第十七話 冠なしの名前を、彼は笑った
Crownless。
その名前が公式に出た日、ネットは一度大きく揺れた。
星野ミカ。
月城ユイ。
黒瀬レナ。
それぞれ別ジャンルで頂点に立った三人が、同じチーム名の下に並ぶ。
その事実だけで十分に強かった。
だが、Crownlessという名前は、それ以上に意味を持ってしまった。
冠なし。
女王と呼ばれてきた三人が、あえて冠を置く。
肩書きではなく、名前で戦う。
Rogueが投げた、NoNameの影に隠れているという煽りに対する、静かな返答にも見えた。
コメント欄は好意的なものが多かった。
Crownlessかっこいい。
女王って呼ばれてる三人が冠なし名乗るの熱い。
Rogueへの返答じゃん。
三人がちゃんとチームになってる感じある。
NoName関係なく強そう。
いや絶対裏でNoName見てるだろ。
それでもいい。三人の名前で立ってる。
ミカはそれを少しだけ見て、すぐ閉じた。
見た後どうするか決める。
今は、少し嬉しい。
だから、浮かれすぎないようにノートへ書く。
Crownlessは、私たちの名前。
でも、名前に守られすぎない。
その時点では、まだ落ち着いていた。
問題は、その四時間後に来た。
Rogueが新しい動画を出した。
タイトルは、想定よりもずっと嫌なものだった。
Crownlessへ。
冠を置いたなら、次は互いへの遠慮も置いてこい。
ミカは通知を見た瞬間、胸がざわついた。
見ない方がいい。
NoNameにも、コメント欄は見るなと言われている。
七瀬さんにも、動画はチームで確認するまで開かないようにと言われている。
わかっている。
でも、タイトルだけでわかった。
Rogueは、次にチームそのものを殴りに来た。
ディスコードには、すでに通知が入っていた。
レナ。
来た。
動画、見た?
ユイ。
タイトルだけ確認しました。
内容はまだ見ていません。
ミカ。
私もタイトルだけです。
NoName。
三人だけで見ないでください。
二十一時に一緒に確認します。
レナ。
もう見そうになった。
NoName。
見ないでください。
レナ。
わかってる。
ムカつくけど見ない。
ユイ。
タイトルからして、今回は私たちの連携や関係性を狙ってくると思います。
NoName。
はい。
ミカ。
チームを壊しに来る?
NoName。
おそらく。
その一文で、ミカの胸が少し冷えた。
チームを壊す。
Crownlessは、まだできたばかりの名前だ。
三人は確かに近づいた。
互いの弱点を見た。
普通の部分も少し知った。
呼び方も決めた。
役割も固めた。
でも、長年一緒に戦ってきたチームではない。
歴史は浅い。
信頼も、まだ積み上げ始めたばかり。
Rogueは、そこを狙っている。
二十一時。
ディスコードに四人が揃った。
Hoshino_Mika
Tsukishiro_Yui
Kurose_Rena
NoName
ユイが最初に言った。
動画を確認する前に、前提を共有します。
Rogue選手は、おそらく私たち三人の関係性に疑問を投げてきます。
レナ。
仲良しごっこ、とか?
ユイ。
あり得ます。
ミカ。
NoNameさんに集められただけ、とか。
NoName。
それもあり得ます。
レナ。
ムカつく準備できた。
NoName。
怒る準備ではなく、怒った後の処理を準備してください。
レナ。
はいはい。
ユイ。
レナさん、今のはいはいは少し危険です。
レナ。
バレた。
ミカは少しだけ笑った。
ユイはもう、レナの通常状態と危険状態をかなり見分けられるようになっている。
それが少し心強い。
NoNameが動画リンクを開いた。
画面共有が始まる。
Rogueは、いつもの配信部屋にいた。
派手な照明。
スポンサーのロゴ。
薄く笑った表情。
彼はカメラに向かって、ゆっくり拍手をした。
Crownless。
いい名前だ。
本当にいい名前だよ。
女王たちが冠を置いた。
肩書きではなく、自分の名前で戦う。
美しい物語だ。
Rogueはそこで一度、笑った。
でも、物語が美しい時ほど、疑った方がいい。
ミカは指を握った。
来る。
Rogueは続けた。
星野ミカ。
君はFPS/TPSの世界女王だ。
前に出て、撃って、最後を決める。
月城ユイ。
君は盤面の女王だ。
全体を見て、支えて、正しい形を作る。
黒瀬レナ。
君は格闘ゲームの女王だ。
相手の心を殴って、近距離で壊す。
素晴らしい。
でも、その三人が本当にチームになれるのか?
ミカは、胸の奥に小さな針が刺さる感覚を覚えた。
Rogueの声は軽い。
でも、言葉は鋭い。
Rogueは指を一本立てる。
ミカは、最後を自分で決めたい。
ユイは、全員を正しい場所に置きたい。
レナは、待つより先に壊しに行きたい。
さて。
その三人が、同じ試合で崩れた時、誰が誰に譲る?
ミカは黙った。
その問いは、嫌だった。
誰が誰に譲るのか。
それは、まだ完全には決まっていない。
Rogueは楽しそうに続ける。
ミカが撃ちたい時、ユイが待てと言ったら?
レナが突っ込みたい時、ミカの射線がまだ準備できていなかったら?
ユイが盤面を作っている間に、レナが壊した方が早いと判断したら?
それでも君たちは、仲間を信じるのか?
それとも、世界女王としての自分を信じるのか?
レナがディスコードに短く打った。
嫌なこと言う。
ユイ。
記録します。
これは試合中にも来る可能性があります。
Rogueはさらに続けた。
Crownless。
冠なし。
でも本当に冠を置けるのか?
世界女王として積み上げた自分を。
自分の勝ち方を。
自分が一番正しいと思ってきた判断を。
本番で捨てられるのか?
それとも、結局こうなるのかな。
ミカが撃ちたがる。
ユイが止めたがる。
レナが壊したがる。
そしてNoNameは画面の向こうで、また言うんだろう。
良いです。
Rogueは、NoNameの言葉を真似るように、わざと平坦に言った。
良いです。
ミカの胸が、かっと熱くなった。
レナがすぐに打った。
今のムカつく。
ユイ。
同意します。
ミカ。
私もです。
NoNameは何も言わなかった。
Rogueは笑う。
見ているなら、NoName。
君が作ったチームが、本当に君なしで立てるのか見せてもらおう。
いや。
君が作ったんじゃないと言うなら、なおさら楽しみだ。
Crownless。
冠を置いた女王たち。
次は、誰が最初に自分の冠を拾い直すのか。
QUEENS' CROSS BATTLEで会おう。
動画はそこで終わった。
しばらく誰も打たなかった。
ミカは画面を見つめたまま、ゆっくり息を吐いた。
胸が熱い。
腹が立つ。
でも、前回とは違う。
Rogueの言葉が、どこを狙っているか少し見える。
肩書き。
自分の勝ち方。
チームの浅さ。
NoNameの評価。
それらをまとめて、三人の間に挟もうとしている。
ユイが最初に打った。
初動を共有しましょう。
ミカは頷いた。
私は、撃って証明したくなりました。
私が自分勝手に撃つわけじゃないって。
チームの中でもちゃんと撃てるって。
レナ。
私は、突っ込んでも勝てるって証明したくなった。
待てないだけじゃないって。
ユイ。
私は、私の指示が三人を縛るものではないと証明したくなりました。
また、Rogue選手の言葉を論理的に否定したくなっています。
NoName。
良いです。
三人とも、同じ方向に動かされています。
レナ。
同じ方向?
NoName。
自分の正しさを証明したい方向です。
三人は黙った。
ミカはノートに書いた。
自分の正しさを証明したくなる。
Rogueは、三人それぞれに違う言葉を投げているようで、根は同じだ。
自分はチームの中でも正しい。
そう証明したくなる。
その瞬間、チームではなく、自分が中心になる。
ユイ。
対策は、証明しないことですね。
NoName。
はい。
レナ。
また証明しないシリーズ。
ミカ。
でも、今回はかなり難しいです。
NoName。
難しいです。
なので、先に決めます。
NoNameが資料を共有した。
タイトルは短い。
Crownless内ルール。
一、意見が割れた時、最初に理由を一語で出す。
二、迷った時の最終判断者を状況別に決める。
三、誰かが自分の正しさを証明したくなったら、他の二人が役割へ戻す。
四、NoNameの評価を試合中に求めない。
五、勝った後、誰の判断が正しかったかではなく、何が噛み合ったかを見る。
レナ。
四つ目、刺さる。
ミカ。
刺さります。
ユイ。
私もです。
NoName。
必要です。
ミカは四つ目を見た。
NoNameの評価を試合中に求めない。
これは、大事だ。
試合中、ノーならどう見るか。
ノーに褒められるか。
ノーに良いですと言われるか。
それを考えた瞬間、判断がずれる。
Rogueはそこを突いてくる。
NoNameを中心にしすぎない。
何度も言われてきたことだ。
NoName。
状況別の最終判断者を決めます。
ユイ。
射線絡みはミカさん。
NoName。
はい。
ミカ。
資源と制圧切り替えはユイさん。
NoName。
はい。
レナ。
近距離で崩すか待つかは私?
NoName。
はい。
ただし、レナさんが感情で前に出ていると判断した場合は、ミカさんかユイさんが止めてください。
レナ。
そこは信用ない。
ユイ。
信用がないというより、役割分担です。
ミカ。
私も撃ちたい時、止めてください。
ユイ。
もちろんです。
レナ。
もちろんって言い方、ちょっと怖い。
ユイ。
必要であれば止めます。
レナ。
もっと怖い。
ミカは少し笑った。
でも、それでいい。
止めてもらえるなら、前に出られる。
拾ってもらえるなら、撃ちたい自分も使える。
NoName。
意見が割れた時の一語理由を決めます。
ミカ。
一語理由?
NoName。
長く説明すると遅れます。
まず一語で、なぜその判断をするのか伝えてください。
ユイ。
例えば、射線、資源、近距離、復帰、時間、誘導、罠、などですね。
NoName。
はい。
ミカ。
撃ちたい、は駄目ですか?
NoName。
駄目ではありません。
ただし、その後に役割へ変換してください。
レナ。
殴りたい、もあり?
NoName。
ありです。
ただし、変換してください。
ユイ。
綺麗に取りたい、は。
NoName。
長いです。
ユイ。
では、整えたい。
NoName。
それで。
レナ。
ユイの整えたい、危険ワードっぽい。
ミカ。
私の撃ちたいも。
レナ。
私の殴りたいもね。
三人は、それぞれ危険ワードを登録した。
撃ちたい。
整えたい。
殴りたい。
それは、三人の欲そのものだった。
でも、隠さない。
試合中に出たら、すぐ役割へ変換する。
撃ちたい。
なら、射線で動かす。
整えたい。
なら、戻れる場所を作る。
殴りたい。
なら、相手の判断を急がせる。
NoName。
良いです。
では、軽く実戦します。
レナ。
軽く?
ミカ。
今日は軽くじゃなさそうです。
ユイ。
十六話の軽めとは違いますね。
NoName。
短くします。
三人はもう、完全には信じなかった。
練習ルームが開く。
今回はNoNameは観察役。
相手はRogue型BOTチーム。
煽りテキストは、先ほどの動画内容をもとに調整されている。
試合開始。
序盤。
ミカは高所で射線を置く。
ユイは中央後方に戻れる場所を作る。
レナは地下入口で相手を急がせる。
最初は悪くない。
しかし、Rogue型BOTがすぐに仕掛けてきた。
Crownless。
誰がリーダーなんだ?
三人とも自分が正しい顔をしているけど。
ミカの指が少し硬くなる。
ユイの支援位置が、少し中央へ寄りすぎる。
レナが前に出かける。
三人同時に動かされた。
ミカが先に打った。
撃ちたい。
ユイ。
整えたい。
レナ。
殴りたい。
三つの危険ワードが並んだ。
NoName。
変換してください。
ミカ。
射線で誘導します。
ユイ。
戻れる場所を作ります。
レナ。
相手を急がせます。
三人は動いた。
ミカはRogue型BOT本体へ直接撃たず、左通路を切る。
ユイは中央を完全に取ろうとせず、半分だけ空けて戻り地点を作る。
レナは前に出るが、攻撃しない。
相手BOTが、誰を狙うか迷う。
その一瞬を、ミカが撃った。
一体落とす。
悪くない。
NoName。
良いです。
ただし、変換に二秒遅れています。
レナ。
厳しい。
NoName。
本番では二秒で崩れます。
ユイ。
短縮します。
ミカ。
はい。
次の展開。
Rogue型BOTが資源端末を狙う。
ユイは資源を守りたい。
ミカは中央射線を維持したい。
レナは地下から崩したい。
意見が割れる。
ユイ。
資源。
ミカ。
射線。
レナ。
近距離。
一語理由が並ぶ。
ユイが続ける。
資源を捨てると次の環境変化で不利です。
ミカ。
射線維持なら資源へ行く敵を動かせます。
レナ。
近距離で一体落とせる。
NoName。
最終判断者。
ユイ。
資源絡みなので私です。
資源は一度捨てます。
ミカさんの射線で動かし、レナさんが一体落としてください。
ミカ。
了解。
レナ。
了解。
ユイは、自分が最初に守りたかった資源を捨てた。
自分の正しさを証明しない。
状況を見て、役割で決める。
ミカは射線を通す。
敵が動く。
レナが落とす。
資源は失った。
でも一体落とした。
次の盤面で取り返せる。
NoName。
良い判断です。
ユイ。
ありがとうございます。
レナ。
資源捨てるの、ユイ的に嫌だった?
ユイ。
嫌でした。
ですが、必要でした。
ミカ。
今のユイさん、強かったです。
ユイの返事が少し遅れた。
ありがとうございます。
かなり嬉しいです。
レナ。
素直。
ミカ。
かわいいです。
ユイ。
かわいいは想定外です。
NoName。
試合中です。
三人は、ほぼ同時に姿勢を正した気がした。
レナ。
ノーに怒られた。
NoName。
注意です。
ミカ。
はい。
その後も、練習は続いた。
Crownlessの弱点は、まだ多い。
三人とも判断が速い分、意見が割れると一瞬の圧が強い。
ミカの射線が正しすぎて、ユイの盤面を一時的に邪魔することがある。
ユイの支援位置が丁寧すぎて、レナが入りたいタイミングを逃すことがある。
レナの圧が強すぎて、ミカの狙撃タイミングが早まることがある。
それでも、以前より良かった。
誰が悪いではなく。
何が噛み合っていないかを見る。
Rogue型BOTが煽ってくる。
お前たち、誰が主役なんだ?
ミカ。
役割。
ユイ。
噛み合わせ。
レナ。
勝つ。
三人は、肩書きへ戻らない。
名前へ戻る。
役割へ戻る。
Crownlessへ戻る。
試合は、二十分で終わった。
勝利。
ただし、かなり危ない勝利だった。
NoName。
今日はここまでです。
レナ。
ほんとに短めだった。
ユイ。
二十分。
許容範囲です。
ミカ。
ユイさん、記録係になってる。
NoName。
今日のまとめです。
一つ。
Rogue選手は、Crownlessの誰が正しいかを争わせようとします。
二つ。
正しさではなく、役割へ戻ってください。
三つ。
危険ワードを出せたのは良いです。
撃ちたい、整えたい、殴りたい。
次は変換を速くしてください。
四つ。
最終判断者を決めた場面は良かったです。
ただし、判断後の納得を速くしてください。
五つ。
チーム名は守るものではなく、戻る場所です。
ミカは最後の一文で手を止めた。
チーム名は守るものではなく、戻る場所。
Crownless。
それは、Rogueに殴られた時に守る看板ではない。
三人が迷った時、肩書きではなく名前へ戻るための場所。
ミカ。
ユイ。
レナ。
冠なし。
だからこそ、並べる。
ミカはノートに大きく書いた。
Crownlessは、戻る場所。
レナ。
ノー。
NoName。
はい。
レナ。
Crownless、悪くないね。
NoName。
はい。
良いチーム名です。
ミカ。
レナさん、また照れてます?
レナ。
照れてない。
ユイ。
今回は少し長めの間がありました。
NoName。
ありました。
レナ。
ノーまで言うな!
空気が軽くなった。
でも、練習の重さは残っている。
Rogueは、次もきっとチームを殴ってくる。
誰が正しいのか。
誰が主役なのか。
誰がNoNameに近いのか。
誰が一番強いのか。
そうやって三人を分けに来る。
だが、今日一つだけ決まった。
正しさではなく、役割へ戻る。
肩書きではなく、名前へ戻る。
ミカはディスコードを閉じる前に、三人の名前を見た。
Hoshino_Mika
Tsukishiro_Yui
Kurose_Rena
NoName
試合中は、ミカ、ユイ、レナ、ノー。
それでいい。
その夜。
Rogueは、自分の動画の反応を眺めていた。
Crownlessの名前は、さらに広がっている。
好意的なコメントも多い。
三人を応援する声も増えた。
Rogueはそれを見て、笑った。
いい。
応援が増えるほど、崩れた時に面白い。
彼は次の動画台本を開いた。
タイトル。
Crownlessの中で、一番いらないのは誰だ?
Rogueは、それを書いてから少し考えた。
直接的すぎる。
だが、効く。
チームを壊すには、まず比較させればいい。
ミカがいなければ火力が足りない。
ユイがいなければ形にならない。
レナがいなければ突破できない。
では、逆に。
誰がミスした時、一番チームが壊れるのか?
Rogueは笑った。
冠を置いた?
なら次は、席を奪い合え。
彼は投稿予約ボタンに指を置いた。
本番前の火種は、まだ尽きない。
Crownlessが戻る場所なら。
その戻る場所そのものに、ひびを入れてやればいい。
Rogueは静かにクリックした。
次の挑発が、公開された。




