第十八話 いらない誰かを、作らない
Crownlessの中で、一番いらないのは誰だ?
その動画タイトルを見た瞬間、星野ミカはスマホを伏せた。
見ない。
今は見ない。
そう決めていた。
Rogueの動画は、見るだけでこちらの内側を揺らしてくる。
世界女王。
NoNameの影。
冠なし。
チーム。
今度は、そのさらに奥。
誰が必要で、誰が不要なのか。
そこを殴りに来た。
ミカは深く息を吐いた。
見た後どうするかを決める。
前に七瀬さんに言われた言葉を思い出す。
だから、まずノートを開いた。
動画を見ていない今の初動。
胸がざわつく。
自分がいらないと言われたら怖い。
でも、二人のどちらかがいらないと言われるのも嫌。
証明したくなる。
誰もいらなくない、と言いたくなる。
言葉で否定したくなる。
そこまで書いて、ミカはペンを止めた。
言葉で否定したくなる。
それがもう、Rogueの土俵だ。
Rogueは、否定させたい。
誰もいらなくない。
三人とも必要。
そう言わせたい。
言った瞬間、今度はその言葉を材料にしてくる。
じゃあ、誰かがミスしても必要と言えるのか。
誰かが足を引っ張っても必要と言えるのか。
一番重要な場面で判断が割れても、必要と言えるのか。
Rogueなら、そう返してくる。
ミカはスマホを開かず、ディスコードだけ確認した。
すでに通知が来ている。
レナ。
見た?
ユイ。
タイトルのみ確認しました。
内容はまだ見ていません。
ミカ。
私もタイトルだけです。
NoName。
二十一時に確認します。
それまで動画もコメント欄も開かないでください。
レナ。
開きそうだった。
NoName。
開かないでください。
レナ。
わかってる。
でもタイトルだけでムカつく。
ユイ。
今回の狙いは明確ですね。
比較と序列化です。
ミカ。
誰がいらないか、ってことですよね。
NoName。
はい。
三人の中に順位を作らせる意図があります。
レナ。
一番いらないのはRogueでしょ。
NoName。
その返しは試合では使えません。
レナ。
ここでは使える。
NoName。
ここでは構いません。
ミカは少しだけ笑った。
レナが怒ってくれると、少し楽になる。
自分一人でこのタイトルを見ていたら、もっと深く刺さっていたと思う。
二十一時。
ディスコードに四人が揃った。
Hoshino_Mika
Tsukishiro_Yui
Kurose_Rena
NoName
NoNameが最初に言った。
確認前に、初動を共有してください。
ミカ。
自分がいらないと言われるのも怖いです。
でも、ユイさんやレナさんがいらないと言われるのも嫌です。
誰もいらなくないと、言葉で否定したくなりました。
ユイ。
私は、必要性を論理的に証明したくなりました。
各自の役割、代替困難性、勝利条件への寄与を説明したくなっています。
レナ。
私はムカついた。
誰かをいらないって言うなら、そいつをぶっ飛ばしたい。
あと、自分がいらないって言われるのは普通に嫌。
NoName。
良いです。
三人とも、すでにRogue選手の狙いに触れています。
ユイ。
狙いは、私たちに必要性を証明させることですね。
NoName。
はい。
ミカ。
証明したら駄目なんですよね。
NoName。
駄目ではありません。
ただし、Rogue選手の問いにそのまま答える形になると危険です。
レナ。
誰がいらないかって聞かれて、誰もいらないって答えるのは駄目?
NoName。
悪くはありません。
ですが、それだけでは足りません。
ユイ。
必要、不要という枠組みに乗ってしまうからですか。
NoName。
はい。
ミカはノートに書いた。
必要/不要の枠に乗らない。
NoNameが動画を再生した。
Rogueは、いつもの配信部屋にいた。
今回は笑っていなかった。
いや、笑ってはいる。
だが、いつもより少し静かな笑い方だった。
彼はカメラに向かって言った。
Crownless。
いい名前だ。
冠を置いた三人。
肩書きではなく、名前で立つ三人。
素晴らしい。
本当に素晴らしい。
でも、チームというのは残酷だ。
三人いれば、必ず役割がある。
役割があるなら、価値がある。
価値があるなら、差が出る。
Rogueは指を一本立てた。
ミカがいなければ、射線が足りない。
ユイがいなければ、形にならない。
レナがいなければ、崩せない。
なるほど。
じゃあ逆に聞こう。
誰がミスした時、Crownlessは一番壊れる?
ミカの胸が締めつけられた。
Rogueは続ける。
ミカが撃てなかったら?
Crownlessは火力を失う。
ユイが迷ったら?
Crownlessは形を失う。
レナが待てなかったら?
Crownlessは前線を失う。
どれも痛い。
けれど、一番痛いのは誰だ?
つまり、誰が一番、代わりがいない?
そして、誰なら代わりがいる?
レナがディスコードに打った。
最悪。
ユイ。
かなり直接的ですね。
ミカ。
嫌です。
NoName。
続けて見ます。
Rogueは、画面に三人の過去映像を並べた。
ミカの世界大会決勝。
ユイのレイド指揮。
レナの格闘ゲーム決勝。
そのすべてを、彼は褒めた。
ミカの射線は美しい。
ユイの盤面は精密だ。
レナの圧は凶暴だ。
褒めてから、落とす。
でも、チームではどうかな?
ミカの判断がユイの盤面を壊すかもしれない。
ユイの指示がレナの速度を殺すかもしれない。
レナの突入がミカの射線を無駄にするかもしれない。
三人とも強い。
だが、強いものを三つ並べればチームになるわけじゃない。
Rogueはそこで、少し笑った。
本番で見たいね。
誰が最初に、私はこの二人と組むより、一人の方が強いと思うのか。
ミカは歯を食いしばった。
そんなこと、思わない。
そう言いたい。
でも、それもRogueの狙いだ。
本番中に、もし本当に判断が割れたら?
もしユイの指示で撃てなかったら?
もしレナの突入に射線が間に合わなかったら?
その瞬間、ほんの少しでも思わないと言い切れるか。
一人の方がやりやすい。
自分の判断なら勝てた。
そう思わないと、断言できるか。
Rogueの言葉は、そこを突いていた。
動画の最後、Rogueはカメラに向かって言った。
Crownless。
君たちの中に、いらない人間はいない。
きっと、そう言いたいだろう。
でも本番は、言葉ではなく判断で答える場所だ。
誰を信じるのか。
誰のミスを許すのか。
誰の判断に自分の勝ちを預けるのか。
楽しみにしているよ。
動画はそこで終わった。
ディスコードは静かだった。
ミカはノートにペンを置いたまま、しばらく何も書けなかった。
嫌な動画だった。
Rogueは、誰かを直接いらないと言わなかった。
むしろ、最後にはいらない人間はいないと言った。
その上で、問いだけを置いた。
誰が一番壊すのか。
誰なら代わりがいるのか。
誰の判断に勝ちを預けるのか。
それは、ただの悪口よりずっと嫌だった。
ユイが最初に打った。
初動を更新します。
NoName。
お願いします。
ユイ。
必要性を証明したい、から少し変わりました。
私は、二人に負担をかけたくないと思っています。
私が迷ったらチームが壊れると言われた部分が刺さりました。
ミカ。
私は、自分の判断で二人の形を壊すかもしれないと言われたのが刺さりました。
撃ちたい時に、撃つのが怖くなりそうです。
レナ。
私は、私の突入が二人の邪魔になるってところ。
待てないせいで壊すって言われたのがムカつく。
でも、怖いのもある。
NoName。
良いです。
Rogue選手は、三人に自分の役割を怖がらせようとしています。
ミカは画面を見た。
自分の役割を怖がらせる。
ミカなら撃つことを。
ユイなら組むことを。
レナなら前に出ることを。
それぞれの強みを、チームを壊す原因として見せる。
そうすれば、三人は一歩遅れる。
撃つ前に迷う。
指示する前に迷う。
踏み込む前に迷う。
Rogueは、その遅れを狙う。
ユイ。
対策は、役割の失敗を前提化することでしょうか。
NoName。
はい。
レナ。
失敗前提ってこと?
NoName。
はい。
誰も失敗しない前提ではなく、誰かが失敗しても戻れる形を作ります。
ミカはノートに書いた。
誰かが失敗しても戻れる形。
ユイ。
必要、不要ではなく、欠けた時の復帰設計ですね。
NoName。
はい。
ミカ。
誰かがいらないじゃなくて、誰かが欠けても戻る。
NoName。
そうです。
レナ。
でも、それって結構きつくない?
誰かが落ちる前提ってことでしょ。
NoName。
きついです。
ですが、必要です。
レナ。
出た。
NoName。
Crownlessの強さは、三人全員が揃った時だけでは足りません。
誰かが一瞬崩れた時、残り二人が形を保てる必要があります。
ユイ。
一人が崩れた時に、残り二人がその人を不要にするのではなく、戻る時間を作る。
NoName。
良いです。
ミカはその言葉に、少し救われた気がした。
不要にするのではない。
戻る時間を作る。
誰かがミスしても、その人の価値が下がるわけではない。
その人が戻るまで、残り二人が支える。
そして戻ってきたら、また三人になる。
Crownlessは、そういう形でなければいけない。
NoName。
今日は、欠員想定の練習をします。
レナ。
来た。
ミカ。
きつそうです。
ユイ。
必要ですね。
NoName。
三人のうち一人が、十秒間行動不能になった想定を作ります。
残り二人で盤面を維持してください。
行動不能の人は、復帰後にすぐ戻れる場所を宣言します。
レナ。
私が止まったら、二人で持つってこと?
NoName。
はい。
ミカ。
私が止まったら、射線なしで?
NoName。
はい。
ユイ。
私が止まったら、指示と支援なしで。
NoName。
はい。
三人は黙った。
怖い練習だ。
自分がいない方が回るのではないか。
そう感じる瞬間が来るかもしれない。
でも、やるしかない。
練習ルームが開いた。
相手はRogue型BOT。
今回の条件。
一定時間ごとに、三人のうち一人がランダムで十秒間行動不能になる。
その間、残り二人で維持。
行動不能中のプレイヤーは、復帰後の戻り先だけを宣言できる。
試合開始。
序盤はミカが高所を取り、ユイが中央を作り、レナが地下を圧迫する。
Rogue型BOTが煽る。
誰がいなくても勝てるのかな?
その直後。
最初に行動不能になったのは、ミカだった。
画面が薄く暗転する。
十秒間、移動も射撃もできない。
ミカは息を呑んだ。
射線が消えた。
中央に圧がなくなる。
敵BOTが一気に前へ出る。
ミカは何もできない。
撃てない。
支援できない。
ただ見ているしかない。
胸が苦しくなる。
自分がいないと壊れる。
いや。
壊れないでほしい。
でも、もし壊れなかったら?
自分がいなくても大丈夫だと感じてしまうかもしれない。
嫌な思考がよぎる。
NoName。
戻り先を宣言してください。
ミカははっとした。
そうだ。
自分が不要かどうかを考える時間ではない。
戻る場所を作る時間だ。
ミカ。
復帰後、左高所に戻ります。
二秒後に射線を置けます。
ユイ。
了解。
左高所への導線を残します。
レナ、中央は捨てて右で時間を稼いでください。
レナ。
了解。
十秒持たせる。
レナは中央へ突っ込まなかった。
右側で敵を引きつける。
ユイは中央を完全に守ろうとせず、左高所への戻り道を空けたまま支援を置く。
敵BOTは中央を少し取る。
でも、取り切れない。
ミカの十秒が終わる。
復帰。
左高所へ走る。
戻り道がある。
ユイが残してくれていた。
レナが引きつけてくれていた。
ミカは高所に入り、射線を置く。
敵が下がる。
盤面が戻った。
ミカは息を吐いた。
戻れた。
ユイ。
おかえりなさい。
レナ。
待ってた。
ミカの胸が熱くなった。
たったそれだけの言葉なのに。
自分が必要かどうかではない。
戻る場所があった。
それが嬉しかった。
NoName。
良いです。
星野ミカさんがいない十秒を、二人はミカさんが戻るために使えています。
ミカ。
ありがとうございます。
次に行動不能になったのは、レナだった。
地下入口で圧をかけていたレナのキャラが止まる。
近距離圧が消える。
敵BOTが地下から押し上がってくる。
レナ。
うわ、嫌。
私止まると前がない。
ミカ。
レナさん、戻り先を。
レナ。
右地下入口。
復帰後、相手を押し返す。
ユイ。
了解。
ミカさん、右地下入口へ射線を通せますか?
ミカ。
直接は無理です。
でも、中央奥を撃てば敵を遅らせられます。
ユイ。
お願いします。
私は地下入口に戻れる支援を置きます。
ミカは中央奥へ射線を置く。
敵BOTが地下から上がりにくくなる。
ユイはレナの復帰場所に支援を置く。
レナは動けない。
たぶん、かなり苛立っている。
前に出たい人間が、十秒止まる。
きついはずだ。
レナ。
殴れないの、無理。
ミカ。
戻ったら殴れます。
ユイ。
そのための場所は作っています。
レナ。
……わかった。
十秒後、レナが動けるようになる。
復帰場所にはユイの支援。
ミカの射線で敵は少し遅れている。
レナが踏み込む。
待たされた分の圧が、一気に爆発する。
ただし、暴走ではない。
戻り場所から、決められた角度で押し返す。
敵BOTが崩れる。
レナが一体落とした。
レナ。
戻った!
ミカ。
ナイスです!
ユイ。
良い復帰でした。
NoName。
良いです。
黒瀬レナさんが止まっている間、二人は前線を代替するのではなく、復帰後の圧を保存できています。
レナ。
圧を保存。
ユイ。
いい表現ですね。
レナ。
ちょっと好き。
最後に行動不能になったのは、ユイだった。
その瞬間、三人の空気が一番強く揺れた。
ユイが止まる。
支援が消える。
指示が止まる。
戻れる場所を作る人がいなくなる。
ミカは一瞬、どう動けばいいかわからなくなった。
レナも前に出かけて止まる。
Rogue型BOTがすぐに中央を押してきた。
煽りテキストが流れる。
盤面の女王がいなければ、君たちは迷子だ。
ミカの胸が熱くなる。
違う。
そう言いたい。
でも、今必要なのは反論ではない。
ミカ。
ユイさん、戻り先を。
ユイ。
中央後方。
復帰後、支援を再配置します。
それまで、中央を完全に守らなくていいです。
レナ。
じゃあ、捨てる?
ミカはマップを見る。
中央を守りたい。
でもユイは言った。
完全に守らなくていい。
なら、戻れるように時間を稼ぐ。
ミカ。
中央は半分捨てます。
レナさん、左から圧を出して、敵を中央奥に寄せてください。
レナ。
了解。
ミカは?
ミカ。
私は右高所から中央奥を撃ちます。
倒すんじゃなくて、ユイさんの戻り場所に近づけさせない。
レナ。
わかった。
ミカが撃つ。
レナが圧をかける。
でも、ユイの支援がない。
動きが荒い。
ミカの射線とレナの圧が、少し噛み合わない。
一体取り逃がす。
中央制圧率が上がる。
ミカは焦った。
まずい。
でも、そこでレナが打った。
ミカ、中央全部取らせてもいい。
ユイの場所守る。
ミカははっとした。
そうだ。
中央を守るのではない。
ユイの戻り場所を守る。
ミカは射線を切り替えた。
中央ではなく、中央後方。
ユイが戻る場所。
そこへ敵を入れない。
レナも同じ場所を守る。
十秒。
長い。
ユイが復帰する。
中央後方に戻る。
ミカとレナが残した場所へ。
ユイ。
戻りました。
その一文が来た瞬間、支援スキルが再配置された。
中央は半分失っている。
でも、形は戻る。
ユイはすぐに言った。
中央は今取り返さなくていいです。
相手に取らせたまま、次の資源で逆転します。
ミカ。
了解。
レナ。
了解。
ユイが戻った。
それだけで、盤面が落ち着いた。
ミカは少し泣きそうになった。
ユイが必要だからではない。
いや、必要だ。
もちろん必要だ。
でも、それ以上に。
ユイが戻れる場所を守れたことが嬉しかった。
レナも同じように感じたのかもしれない。
レナ。
ユイ、おかえり。
ユイの返事は少し遅れた。
はい。
戻りました。
NoName。
良いです。
今のが今日一番重要です。
ミカ。
かなり危なかったです。
NoName。
はい。
ですが、二人は月城ユイさんの役割を代替しようとしませんでした。
戻る場所を守りました。
ユイ。
戻る場所があると、復帰が速いですね。
レナ。
ユイいないと、やっぱ怖い。
ユイ。
私も、止まっている間かなり怖かったです。
ミカ。
でも、戻れました。
ユイ。
はい。
戻れました。
試合は、その後も続いた。
何度も誰かが止まった。
ミカが止まる。
レナが止まる。
ユイが止まる。
そのたびに、残り二人が完全に代わりを務めようとすると崩れた。
だが、戻り場所を作ると持ち直した。
必要、不要ではない。
代替できる、できないでもない。
戻れるかどうか。
それがCrownlessの答えだった。
最終局面。
三人は全員、疲れていた。
でも、動きは最初より明らかに良くなっている。
Rogue型BOTが最後の煽りを出す。
誰か一人が欠けたら壊れるチームなんて、本物じゃない。
ミカは即座に打った。
欠けても戻る。
ユイ。
戻る場所を作る。
レナ。
戻ったらまた殴る。
三人の言葉が並ぶ。
NoNameから短く来る。
良いです。
ミカは射線を置いた。
ユイは戻れる場所を作った。
レナは相手を急がせた。
誰かが欠けても、戻る。
戻ったら、また三人になる。
最後は、中央制圧で勝った。
敵全滅ではない。
派手な撃破でもない。
でも、Crownlessらしい勝ちだった。
試合終了。
三人とも、しばらく黙っていた。
疲れた。
かなり疲れた。
だが、悪い疲れではない。
NoName。
今日のまとめです。
ミカはノートを開いた。
一つ。
Rogue選手は、必要、不要の問いを投げてきます。
その問いに乗らないでください。
二つ。
誰かが欠けた時、残り二人は代替を目指さない。
戻る場所を作ってください。
三つ。
行動不能の人は、自分の価値を考えるのではなく、戻り先を宣言してください。
四つ。
戻った人には、短く声をかけてください。
おかえり、戻った、待ってた。
それだけで復帰が速くなります。
五つ。
Crownlessは、誰かがいらないチームではありません。
誰かが欠けても、戻れる場所を作るチームです。
ミカは最後の一文を、何度も見た。
誰かが欠けても、戻れる場所を作るチーム。
それが今日の答えだった。
レナ。
おかえりって、結構効いた。
ユイ。
はい。
私も、戻りやすかったです。
ミカ。
私もです。
待ってたって言われた時、すごく嬉しかった。
NoName。
良いです。
レナ。
ノーはさ。
NoName。
はい。
レナ。
もし私たちがノーに、おかえりって言ったらどうする?
チャットが止まった。
ミカも、ユイも、少し驚いた。
NoNameの返事は、しばらく来なかった。
やがて、短く返る。
戻る場所があるなら、戻ると思います。
ミカは画面を見つめた。
NoNameが、そう言った。
戻る場所があるなら。
それは、少しだけNoName自身のことに触れた言葉のように思えた。
ユイ。
では、必要になった時は作ります。
レナ。
うん。
ノーの戻る場所も。
ミカ。
私も、作りたいです。
NoNameはまた少し黙った。
そして、いつも通りの短い文を返した。
ありがとうございます。
それだけだった。
でも、十分だった。
その夜。
Rogueの動画はさらに伸びた。
Crownlessの中で誰が一番重要か。
誰が一番代わりがいないか。
誰がミスしたら終わるか。
ネットでは、勝手な議論が始まっていた。
ミカがいないと火力不足。
ユイがいないとチーム崩壊。
レナがいないと突破力不足。
いや、一番不安定なのはレナ。
ミカは単独でも強い。
ユイが実質リーダー。
黒瀬レナは噛み合えば強いけどリスク。
そんな言葉が並ぶ。
ミカは、それを少しだけ見た。
そして閉じた。
ノートに書く。
必要、不要ではない。
戻る場所。
それで十分だった。
次にRogueが何を言っても、Crownlessには一つ答えがある。
誰がいらないかではない。
誰かが欠けた時、どう戻すか。
Crownlessは、その練習を始めた。
そして同じ夜。
NoNameは一人、ディスコードの画面を見ていた。
三人のチャットログが残っている。
おかえり。
戻った。
待ってた。
短い言葉。
試合中の復帰を速くするための合図。
ただ、それだけのはずだった。
なのに、なぜか少しだけ画面を閉じるのが遅れた。
レナの言葉が残っている。
もし私たちがノーに、おかえりって言ったらどうする?
NoNameは、しばらく考えた。
戻る場所。
自分には必要ないと思っていた。
大会にも出ない。
配信もしない。
顔も声も出さない。
名前もない。
どこにも属さず、必要な時だけ現れて、必要な試合だけをする。
それでいいと思っていた。
だが、三人は言った。
作ると。
必要になった時は。
NoNameはメモ帳を開いた。
Crownless。
星野ミカ。
月城ユイ。
黒瀬レナ。
三人の課題を書こうとして、手が止まった。
今日は、別の一文だけを書いた。
戻る場所は、勝ち筋になる。
保存せずに閉じようとして、少し迷った。
そして珍しく、保存した。
ファイル名は短い。
Crownless。
名もなき男は、まだ表舞台には出ない。
けれど少しずつ。
彼にも、戻る場所の輪郭が見え始めていた。




