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世界女王は、彼にだけ勝てない  作者: てへろっぱ


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21/46

第二十一話 確認します

本番まで、残り三日。


Crownlessの練習量は、意図的に減らされた。


NoNameがそう決めた。


理由は単純だった。


ここから先は、詰め込みすぎると壊れます。


黒瀬レナは、当然のように反発した。


まだやれる。


NoNameの返事は短かった。


やれることと、やるべきことは違います。


レナはしばらく黙り、最後に一言だけ返した。


腹立つけど、正しい。


星野ミカも同じ気持ちだった。


やれる。


もっと練習したい。


Rogue対策も、まだ完璧ではない。

復帰訓練も、まだ不安がある。

ミスした後に、本番で本当に戻れるのか。

Rogueの煽りに、言葉と行動の間の一秒を作れるのか。

Crownlessとして、三人で立てるのか。


考え始めると、いくらでも練習したくなる。


でもNoNameは止めた。


本番前に必要なのは、新しい課題ではなく、今ある形を壊さないことです。


その言葉に、月城ユイが最初に同意した。


理解しました。

これ以上課題を増やすと、判断の層が厚くなりすぎます。


レナが言った。


また難しい言い方。


ユイは少し考えてから言い直した。


本番で考えすぎて遅れる、ということです。


レナ。


それならわかる。


ミカはノートに書いた。


本番前は、増やさない。

戻る場所を確認する。


そう。


今日のテーマは、確認だった。


二十一時。


ディスコードに四人が揃った。


Hoshino_Mika

Tsukishiro_Yui

Kurose_Rena

NoName


NoNameは、いつもより少し遅く入った。


ほんの一分。


それでも、三人は気づいた。


レナがすぐに打つ。


ノー、遅い。


NoName。


一分前です。


ユイ。


いつもよりは遅いですね。


ミカ。


何かありましたか?


NoNameの返事は少し遅れた。


問題ありません。


その一文で、三人の空気が少し変わった。


問題ありません。


NoNameはよく使う。


だが最近、三人は少しずつわかるようになっていた。


NoNameの問題ありませんは、必ずしも問題がないという意味ではない。


今は処理可能です。


今は話す必要がありません。


今は優先順位が低いです。


そういう意味を含むことがある。


レナ。


問題ある時の問題ありませんに見える。


NoName。


問題はありません。


ユイ。


では、確認事項があるということでしょうか。


NoNameの返事は、また少し遅れた。


あります。


ミカは画面を見つめた。


珍しい。


NoNameが、自分から確認事項があると言った。


NoName。


本番当日、私は配信を見ます。

ただし、試合中にリアルタイムで三人へ指示は出しません。


レナ。


わかってる。

出せないでしょ。


NoName。


はい。

試合中は三人だけです。


ミカ。


はい。


ユイ。


承知しています。


NoName。


また、試合前後に私へ連絡が集中する可能性があります。

Rogue選手、運営、視聴者、外部チームなどです。


レナ。


無視していいよ。


NoName。


基本的には無視します。


ユイ。


基本的には、ということは例外があるのですね。


NoName。


はい。


ミカは少しだけ胸がざわついた。


例外。


NoNameが、無視しない可能性。


NoName。


三人に不利益が出る場合は、対応します。


ミカ。


私たちに?


NoName。


はい。

たとえば、三人の実績を不当に歪める情報が公式筋から出た場合。

また、個人情報や所属に関わる悪質なものが出た場合。

必要なら、最低限対応します。


レナ。


自分のことは?


NoName。


私は問題ありません。


三人の反応は、ほぼ同時だった。


ミカ。


そこです。


ユイ。


そこですね。


レナ。


そこだよ。


NoNameが黙る。


ミカは少しだけ笑いそうになった。


三人で同時に突っ込めるようになった。


最初の頃なら、きっと遠慮していた。


NoName相手に、そんなふうには言えなかった。


けれど今は違う。


NoNameは、Crownlessを守る。


それはわかっている。


だからこそ、三人もNoNameを放っておけない。


ユイが丁寧に打った。


NoNameさんの個人情報や意思が不当に扱われる場合も、問題です。


レナ。


そう。

ノーはすぐ自分を対象外にする。


ミカ。


師匠も、守られる側に入ってください。


NoName。


試合前にその話をする必要はありません。


レナ。


ある。


ユイ。


あります。


ミカ。


あります。


NoNameは、また沈黙した。


三人は待った。


もう焦らない。


NoNameが黙る時は、考えている時だ。


逃げている時もある。


でも今は、たぶん考えている。


やがてNoNameが打った。


わかりました。

私に関する対応が必要になった場合は、確認します。


ミカはその言葉を見て、少しだけ息を止めた。


確認します。


普通の言葉だ。


NoNameらしい言葉。


でも、なぜか少し引っかかった。


レナも同じだったのか、すぐに打った。


確認します?


NoName。


はい。


ユイ。


それは、NoNameさんの戻り言葉ですか?


チャットが止まった。


ミカの胸が小さく跳ねた。


戻り言葉。


ミカは、もう一度見ます。

ユイは、戻ります。

レナは、戻る。


では、NoNameは。


NoNameの返事は遅かった。


かなり。


そして、短く返ってきた。


近いです。


レナ。


決めてたんだ。


NoName。


念のためです。


ミカ。


教えてくれなかったんですか?


NoName。


必要があるかわからなかったので。


ユイ。


今、必要になりました。


レナ。


そうそう。

ノーの戻り言葉も共有しないと。


NoName。


私は試合に出ません。


レナ。


それ、もう聞いた。


ミカは少し笑った。


NoNameが同じ逃げ方をした時、レナがすぐ捕まえる。


その流れが少し好きだった。


NoNameは、少しだけ諦めたように打った。


私の戻り言葉は、確認します、です。


ミカは画面を見つめた。


確認します。


やはり、それだった。


感情の宣言ではない。


戻る、でもない。


助けて、でもない。


ただ、確認する。


盤面を。


状況を。


自分を。


戻るべきかどうかも含めて、もう一度見る。


NoNameらしい。


ユイが返した。


とてもNoNameさんらしいです。


レナ。


硬いけど、ノーっぽい。


ミカ。


はい。

すごく師匠っぽいです。


NoName。


試合中はノーで。


ミカ。


今は試合中じゃないです。


NoName。


そうでした。


レナ。


珍しく負けた。


NoName。


負けではありません。


ユイ。


判定は微妙です。


ミカは笑った。


空気が少し軽くなる。


でも、ちゃんと大事なことは共有できた。


NoNameの戻り言葉。


確認します。


もし本番中、NoNameが何かで揺れた時。


表には出ないとしても。


三人は、その言葉を知っている。


それだけで少し違う気がした。


NoName。


では、今日の練習に入ります。


レナ。


あ、やっぱやるんだ。


NoName。


軽く確認します。


ユイ。


今日は本当に確認ですね。


NoName。


はい。


練習ルームが開かれる。


今日の相手は低難度BOT。


Rogue型ではない。


煽りもない。


特殊イベントもない。


ただ、Crownlessの基本形を一つずつ確認するだけだった。


ミカの射線。


ユイの戻り場所。


レナの近距離圧。


名前で呼ぶこと。


危険ワード。


戻り言葉。


おかえり。


判断が割れた時の一語理由。


最終判断者。


全部を、軽く流す。


ミカは左高所へ入る。


ユイ。


ミカ、左に圧だけ。

倒さなくていいです。


ミカ。


了解。

射線で動かします。


レナ。


ユイ、右の戻り場所ちょうだい。


ユイ。


置きます。

レナ、入るのは二秒後。


レナ。


了解。

急がせる。


ミカは敵BOTの足元に射線を置く。


撃つ。


当てるためではない。


動かすため。


敵BOTが下がる。


レナが前に出る。


攻撃しない。


相手に判断を急がせる。


ユイが中央後方に支援を置く。


完成形ではなく、戻れる未完成。


三人の動きは、派手ではなかった。


だが、安定していた。


ミカは少しだけ驚いた。


数日前まで、これほど自然には動けなかった。


ユイの言葉を待ちすぎたり、レナの突入に射線が遅れたり、自分が撃ちたい気持ちに引っ張られたりしていた。


今も完璧ではない。


でも、形がある。


戻れる場所がある。


Crownlessという名前が、ただのチーム名ではなく、実感になってきた。


途中、NoNameが一度だけ止めた。


NoName。


ここで確認です。

星野ミカさん、今何をしたくなりましたか。


ミカは映像を止めて、素直に答える。


倒したくなりました。


NoName。


変換してください。


ミカ。


射線で動かします。


NoName。


良いです。


次にユイ。


NoName。


月城ユイさん、今何をしたくなりましたか。


ユイ。


整えたくなりました。

中央を綺麗に取りたかったです。


NoName。


変換してください。


ユイ。


戻れる場所を優先します。


NoName。


良いです。


最後にレナ。


NoName。


黒瀬レナさん、今何をしたくなりましたか。


レナ。


殴りたくなった。


NoName。


変換してください。


レナ。


相手を急がせる。


NoName。


良いです。


それだけ。


本当に確認だった。


新しいことは増えない。


痛いところも深く掘らない。


ただ、これまで作ってきたものを、一つずつ触って確かめる。


ミカは、その作業が思ったより好きだと思った。


強くなるための練習は、いつも苦しいものだと思っていた。


自分の弱点を見て、負け方を分解して、痛いところを突かれて、それでも進む。


でも、今日のような練習も必要なのだ。


積み上げたものが、ちゃんと手の中にあると確認する時間。


それがなければ、本番で使えない。


三十分後。


NoNameが言った。


今日はここまでです。


レナ。


本当に軽かった。


ユイ。


三十分。

負荷も低めでした。


ミカ。


逆に少し不安になるくらいです。


NoName。


不安は正常です。

ただし、ここで増やさないでください。


ミカ。


はい。


NoName。


今日のまとめです。


ミカはノートを開いた。


一つ。

本番前は、課題を増やさないこと。


二つ。

Crownlessの基本形はできています。

射線、戻り場所、近距離圧。

この三つへ戻ってください。


三つ。

危険ワードを隠さないこと。

撃ちたい、整えたい、殴りたい。

出たら変換してください。


四つ。

失敗後は戻り言葉を出すこと。

もう一度見ます。

戻ります。

戻る。


五つ。

私に関する想定外が発生した場合、私も確認します。


ミカは五つ目で手を止めた。


NoNameが、自分のことをまとめに入れた。


それは小さな変化だった。


でも、確かな変化だった。


レナもすぐに反応した。


五つ目、入れたね。


NoName。


必要なので。


ユイ。


良いと思います。


ミカ。


私も。


NoName。


ありがとうございます。


そのありがとうございますも、少しだけ前より柔らかく見えた。


気のせいかもしれない。


でも、三人ともそう感じたのか、誰も茶化さなかった。


レナ。


本番まであと三日か。


ミカ。


はい。


ユイ。


明日は公式リハーサルがあります。


NoName。


リハーサルでは、勝とうとしないでください。


レナ。


また難しいこと言う。


NoName。


環境確認が目的です。

勝ち筋を見せすぎないでください。


ユイ。


手札を隠すということですね。


NoName。


はい。

ただし、隠しすぎて自分たちの確認ができないのも駄目です。


ミカ。


難しいです。


NoName。


なので、明日のテーマは見せるものと隠すものです。


レナ。


結局、明日も訓練あるじゃん。


NoName。


リハーサルです。


レナ。


言い方変えただけ。


ミカは笑った。


でも、もう嫌ではなかった。


本番が近い。


怖い。


けれど、怖さだけではない。


Crownlessとして立てる楽しみもある。


Rogueと戦う不安もある。


NoNameが見ている安心もある。


そして、NoNameが少しずつこちら側に戻りかけているような、不思議な感覚もある。


会話が終わり、ユイが退出し、レナが退出した。


ミカも閉じようとした時、NoNameから個別メッセージが来た。


星野ミカさん。


ミカは少し驚いた。


はい。


NoName。


今日の射線は良かったです。

倒したい気持ちを、かなり早く動かす射線へ変換できていました。


ミカは画面の前で固まった。


個別で褒められた。


珍しい。


本当に珍しい。


ありがとうございます。


それだけ打つのに、少し時間がかかった。


NoName。


ただし、褒められたことで明日撃ち急がないでください。


ミカは思わず笑ってしまった。


はい。

ちゃんとメモします。


NoName。


良いです。


会話はそれで終わった。


ミカはノートの最後に書いた。


褒められた。

嬉しい。

撃ち急がない。


書いてから、少し笑った。


自分の感情を、こうやって書けるようになった。


それもきっと、強くなった証拠だと思いたい。


同じ頃。


月城ユイにも個別メッセージが届いていた。


NoName。


月城ユイさん。


ユイ。


はい。


NoName。


今日の戻り場所は良かったです。

完成させたい場面で、未完成の余白を残せていました。


ユイは、その文を何度か読んだ。


嬉しかった。


かなり。


ありがとうございます。

明日、整えすぎないよう注意します。


NoName。


はい。

整えたい時は、戻れる未完成へ変換してください。


ユイ。


承知しました。


会話が終わった後、ユイはノートに書いた。


褒められた。

嬉しい。

完成させすぎない。


そして少しだけ笑った。


自分がこんなことを書く日が来るとは思わなかった。


黒瀬レナにも、同じようにメッセージが来ていた。


NoName。


黒瀬レナさん。


レナ。


なに。


NoName。


今日の近距離圧は良かったです。

殴りたい気持ちを、相手の判断を急がせる圧に変換できていました。


レナは画面を見つめた。


しばらく返信しなかった。


嬉しい。


かなり嬉しい。


でも、それをそのまま言うのは悔しい。


レナ。


ふーん。


NoName。


褒めています。


レナ。


わかってる。


NoName。


明日、褒められたことを再現しようとしないでください。


レナ。


わかってる。

メモする。


NoName。


良いです。


レナはノートを開いた。


褒められた。

嬉しい。

調子に乗らない。

でもちょっと乗る。


そこまで書いて、少し考える。


最後の一文に線を引いた。


でもちょっと乗る。


レナは笑った。


少しくらいならいい。


それも自分だ。


そして、その夜。


NoNameは三人への個別メッセージを終え、椅子にもたれた。


褒める。


意図的に。


本番前に、三人へ良い部分を渡す。


今までなら、あまりしなかった。


褒めると、次の負け筋になる。


それは事実だ。


だが、褒めないまま本番へ行くと、三人は不安を抱えすぎる。


だから、渡す。


ただし、負け筋も同時に添える。


褒められた。


嬉しい。


だから、再現しようとするな。


三人なら、受け取れる。


NoNameはメモ帳を開いた。


本番前確認。


星野ミカ。

射線変換、良好。

褒め後の撃ち急ぎ注意。


月城ユイ。

未完成の戻り場所、良好。

褒め後の整えすぎ注意。


黒瀬レナ。

近距離圧変換、良好。

褒め後の再現欲注意。


そこまで書いて、少しだけ手が止まる。


自分の項目。


NoName。

確認します。


それだけでは足りない気がした。


NoNameは、少し考えた。


そして一行足す。


Crownlessに戻り言葉を共有済み。


その文字を見て、奇妙な感覚があった。


共有済み。


自分のことを、三人に共有した。


それはNoNameにとって、かなり珍しいことだった。


顔も声も本名も出していない。


それでも、戻り言葉だけは共有した。


確認します。


NoNameは、画面を閉じようとして、もう一度メモを見る。


戻るつもりはない。


まだ、そう思っている。


だが、本番では何が起きるかわからない。


Rogueは、必ず何かを仕掛けてくる。


三人へ。


Crownlessへ。


そして、おそらく自分へ。


その時、自分が揺れたら。


NoNameは小さく息を吐いた。


確認します。


それだけで十分だ。


少なくとも、今は。


本番まで、残り三日。


Crownlessは、新しい課題を増やさないことを覚えた。


三人は、それぞれの良い部分を受け取った。


そして名もなき男は、自分の戻り言葉を初めて共有した。


冠なしのチームは、少しずつ本番へ近づいている。


Rogueの挑発も。


観客の期待も。


NoNameを引きずり出そうとする空気も。


すべてが、舞台の中央へ向かって流れ込んでいた。


けれど今夜だけは。


四人とも、少しだけ静かに眠れそうだった。


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