第二十六話 置いていったのではなく、託した
第一試合と第二試合の間に与えられた休憩は、七分だった。
短い。
勝利を喜ぶには短く。
反省を始めるには、少し危険な長さだった。
星野ミカはヘッドセットを外し、深く息を吐いた。
手が震えている。
緊張だけではない。
勝った。
本番の第一試合で。
Rogueを相手に。
戻る場所を壊され、中央を奪われ、それでも別の勝ち筋を選んで勝った。
胸の奥に熱いものが残っている。
ディスコードには、NoNameの言葉が表示されたままだった。
今だけは、喜んでください。
ミカは、もう一度その一文を見た。
嬉しい。
本当に嬉しい。
だが、七分の休憩は待ってくれない。
月城ユイは水を一口飲み、目を閉じていた。
黒瀬レナは椅子にもたれながら、握った拳を何度も開いている。
最初に口を開いたのはレナだった。
勝ったね。
ミカ。
はい。
ユイ。
勝ちました。
三人とも、少しだけ笑った。
それだけでよかった。
長く喜ばなくてもいい。
勝った事実を、三人で確認できた。
レナ。
ユイ、最後怖かった。
ユイ。
私も怖かったです。
ミカ。
戻る場所がないって言った時、本当に驚きました。
ユイは少し考えてから答えた。
私も、言ってから驚きました。
レナ。
自分で?
ユイ。
はい。
あの場面で、戻る場所を作ろうとすれば負けると思いました。
ですが、戻らない判断をするとは、事前には考えていませんでした。
ミカ。
でも、あれで勝てました。
ユイ。
はい。
レナ。
次も使える?
その質問が出た瞬間。
三人の空気が少しだけ変わった。
次も使える。
勝った形。
成功した判断。
それは、一番危険なものでもある。
NoNameの言葉を、三人とも思い出していた。
成功した形は、もう一度使うためではなく、相手の意識を縛るために使う。
ユイが静かに答える。
使いません。
レナ。
即答。
ユイ。
同じ形では使いません。
Rogue選手は、必ず対策しています。
ミカ。
私たちが誰か一人を残して、二人で勝ち筋を取ると思ってる。
ユイ。
はい。
レナ。
じゃあ、今度は三人で固まる?
ユイ。
それも読まれています。
レナ。
面倒。
ミカはマップの概略図を見る。
第一試合で見せたもの。
中央を捨てた。
ユイを一人残した。
ミカとレナが左右資源を取った。
戻らないことを選んだ。
Rogueは、それを見た。
第二試合では、必ずそこを狙う。
NoNameからメッセージが来た。
NoName。
第二試合で、第一試合の勝ち方を再現しないでください。
レナ。
ちょうど話してた。
ユイ。
承知しています。
ミカ。
Rogueは、誰かを一人残す形を待っていますよね。
NoName。
はい。
また、三人がそれを警戒して固まることも待っています。
レナ。
どっちも待ってるじゃん。
NoName。
はい。
レナ。
どうすんの。
NoName。
第一試合を忘れてください。
ミカは画面を見つめた。
忘れる。
たった数分前の勝利を。
NoName。
正確には、勝った形を守らないでください。
第一試合で得たのは、中央を捨てる形ではありません。
戻る場所を固定しないことです。
ユイ。
形ではなく原則だけを残す。
NoName。
はい。
ミカはノートを開こうとして、止めた。
今は本番中。
書きすぎると遅れる。
頭の中で一度だけ繰り返す。
形を守らない。
原則だけ残す。
レナ。
ノー。
NoName。
はい。
レナ。
第二試合、何狙ってくると思う?
NoNameの返事は少し遅れた。
NoName。
後悔です。
ミカの胸が少し冷えた。
後悔。
NoName。
第一試合で、月城ユイさんを一人残しました。
結果として勝ちました。
Rogue選手は次に、同じ判断をした時に負けさせようとします。
ユイ。
誰かを残す判断そのものを怖がらせる。
NoName。
はい。
ミカ。
逆に、助けに行ったら?
NoName。
その助けも狙われます。
レナ。
結局、選ばせるんだ。
NoName。
はい。
誰かを残すか。
勝ち筋を捨てて助けるか。
その二択に見せます。
ミカは手を握った。
嫌な相手だ。
Rogueは、正解のない二択を作る。
残せば後悔する。
助ければ勝ち筋を失う。
どちらを選んでも、選んだことを攻撃してくる。
ユイ。
では、二択にしないことが重要ですね。
NoName。
はい。
レナ。
どうやって。
NoName。
試合中に見てください。
レナ。
今教えて。
NoName。
固定した答えを渡すと、それを使おうとします。
レナ。
腹立つ。
NoName。
知っています。
残り時間、一分。
スタッフが選手席の近くで合図を出す。
第二試合の準備。
ミカはヘッドセットを付け直した。
会場の音が遠ざかる。
ゲーム音。
ディスコード。
自分の呼吸。
そこへ戻る。
大型スクリーンに表示される。
ROUND 2
CROWNLESS
VS
ROGUE TEAM
実況が第一試合を振り返っている。
第一試合はCrownlessが戦術ポイントで勝利。中央を捨て、左右資源を取り切る大胆な判断でした。
解説が続く。
Rogue選手が第二試合でどう修正するか注目です。特に、Crownlessが誰かを一人残す形を再び使えるか。
ミカは聞きすぎないようにした。
誰かを一人残す。
その言葉が、すでに会場全体へ広がっている。
Rogueだけではない。
実況も。
観客も。
視聴者も。
Crownlessが第一試合で見せた形を知っている。
だから、使わない。
守らない。
第二試合開始。
三。
二。
一。
開始。
今回の初期環境は、低重力。
ジャンプ距離と移動速度が少し上がる。
射線が通りやすい代わりに、相手も位置を変えやすい。
第一試合とは違う。
ミカは左高所へ向かいかけて、止まった。
Rogueは、そこを見ている。
いつもの場所。
星野ミカの高所。
ミカ。
左高所、行きません。
中央左から見ます。
ユイ。
了解。
私は中央後方ではなく、右手前に置きます。
レナ。
じゃあ私は地下行かない。
中央から見せる。
三人は最初から配置をずらした。
第一試合の基本形を、そのまま使わない。
Rogueチームも、すぐには動かなかった。
互いに相手の初動を見る。
ミカは中央左から細い射線を置く。
ユイは右手前に支援を置く。
レナは中央正面で、わざと姿を見せる。
実況。
Crownless、第一試合とは配置を変えてきました。星野選手が高所へ行かず、黒瀬選手が中央です。
解説。
勝った形を繰り返さない選択ですね。
Rogueの全体チャット。
Rogue。
賢いね。
勝った形を捨てるんだ。
ミカの胸が少し熱くなる。
捨てた。
そう言われると、第一試合の勝ちを否定されたように感じる。
だが反応しない。
ユイ。
言葉は記録だけ。
基本確認。
ミカ。
射線、問題ありません。
レナ。
中央、圧出せる。
ユイ。
支援、右手前。
三人は自分たちの確認へ戻る。
序盤一分。
両チームとも大きく動かない。
中央制圧率は互角。
資源端末はまだ無効。
Rogue本人は後方にいる。
不気味だった。
第一試合では早い段階から言葉を投げてきた。
今回は少ない。
それが逆に怖い。
ミカは思った。
Rogueは待っている。
何かが起きるのを。
いや。
何かを起こす準備をしている。
その時、環境アナウンスが入った。
特殊イベント。
一定時間後、三か所の隔離壁が出現します。
マップ上に黄色い予告線が表示される。
十秒後、壁がせり上がり、エリアが分断される。
ユイがすぐに判断する。
ユイ。
分断位置確認。
ミカさん、中央左から一歩右へ。
レナさん、正面から戻ってください。
レナ。
了解。
ミカ。
了解。
三人が同じ側へ寄ろうとする。
第一試合のように、一人を残さないため。
その瞬間。
Rogueチームが一斉に動いた。
二人がレナへ。
Rogue本人がミカへ。
ユイだけが直接狙われない。
ミカは気づいた。
固まろうとする動きを見られた。
誰も残さない。
その警戒を、Rogueは待っていた。
Rogueの全体チャット。
Rogue。
今度は誰も置いていかないんだ?
レナ。
殴りたい。
ミカ。
撃ちたい。
ユイ。
整えたいです。
危険ワードが並ぶ。
ユイがすぐに言った。
ユイ。
全員、変換を保留。
今は分断線を優先します。
隔離壁出現まで、五秒。
Rogue本人がミカの進路を塞ぐ。
レナは敵二人に押されている。
ユイは二人の間。
全員が同じ側へ入るには、どちらかを助けなければならない。
ユイ。
ミカさん、右へ抜けられますか。
ミカは見る。
Rogue本人がいる。
抜けようとすれば撃たれる。
ミカ。
難しいです。
ユイ。
レナさん。
レナ。
二人いる。
でも押せる。
残り三秒。
ユイが判断しなければならない。
ミカを助けるか。
レナを助けるか。
どちらか一方。
Rogueはその二択を作った。
ユイの声が少し硬くなる。
ユイ。
ミカさん、左側に残ってください。
ミカの胸が冷えた。
残る。
第一試合のユイと同じ。
今度はミカが残される。
ユイ。
レナさんと私は右側へ入ります。
壁が出た後、ミカさんは単独で射線維持。
ミカ。
了解。
答えた。
すぐに。
でも、胸の中では別の声が出た。
私を残すんだ。
その感情が出たことに、自分で驚く。
ユイは正しい。
状況を見ている。
ミカなら左側で一人でも射線を置ける。
レナを一人残すより安全。
理屈ではわかる。
でも。
残された。
その言葉が、妙に刺さった。
隔離壁が上がる。
轟音。
マップが三つに分かれる。
ミカは左区画。
ユイとレナは右区画。
中央区画にはRogue本人。
完全に分断された。
ミカの視界から、二人が消える。
ディスコードの声だけは聞こえる。
ユイ。
ミカさん、左区画の敵一人を止めてください。
倒す必要はありません。
ミカ。
了解。
レナ。
こっちは二人。
時間稼ぐ。
ミカは左区画を見る。
敵は一人。
射撃寄りの選手。
一対一。
ミカなら戦える。
むしろ、有利かもしれない。
だがRogueの全体チャットが流れる。
Rogue。
ミカ。
今度は君が置いていかれたね。
指が固まる。
来た。
Rogue。
第一試合でユイを残した。
だから今度は、君の番。
違う。
順番ではない。
罰でもない。
状況で決めただけ。
でも、Rogueはそこへ意味を与える。
Rogue。
二人は君なら一人で大丈夫だと思った。
それとも、君がいなくても勝てると思ったのかな?
ミカの胸が熱くなる。
私は必要。
射線が必要。
自分で証明したくなる。
目の前の相手を撃ち落とせばいい。
一人で勝てると見せればいい。
ミカ。
撃ちたい。
ユイの返事が来る。
ユイ。
ミカさん、変換してください。
相手を止める射線へ。
ミカ。
はい。
返事はした。
でも、少し遅れた。
その遅れを、相手選手は見逃さなかった。
ミカへ先に撃つ。
一発被弾。
体力が削れる。
会場が沸く。
実況。
星野選手、先に被弾! 分断された左区画で一対一です!
ミカは下がる。
射線を置く。
当てるためではない。
相手の進路を止める。
いつもの役割へ戻る。
だが、心の奥に小さな棘が残っている。
置いていかれた。
いなくても勝てる。
そんなはずはない。
そう思うほど、Rogueの言葉が中心になる。
右区画。
ユイとレナは敵二人を相手にしていた。
ユイが戻り場所を作る。
レナが前で圧を出す。
数は同じ。
だが、中央区画にいるRogue本人が、壁越しに支援できる仕組みがある。
小さな射撃孔。
そこからRogueの弾が入る。
実質二対三。
レナ。
中央から来る。
ユイ。
わかっています。
右奥へ下がります。
Rogueの全体チャット。
Rogue。
ユイ。
また一人を残したね。
ユイの手が揺れる。
Rogue。
勝つためなら、誰を置いていってもいい。
それがCrownlessの答え?
ユイ。
整えたいです。
レナ。
保留。
ユイ、今は言葉見なくていい。
ユイ。
はい。
だが、ユイにも刺さっている。
自分がミカを残した。
第一試合では、自分が残った。
その判断で勝った。
だから今度も、誰かを残す判断をした。
成功した形を再現したのではないか。
同じことを繰り返しているのではないか。
Rogueはそこを突く。
レナが敵の一人を押し返す。
だが、中央からRogueの射撃。
レナが被弾する。
レナ。
痛い。
ユイ。
右奥へ。
戻り場所を移します。
レナ。
戻る。
二人は右奥へ下がる。
左区画のミカは、それを声だけで聞く。
見えない。
二人が苦しい。
自分は一人。
助けに行けない。
壁が消えるまで、あと二十秒。
ミカは目の前の相手を止めればいい。
それが役割。
でも、右が気になる。
ユイとレナを見たい。
射線を通したい。
何かしたい。
Rogue。
ミカ。
二人が苦しいよ。
ミカの胸が締めつけられる。
Rogue。
君が世界女王らしく早く倒せば、助けに行ける。
撃って倒す。
早く。
目の前の相手を。
そうすれば二人を助けられる。
それは正しいように見えた。
ミカは照準を合わせる。
相手が少しだけ顔を出す。
撃てる。
撃つ。
弾は当たった。
相手の体力が減る。
もう一発。
追えば倒せる。
ミカは前へ出た。
ユイの声が来る。
ユイ。
ミカさん、追わなくて大丈夫です。
止めるだけで。
ミカ。
倒せます。
ユイ。
追わないでください。
ミカの指が止まりかける。
その瞬間。
Rogueの言葉。
二人が苦しい。
早く倒せば助けられる。
ミカは判断した。
倒す。
前へ出る。
相手は下がる。
ミカは追う。
それが罠だった。
相手は逃げたのではない。
ミカを区画の奥へ引き込んだ。
床に設置された遅延装置が起動する。
ミカの移動速度が落ちる。
さらに、相手が反転。
射撃。
ミカが大きく被弾する。
ミカ。
っ。
ユイ。
ミカさん?
ミカ。
罠です。
遅延を受けました。
ユイの声が一瞬止まった。
レナ。
戻れる?
ミカは後ろを見る。
来た道には、相手の射線。
壁が消えるまで、あと十二秒。
体力は少ない。
戻れる場所はない。
ミカ。
もう一度見ます。
戻り言葉。
だが、自分の中に別の感情があった。
ユイの指示を無視した。
追わないでと言われたのに、追った。
残された自分が役に立つと証明したくて。
世界女王らしく倒そうとして。
失敗した。
戻る資格がない。
Rogueは、その心を読んだように言った。
Rogue。
ユイは追うなと言った。
でも君は追った。
ミカの指が冷たくなる。
Rogue。
戻る場所はあるかもしれない。
でも、指示を無視した君がそこへ戻っていいのかな?
ミカは何も言えなかった。
沈黙。
危険サイン。
レナがすぐに気づく。
レナ。
ミカ、黙ってる。
ユイ。
ミカさん。
戻り言葉は受け取りました。
ミカ。
でも。
ユイ。
指示を無視したことは、試合後に扱います。
静かな声だった。
怒っていない。
慰めてもいない。
事実として分けている。
ユイ。
今は、戻ることだけを扱います。
ミカの胸が少し動く。
ユイ。
戻っていい理由を言います。
ミカさんの射線がなければ、壁が消えた後に私たちは中央へ出られません。
だから戻ってください。
レナ。
あと、ミカがミスったまま消えると、こっちもムカつく。
戻ってから反省して。
ミカは少しだけ息を吐いた。
戻ってから反省する。
今は戻る。
ミカ。
もう一度見ます。
ユイ。
おかえりは、まだです。
保留。
ミカ。
了解。
戻る意思はある。
でも、まだ戻れていない。
壁が消えるまで、七秒。
左区画の敵がミカへ詰める。
逃げ道は細い。
ミカは撃つ。
相手を倒すためではない。
進路を一つ潰す。
右へ誘導。
相手が動く。
ミカは左へ下がる。
遅延が切れる。
あと四秒。
右区画ではレナが低体力。
ユイの支援も残り少ない。
Rogue本人が中央から詰める。
ユイ。
壁解除後、中央へ戻りません。
レナ。
どこ?
ユイ。
左へ行きます。
ミカさんを回収します。
ミカの胸が揺れた。
自分を回収する。
そのために、ユイとレナが左へ来る。
勝ち筋を捨てて。
ミカ。
来なくて大丈夫です。
二人は右を。
ユイ。
大丈夫かどうかは、私が判断します。
レナ。
今度は置いていかない、じゃない。
迎えに行く方が勝てるから行く。
その言葉で、ミカは少し理解した。
助けるために勝ち筋を捨てるのではない。
ミカを回収した方が、その後の勝ち筋が増える。
だから来る。
慰めではない。
役割。
選択。
壁解除。
隔離壁が一斉に下がる。
視界が開く。
ミカの前には敵一人。
中央にはRogue。
右にはユイとレナ。
普通なら、三人は中央で合流する。
だがユイとレナは中央へ行かなかった。
左へ。
ミカの方へ走る。
Rogueがすぐに動く。
二人の進路を切る。
全体チャット。
Rogue。
助けに行くんだ?
勝ち筋を捨てて?
ユイは答えない。
レナが中央へ一歩出る。
Rogueを引きつける。
ユイはその後ろを抜ける。
ミカは左区画から射線を置く。
レナがRogueを殴るためではない。
ユイの道を作るため。
Rogueはレナへカウンター。
レナが一撃受ける。
体力が残りわずか。
それでも前に立つ。
レナ。
殴りたい。
ミカ。
保留。
レナ。
わかってる。
レナは殴らない。
Rogueをその場に止める。
ユイが左へ抜ける。
ミカの敵へ支援を置く。
敵の動きが鈍る。
ミカが下がる。
ユイの支援範囲へ入る。
ミカ。
戻りました。
ユイ。
おかえりなさい。
レナが中央で叫ぶ。
レナ。
おかえり!
ミカの胸が熱くなる。
戻れた。
指示を無視した。
罠にかかった。
それでも戻れた。
だが、その瞬間。
Rogueが動いた。
レナを置いて、ミカとユイへ向かうのではない。
低体力のレナを狙う。
今度は、レナが一人残された。
Rogueの攻撃。
レナは避ける。
一発。
二発。
最後の一撃。
レナのキャラクターが倒れた。
撃破表示。
KUROSE_RENA DOWN
会場が大きく揺れる。
実況。
黒瀬レナ、ここでダウン! ミカ選手の回収に道を作りましたが、Rogue選手に狩られました!
ミカの胸が凍った。
レナが。
自分を戻すために残って。
落ちた。
全体チャット。
Rogue。
ミカを迎えに行った結果、レナが落ちた。
ミカの指が震える。
Rogue。
さて。
助けに行った判断は、本当に正しかった?
ユイの声が止まる。
ミカも何も言えない。
二択。
置いていくか。
助けるか。
助けた結果、別の誰かが落ちる。
Rogueは、それを見せた。
レナの復帰まで、二十五秒。
その間、二対三。
中央制圧率はRogue側へ傾いている。
資源も相手が有利。
苦しい。
レナの声だけはディスコードに残っている。
レナ。
落ちた。
短い。
危険な短さ。
ユイ。
レナさん、戻り言葉を。
少し間。
レナ。
戻る。
ミカは反射的に言った。
ミカ。
おかえりなさい。
レナ。
まだ戻ってない。
ミカは息を止めた。
間違えた。
戻ると言われたから。
すぐに、おかえりと言った。
でも、レナはまだ復帰していない。
戻り言葉と復帰完了を混同した。
Rogueの狙い。
戻る言葉を聞いたら、戻ったと思う。
その一瞬を狩る。
ユイがすぐに訂正する。
ユイ。
ミカさん、おかえりは保留です。
ミカ。
はい。
レナ。
私、まだ死んでる。
いつものレナなら、少し笑いになる言い方。
でも今は、短い。
怒っている。
悔しい。
自分が落ちたことに。
ミカを迎えに行く道を作り、その結果自分が落ちた。
レナも後悔しかけている。
ミカ。
レナさん。
レナ。
なに。
ミカ。
私を戻すために。
レナ。
今それ言わないで。
短い。
鋭い。
ミカは黙った。
ユイが静かに言う。
ユイ。
感情の整理は試合後です。
今は、二十五秒後の戻り場所を作ります。
レナ。
了解。
ユイ。
レナさんが戻る場所は、中央ではありません。
右入口です。
レナ。
なんで。
ユイ。
中央はRogue選手が待っています。
右入口から、相手の支援役を急がせてください。
レナ。
了解。
役割。
戻っていい理由。
レナの圧が必要。
慰めではない。
ユイはそこへ戻す。
ミカは射線を中央へ置く。
二対三。
勝とうとしない。
レナが戻る二十五秒を作る。
だが、Rogueは待たない。
ミカとユイへ一気に圧をかける。
一人はミカ。
一人はユイ。
Rogue本人は中央制圧。
三方向。
ミカ。
射線。
ユイ。
復帰。
二つの一語理由。
ユイが判断する。
ユイ。
中央は捨てます。
ミカさん、左を止めてください。
私は右入口に戻り場所を作ります。
ミカ。
了解。
中央制圧率が上がる。
Rogueチーム。
六十パーセント。
七十。
ミカは左の敵を止める。
倒せない。
ユイは右入口に支援を置く。
レナの復帰まで十秒。
Rogueの全体チャット。
Rogue。
また中央を捨てる。
今度も勝てるかな?
ミカは反応しない。
勝てるかではない。
今はレナを戻す。
八十パーセント。
九十。
復帰まで三秒。
ユイ。
レナさん、右入口。
レナ。
戻る。
復帰。
レナのキャラクターが右入口に再出現する。
ユイの支援範囲。
ミカの射線。
戻る場所はある。
ユイ。
おかえりなさい。
ミカ。
おかえりなさい。
レナ。
ただいま。
その瞬間。
中央制圧率が百パーセントへ到達した。
勝利表示。
WINNER
ROGUE TEAM
会場が爆発する。
第二試合。
Rogueチームの勝利。
一対一。
最終試合へ。
ミカは画面を見つめたまま、動けなかった。
負けた。
レナは戻った。
でも、その瞬間に負けた。
戻る場所は作った。
戻り言葉も使った。
おかえりも言えた。
それでも、負けた。
Rogueの全体チャット。
Rogue。
おかえり。
間に合わなかったね。
胸が痛い。
あまりにも嫌な言葉だった。
戻ったのに。
間に合わなかった。
ミカは俯きそうになった。
その時、レナの声が聞こえた。
レナ。
戻ったよ。
ミカは画面を見る。
レナ。
間に合わなかったけど、戻った。
ユイが続く。
ユイ。
はい。
戻りました。
ミカの胸が少し動く。
レナ。
負けたのは別。
戻ったのも別。
ユイ。
分けましょう。
ミカは息を吐いた。
戻った。
負けた。
両方本当。
戻ったから勝てるとは限らない。
戻る場所は、勝利を保証するものではない。
ただ、次へ進むための場所。
第二試合には負けた。
でも、最終試合がある。
だから戻る。
NoNameから、試合後初めてメッセージが来た。
NoName。
良い敗北です。
ミカの胸に、少しだけ痛みが走った。
良い敗北。
負けた直後に言われると、やはり嫌だ。
レナもすぐに反応する。
レナ。
今はちょっと腹立つ。
NoName。
はい。
ユイ。
ですが、意味はわかります。
NoName。
はい。
三人は、助けるか残すかの二択に入りました。
そして、助けることを選んだ後、その判断を守ろうとしすぎました。
ミカ。
私が追わなければ。
NoName。
その話は後です。
ミカは止まった。
NoName。
今は、失敗の所有者を決めないでください。
失敗の所有者。
誰が悪かったか。
ミカが追ったから。
ユイが残したから。
レナが道を作ったから。
どこからでも、誰か一人の失敗にできる。
Rogueはそれを待っている。
NoName。
第二試合の敗因は、一人ではありません。
三人とも、第一試合の判断を後悔させられました。
ユイ。
残すことを怖がった。
NoName。
はい。
レナ。
助ける方が正しいって証明しようとした。
NoName。
はい。
ミカ。
私は、一人でも役に立てるって証明しようとしました。
NoName。
はい。
三人は黙った。
全部繋がっている。
Rogueは、第一試合の勝利を使った。
誰かを残して勝った。
なら次は、残すことを怖がらせる。
助ければ、別の誰かを落とす。
どちらを選んでも後悔させる。
成功した形が、次の敗北を連れてきた。
NoName。
最終試合まで五分です。
一つだけ確認します。
ミカ。
はい。
NoName。
第二試合で、誰かを置いていきましたか。
ミカは答えられなかった。
ユイも。
レナも。
NoNameは続ける。
NoName。
月城ユイさんは星野ミカさんを置いていったのではありません。
左区画を託しました。
ミカの胸が動く。
NoName。
星野ミカさんを回収する時、黒瀬レナさんを置いていったのではありません。
中央の時間を託しました。
レナの返事が止まる。
NoName。
黒瀬レナさんが落ちた後、三人は勝利を捨てて復帰を選んだのではありません。
最終試合へ戻るための形を託し合いました。
ユイが静かに打つ。
ユイ。
置いていったのではなく、託した。
NoName。
はい。
ミカはその言葉を何度も見た。
託した。
残したのではない。
捨てたのでもない。
役割を託した。
時間を託した。
勝ち筋を託した。
レナ。
でも、私落ちた。
NoName。
はい。
レナ。
そのせいで負けた。
NoName。
違います。
黒瀬レナさんが落ちた後、Crownlessが二十五秒を作れなかったため負けました。
落ちたことと、敗北は分けてください。
レナは黙った。
少しして、短く返す。
レナ。
わかった。
今度の短文は、危険な短さではなかった。
受け取った短さ。
ミカには少しわかるようになっていた。
NoName。
最終試合では、助けるか残すかで考えないでください。
ユイ。
託せるかどうか。
NoName。
はい。
ミカ。
託された側は?
NoName。
自分が置いていかれたかを考えない。
何を託されたかを確認してください。
レナ。
じゃあ、最終試合で誰か一人になったら。
NoName。
一人にされた、ではありません。
ユイ。
その場所を託された。
NoName。
はい。
残り時間、一分。
スタッフが合図を出す。
最終試合。
一対一。
勝った方が、初戦の勝者。
ミカはヘッドセットを直した。
胸の中にはまだ悔しさがある。
自分の判断で罠に入った。
レナが落ちた。
負けた。
消えない。
消さなくていい。
でも、その悔しさを誰かの責任へ変えない。
ミカはディスコードに打った。
ミカ。
ユイさん。
左区画を託してくれて、ありがとうございました。
ユイの返事は少し遅れた。
ユイ。
はい。
追わないでという言葉を、もう少し強く渡すべきでした。
次は渡します。
レナ。
ミカ。
ミカ。
はい。
レナ。
私が落ちたの、ミカのせいにしないで。
ミカの胸が痛む。
レナ。
私が道作るって決めた。
失敗したけど、私の判断。
でも一人で抱えるつもりもない。
ミカ。
はい。
レナ。
次は勝つ。
ミカ。
はい。
ユイ。
次は、託したものを確認しましょう。
三人が頷く。
画面越しでも、わかった。
NoNameから最後の一文。
NoName。
第二試合は終わりました。
戻ってください。
ミカ。
もう一度見ます。
ユイ。
戻ります。
レナ。
戻る。
NoName。
おかえりなさい。
三人は、少しだけ息を止めた。
NoNameからのおかえり。
初めてだった。
ミカの胸が熱くなる。
ユイが静かに目を閉じる。
レナが小さく笑う。
レナ。
ただいま。
ユイ。
ただいま戻りました。
ミカ。
ただいま。
大型スクリーンに最終表示。
FINAL ROUND
CROWNLESS
VS
ROGUE TEAM
一勝一敗。
最後の一戦。
Rogueは笑っている。
第一試合で、戻る場所を壊した。
第二試合で、選んだ判断を後悔させた。
次は、さらに深い場所を狙ってくる。
誰かに託すこと。
託されたものを受け取ること。
信じること。
Crownlessが、ようやく作り始めたもの。
Rogueは、それを壊しに来る。
だが三人は、もう選択肢を二つにはしない。
助けるか。
残すか。
その間に、別の言葉を置く。
託す。
最終試合が始まる。
三。
二。
一。
開始。
Rogueの全体チャットに、最初の一文が流れた。
Rogue。
今度は、誰が誰を裏切るのかな。
ミカは照準を上げた。
ユイは盤面を見た。
レナは一歩前へ出て、止まった。
三人は返事をしない。
裏切るのではない。
託す。
冠なしの三人は、最後の戦いへ走り出した。




