向へ、ユイが遅れて支援を置く。
足が止まる。
レナが殴る。
一撃。
相手が倒れる。
撃破。
Crownless、人数有利。
会場が沸く。
だが、Rogueはまだ左奥で笑っている。
全体チャット。
Rogue。
一人落とした。
誰の手柄?
レナの動きが少し止まる。
誰の手柄。
レナが殴った。
ユイが支援した。
ミカがRogueを隔離した。
誰が一番正しかった。
誰が一番必要だった。
また比較。
レナ。
私が殴った。
ユイ。
はい。
レナ。
でも、ユイが止めた。
ユイ。
はい。
ミカ。
私はRogue選手を離しました。
レナ。
じゃあ全員。
ユイ。
いいえ。
ミカとレナが少し止まる。
ユイ。
手柄は、今は必要ありません。
レナ。
あ。
ユイ。
取得率を見ます。
ミカははっとした。
手柄を分ける必要すらない。
誰の勝ちか。
誰が倒したか。
誰が正しかったか。
そんなことを考える時間ではない。
資源取得率。
八十パーセント。
八十五。
ユイ。
残り一人が来ます。
レナ。
止める。
ユイ。
私も入ります。
残った敵が資源へ突っ込む。
ユイとレナが止める。
ミカは端末から離れない。
九十。
九十五。
Rogueの区画が、次の移動床で繋がり始める。
あと三秒で戻ってくる。
Rogueが走る。
速い。
間に合うかもしれない。
ミカの胸が熱くなる。
あと少し。
資源取得を続けるか。
Rogueを撃つか。
Rogueが到達すれば、端末から押し出される。
ミカ。
撃ちたい。
ユイ。
取得を託します。
ミカ。
誰に?
ユイ。
私に。
ユイが資源端末へ走る。
レナが残った敵を止める。
ミカは端末から離れた。
取得率は維持される。
ユイが触れれば継続。
ミカは射線をRogueへ向ける。
Rogueが戻る。
ミカが撃つ。
一発。
Rogueが避ける。
二発目。
当たる。
Rogueの速度が落ちる。
ユイが資源へ触れる。
取得継続。
九十六。
九十七。
Rogueがミカへ撃つ。
一発被弾。
ミカの体力が減る。
それでも射線を外さない。
倒すためではない。
止めるため。
九十八。
Rogueがさらに前へ。
ミカの体力が危ない。
レナ。
ミカ、戻る?
ミカは迷う。
戻れば、Rogueが端末へ。
残れば、落ちるかもしれない。
助けるか。
残すか。
違う。
何を託すか。
ミカ。
射線を託します。
レナ。
受け取った。
レナが残った敵をユイへ任せ、Rogueへ向かう。
ユイ。
相手一人、私が受け取ります。
レナ。
お願い。
ミカは一歩下がる。
射線をレナへ渡す。
正確には、Rogueを止める役割を渡す。
レナがRogueの前へ入る。
殴りたい。
だが、すぐには殴らない。
Rogueの進路へ立つ。
Rogueがレナへカウンターを置く。
レナは半歩で止まる。
Rogueの動きが遅れる。
九十九。
ユイが端末に触れ続ける。
残った敵がユイへ攻撃。
ユイは一発受ける。
それでも離れない。
百。
資源端末、Crownless獲得。
戦術ポイント、一。
会場が沸く。
だが、勝利条件はまだ遠い。
この最終試合は、第一試合より必要ポイントが多い。
中央制圧。
資源。
撃破。
すべてを組み合わせなければならない。
Rogueはレナの前で止まった。
彼の体力は減っている。
ミカも低体力。
ユイも被弾。
レナだけが、比較的余裕がある。
Crownless、わずかに有利。
だがRogueは笑っている。
Rogue。
いいね。
少し間。
Rogue。
じゃあ、託されたものを失敗したらどうなるか試そう。
その瞬間。
Rogueチームの復帰した一人が、マップの端へ向かった。
通常なら、中央か資源へ戻る。
だが、その選手はどちらにも行かない。
環境制御端末。
移動床の次の配置を、一度だけ操作できる特殊端末。
リハーサルでは使われなかった。
公式ルールにはある。
ただし、起動に時間がかかるため実戦では狙いにくい。
ユイが気づく。
ユイ。
環境制御端末。
ミカ。
次の床を変える?
ユイ。
はい。
レナ。
止める?
ユイはマップを見る。
環境制御端末へ一番近いのは、ミカ。
だがミカは低体力。
Rogueとの射線が残っている。
向かえば危険。
レナが行けば、Rogue本人が自由になる。
ユイが行けば、中央資源を捨てることになる。
誰が行く。
誰に託す。
ユイ。
ミカさん。
ミカ。
はい。
ユイ。
環境制御端末を託します。
ミカの胸が鳴る。
低体力。
一度判断を誤れば落ちる。
相手も一人いる。
それでも、自分へ。
ミカ。
受け取ります。
Rogueの全体チャット。
Rogue。
ミカに託すんだ。
刺さる。
Rogue。
さっき指示を無視して罠に入ったミカに。
ミカの足が一瞬止まった。
第二試合の失敗。
まだ消えていない。
指示を無視した。
追った。
罠にかかった。
そのミカへ、重要な端末を託す。
Rogue。
ユイ。
本当にそれでいい?
ユイの返事は、ディスコードだけに来た。
ユイ。
ミカさんに託します。
短い。
迷いがない。
ミカの胸が熱くなる。
証明しなければ。
今度こそ失敗しないと。
そう思いかける。
危ない。
ミカ。
証明したいです。
ユイ。
受け取りました。
証明は不要です。
端末を見てください。
レナ。
ミカ、端末だけ。
ミカ。
はい。
ミカは走る。
環境制御端末へ。
敵が一人いる。
射撃寄り。
ミカより体力が多い。
正面から撃ち合えば危険。
だが、倒す必要はない。
端末を使わせなければいい。
相手がミカへ照準を向ける。
ミカは撃つ。
足元。
進路を切る。
相手が横へ。
ミカも位置を変える。
撃ち合わない。
相手が焦る。
環境制御端末の起動進捗は三十パーセント。
ミカは細い射線を置く。
相手が端末から離れれば、起動は止まる。
だが相手は離れない。
一発、ミカへ撃つ。
被弾。
体力が残りわずかになる。
会場がどよめく。
実況。
星野選手、危ない! あと一発でダウンです!
Rogueの全体チャット。
Rogue。
また失敗するよ。
胸が冷える。
端末起動、五十パーセント。
ミカは撃ちたい。
倒したい。
でも、体力差がある。
正面から撃てば負ける可能性が高い。
ミカ。
もう一度見ます。
ユイ。
受け取りました。
レナ。
何が見える?
ミカは見る。
敵。
端末。
移動床。
次の切り替えまで十秒。
環境制御端末の横に、小さな可動壁。
切り替え時に位置が変わる。
敵は端末を起動するため、そこから離れられない。
ミカは敵を撃たなかった。
可動壁の固定部を撃つ。
一発。
部品が破壊される。
次の切り替えで、壁が途中で止まる。
完全には閉じない。
だが、端末と敵の間に割り込む位置。
相手が気づく。
端末起動、七十パーセント。
あと少し。
相手がミカへ撃つ。
ミカは遮蔽物へ下がる。
端末起動は進む。
八十。
九十。
移動床が動く。
破壊された可動壁が、中途半端な位置で停止する。
敵の体が端末から押し出される。
起動中断。
進捗が止まる。
会場が沸いた。
実況。
星野選手、相手を倒さず環境制御端末から押し出した! 可動壁を利用しました!
解説。
これは冷静です。低体力で撃ち合わず、地形だけを動かしました!
ミカは息を吐いた。
止めた。
失敗しなかった。
いや。
成功を証明したのではない。
端末を見た。
必要なことをした。
ミカ。
端末、止めました。
ユイ。
受け取りました。
おかえりなさい。
ミカは少し驚いた。
まだ戻っていない。
位置は離れている。
でも、役割からは戻った。
託されたものを受け取り、終えた。
だから、おかえり。
ミカ。
ただいま。
Rogueの笑みが、少しだけ薄くなった。
Crownlessは、託されたものを鎖にしなかった。
失敗すれば、託した側を裏切る。
そう思わせようとした。
だがミカは、成功を証明しようとせず、必要なものだけを見た。
Rogueは次に動く。
今度はミカではない。
レナ。
Rogue本人が、急に中央へ下がった。
逃げるように。
レナの目の前から。
レナ。
逃げた。
ユイ。
追わないでください。
レナ。
わかってる。
Rogueは中央へ走る。
その先には、ユイ。
Rogueの狙いはユイ。
レナは追えば間に合う。
殴れる。
止められる。
でも、追えば罠かもしれない。
Rogueの全体チャット。
Rogue。
レナ。
ユイを守る役、託されてないよね?
レナの指が止まる。
確かに。
今レナへ託された役割は、Rogueを止めることだった。
Rogueはもう前から離れた。
なら、その役割は終わった。
ユイを守る役割は、誰にも託されていない。
Rogue。
頼まれていないのに助ける?
それとも、役割外だから見捨てる?
また二択。
助けるか。
見捨てるか。
裏切るか。
レナ。
殴りたい。
ユイ。
受け取りました。
レナ。
ユイ。
ユイ。
はい。
レナ。
守る役、託して。
ユイは一瞬黙る。
Rogueが近づく。
時間がない。
ユイ。
託します。
ただし、私を守るのではありません。
レナ。
じゃあ何。
ユイ。
Rogue選手の判断を急がせてください。
レナの口元が、少し上がった。
レナ。
受け取った。
レナはRogueを追う。
だが真っ直ぐではない。
横へ大きく回る。
Rogueからは、レナがユイを守りに来たように見える。
Rogueはユイを攻撃するふりをして、レナへカウンターを準備する。
レナは、それを見ている。
殴らない。
ユイの前へ入らない。
Rogueの逃げたい方向へ先に立つ。
Rogueが止まる。
ユイは支援を置く。
Rogueの後ろ。
退路を狭める。
ミカも遠くから細い射線を通す。
三方向。
Rogueが初めて、明確に囲まれた。
実況の声が大きくなる。
Rogue選手、囲まれた! Crownlessが三方向から逃げ道を削っています!
Rogueは笑っている。
だが、今までより少しだけ余裕が薄い。
Rogue。
いいね。
じゃあ、誰に僕を倒す役を託す?
三人は一瞬だけ黙った。
倒せる。
Rogueは低体力ではない。
だが、囲んでいる。
ミカの射線。
ユイの支援。
レナの間合い。
誰が最後を取る。
ミカなら撃てる。
レナなら殴れる。
ユイなら支援で止められる。
誰の手柄。
誰が主役。
誰が一番必要。
Rogueは最後まで、そこへ持っていく。
ミカ。
撃ちたい。
レナ。
殴りたい。
ユイ。
止めたいです。
三つの欲。
三人が同時に出した。
そしてユイが言った。
ユイ。
誰にも託しません。
ミカ。
では?
ユイ。
Rogue選手を倒す役割は、作りません。
レナ。
倒さない?
ユイ。
勝利条件を見てください。
ミカはマップを見る。
中央制圧率。
Crownless、四十パーセント。
Rogueチーム、三十。
資源ポイント。
Crownless、一。
次の資源有効化まで、八秒。
Rogueを倒せば大きい。
だが、そのために三人が集まっている。
敵の残り二人が、左右資源へ向かっている。
Rogueは自分を囮にしている。
自分を倒させ、その間に資源を取る。
倒した瞬間、Crownlessは手柄へ意識を向ける。
Rogueは復帰後、その隙を突く。
ユイ。
Rogue選手をここへ置いていきます。
Rogueの笑みが止まった。
ユイ。
ミカさん、左資源。
ミカ。
了解。
ユイ。
レナさん、右資源。
レナ。
了解。
ユイ。
私は中央維持。
三人が一斉に離れる。
Rogueを囲んだまま。
倒さずに。
Rogueは自由になる。
だが、位置が悪い。
中央から少し外れた場所。
左右資源へ行くには遠い。
中央へ戻れば、ユイが待つ。
Crownlessは、Rogue本人を勝利条件の中心から外した。
また。
Rogueの全体チャット。
Rogue。
僕を置いていくんだ。
ユイ。
違います。
初めて、ユイが全体チャットへ返した。
会場がざわめく。
Rogueも一瞬だけ止まる。
ユイの返答。
短い。
託すでもない。
説明でもない。
その続き。
ユイ。
あなたを、勝利条件から外します。
会場が爆発した。
実況が叫ぶ。
月城選手、Rogue選手へ返答! 勝利条件から外すと宣言しました!
解説。
これは強い。Rogue選手を倒すこと自体に価値を置かず、左右資源と中央制圧へ向かいます!
ミカは左へ走る。
レナは右へ。
ユイは中央。
Rogueが一瞬だけ動けなかった。
自分が中心から外された。
NoNameを引きずり出そうとしてきた男が。
三人の中心を自分にしようとしてきた男が。
勝利条件から外された。
だが、Rogueはすぐに笑った。
Rogue。
なるほど。
その声には、今までとは違う熱があった。
Rogue。
じゃあ、僕も君たちを勝利条件から外そう。
Rogueが中央へ向かわなかった。
左右資源にも。
彼はマップの最奥。
環境制御端末のさらに奥にある、特殊装置へ走った。
緊急ルール変更端末。
一試合に一度だけ。
一定時間、三つの勝利条件をすべて停止し。
撃破数のみを有効にする装置。
起動には長い時間がかかる。
リスクも高い。
だが成功すれば、中央も資源も意味を失う。
純粋な戦闘。
三対三。
倒した数だけが勝利になる。
ミカの背筋が冷えた。
Rogueは、勝利条件そのものを変えようとしている。
自分を中心から外されたなら。
ゲームの中心を、自分が最も得意な形へ変える。
ユイ。
緊急ルール変更端末です。
レナ。
止める?
ミカ。
距離が遠い。
Rogueチームの残り二人は、左右資源へ向かうふりをやめた。
Crownlessを止めるために中央へ戻る。
Rogueへ時間を渡す。
託した。
Rogueもまた、味方へ託した。
自分が端末を起動する時間を。
残り二人に。
ミカは理解した。
Rogueも、託す。
Rogueも、一人ではない。
今まで彼は、味方さえ心理戦の材料にしているように見えた。
だが、それだけではない。
彼の味方も、Rogueを信じている。
だからこそ強い。
ユイ。
Rogue選手の起動完了まで、二十秒。
レナ。
左右資源は?
ユイ。
今取っても、ルール変更後は無効化される可能性があります。
ミカ。
Rogue選手を止めるしかない。
ユイはマップを見る。
中央には敵二人。
その奥にRogue。
三人で突破すれば、間に合うかもしれない。
だが、相手二人も命懸けで止める。
Rogueは、最終的にCrownlessへ同じ問いを返した。
誰に何を託す。
誰が前へ出る。
誰が残る。
誰がRogueを止める。
起動完了まで、十八秒。
ユイ。
全員、中央へ。
レナ。
了解。
ミカ。
了解。
三人が集まる。
Rogueを勝利条件から外した直後。
今度は、Rogueを止めなければ勝利条件そのものが消える。
皮肉だった。
だが、戻る。
必要だから。
Rogueを倒すためではない。
ゲームを、自分たちの選べる形に残すため。
中央には敵二人。
レナが前。
ミカが後ろ。
ユイが中間。
いつもの形。
いや。
戻れる形。
レナ。
前、託される?
ユイ。
託します。
ただし突破ではありません。
二人の判断を急がせてください。
レナ。
受け取った。
ミカ。
射線、託されますか。
ユイ。
託します。
倒すのではなく、道を作ってください。
ミカ。
受け取ります。
ユイ。
私は、二人が作る道を受け取ります。
三人が走る。
レナが中央へ圧をかける。
敵二人が構える。
ミカが足元へ射線を置く。
進路を削る。
ユイが支援を置く。
戻り場所ではない。
前へ進むための未完成。
Rogueの起動完了まで、十二秒。
敵一人がレナへ攻撃。
レナは受ける。
体力が削れる。
でも止まらない。
殴らない。
相手を下がらせる。
もう一人がミカの射線を切ろうとする。
ミカは撃つ。
当てない。
相手の足を止める。
ユイが二人の間を抜ける。
Rogueまで、あと少し。
起動完了まで、八秒。
Rogueの全体チャット。
Rogue。
ユイが来るんだ。
ユイは走る。
Rogue。
また自分だけ残るつもり?
ユイの足が一瞬だけ揺れる。
第一試合。
一人で中央に残った。
第二試合。
判断を後悔させられた。
今度も、自分が前へ出る。
戻る場所を作る側が。
自分だけ。
ミカ。
ユイさん。
ユイ。
はい。
ミカ。
道を託しました。
レナ。
受け取れ。
ユイの足が戻る。
ユイ。
受け取りました。
起動完了まで、五秒。
Rogue本人がユイを迎える。
一対一。
ユイでは、正面から勝てない。
だが、倒す必要はない。
端末から離せばいい。
ユイは支援を置く。
Rogueの足元。
Rogueが避ける。
端末から少し離れる。
だが、起動は継続。
三秒。
ユイはさらに前へ。
Rogueが攻撃。
ユイが被弾する。
二秒。
ユイの体力が大きく削れる。
一秒。
ユイはRogueを押し出せない。
間に合わない。
ミカの射線は敵に塞がれている。
レナも二人に止められている。
緊急ルール変更端末。
起動。
会場に警告音が響いた。
SPECIAL RULE ACTIVE
中央制圧、停止。
資源ポイント、停止。
勝利条件。
撃破数のみ。
制限時間、三分。
実況が叫ぶ。
Rogue選手、緊急ルール変更に成功! ここから三分間、撃破数だけが勝利条件になります!
解説。
これはRogue選手の得意な形です! 盤面、資源、制圧がすべて消え、純粋な戦闘になります!
Rogueはユイの目の前で笑った。
全体チャット。
Rogue。
これで、誰が一番強いかだけで決まる。
ミカの胸が冷える。
Rogueが、ついにゲームの形を変えた。
肩書き。
個人の強さ。
撃破。
誰が倒す。
誰が落ちる。
誰が一番必要。
Crownlessが避け続けてきた問いだけが残された。
残り時間、三分。
現在の撃破数。
Crownless、一。
Rogueチーム、一。
同点。
次に誰か一人が落ちれば。
そのチームが大きく不利になる。
ユイは低体力。
Rogueの目の前。
レナも被弾している。
ミカはまだ動ける。
Rogueが言った。
Rogue。
さあ。
少し間。
Rogue。
冠なしでも、一番強い女王は誰だ?
Crownlessは、最も嫌な形へ引きずり込まれた。
盤面ではなく。
戻る場所でもなく。
資源でもなく。
ただ、誰が誰を倒すか。
個人の強さだけが数えられる戦場へ。




