第十六話 女王たちは、冠を置いて並び立つ
翌日。
QUEENS' CROSS BATTLEの公式告知は、さらに大きく広がっていた。
星野ミカ。
月城ユイ。
黒瀬レナ。
三人の名前は、どのまとめサイトでも大きく扱われている。
FPS/TPSの世界女王。
MMOと戦略ゲームの盤面女王。
格闘ゲームの闘争女王。
そして、必ずと言っていいほど、その下にNoNameの名前が付け足された。
世界女王たちの師匠。
正体不明の男。
表に出ない最強。
三人を育てた存在。
本当に実在するのか。
Rogueが暴くのか。
ミカはその見出しを見て、スマホを伏せた。
見ない方がいい。
そうわかっているのに、少しだけ見てしまった。
Rogueの動画以降、空気は明らかに変わっている。
ただの興味ではなくなった。
煽り。
疑念。
期待。
勝手な物語。
その全部が、三人の周りを回り始めている。
ミカはノートを開いた。
昨日書いた言葉がある。
肩書きではなく、人を見る。
Rogueは肩書きを殴る。
私たちは、互いの普通を拾う。
そう書いたのに。
スマホの中の言葉に、また少し動かされている。
世界女王。
師匠の弟子。
NoNameの影。
何度見ても、胸がざわつく。
七瀬さんが後ろから声をかけた。
また見ちゃった?
ミカは素直に頷いた。
はい。
見るなって言われたよね?
言われました。
でも見た?
見ました。
七瀬さんはため息をついた。
まあ、気になるよね。
怒らないんですか?
怒るより先に、見た後どうするか決めよう。
見ちゃったものは消えないから。
ミカは少し驚いた。
NoNameの言葉に似ている。
感情を消すのではなく、見て使う。
七瀬さんは、ゲームのことは詳しくない。
でも、ミカを長く見てきた。
だから、別の角度から同じ場所を突いてくる。
ミカはノートに書いた。
見た後どうするかを決める。
七瀬さんが苦笑する。
またメモ?
はい。使えそうなので。
ほんと、最近ノート増えたね。
ミカは少し笑った。
全部、師匠と二人のおかげです。
その日の二十一時。
ディスコードに四人が揃った。
Hoshino_Mika
Tsukishiro_Yui
Kurose_Rena
NoName
レナが最初に打った。
Rogueの動画、まだ伸びてる。
ユイ。
見ましたか?
レナ。
見てない。
マネージャーが伸びてるって言ってた。
ミカ。
私、少し見ちゃいました。
レナ。
見たんだ。
ミカ。
はい。
見た後どうするか決めます。
ユイ。
良いですね。
完全に見ないことより、見た時の処理を決める方が現実的です。
NoName。
良いです。
ミカは少しだけ嬉しくなった。
昨日までなら、見てしまったことを悪いことだと思っていたかもしれない。
でも今日は違う。
見た。
動かされた。
では、どう使うか。
そこへ戻れる。
NoName。
今日から、Rogue戦に向けて本格的なチーム練習に入ります。
レナ。
来た。
ユイ。
まずルール確認でしょうか。
NoName。
はい。
NoNameが資料を共有した。
QUEENS' CROSS BATTLE特別ルール、暫定版。
形式は三対三の混合チーム戦。
マップは複合型アリーナ。
射撃による制圧。
資源端末の確保。
近距離エリアの制圧。
支援スキルによる補助。
一定時間ごとの環境変化。
勝利条件は三つ。
一つ、敵チーム全滅。
二つ、中央制圧率を一定値まで上げる。
三つ、資源端末を三回連続で確保し、戦術ポイントを最大にする。
ミカは画面を見ながら、少し唸った。
かなり複雑ですね。
ユイ。
三人の得意分野がかなり分散されています。
ミカさんは射線制圧。
レナさんは近距離制圧。
私は資源と支援管理。
役割自体は自然です。
レナ。
で、Rogueはどこで来る?
NoName。
全部です。
レナ。
嫌な答え。
NoName。
Rogue選手は、特定の勝利条件に固定しません。
相手が何を守りたいかを見て、その守りたいものを変えます。
ユイ。
三つの勝利条件を切り替えながら、こちらの判断を遅らせるタイプですね。
NoName。
はい。
ミカ。
じゃあ、私たちも勝ち筋を固定しない方がいい?
NoName。
はい。
ただし、固定しないことと、曖昧にすることは違います。
ミカはノートを開く。
固定しない。
曖昧にしない。
ユイがすぐに続けた。
複数の勝ち筋を持ちながら、各時点での優先順位は明確にする必要があります。
NoName。
そうです。
レナ。
難しい言葉来た。
ミカ。
つまり、その時その時で狙いははっきりするけど、一つにこだわらない?
NoName。
はい。
レナ。
それならわかる。
NoName。
今日は、三人の基本役割を決めます。
レナ。
私は殴る。
NoName。
違います。
レナ。
早い。
ミカ。
私は撃つ、も違いますか?
NoName。
違います。
ユイ。
私は盤面管理、もおそらく違いますね。
NoName。
近いですが、まだ広すぎます。
三人が黙った。
NoNameは資料の次ページを表示した。
星野ミカ。
役割、圧の提示と射線による選択肢の削減。
月城ユイ。
役割、勝利条件の切り替え管理と復帰点の設計。
黒瀬レナ。
役割、相手の判断を急がせる近距離圧と失敗の回収。
レナ。
殴るじゃん。
NoName。
殴るだけではありません。
レナ。
だいたい殴るじゃん。
ユイ。
でも、失敗の回収という部分が重要ですね。
ミカ。
レナさんがただ突っ込むんじゃなくて、相手に急がせる役?
NoName。
はい。
レナは少し黙った。
それから打った。
悪くない。
ミカは自分の役割を見る。
圧の提示と射線による選択肢の削減。
撃って倒すではない。
射線で相手の選択肢を減らす。
撃ちたい自分を、相手に見せる。
でも必ずしも撃たない。
今まで何度も言われてきたことが、役割として言葉になっている。
ミカ。
私は、倒す役ではないんですね。
NoName。
倒せる時は倒します。
ですが、第一役割は倒すことではありません。
ミカ。
少し寂しいです。
レナ。
正直。
NoName。
その寂しさは使えます。
ミカ。
何でも使いますね。
NoName。
使えます。
ユイ。
私は、復帰点の設計ですか。
NoName。
はい。
月城ユイさんは、勝つ形を作るのが上手いです。
ですが今回は、三人が崩された時に戻れる場所を作る役割が重要です。
ユイ。
勝ち筋だけでなく、崩れた後の再接続地点を作る。
NoName。
はい。
ユイは少し長く沈黙した。
おそらく、かなり考えている。
そして返した。
わかりました。
私が作るのは、完成形ではなく、戻れる未完成ですね。
NoName。
良いです。
レナ。
戻れる未完成。
かっこいいけど難しい。
ミカ。
でも、ユイさんっぽいです。
ユイ。
私っぽいでしょうか。
ミカ。
はい。
綺麗に完成させたいけど、最近は崩れても戻れる形を作ろうとしてる感じがします。
ユイの返事は少し遅れた。
ありがとうございます。
少し嬉しいです。
レナ。
ユイが素直に嬉しいって言った。
ユイ。
言いました。
レナ。
成長してる。
ユイ。
何の成長でしょうか。
ミカは笑った。
こういうやり取りも、少し前ならなかった。
NoNameが言った、通常状態を知るという意味が少しわかる。
ユイが嬉しい時。
レナが照れる時。
自分が褒められて慌てる時。
そういう普通を知っていると、試合中の異常にも気づきやすい。
NoName。
次に、三人の呼称を決めてください。
レナ。
呼称?
NoName。
試合中に、世界女王、盤面、格闘などの肩書きで呼ばれると、Rogue選手の煽りと混ざります。
チーム内で使う短い呼称を決めた方がいいです。
ミカは目を開いた。
たしかに。
試合中に世界女王と言われるだけで、少し反応してしまうかもしれない。
肩書きを外す。
そのために、呼び方を決める。
レナ。
普通に名前でいいじゃん。
ミカ、ユイ、レナ。
ユイ。
それが一番自然だと思います。
ミカ。
私もそれがいいです。
NoName。
良いです。
レナ。
NoNameは?
NoName。
私は試合に出ません。
レナ。
練習中。
NoName。
NoNameで構いません。
レナ。
長い。
ミカ。
師匠は?
NoName。
試合中は避けた方がいいです。
Rogue選手の煽りと結びつきます。
ミカは少しだけ寂しくなった。
でも、わかる。
師匠。
その呼び方は、ミカにとって大事だ。
でも試合中は、そこを突かれる。
なら、外す必要がある。
ユイ。
ノー、はどうでしょう。
レナ。
ノー?
ユイ。
NoNameのNoです。短く呼べます。
ミカ。
ノーさん?
レナ。
なんか否定してるみたい。
NoName。
呼びやすければ何でも構いません。
レナ。
じゃあノーでいい。
短いし。
ミカは少し迷った。
師匠ではなく、ノー。
距離が変わる気がする。
でも、試合中は必要だ。
ミカ。
私も、ノーで大丈夫です。
ユイ。
では、練習中はノーで。
NoName。
了解しました。
その瞬間、少しだけ空気が変わった。
NoNameが、NoNameではなくなったわけではない。
でも、三人の中で、試合用の位置に移動した。
特別な師匠ではなく、練習中に情報をくれる存在。
ノー。
ミカはノートに書いた。
試合中、師匠ではなくノー。
少し寂しい。
その横に、さらに書く。
寂しさも情報。
NoName。
では、実戦に入ります。
今日は短く、基本連携だけ確認します。
レナ。
軽めじゃなくなってきた。
NoName。
短いです。
ユイ。
本当に短いか、記録しておきます。
NoName。
お願いします。
レナ。
ユイが監視役になった。
練習ルームが開く。
今回はNoNameは対戦相手ではなく、観察役に回った。
三人対高難度BOTチーム。
Rogue役はいない。
煽りもない。
ただ、役割確認だけ。
ミカは高所へ走る。
レナは地下入口へ。
ユイは中央後方。
いつもの形に近い。
だが、今日は呼び方を変える。
ユイ。
ミカ、左高所に圧を置いてください。
倒さなくて大丈夫です。
ミカ。
了解。
名前で呼ばれた。
たったそれだけなのに、少し近く感じる。
ミカは左高所に射線を置く。
敵BOTが顔を出せなくなる。
ミカは撃たない。
圧だけを置く。
レナ。
ユイ、右の戻り場所ちょうだい。
ユイ。
置きます。
レナ、三秒後に入れます。
レナ。
了解。
レナが地下から出る。
近距離圧をかける。
敵BOTが慌てて後退。
その退路に、ミカの射線。
ミカは一発だけ撃つ。
倒し切らない。
BOTが中央へ逃げる。
ユイの支援が待っている。
捕まえた。
レナが叩く。
一体落ちる。
NoName改めノーからメッセージが来た。
良いです。
レナ。
ノー、今の良かった?
NoName。
はい。
ミカは少しだけ反応した。
レナがノーと呼んだ。
NoNameは普通に返した。
なんだか変な感じだ。
でも、悪くない。
ミカも試しに打った。
ノー、今の私の射線は置きすぎでしたか?
NoName。
少し長いです。
圧を置いた後、二秒早く中央へ意識を戻してください。
ミカ。
了解。
師匠と呼ばない。
それだけで、少し冷静に聞ける気がした。
NoNameに褒められたい、ではなく。
ノーから情報を受け取る。
その感覚。
ユイ。
ノー、次の資源端末は捨てて中央維持でいいですか?
NoName。
はい。
ただし、捨てる意思を相手に見せないでください。
ユイ。
了解です。
レナ。
ノー、私今入りたい。
NoName。
まだです。
レナ。
わかった。
ミカは驚いた。
レナが素直に待った。
ノーという呼び方が、少しだけ効いているのかもしれない。
NoNameを中心にしすぎない。
その訓練が、呼称一つで少し進んだ。
短い練習は、三十分で終わった。
本当に短かった。
ユイがすぐに打った。
三十分です。
今日は本当に短めでした。
NoName。
はい。
レナ。
やればできるじゃん。
NoName。
できます。
ミカ。
少し疑ってすみませんでした。
NoName。
過去の傾向から妥当です。
ユイ。
それはそうですね。
レナ。
本人も認めた。
練習結果は悪くなかった。
ミカは倒すのではなく、圧を置く感覚を少し掴んだ。
ユイは完成形ではなく、戻れる場所を作ることを意識した。
レナは突っ込むのではなく、相手を急がせる圧を置いた。
そして三人は、名前で呼び合った。
ミカ。
ユイ。
レナ。
ノー。
肩書きではなく。
役割だけでもなく。
人として、チームとして。
NoName。
今日のまとめです。
ミカはノートを構えた。
一つ。
三人は試合中、名前で呼び合ってください。
二つ。
肩書きはRogue選手に利用されます。
自分たちでは使わないでください。
三つ。
星野ミカさんは、倒す射線ではなく動かす射線を増やすこと。
四つ。
月城ユイさんは、完成形ではなく戻れる未完成を作ること。
五つ。
黒瀬レナさんは、突入役ではなく相手の判断を急がせる役として動くこと。
ミカは一つずつ書く。
動かす射線。
戻れる未完成。
判断を急がせる圧。
この三つが、今のチームの形。
NoName。
チームとしての仮名も決めてください。
三人が止まった。
ミカ。
チーム名ですか?
NoName。
はい。
公式上は混合チーム名が必要になります。
レナ。
女王なんとかは嫌。
ユイ。
同意します。
Rogue選手の煽りと接続されやすいです。
ミカ。
NoName関係も避けたいですね。
NoName。
はい。
レナ。
じゃあ、冠なし。
ミカ。
冠なし?
レナ。
女王とか言われてるけど、チームでは冠置くって意味で。
ユイ。
Crownless。
ミカ。
クラウンレス。
レナ。
いいじゃん。
ミカは心の中で繰り返した。
Crownless。
冠なし。
女王たちが、冠を置いて並ぶ。
肩書きではなく、名前で戦う。
悪くない。
むしろ、かなり好きだった。
ミカ。
私は好きです。
ユイ。
私も良いと思います。
肩書きを外す意図にも合っています。
レナ。
決まり?
NoName。
良いと思います。
ミカは少し笑った。
NoNameの良いと思いますは、ほぼ採用だ。
チーム仮名。
Crownless。
冠を置いた女王たち。
いや、女王という言葉すら、今はいらない。
ミカ。
ユイ。
レナ。
三人で立つための名前。
その時、七瀬さんからミカに連絡が来た。
公式側から、チーム名の確認が来てる。
決まりそう?
ミカは返信した。
Crownlessでお願いします。
七瀬さんからすぐに返ってきた。
いい名前。
誰が考えたの?
ミカは少し笑った。
レナさんです。
七瀬さん。
意外。
ミカはディスコードに戻る。
レナ。
何笑ってるの。
ミカ。
七瀬さんが、いい名前って。
レナさんが考えたって言ったら意外って言われました。
レナ。
失礼じゃない?
ユイ。
少しだけ。
NoName。
良い名前です。
レナの返事は少し遅れた。
……ならいい。
ミカ。
今、照れました?
レナ。
照れてない。
ユイ。
少し間がありました。
NoName。
ありました。
レナ。
全員で見るな!
その日の練習は、本当に軽く終わった。
でも、得たものは大きかった。
役割。
呼び方。
チーム名。
Crownless。
三人は、女王という冠を一度置いた。
Rogueが肩書きで殴ってくるなら、肩書きではなく名前で立つ。
それが今日の答えだった。
翌朝。
公式アカウントが、新しい告知を投稿した。
QUEENS' CROSS BATTLE
出場チーム発表。
Crownless
星野ミカ
月城ユイ
黒瀬レナ
冠を持つ三人が、冠を置いて挑む混合戦。
投稿から数分で、コメント欄は沸いた。
Crownlessかっこいい
女王なのに冠なし
NoName関係ない名前にしたの良い
いや絶対NoNameが裏にいるだろ
Rogueへの返答っぽい
三人が並ぶの熱い
これ本当にチームじゃん
ミカはコメント欄を少しだけ見た。
今度は、すぐに閉じた。
見た後どうするか決める。
今回は、ノートに一行だけ書いた。
Crownlessは、私たちの名前。
その頃。
Rogueもまた、その告知を見ていた。
彼は配信部屋で、にやりと笑う。
冠なし?
面白いじゃないか。
彼は新しい動画のタイトル案を開いた。
Crownlessへ。
冠を置いたなら、次は影も置いてこい。
Rogueは笑った。
三人は、肩書きを外そうとしている。
なら次は、別のものを殴ればいい。
名前。
関係。
信頼。
そして、NoName。
Rogueは、まだNoNameを諦めていなかった。
むしろ、Crownlessという名前を見て確信した。
三人の中心には、やはりあの男がいる。
なら、舞台の上で引きずり出す。
女王たちを壊せば、NoNameは出てくるのか。
それとも、最後まで隠れているのか。
どちらでもいい。
数字になる。
Rogueは画面に向かって笑った。
さあ、冠なしの女王たち。
君たちは、どこまで自分の名前で立てる?
その挑発は、まだ投稿されていない。
けれど、火種はもう準備されていた。
Crownless。
三人の女王が冠を置いて並び立った日。
Rogueは、次に殴る場所を決めた。
冠ではなく。
影でもなく。
三人がようやく作り始めた、チームそのものを。




