第十三話 その言葉に、撃つな
Rogue対策の実戦訓練は、最悪な形で始まった。
いや、最悪に見えるよう、NoNameがそう組んだ。
星野ミカは画面の前で、思わず眉をひそめた。
また師匠、嫌なこと考えてる。
ディスコードには四人が揃っている。
Hoshino_Mika
Tsukishiro_Yui
Kurose_Rena
NoName
NoNameが共有した練習用ルームには、通常のBOTとは別に、特殊な音声チャット風テキストが流れる設定が入っていた。
疑似Rogue。
NoNameがRogueの過去発言、試合中の煽り方、相手を揺らすタイミングをもとに作った訓練用の疑似人格らしい。
レナは、その説明を聞いた瞬間に言った。
性格悪いもの作ったね。
NoName。
必要なので。
レナ。
それ言えば何でも許されると思ってる?
NoName。
少し。
ユイ。
また少し冗談ですね。
ミカ。
最近ちょっと増えてません?
NoName。
気のせいです。
レナ。
逃げた。
ミカは少し笑った。
笑えるだけ、昨日よりは落ち着いている。
だが、画面に表示された訓練内容を見た瞬間、その余裕は少し消えた。
訓練内容。
一、疑似Rogueは、三人それぞれに対して事前に設定した嫌な言葉を投げる。
二、言われた本人は、最初に出そうになった行動を宣言する。
三、残り二人は、その行動を拾うための盤面を作る。
四、感情を否定しない。
五、言葉で反論しない。
六、試合の中で処理する。
ミカは息を吐いた。
これ、きついですね。
NoName。
きついです。
ユイ。
必要なのは理解しています。
レナ。
私は嫌。
NoName。
嫌でもやりますか。
レナ。
やる。
即答だった。
レナらしい。
ミカも、キーボードに指を置く。
やるしかない。
Rogueは強い。
ただの煽り屋ではない。
言葉で相手を動かし、その動きを狩るプレイヤー。
なら、言葉に動かされる自分を先に見なければいけない。
NoNameがルームを開始した。
マップは、今度のエキシビション候補ルールに近い複合型。
中央に制圧ポイント。
左右に資源端末。
高所に射線。
地下に近距離ルート。
一定時間ごとにフィールド条件が変わる。
ミカは射撃担当。
ユイは盤面管理と支援。
レナは近距離突破。
相手は疑似Rogueを中心にしたBOTチーム。
疑似Rogue本体は、通常BOTより賢い。
しかも、試合中に煽りテキストを投げてくる。
開始前、NoNameが最後に言った。
勝つ必要はありません。
今日は、言葉に動かされた自分を見る練習です。
レナ。
勝つけどね。
NoName。
勝つ気持ちは使ってください。
勝つ必要に振り回されないように。
ミカは小さく頷いた。
試合開始。
三。
二。
一。
開始。
序盤は静かだった。
ミカは高所を取り、中央へ出る敵BOTを削る。
ユイは左右の資源端末を見ながら、支援スキルを薄く置く。
レナは地下ルートの入口で待ち、飛び込むタイミングを探る。
三人の動きは、以前よりずっと噛み合っていた。
ミカは撃てる場面で、あえて一拍置く。
ユイは指示を言葉ではなく、支援位置で伝える。
レナは壊しに行きたくなる瞬間を、少しだけ待てる。
成長している。
それは、ミカ自身にもわかった。
だが、疑似Rogueが最初の言葉を投げた。
Hoshino_Mika。
君はNoNameがいなければ、ただ撃つだけの選手だったんじゃないのか?
ミカの指が止まった。
胸の奥が、熱くなる。
わかっていた。
来るとわかっていた。
昨日、自分で言った。
師匠がいなければ勝てなかっただけ。
そう言われたら動くと。
それでも、実際に文字として出ると、思った以上に刺さった。
違う。
そう思った。
私は撃つだけじゃない。
私は自分で練習した。
チームと積み上げた。
世界大会で勝ったのは、私だ。
証明したい。
今すぐ。
撃って。
勝って。
そう思った瞬間、NoNameの声ではなく、チャットが入る。
宣言してください。
ミカは歯を食いしばった。
撃ちに行きたいです。
自分で落として、違うって証明したい。
すぐにユイが返す。
了解しました。
ミカさんが撃ちに行くように見せます。
本命はレナさんへ渡します。
レナ。
任せて。
ミカは深く息を吸った。
撃ちたい。
その気持ちは消さない。
でも、撃たない。
ミカは高所から照準を合わせる。
疑似Rogue本体が中央奥に見えた。
撃てる。
だが、撃つ直前で射線をわずかに外す。
銃声だけを置く。
当てない。
相手はミカが自分で証明しに来ると思って、遮蔽物を変えた。
その移動先。
レナが待っている。
レナはすぐには殴らない。
相手がミカの射線を切るために、さらに一歩踏み込む。
そこを取る。
近距離攻撃が決まる。
疑似Rogueの体力が大きく削れた。
レナ。
入った!
ユイ。
良いです。
ミカさんの怒りを見せ札にできています。
ミカは手が少し震えているのを感じた。
撃たなかった。
撃ちたかったのに。
でも、その気持ちを使ってレナへ渡せた。
NoName。
良いです。
ただし、星野ミカさんは今、撃たなかった自分に満足しています。
ミカは固まった。
また見られた。
NoName。
次は、撃たなかったことも見られます。
ミカ。
はい。
嬉しくなるな。
満足するな。
できたことは、次の負け筋になる。
ミカはノートの端に書く。
撃たなかった成功にも浮かない。
試合は続く。
疑似Rogueの次の標的は、ユイだった。
Tsukishiro_Yui。
君のチームは、本当に君を信じているのか?
それとも、君が全部決めてくれるから楽をしているだけか?
ユイの動きが止まった。
本当に一瞬だった。
でも、ミカには見えた。
ユイが揺れた。
普段は見えないほど静かな揺れ。
ユイがチャットを打つ。
指示を減らしたくなりました。
二人に任せるべきだと、過剰に思いました。
NoName。
良いです。
続けて。
ユイ。
ですが、この場面は指示が必要です。
私は指示を出します。
ただし、理由も渡します。
ミカは画面を見た。
ユイから短い指示が来る。
ミカさん、左高所を三秒だけ見てください。
レナさん、中央には入らず地下入口で待機。
理由は、疑似Rogueが私の指示減少を読んで中央突破を誘っています。
ミカはすぐに左高所を見る。
レナは地下入口で止まる。
ユイが指示を減らさなかった。
でも、指示を押し付けるのではなく、理由も渡した。
ミカには、自分がなぜその位置を見るのかわかった。
レナにも、なぜ待つのかわかったはずだ。
数秒後、疑似Rogueが中央突破を仕掛ける。
しかし、レナは突っ込まない。
ミカは左高所から支援BOTを落とす。
ユイの支援スキルが中央を塞ぐ。
疑似Rogueは突破できずに下がった。
レナ。
今の指示、わかりやすかった。
ミカ。
私も。理由があったから迷いませんでした。
ユイ。
ありがとうございます。
NoName。
良いです。
指示を減らすのではなく、指示の所有権を分けています。
ユイ。
所有権。
NoName。
はい。
命令ではなく、判断材料を渡しています。
ユイは少し黙った。
それから短く返した。
覚えます。
ミカは少し感心した。
ユイは強い。
刺された後の修正が速い。
自分なら、言葉に揺れてから立て直すまで、もっと時間がかかる。
だが、その羨ましさも今は情報だ。
ミカは左高所を見ながら、ユイの支援位置を確認した。
次の煽りは、レナに向かった。
Kurose_Rena。
君、NoNameに勝ちたいんじゃなくて、見てほしいだけだろ?
レナが止まった。
いや、止まったというより、空気が変わった。
ミカは画面越しなのに、それがわかった。
レナが怒った。
一瞬で。
レナ。
殴りに行きたい。
NoName。
続けて。
レナ。
違うって言いたい。
勝ちたいだけだって。
今すぐ前に出たい。
ユイ。
では、それを見せましょう。
レナさんが前に出たくなったように見せます。
ミカさん、射線を中央に置いてください。
私は右の逃げ道を少し空けます。
ミカ。
了解。
レナ。
私は?
ユイ。
前に出るふりをして、半歩で止まってください。
その後、相手がレナさんを狩りに出たところを、逆に取ります。
レナ。
わかった。
レナのキャラが前に出る。
速い。
怒ったように。
いや、実際に怒っている。
だが、踏み込み切らない。
半歩で止まる。
疑似Rogueがそれを見て動いた。
レナが突っ込むと思った場所へ、カウンターを置く。
しかし、レナはそこにいない。
ミカの射線が通る。
ユイの支援が逃げ道を塞ぐ。
レナは止まった位置から、逆に相手の硬直を叩く。
一撃。
入った。
レナ。
っし!
ミカ。
今のすごいです!
ユイ。
感情をそのまま見せ札にできています。
NoName。
良いです。
レナ。
今のは、気持ちよかった。
NoName。
ただし、黒瀬レナさんは今、もっとやりたくなっています。
レナ。
やりたい。
NoName。
だから次は待ってください。
レナ。
うわ、腹立つ。
でも、レナは待った。
そこが以前と違った。
怒りを消していない。
むしろ、画面越しにまだ熱が見える。
それでも待てている。
ミカは思った。
レナも、強くなっている。
試合は中盤へ入った。
三人は、疑似Rogueの煽りを少しずつ処理できるようになっていた。
言われる。
刺さる。
最初に何をしたくなったか宣言する。
残り二人が拾う。
本人は感情を消さず、見せ札にする。
完璧ではない。
何度も崩れた。
ミカは一度、本当に撃ちに行ってしまい、逆に狩られた。
ユイは一度、指示を控えすぎて中央を抜かれた。
レナは一度、我慢しきれずに突っ込んで落とされた。
そのたびにNoNameは止めた。
今のは、言葉ではなく反応で動いています。
今のは、否定しようとしています。
今のは、勝ち方がRogue選手の言葉を中心に回っています。
刺される。
書く。
直す。
また刺される。
少しずつ、言葉に対する反応が変わっていく。
ミカは途中で気づいた。
Rogueの煽りが消えるわけではない。
嫌なものは嫌だ。
腹立たしいものは腹立たしい。
でも、その言葉で自分がどう動きたくなるかを見られれば、少しだけ距離ができる。
言葉と行動の間に、隙間ができる。
その隙間に、ユイの盤面が入り、レナの圧が入り、ミカの射線が入る。
NoNameが言っていたことが、少しずつ形になっていく。
終盤。
疑似Rogueが最後の煽りを放った。
三人まとめて、来た。
世界女王たち。
結局、君たちはNoNameの名前がないと話題になれないのか?
ミカの胸が熱くなった。
ユイの動きが一瞬硬くなった。
レナのキャラが前に出かけた。
三人全員に刺さった。
同時に。
ミカ。
撃ちたいです。
ユイ。
反論したいです。
実績を示したくなりました。
レナ。
殴りたい。
めちゃくちゃ。
NoName。
良いです。
三人とも、使ってください。
三人は、一瞬黙った。
使う。
この怒りを。
この悔しさを。
自分たちの実績を、NoNameの名前に回収されることへの反発を。
ミカは照準を置いた。
撃ちたい。
でも、それを中央に見せる。
ユイは制圧盤面を作った。
自分たちの実績を証明したい。
でも、証明するための綺麗な形ではなく、相手が証明を潰しに来たくなる隙を置く。
レナは前に出た。
殴りたい。
でも、殴るためではなく、相手に殴らせるために。
疑似Rogueは動いた。
三人が怒って前に出ると読んだ。
その通りだ。
三人は怒っている。
前に出たい。
証明したい。
黙らせたい。
だが、三人はもう、それをそのまま撃たなかった。
ミカの射線は、疑似Rogue本体ではなく、支援BOTの退路へ置かれていた。
ユイの盤面は、中央制圧ではなく、相手が中央を崩しに来る動線へ置かれていた。
レナの踏み込みは、本命ではなく、相手のカウンターを引き出す餌だった。
疑似Rogueがカウンターを出す。
空振る。
レナが笑った。
そこ。
ミカが撃つ。
ユイの支援が発動する。
レナが叩き込む。
疑似Rogueの体力が消し飛んだ。
勝利。
画面に表示が出る。
三人は、しばらく黙っていた。
昨日の勝利とは違う。
今回は、NoName本体ではない。
疑似Rogueだ。
訓練用の相手だ。
それでも、意味があった。
嫌な言葉に動かされた。
でも、その動かされた自分を使えた。
NoNameからメッセージが来る。
良い勝利です。
ミカは息を吐いた。
嬉しい。
でも今度は、すぐにノートへ書いた。
良い勝利。
次の負け筋になる。
レナ。
ミカ、今メモした?
ミカ。
しました。
ユイ。
私もしました。
レナ。
私も今する。
三人とも、少し笑っていたと思う。
NoName。
今日のまとめです。
一つ。
嫌な言葉は、消すのではなく、反応を記録すること。
二つ。
反論したくなった時ほど、相手の言葉を中心に動いています。
三つ。
怒りは、前に出る理由ではなく、相手を前に出させる餌にもできます。
四つ。
誰か一人が動かされた時、残り二人が拾うこと。
五つ。
三人全員に刺さる言葉が来た時こそ、事前に決めた役割ではなく、見えている感情を共有してください。
ミカは書いた。
言葉を中心に動かない。
怒りを餌にする。
全員に刺さった時こそ、共有する。
レナ。
実戦でこれ来たら、かなりムカつくだろうね。
NoName。
はい。
ユイ。
ただ、今日やっておいたことで、初動は変わると思います。
NoName。
変わります。
完全には防げませんが、反応は遅らせられます。
ミカ。
反応を遅らせるだけでも、意味があるんですね。
NoName。
はい。
言葉と行動の間に一秒あれば、三人なら拾えます。
その一文に、ミカは胸が温かくなった。
三人なら拾える。
NoNameがそう言った。
自分一人では無理でも。
三人なら。
レナ。
じゃあ、Rogueが何言ってきても拾えばいい。
ユイ。
はい。
拾えるように準備しましょう。
ミカ。
頑張ります。
NoName。
良いです。
そこで終わるはずだった。
だが、NoNameが珍しく追加で一文打った。
次回は、私も煽り役に入ります。
三人のチャットが止まった。
レナ。
は?
ミカ。
師匠が?
ユイ。
NoNameさんが、Rogue選手役をするということですか。
NoName。
はい。
疑似Rogueでは足りません。
次は、私が三人を動かします。
ミカは息を呑んだ。
NoNameが煽る。
想像がつかない。
いつも淡々としているNoNameが、Rogueのようにこちらを揺らしに来る。
それは、疑似Rogueよりずっときつい気がした。
だってNoNameは、三人の弱点を誰よりも知っている。
ミカが何を言われたら撃ちたくなるか。
ユイが何を言われたら指示を迷うか。
レナが何を言われたら殴りたくなるか。
全部知っている。
レナ。
絶対性格悪いやつじゃん。
NoName。
必要なので。
ミカ。
少し怖いです。
NoName。
怖い方がいいです。
ユイ。
実戦に近づけるためですね。
NoName。
はい。
レナ。
あんた、私がキレても知らないからね。
NoName。
知ります。
そのための訓練です。
レナ。
腹立つ!
ミカは笑ったけれど、胸は少しざわついていた。
NoNameの言葉なら、Rogue以上に刺さるかもしれない。
Rogueは敵だ。
嫌な相手だ。
だから、煽られても敵の言葉として見られる。
でもNoNameは違う。
師匠。
自分が一番勝ちたい相手。
認めてほしい相手。
その人から嫌な言葉を投げられたら、自分は冷静でいられるだろうか。
NoNameが最後に打った。
今日はここまでです。
明日は休んでください。
次回は強度が高くなります。
ユイ。
承知しました。
ミカ。
わかりました。
レナ。
休む。
で、次は覚悟しとく。
NoName。
良いです。
NoNameがオフラインになった。
それでも、三人はしばらく残っていた。
最初にレナが打つ。
NoNameに煽られるの、普通に嫌なんだけど。
ミカ。
私もです。
ユイ。
私も、かなり負荷が高いと思います。
レナ。
でも、Rogueより刺さるなら練習にはなる。
ミカ。
はい。
ユイ。
問題は、刺さりすぎる可能性ですね。
三人とも、同じことを考えていた。
NoNameは優しくない。
必要なことなら言う。
三人が目を逸らす場所を、正確に言葉にする。
それが明日、こちらに向く。
ミカはノートを閉じた。
師匠に煽られる。
それは変な言い方だ。
でも、おそらく今までで一番きつい訓練になる。
ミカは最後に一文だけチャットへ打った。
明日、誰かが本当に傷つきそうになったら、止めましょう。
ユイ。
賛成です。
レナ。
うん。
キレるのはいいけど、壊れるのは違う。
ミカは少し安心した。
三人なら拾える。
NoNameはそう言った。
でも、NoNameの言葉で誰かが沈みそうになった時。
今度は、三人が互いを拾わなければならない。
Rogue対策は、言葉との戦いだった。
だが次回は、もっと深い。
NoNameの言葉に、自分たちがどれだけ動かされるか。
それを見る訓練。
ミカはノートの最後に書いた。
師匠の言葉でも、私を見失わない。
書いた後、少しだけ手が止まる。
できるだろうか。
怖い。
でも、やる。
その怖さも、きっと武器になる。




