第二十話 戻っていいと、誰が言うのか
本番まで、残り四日。
星野ミカは、朝からノートの前で止まっていた。
昨日の事前番組の切り抜きは、まだ伸びている。
必要、不要ではなく、戻る場所。
その言葉は、思った以上に多くの人へ届いたらしい。
コメント欄には、好意的な言葉も増えていた。
Crownlessいいな。
誰かが欠けても戻れる場所を作るって強い。
Rogueの質問に乗らなかったのすごい。
ミカの答え、ちゃんと本人の言葉だった。
ユイの考え方が好き。
レナの感情ありますから、最高。
三人とも応援したくなった。
嬉しかった。
素直に嬉しかった。
でも、同時に怖くもあった。
応援が増えるほど、失敗した時のことを考えてしまう。
もし本番で、自分が撃てなかったら。
もし自分が止まって、二人が戻る場所を作ってくれたのに、そこへ戻れなかったら。
もし、戻ってもまた同じミスをしたら。
その時、自分は本当に戻れるのか。
ミカはノートに書いた。
戻る場所がある。
でも、戻る勇気がいる。
ペン先が止まる。
昨日までは、誰かが欠けた時に戻る場所を作ることを考えていた。
けれど、NoNameはさらに先を見ている気がした。
Rogueはたぶん、戻る場所そのものより、戻る人の心を狙ってくる。
失敗した本人に、戻っていいのかと思わせる。
私が戻ったら、また壊すかもしれない。
私が戻らない方が、二人は安定するかもしれない。
今戻る資格があるのか。
そんなふうに。
ミカは胸の奥が少し冷えるのを感じた。
嫌な想像だった。
でも、目を逸らせない。
二十一時。
ディスコードに四人が揃った。
Hoshino_Mika
Tsukishiro_Yui
Kurose_Rena
NoName
最初にNoNameが打った。
今日は、復帰の訓練をします。
レナ。
昨日もやったよね?
NoName。
昨日は戻る場所を作る訓練です。
今日は、戻る意思を守る訓練です。
ミカは息を止めた。
やはり。
NoNameはそこを見ていた。
ユイ。
Rogue選手の次の攻撃予測ですね。
NoName。
はい。
レナ。
戻る意思って、どういうこと?
NoName。
ミスした人が、自分は戻っていいと思えるかどうかです。
チャットが少し静かになった。
ミカは画面を見つめる。
戻っていい。
たったそれだけの言葉が、妙に重い。
NoName。
Rogue選手は、誰かがミスした後にこう言う可能性があります。
戻る場所はあった。
でも、君が戻る資格を失った。
また壊すなら、戻らない方がいい。
そのまま下がっていた方が、チームのためだ。
レナ。
最悪。
ユイ。
非常に嫌な切り口です。
ミカ。
刺さります。
NoName。
刺さるように言います。
ミカはノートを開いた。
戻る資格。
それは、たぶん本番で一番危ない言葉の一つだ。
失敗した直後、人は弱くなる。
自分の判断を信じにくくなる。
戻る場所があっても、そこへ戻る足が止まる。
Rogueはそこを狙う。
NoName。
今日は、三人それぞれに意図的な重大ミスを発生させます。
レナ。
意図的な重大ミス。
NoName。
はい。
その後、本人が戻る宣言をします。
残り二人は、戻る場所だけでなく、戻っていい理由を短く渡してください。
ユイ。
戻っていい理由。
NoName。
はい。
ただし、慰めではありません。
ミカ。
慰めではない。
NoName。
ミスしても大丈夫、では弱いです。
大丈夫ではないミスもあります。
それでも戻る理由が必要です。
レナ。
きつい。
NoName。
きついです。
レナ。
否定しない。
NoName。
はい。
ミカは、少しだけ怖くなった。
重大ミス。
自分が撃てないだけではなく、自分の判断で二人を危険にさらすようなミスを、意図的に作られる。
その後、戻らなければならない。
戻っていい理由を受け取らなければならない。
たぶん、今日もかなり深いところを刺される。
NoName。
始める前に、三人の戻り言葉を決めます。
ユイ。
戻り言葉?
NoName。
失敗後に復帰するための合図です。
戻ります、でも構いませんが、本人が言いやすいものを決めてください。
ミカは少し考えた。
戻ります。
悪くない。
でも、少し固い。
自分は失敗した時、そんなに綺麗に言えるだろうか。
レナ。
私は、まだ行ける、がいい。
ミカ。
レナさんっぽいです。
ユイ。
良いと思います。
ただし無理をしている時と区別が必要ですね。
レナ。
じゃあ、まだ行ける、じゃなくて、戻る。
短い方がいい。
NoName。
良いです。
ユイ。
私は、再接続します、でしょうか。
レナ。
硬い。
ミカ。
でもユイさんっぽいです。
ユイ。
試合中だと長いですね。
戻ります、にします。
NoName。
良いです。
ミカは、少し悩んだ。
自分は何と言えば戻れるだろう。
撃てなかった。
判断を間違えた。
二人に迷惑をかけた。
その時。
もう一回撃ちます、では強すぎる。
戻ります、では少し遠い。
ミカはゆっくり打った。
私は、もう一度見ます、にします。
レナ。
いいじゃん。
ユイ。
ミカさんらしいです。
NoName。
良いです。
もう一度見る。
撃つ前に、まず見る。
自分のミスを。
盤面を。
二人を。
相手を。
そして、戻る。
ミカはノートに書いた。
もう一度見ます。
NoName。
では、開始します。
練習ルームが開かれた。
相手はRogue型BOTチーム。
今回は、途中で三人それぞれに一度ずつ重大ミスイベントが発生する。
その内容は、NoNameが設定している。
事前には知らされていない。
ミカは深呼吸した。
試合開始。
序盤はいつも通り。
ミカが高所で射線を置く。
ユイが中央後方に戻れる場所を作る。
レナが地下から近距離圧を出す。
チームの形は、昨日より安定している。
名前で呼び合うことにも慣れてきた。
ミカ。
左高所、圧置きます。
ユイ。
中央に戻り場所を作ります。
レナ。
右から急がせる。
NoNameは観察役。
しばらくは何も言わない。
それが逆に怖い。
最初の重大ミスは、レナに来た。
地下入口。
レナが相手を急がせるために前に出た瞬間、Rogue型BOTがあえて背を見せた。
明らかな隙。
普段のレナなら、見逃さない。
練習でも、今のレナなら一度止まれたかもしれない。
しかし、システムが補助する形で、レナのキャラが一歩深く踏み込んでしまった。
重大ミスイベント。
レナ、待てずに突入。
その結果、敵BOT二体に挟まれる。
体力が一気に削れる。
レナ。
っ、これ。
NoName。
続けてください。
レナは一度逃げようとする。
しかし、Rogue型BOTの煽りが流れる。
やっぱり待てない。
君が突っ込むから、Crownlessは壊れる。
レナの動きが止まった。
ミカはすぐにわかった。
刺さった。
レナが短文になる前に、ユイが打った。
レナ、戻り言葉を。
少し間。
レナ。
戻る。
短い。
でも、言えた。
ミカは射線を置き直す。
ユイが支援を置く。
ここで必要なのは、慰めではない。
ミスしても大丈夫、ではない。
実際、大丈夫ではない。
レナの突入で盤面は壊れかけた。
だからこそ、戻っていい理由を渡す。
ミカ。
レナさんの圧がないと、相手が止まりません。
戻って、もう一回急がせてください。
ユイ。
戻る場所を右入口に作りました。
今度は、レナさんが止まる場所まで設計しています。
レナは少し黙った。
そして、右入口へ下がった。
体力は少ない。
でも、戻った。
ユイの支援が入る。
ミカの射線が敵を止める。
レナはすぐには突っ込まない。
右入口で止まり、相手を待つ。
Rogue型BOTが追ってくる。
その瞬間、レナが半歩だけ前に出る。
今度は突っ込みすぎない。
相手を急がせる。
敵BOTが焦って攻撃を振る。
空振る。
レナが叩く。
一体落とした。
レナ。
戻った。
ミカ。
おかえりなさい。
ユイ。
おかえりなさい。良い復帰です。
NoName。
良いです。
レナは少しだけ黙ってから打った。
今の、おかえり効くね。
ミカは少し笑った。
効く。
本当に効く。
次の重大ミスは、ユイに来た。
中央制圧を切り替える場面。
ユイは資源端末を一度捨てて、中央を維持する判断をした。
だが、ミスイベントで情報表示が一部遅延する。
ユイの判断は、遅れた情報に基づいたものになった。
結果、中央も資源も中途半端になる。
支援位置が悪い。
ミカの射線も通りにくい。
レナの進路も狭い。
盤面が一瞬で悪化した。
Rogue型BOTが煽る。
盤面の女王が間違えた。
君の設計ミスで、二人が動けない。
ユイのチャットが止まった。
ミカは息を呑む。
ユイはこういう時、長い文章を書こうとする。
整理しようとする。
感情を隠して、理屈に逃げる。
ミカはすぐに打った。
ユイさん、戻り言葉だけでいいです。
レナ。
長文禁止。
戻って。
少し間があった。
ユイ。
戻ります。
ミカは、すぐに言葉を探した。
慰めではなく、戻っていい理由。
ユイのミスは、実際に痛かった。
中央も資源も悪い。
でも、ユイが戻らなければ、もっと悪くなる。
ミカ。
ユイさんの戻り場所がないと、私たち二人は帰る先がわかりません。
今の盤面が悪いから、戻って作り直してください。
レナ。
ユイの設計ミスなら、ユイが直すのが一番早い。
戻って。
私、待てるから。
ユイのキャラが動いた。
中央後方へ戻る。
支援スキルを置き直す。
今度は完成形を作らない。
崩れた盤面を受ける形。
まずミカの射線を一本通す。
次にレナの戻り先を作る。
資源端末は捨てる。
中央も完全には取らない。
でも、三人が動ける形が戻る。
ユイ。
再設計します。
ミカさん、左射線。
レナさん、中央に入らず右で圧。
ミカ。
了解。
レナ。
了解。
動ける。
さっきまで詰まっていた盤面に、道ができた。
ユイが戻ったことで、二人が動けるようになった。
Rogue型BOTの攻めが止まる。
中央を少し取り返す。
完全ではない。
でも、戻った。
レナ。
ユイ、おかえり。
ミカ。
おかえりなさい。
ユイ。
戻りました。
ありがとうございます。
NoName。
良いです。
月城ユイさんは、設計ミス後に説明ではなく再設計へ戻れています。
ユイ。
かなり、きついですね。
NoName。
はい。
ユイ。
ですが、必要です。
レナ。
ユイが言うと重い。
ミカは少しだけ笑った。
でも、本当にそうだった。
きつい。
必要。
その二つを同時に持つ訓練だ。
最後の重大ミスは、ミカに来た。
終盤。
中央制圧率は互角。
資源はわずかにCrownless不利。
敵BOT一体が低体力で逃げている。
ミカの射線が通る。
撃てば落とせる。
落とせば、人数有利。
ここで撃つべきだ。
ミカは引き金を引こうとした。
その瞬間、ミスイベントが発生した。
照準がわずかにズレる。
弾が外れた。
敵BOTは生き残る。
さらに、その敵を追おうとしたミカの位置が露出する。
Rogue型BOT本体が、そこを突く。
ミカの体力が大きく削れる。
中央の射線が消える。
レナが前に出られない。
ユイの支援が遅れる。
ミカは画面の前で固まった。
撃てなかった。
落とせた相手を落とせなかった。
それどころか、自分の位置まで悪くした。
Rogue型BOTの煽りが流れる。
世界女王が撃てなかった。
戻る場所はある。
でも、また外すなら戻らない方がいいんじゃないか?
胸が、冷たくなった。
これは。
きつい。
ミカはキーボードに指を置いたまま、動けなかった。
撃てなかった自分。
戻っても、また外すかもしれない。
自分が射線に戻らない方が、ユイとレナは別の形を作れるかもしれない。
そんな思考が、一瞬で広がる。
ミカは黙った。
危険サイン。
すぐにレナが打った。
ミカ、黙ってる。
ユイ。
ミカさん、戻り言葉だけで大丈夫です。
NoName。
中断可能です。
ミカは息を吸った。
止めたい。
少しだけ、止めたいと思った。
でも、画面の中ではユイとレナが持たせている。
戻る場所を作ってくれている。
なら、言わなければ。
ミカは震える指で打った。
もう一度見ます。
その瞬間、少しだけ呼吸が戻った。
レナがすぐに返す。
ミカの射線がないと、私が前に出る理由を作れない。
外してもいいから、戻って見て。
ユイ。
ミカさんの射線は、当てるためだけではありません。
相手を動かすために必要です。
次は当てる必要はありません。
見て、置いてください。
当てる必要はない。
その言葉が、ミカの中に落ちた。
撃てなかった。
外した。
でも、戻って最初にやるべきことは、当てることではない。
見ること。
置くこと。
相手を動かすこと。
ミカは左高所へ戻った。
体力は少ない。
視界も悪い。
でも、ユイが戻り道を作ってくれていた。
レナが相手を急がせてくれていた。
ミカは照準を置く。
撃たない。
まず見る。
敵BOTがミカの射線を嫌って下がる。
その下がった先に、レナがいる。
レナが攻める。
敵が逃げる。
ユイの支援が入る。
ミカは最後に、一発だけ撃った。
今度は当たった。
敵BOTが落ちる。
ミカは息を吐いた。
手が震えていた。
レナ。
おかえり、ミカ。
ユイ。
おかえりなさい。
良い射線でした。
ミカは、画面が少し滲んだ気がした。
戻れた。
撃てなかった自分でも。
外した自分でも。
戻っていいと言われた。
そして戻った。
NoName。
良いです。
星野ミカさんは、撃てなかった後に、撃つ役割ではなく見る役割へ戻れています。
ミカ。
……はい。
NoName。
今日はここまでです。
レナ。
終わり?
NoName。
はい。
これ以上は負荷が高すぎます。
ユイ。
同意します。
ミカも、深く頷いた。
もう十分だった。
今日の訓練は、たぶん今までで一番きつかった。
NoNameの煽り訓練とは別のきつさ。
自分のミスを見せられた上で、戻ることを求められる。
失敗をなかったことにできない。
でも、戻る。
それがどれだけ難しいか、初めてわかった気がした。
NoName。
今日のまとめです。
一つ。
戻る場所があっても、本人が戻れなければ意味がありません。
二つ。
戻っていい理由は、慰めではなく役割で渡してください。
三つ。
重大ミスの後、本人は自分の価値を考えないでください。
戻り言葉を出してください。
四つ。
残り二人は、戻る場所と戻る理由を短く渡してください。
五つ。
戻った人には、おかえりを言ってください。
それは感情論ではなく、復帰完了の合図です。
ミカは、五つ目をゆっくり書いた。
おかえりは、復帰完了の合図。
それは、ただ優しい言葉ではない。
試合の中で、戻ったと確認するための言葉。
でも、優しいことにも変わりはない。
レナ。
おかえり、結構強いね。
ユイ。
はい。
想像以上に有効でした。
ミカ。
私、かなり助かりました。
NoName。
良いです。
レナ。
ノー。
NoName。
はい。
レナ。
ノーがミスった時も、戻り言葉決めといた方がよくない?
チャットが止まった。
ミカは画面を見つめた。
ユイも、たぶん同じだ。
NoName。
私は試合に出ません。
レナ。
そういうことじゃない。
ユイ。
NoNameさんにも、戻る意思が必要になる場面はあると思います。
NoName。
ありません。
レナ。
即答するな。
ミカは少し迷った。
でも、打った。
師匠。
NoName。
はい。
ミカ。
もし、師匠が戻れなくなりそうな時は、私たちが言います。
おかえりって。
NoNameは、しばらく返事をしなかった。
長い沈黙だった。
ミカは、少しだけ不安になる。
踏み込みすぎただろうか。
けれど、レナも続いた。
ノーが必要ないって言っても、こっちが必要だと思ったら言う。
ユイ。
戻る場所は、本人が不要だと思っていても、周囲が作ることがあります。
NoNameの返事は、さらに少し遅れた。
そして、短く来た。
わかりました。
レナ。
絶対わかってない。
NoName。
少しは。
ミカ。
少しなんですね。
ユイ。
前進です。
NoName。
今日は解散です。
必ず休んでください。
レナ。
今日は素直に休む。
ユイ。
私も。
ミカ。
私も休みます。
NoName。
良いです。
会話は終わった。
NoNameがオフラインになる。
ユイも、レナも退出する。
ミカは最後に一人、画面を見ていた。
今日のログが残っている。
戻る。
戻ります。
もう一度見ます。
おかえり。
戻る場所だけでは足りない。
戻っていいと言ってくれる人がいること。
戻ったと確認してくれる声があること。
それが、こんなにも強いとは思わなかった。
ミカはノートの最後に書いた。
失敗した私でも、戻っていい。
書いてから、少し恥ずかしくなった。
でも、消さなかった。
本番で必要になる言葉だと思ったから。
その夜。
NoNameは、いつものように一人でログを見返していた。
星野ミカの復帰。
月城ユイの再設計。
黒瀬レナの戻り。
三人とも、良くなっている。
Rogueが戻る意思を折りに来ても、最低限の初動は作れた。
まだ完璧ではない。
だが、間に合う可能性はある。
NoNameはメモ帳を開く。
Crownless復帰訓練。
星野ミカ。
重大ミス後、沈黙。
戻り言葉、もう一度見ます。
効果あり。
次回、撃てなかった後の視線維持を強化。
月城ユイ。
設計ミス後、説明過多傾向。
戻り言葉、戻ります。
再設計へ移行可能。
次回、支援再配置の初手短縮。
黒瀬レナ。
突入ミス後、怒りと自己嫌悪の混在。
戻り言葉、戻る。
復帰後の圧保存良好。
次回、低体力時の待ちを強化。
そこまで書いて、手が止まった。
ログの下の方に、三人の言葉が残っている。
おかえりって言う。
戻る場所を作る。
必要だと思ったら言う。
NoNameは、しばらく画面を見ていた。
自分には関係ない。
そう思おうとした。
だが、完全には思えなかった。
Rogueの言葉が、ふと蘇る。
誰にも見られない場所で勝って、それで満足なのか。
昔は、その問いに苛立った。
今も、少し残っている。
自分は表に出ない。
それでいい。
必要な試合だけをする。
必要な言葉だけを置く。
それでいい。
そのはずだった。
でも、Crownlessの三人は言った。
戻る場所を作ると。
NoNameはメモ帳の一番下に、新しい項目を作った。
NoName。
数秒、何も打てなかった。
自分の名前について、自分で分析を書くのは少し妙だった。
それでも、書いた。
戻り言葉、未定。
そこでまた止まる。
戻る気がない人間に、戻り言葉など必要ない。
そう思った。
けれど、手は勝手に続けていた。
候補。
戻ります。
違う。
自分には少し合わない。
もう一度見ます。
それはミカの言葉だ。
戻る。
レナの言葉。
再接続します。
ユイが最初に選びかけた言葉。
どれも違う。
NoNameは長く考えた。
そして、一行だけ書いた。
確認します。
それが、自分には一番近かった。
感情ではなく。
宣言でもなく。
ただ、もう一度確認する。
盤面を。
相手を。
自分を。
戻るべき場所を。
NoNameは、その行を見つめた。
消そうとして、消さなかった。
保存する。
ファイル名は、前と同じ。
Crownless。
名もなき男は、まだ戻るつもりがない。
けれど、もし戻る必要があるなら。
その時の言葉だけは、ひとつ決まった。
確認します。
それは、彼にとっての小さな戻り言葉だった。




