第二十四話 開幕、冠なしの三人
本番の日が来た。
QUEENS' CROSS BATTLE。
複数ジャンルのトッププレイヤーが集められた、特別混合戦。
普段なら交わらない才能が、ひとつのルールに押し込まれる。
撃つ者。
組む者。
殴る者。
読む者。
煽る者。
耐える者。
その全部が、同じマップに立つ日。
星野ミカは、会場の控室で靴紐を結び直していた。
一度ほどいて、もう一度結ぶ。
いつもの儀式。
世界大会の決勝でもやった。
大事な試合の前は、必ずやる。
靴紐を結び直すと、少しだけ自分の体に戻れる気がする。
ミカは、膝の上に置いたノートを開いた。
最後のページ。
本番用の言葉だけが並んでいる。
もう一度見ます。
戻る場所は、もうあります。
保留は、戻る前提。
戻るタイミングは、こちらで決める。
師匠が見ている。
でも、師匠のためだけに勝たない。
ミカはその最後の一文を、ゆっくり指でなぞった。
NoNameは見ている。
でも、今日戦うのはCrownlessだ。
星野ミカ。
月城ユイ。
黒瀬レナ。
冠を置いた三人。
名前で並ぶ三人。
その時、控室の扉がノックされた。
レナが顔を出す。
ミカ、行ける?
はい。
ユイさんは?
もう外。
めちゃくちゃ綺麗に立ってる。
あれ絶対緊張してる。
ミカは少し笑った。
ユイさん、緊張すると姿勢がさらに綺麗になりますよね。
そうそう。
もう姿勢で会場制圧しそう。
二人で廊下に出ると、ユイが立っていた。
白を基調にしたチームジャケット。
胸元には、小さくCrownlessのロゴ。
冠のない円。
その中に、三本の線が並んでいる。
ミカ。
ユイ。
レナ。
三人の役割を表した線だ。
ユイは二人を見ると、静かに頷いた。
おはようございます。
レナ。
固い。
ユイ。
おはよう。
レナ。
よし。
ミカ。
おはようございます、ユイさん。
ユイ。
ミカさんも、少し固いです。
ミカ。
ばれました。
レナ。
全員固いじゃん。
三人は、少しだけ笑った。
それで十分だった。
硬くなっていることを、三人で確認できる。
それだけで、少し戻れる。
ディスコードに通知が来た。
NoName。
見ます。
たった一言。
でも、三人は同時に画面を見た。
ミカの胸が温かくなる。
ユイが静かに息を吐く。
レナが口元を少し上げる。
レナ。
見てろよ、ノー。
ユイ。
行きましょう。
ミカ。
はい。
三人は、控室からステージへ向かった。
会場の音が近づいてくる。
観客のざわめき。
スタッフの声。
照明の熱。
大型スクリーンから流れる事前映像の音。
入場口の手前で、Crownlessは一度止まった。
進行スタッフが手を上げる。
次です。
スクリーンに、Crownlessの紹介映像が流れた。
星野ミカ。
世界大会決勝の最後の一発。
月城ユイ。
十二人レイドを完璧に動かした指揮。
黒瀬レナ。
格闘ゲーム決勝で見せた逆転の一撃。
そして、公式事前番組の映像。
必要、不要ではなく、戻る場所。
失敗した時、誰かを不要にしない。
悔しさを、次に戻すために使う。
最後に、黒い画面。
白い文字。
戻る場所は、もうあります。
会場が少しだけどよめいた。
その一文に、NoNameの名前はない。
けれど、知っている者は知っている。
知らない者も、何かを感じる。
ミカは入場口の影から、その文字を見た。
胸が熱い。
だが、浮かれない。
嬉しい。
次の負け筋にしない。
ミカは心の中でそう言った。
スタッフが手を振る。
Crownless、お願いします。
三人はステージへ出た。
光が強い。
歓声がぶつかってくる。
ミカは一瞬、足元が浮くような感覚になった。
だが、隣にユイがいる。
反対側にレナがいる。
それだけで、足が床に戻る。
実況の声が響く。
さあ、登場しました。Crownless。星野ミカ、月城ユイ、黒瀬レナ。各ジャンルの女王と呼ばれた三人が、冠なしの名でこの舞台に立ちます。
解説が続く。
注目はやはり連携ですね。個々の実力は疑いようがありませんが、混合ルールでどこまでチームとして機能するか。
ミカは、実況を聞きすぎないようにした。
肩書きを拾わない。
名前へ戻る。
Crownlessは選手席に座った。
機材確認。
マウスの感触。
ヘッドセットの密閉感。
モニターの角度。
音の遅れ。
手元の冷たさ。
すべて確認する。
ミカ。
音、大丈夫です。
ユイ。
UI表示、問題ありません。
レナ。
コントローラー、大丈夫。
NoNameから、ディスコードに短く来る。
NoName。
確認しました。
いつも通りです。
ミカは小さく頷いた。
いつも通り。
本番の会場で、それは大事な言葉だった。
続いて、Rogueのチームが入場した。
歓声が大きくなる。
人気がある。
嫌われてもいる。
でも、それも含めて数字を持っている男。
Rogueは、ゆっくりステージへ出てきた。
派手なジャケット。
余裕のある歩き方。
観客へ向けた笑顔。
彼は選手席へ行く前に、わざとCrownlessの方を見た。
そして、軽く手を振った。
ミカの胸が少しざわつく。
レナの視線が鋭くなる。
ユイは表情を変えない。
Rogueはマイクを持った。
本番前に一言いいかな。
司会者が少し困ったように笑う。
短めにお願いします。
Rogueは頷いた。
もちろん。
彼はCrownlessを見た。
戻る場所は、もうあります。
いい言葉だ。
会場の空気が変わる。
ミカは指先に力が入るのを感じた。
Rogueは続ける。
でも、今日は試合だ。
戻る場所に帰る前に、戻りたいと思えるかどうか。
そこを見せてもらうよ。
一瞬、会場が静かになる。
Rogueは笑った。
Crownless。
迷子にならないように。
それだけ言って、彼はマイクを返した。
レナが小さく息を吐いた。
レナ。
殴りたい。
ユイ。
記録しました。
ミカ。
私も撃ちたいです。
NoName。
良いです。
試合前です。変換は不要。感情だけ記録してください。
ミカは頷いた。
胸は熱い。
腹も立つ。
でも、今はそれでいい。
試合はまだ始まっていない。
ここで動かされない。
第一試合。
Crownless対Rogueチーム。
会場のスクリーンに表示される。
実況の声が高くなる。
いきなり注目カードです。CrownlessとRogueチームが初戦で激突します。
解説も興奮を隠せない。
Rogue選手は心理戦に長けたプレイヤーです。Crownlessがどこまで感情を制御できるかが鍵ですね。
ミカはヘッドセットを付けた。
外の音が少し遠くなる。
ゲーム音が入る。
ディスコードの声だけが近くなる。
ユイ。
最初の勝利条件は中央制圧重視。
ただし資源一回目は無理に取らない。
ミカさん、左高所。
レナさん、右地下入口。
私は中央後方に戻り場所を作ります。
レナ。
了解。
ミカ。
了解。
NoNameは何も言わない。
試合中にリアルタイム指示は出さない。
見ているだけ。
それでいい。
三。
二。
一。
開始。
Crownlessは同時に動いた。
ミカは左高所へ。
ユイは中央後方へ。
レナは右地下入口へ。
本番の画面は、リハーサルよりも少し明るく見える。
照明のせいではない。
自分の緊張のせいだ。
でも、道はわかる。
高所へ入る。
射線を置く。
倒すためではない。
動かすため。
ミカ。
左高所、圧置きます。
ユイ。
中央支援、手前に置きます。
レナ、右地下はまだ入らないでください。
レナ。
待つ。
Rogueチームは、序盤から動きが速かった。
正面から来ない。
中央制圧を見せながら、資源端末へ薄く圧をかける。
Rogue本人は、まだ見えない。
ミカは左高所から一人を捉えた。
撃てる。
撃ちたい。
だが、その相手は体を半分だけ出している。
明らかに誘いだ。
ミカ。
撃ちたい。
ユイ。
保留ではありません。
ミカさんは視界維持。
レナさん、右から一歩だけ圧。
レナ。
了解。
レナが右地下から一歩出る。
攻撃しない。
ただ、そこにいることを見せる。
相手の一人が反応する。
Rogueチームの配置が少し動く。
ミカは撃たない。
視界を維持する。
ユイが中央の支援を少しだけずらす。
相手の誘いが浅くなる。
そこでミカは一発撃った。
当てる。
だが、倒し切らない。
相手が下がる。
実況の声が遠く聞こえる。
星野選手、ここは倒しに行かない。圧だけで相手を下げました。
解説が続く。
リハーサルよりもかなり落ち着いていますね。
ミカは反応しない。
褒められた。
でも撃ち急がない。
中央制圧率はわずかにCrownless有利。
悪くない立ち上がり。
しかし、Rogueが最初の言葉を投げてきた。
全体チャット。
Rogue。
ミカ、撃たないんだ。
世界女王が慎重になったね。
ミカの胸が熱くなる。
来た。
撃たないことを刺してきた。
撃って証明したくなる。
ミカ。
撃ちたい。
ユイ。
担当ずらします。
ミカさんは撃たない。
私が中央を少し空けます。
レナさん、相手を急がせてください。
レナ。
了解。
私が動かす。
レナが前に出る。
Rogueチームの一人がレナを警戒して下がる。
その下がった先は、ミカの射線ではない。
ユイがわざと空けた中央の端。
相手は、そこを安全だと思って入る。
ユイの支援が発動する。
足が止まる。
ミカはその瞬間だけ撃った。
一発。
体力を削る。
倒さない。
相手はさらに下がる。
中央制圧率が上がる。
NoNameからの指示はない。
でも、ミカには見えている気がした。
良いです。
そう言われなくても、今のは悪くない。
Rogueはすぐに次を仕掛けた。
全体チャット。
Rogue。
ユイ、中央を空けた。
本当にそれ、君の判断?
それともNoNameの教え?
ユイの手が一瞬だけ止まった。
ミカにはわかった。
刺さった。
ユイは、自分の判断をNoNameのものにされるのが嫌だ。
それは今まで何度も出てきた。
ユイ。
整えたいです。
レナ。
保留。
ユイ、まだ整えないで。
私が右を壊す。
ミカ。
私は左射線で戻り場所だけ守ります。
ユイ。
了解。
整えるのは保留します。
ユイは中央をすぐには直さない。
Rogueは、ユイが中央を再配置すると思っていたのだろう。
Rogueチームの動きがそこへ寄る。
だが、支援は来ない。
空白。
レナが右を壊す。
正確には、壊すふりをして、相手の判断を急がせる。
ミカは左高所から、その急いだ相手の足元を撃つ。
ユイは一拍遅れて支援を置く。
中央ではなく、戻り場所へ。
Crownlessの形が崩れない。
実況の声が上がる。
月城選手、ここで中央を固め直さない。かなり我慢した判断です。
解説。
Rogue選手の誘導に乗らなかったですね。これは大きい。
ミカは息を吐いた。
ユイが戻った。
いや、まだ崩れてもいない。
Crownlessは保てている。
序盤三分。
Crownless、わずかに有利。
だが、Rogueは焦っていない。
むしろ楽しそうだった。
次の全体チャット。
Rogue。
レナ、今日は待てるんだ。
つまらなくなったね。
レナの指が動く。
ミカにもわかる。
これは刺さる。
待てることを、つまらないと言われた。
黒瀬レナの強さを、削られたように見せる言葉。
レナ。
殴りたい。
ミカ。
保留。
レナさん、まだ戻らないでください。
レナ。
戻るじゃなくて殴る方。
ミカ。
でも保留です。
ユイ。
レナさんの圧は維持。
ミカさん、わざと一発外せますか?
ミカ。
できます。
ミカは撃った。
わざと外す。
Rogueチームの一人が反応した。
ミカの射線が甘い。
レナが来る。
そう判断したのが見える。
相手がレナ用のカウンター位置へ入る。
だが、レナは来ない。
待つ。
待っている。
つまらないと言われたレナが、待っている。
それが逆に怖い。
Rogueチームの一人が、先に動いた。
待ちきれなかったのは、相手だった。
レナ。
そこ。
短い言葉。
レナが入る。
一撃。
敵一人を落とす。
会場が沸いた。
実況。
黒瀬レナ、ここで撃破! しかし今のは突っ込んだというより、相手を先に動かしましたね!
解説。
待った上での近距離圧です。これはかなり仕上がっています。
レナは声を出さない。
だが、ディスコードに短く打った。
レナ。
戻った。
ユイ。
おかえりなさい。
ミカ。
おかえりなさい。
レナ。
ただいま。
そのやり取りは、観客には聞こえない。
実況にも映らない。
だが、Crownlessには必要だった。
序盤の第一波。
Crownlessは耐えた。
むしろ少し取った。
Rogueの表情は、スクリーンの小窓に映っている。
笑っている。
だが、その目は少し細い。
Rogueは、Crownlessが思ったより崩れないことを確認した。
だから、次を出してくる。
ミカはそう思った。
そして、その通りになった。
Rogueチームは、急に中央を捨てた。
代わりに、左右の資源端末へ同時に圧をかける。
さらに地下ルートから、レナを孤立させる動き。
中央を取れば有利。
だが、左右を取られると次の環境変化で不利。
ユイの判断が必要になる。
ユイ。
資源。
ミカ。
射線。
レナ。
近距離。
三つの一語理由が並ぶ。
判断が割れた。
想定内。
資源絡みなら、最終判断者はユイ。
ユイは一拍だけ置いた。
その一拍が、ミカには少し長く感じた。
Rogueの全体チャットが流れる。
Rogue。
ユイ、ここで迷うんだ。
君が迷うと、二人はどこへ帰ればいいのかな?
ミカの胸が冷える。
今だ。
Rogueは、戻る場所を狙っている。
ユイが迷えば、戻る場所が揺れる。
レナが前で孤立する。
ミカの射線も分断される。
ユイ。
戻ります。
ミカはすぐに反応した。
ユイの戻り言葉。
だが、ここで即戻ると狩られる可能性がある。
ミカ。
保留。
ユイさん、まだ戻らないでください。
私が左資源を一発見ます。
レナ。
私は右で時間稼ぐ。
戻る場所はまだ作らなくていい。
ユイ。
了解。
戻るのを保留します。
Rogueは、おそらくユイが中央後方へ戻ると思っていた。
そこへ攻撃を置いていた。
だが、ユイは戻らない。
ミカが左資源を見る。
レナが右で時間を稼ぐ。
ユイは中央に残ったまま、支援を置かない。
空白。
Rogueチームの攻撃が、空振る。
実況が声を上げる。
おっと、月城選手が戻らない! ここは支援再配置のタイミングに見えましたが、あえて待ちました!
解説。
これは読みにくいですね。Crownless、戻るタイミングをずらしています。
Rogueの表情が一瞬だけ変わった。
ほんの少し。
でも、ミカには見えた気がした。
Rogueは今、空振った。
ユイ。
中央維持。
資源は左を捨てます。
レナさん、右から戻ってください。
ミカさん、中央奥へ射線。
ミカ。
了解。
レナ。
戻る。
レナが右から下がる。
だが、Rogueチームの一人が追ってくる。
レナの戻りを狩る動き。
レナ。
戻る。
二度目。
少し危ない。
ミカはすぐに言った。
保留。
レナさん、右入口で止まってください。
私が中央奥を撃ちます。
ユイ。
戻り場所を右入口に変更します。
レナ。
了解。
止まる。
レナは戻り切らない。
右入口で止まる。
Rogueチームの追撃が、Crownlessの中央後方へ空振る。
ミカの射線が中央奥を撃つ。
ユイの支援が右入口に置かれる。
レナがその支援に乗って、追ってきた相手を叩いた。
落としきれない。
だが、追撃は止まった。
戻った。
いや、戻り切らずに戻った。
それがCrownlessの答えだった。
戻る場所はある。
でも、戻るタイミングも戻る位置も、Rogueには決めさせない。
試合開始から五分。
中央制圧率、Crownlessわずかに有利。
資源、Rogueチームが一つ有利。
撃破数、Crownlessが一つ有利。
拮抗。
だが、会場の熱は上がっている。
実況が叫ぶ。
序盤から読み合いが深い! Rogue選手が心理戦を仕掛けていますが、Crownlessが崩れません!
解説。
Crownlessは単に耐えているだけではありません。煽りを受けた後の行動をずらしています。これは相当練習していますね。
ミカの耳に、解説の言葉が入る。
行動をずらしている。
見られている。
でも、それでいい。
もう本番だ。
隠し続ける段階ではない。
使う段階だ。
Rogueが、ついに動いた。
それまで後方寄りにいたRogue本人が、中央へ出てきた。
彼のキャラが、スクリーン中央に映る。
ミカの射線が通る位置。
撃てる。
だが、Rogueは知っていて出ている。
ミカを誘っている。
全体チャット。
Rogue。
ミカ。
今撃てば、世界女王らしいよ。
ミカの胸が熱くなる。
撃ちたい。
撃てば当てられるかもしれない。
Rogue本人を削れる。
会場も沸く。
世界女王らしい。
その言葉が、嫌なほど刺さる。
ミカ。
撃ちたい。
ユイ。
担当ずらします。
ミカさんは撃たないでください。
レナさん、Rogue選手を見ずに左を押してください。
レナ。
了解。
ミカは撃たない。
Rogue本人を見たまま、撃たない。
レナが左を押す。
Rogueではなく、Rogueの味方を動かす。
ユイが中央に支援を置く。
Rogue本人はミカの射線にいる。
撃てる。
撃ちたい。
でも撃たない。
Rogueがほんの少しだけ前へ出た。
ミカが撃たないことに、もう一歩誘いを重ねる。
全体チャット。
Rogue。
撃たないのか。
NoNameに止められた?
ミカの指が震えた。
今のは深い。
NoName。
師匠。
止められたのではない。
自分で撃たないと決めた。
証明したい。
ミカ。
撃ちたい。
証明したい。
ユイ。
保留。
証明はしません。
レナ。
ミカ、今じゃない。
ミカは歯を食いしばった。
今じゃない。
そう。
今じゃない。
撃てるから撃つのではない。
証明したいから撃つのではない。
Rogueが決めたタイミングでは撃たない。
ミカは照準を、Rogue本人から外した。
会場がどよめく。
実況。
星野選手、撃たない! Rogue選手が完全に射線上へ出ていますが、撃ちません!
解説。
これは我慢ですね。ただ、撃たないことでRogue選手に中央を許す可能性があります。
Rogueが笑う。
中央へさらに出る。
その瞬間。
ユイが言った。
今です。
ミカさん、Rogue選手ではなく、足元。
ミカは撃った。
Rogue本人ではない。
足元の遮蔽物。
破壊可能オブジェクト。
Rogueが使っていた退路が崩れる。
Rogueの味方が支援に入ろうとする。
そこへレナが圧をかける。
Rogue本人は、一瞬だけ中央で孤立した。
ミカ。
見ました。
ユイ。
戻り場所、中央手前。
レナ。
行く。
レナが入る。
Rogueはそれを待っていた。
カウンター。
速い。
Rogueはレナを狩るつもりだった。
だが、レナは殴らない。
踏み込んで、止まる。
Rogueのカウンターが空を切る。
そこへミカの二発目。
今度は当てる。
Rogueの体力が削れる。
会場が爆発した。
実況の声が割れる。
入った! Crownless、Rogue選手へ初ダメージ! 星野選手、撃つタイミングを完全にずらしました!
解説。
今のは見事です。撃てる時に撃たず、撃つ理由を作ってから撃ちました。
ミカの手が震えている。
入った。
Rogueに。
でも、浮かれない。
良い射線。
次の負け筋。
ミカは心の中で書いた。
Rogueは下がった。
体力はまだ十分残っている。
だが、初めて明確に削られた。
Rogueは笑っていた。
本当に楽しそうに。
全体チャットに一文が流れる。
Rogue。
いいね。
じゃあ、次は戻れなくしてみようか。
ミカの背筋が冷えた。
次。
ここからが本命だ。
Rogueチームの動きが変わる。
今までは言葉で揺らし、変換を狙っていた。
今度は、盤面そのものを使ってくる。
中央に圧。
左右の資源へ同時展開。
地下からの分断。
さらに、環境変化のタイマーが近い。
あと十秒で、マップの照明が落ちる。
視界が狭くなるフェーズ。
リハーサルで確認したが、本番での暗転はまだ経験していない。
ユイ。
環境変化、暗転。
戻り場所を中央後方に置きます。
ミカさん、左高所から下がる準備。
レナさん、地下入口から戻れる位置へ。
レナ。
了解。
ミカ。
了解。
Rogueの全体チャット。
Rogue。
戻る場所はもうあります。
なら、暗くなっても帰れるよね?
照明が落ちた。
マップが暗くなる。
視界が狭まる。
ミカの高所射線が一気に通りにくくなる。
中央後方の戻り場所が、視覚的にわかりづらい。
ユイの支援マーカーだけが、かすかに光っている。
その瞬間、Rogueチームが一斉に動いた。
狙いは、ミカではない。
レナでもない。
ユイでもない。
戻り場所。
Crownlessの中央後方。
そこへ、Rogueチームが突っ込んできた。
ミカの胸が冷たくなる。
戻る場所そのものを壊しに来た。
ユイ。
戻り場所、攻撃されています。
レナ。
戻る?
ミカ。
戻りたい。
NoNameからの指示はない。
試合中だから。
三人だけで決める。
ユイの声が、少しだけ硬い。
ユイ。
保留。
全員、すぐ戻らないでください。
ミカは息を呑んだ。
戻り場所が攻撃されている。
普通なら戻る。
守りに行く。
だが、Rogueはそれを待っている。
戻る場所を攻撃して、戻る三人を狩る。
ユイ。
戻り場所を捨てます。
レナ。
捨てるの?
ユイ。
はい。
戻る場所は、場所ではなく作り直せます。
ミカの胸が熱くなった。
戻る場所を捨てる。
それは、昨日までなら怖かった。
でも今ならわかる。
戻る場所は固定地点ではない。
Crownlessが作るものだ。
なら、壊された場所に戻る必要はない。
ユイ。
新しい戻り場所、右入口。
レナさん、そこを圧で守ってください。
ミカさん、左高所から撃たずに視界だけください。
ミカ。
了解。
もう一度見ます。
レナ。
戻る。
右入口。
三人が動く。
中央後方を捨てる。
Rogueチームの攻撃が、空振る。
いや、完全には空振らない。
中央制圧率は一気にRogue側へ傾く。
観客がざわめく。
実況。
Crownless、戻り場所を捨てた! これは大丈夫なのか!?
解説。
中央は失います。ただ、Rogueチームの包囲からは外れました。ここから作り直せるかです。
ミカは暗い視界の中で、右入口を見た。
レナがいる。
ユイの支援が置かれる。
ミカの射線は、直接は通らない。
でも、敵の移動方向は見える。
ミカ。
右入口へ二人来ます。
レナ。
来い。
ユイ。
レナさん、まだ殴らないでください。
レナ。
保留。
Rogueの全体チャット。
Rogue。
戻る場所を捨てた。
いい判断だ。
でも、それは逃げたってことじゃない?
レナが一瞬揺れる。
ミカも揺れる。
ユイもたぶん、揺れた。
逃げた。
その言葉は、嫌だ。
でも。
ミカ。
撃ちたい。
ユイ。
整えたい。
レナ。
殴りたい。
三つ並ぶ。
そして、すぐに変換する。
ミカ。
私は視界維持。
ユイ。
私は新しい戻り場所を作ります。
レナ。
私は相手を急がせる。
Rogueが決めた言葉で動かない。
逃げたのではない。
作り直した。
右入口で、Crownlessは一度形を整えた。
中央は失った。
資源も不利。
だが、三人は落ちていない。
戻る場所は、壊された。
でも、新しい戻る場所を作った。
Rogue本人が、暗闇の中から姿を見せる。
右入口の少し奥。
ミカの射線は通りにくい。
レナの間合いには少し遠い。
ユイの支援も届きづらい。
絶妙な位置。
Rogueは、そこから全体チャットを打った。
Rogue。
じゃあ、次は誰が最初に戻れなくなるかな。
その瞬間、暗転フェーズが終わった。
視界が戻る。
中央制圧率はRogue有利。
資源もRogue有利。
撃破数はCrownless有利のまま。
試合は、完全に五分ではない。
少し不利。
だが、まだ崩れていない。
ミカは深く息を吸った。
ここからだ。
本番は、ここから。
ディスコードに三人の声が重なる。
ユイ。
中央はすぐ取り返しません。
次の資源で逆転します。
レナ。
了解。
ミカ。
了解。
NoNameは、画面の向こうで見ている。
何も言わない。
でも、ミカにはわかる。
今、見ている。
Crownlessが戻る場所を壊され、それでも作り直すところを。
Rogueが笑っている。
会場が沸いている。
実況が叫んでいる。
コメント欄は、おそらく荒れている。
でも、ミカはもう見ない。
見るのは、盤面。
ユイ。
次の資源まで十五秒。
ミカさん、左射線。
レナさん、右入口から圧。
私は中央手前に未完成を作ります。
ミカ。
もう一度見ます。
レナ。
戻る。
ユイ。
戻ります。
三人は、同時に動いた。
戻る場所は、もうあります。
それは、固定された場所のことではない。
壊されても、奪われても、暗闇で見えなくなっても。
三人がまた作ればいい。
Crownlessは、右入口から反撃を始めた。




