第十一話 名もなき男は、条件を出す
NoNameは、表舞台が嫌いだった。
正確には、嫌いというより、必要性を感じていなかった。
大会に出る。
配信をする。
顔を出す。
声を出す。
名乗る。
称賛される。
批判される。
数字で測られる。
誰かに消費される。
それらは、彼にとってゲームの本質ではなかった。
勝つこと。
負けること。
なぜ勝ったのかを見ること。
なぜ負けたのかを逃がさないこと。
その先に、少しだけ強くなること。
NoNameにとって大事なのは、それだけだった。
だから彼は、表に出なかった。
大会にも出なかった。
配信もしなかった。
必要な相手と、必要な試合だけをする。
その中で、強くなれる人間がいれば、負け方を置いていく。
星野ミカ。
月城ユイ。
黒瀬レナ。
三人は、その結果だった。
彼が育てた。
そう言われると、少し違う。
彼は手を引いて連れていったわけではない。
道を作ってやったわけでもない。
優しく背中を押したわけでもない。
ただ、彼女たちが見ようとしなかった負け方を、目の前に置いただけだ。
それを拾って、強くなったのは彼女たち自身だった。
だが、世間はそう受け取らない。
世界女王を育てた謎の男。
その見出しは、強すぎた。
NoNameのディスコードには、今日も通知が溜まっている。
フレンド申請。
取材依頼。
チーム勧誘。
スポンサー契約の打診。
不審なリンク。
挑戦状。
罵倒。
崇拝に近い長文。
そのほとんどを、彼は開かなかった。
ただ一つだけ、閉じずに残しているメッセージがある。
大会運営から送られてきた、エキシビション企画の概要だった。
複数ジャンル合同特別企画。
トッププレイヤー混合チーム戦。
FPS/TPS、戦略、近距離対戦、拠点制圧を組み合わせた特別ルール。
出場候補、星野ミカ、月城ユイ、黒瀬レナ、ほか国内外トップ選手。
配信あり。
公式切り抜きあり。
事前インタビューあり。
テーマ候補、世界女王たちと謎の師匠。
NoNameは、その最後の一文で手を止めた。
世界女王たちと謎の師匠。
悪い企画名だと思った。
わかりやすい。
強い。
数字も取れる。
だからこそ、悪い。
彼はメモ帳を開いた。
問題点。
一つ。
三人の実績が、NoNameの物語に回収される危険。
二つ。
NoName探索企画として消費される危険。
三つ。
競技部分より関係性の煽りが前に出る危険。
四つ。
三人の所属チームやスポンサーへの影響。
五つ。
本人確認、音声、顔出し要求へ発展する可能性。
六つ。
三人の練習環境が荒れる可能性。
そこまで書いて、NoNameは手を止めた。
面倒。
本当に面倒だった。
だが、無視すれば終わる話ではない。
自分が出ないと言えば済む。
自分一人ならそれでいい。
しかし、もう三人がいる。
星野ミカは、優勝直後の発言で中心に立たされている。
月城ユイは、過去発言を掘り返されている。
黒瀬レナは、配信でNoNameに触れたことでさらに燃料を足している。
三人が望むなら、出ればいい。
出たくないなら、出なければいい。
だが、どちらにしても、考えずに流されるのはよくない。
NoNameはディスコードを開いた。
三人のグループへ、一文送る。
企画概要を確認しました。
出るなら、条件を出してください。
一分も経たずに、黒瀬レナから返信が来た。
条件って何。
続いて星野ミカ。
お疲れさまです。
条件、ですか?
月城ユイは少し遅れて、長めに返した。
出場条件、配信条件、広報での扱い、NoNameさんへの言及範囲、個人情報保護などを明確にするという意味でしょうか。
NoNameは返信する。
はい。
レナ。
ユイがいてよかった。
ミカ。
本当に。
ユイ。
整理します。
数分後、月城ユイが共有した文書は、すでに表形式になっていた。
NoNameは少しだけ目を細める。
速い。
だが、悪くない。
条件案。
一、NoNameの個人情報を探る演出をしない。
二、三人の実績を、NoNameの成果として扱わない。
三、企画名にNoNameを入れない。
四、インタビューでNoNameに関する質問を制限する。
五、競技ルールを事前に完全開示する。
六、出場者全員が同条件で練習できる期間を設ける。
七、企画後の切り抜きタイトルに、師匠、正体、暴露などの煽りを使わない。
八、三人の所属チーム、スポンサーと事前調整する。
九、NoName本人の参加を前提にしない。
十、三人がNoNameについて答えたくない質問は拒否できる。
ミカがすぐに打った。
ユイさん、仕事が早すぎます。
レナ。
もう弁護士じゃん。
ユイ。
最低限です。
NoName。
良いです。
少し間があった。
ユイ。
ありがとうございます。
ミカ。
ユイさん、今ちょっと嬉しそう。
ユイ。
見えないはずです。
レナ。
でも嬉しそう。
ユイ。
否定します。
NoNameは画面を見た。
三人のやり取りは、数日前より自然になっている。
最初は、ただ同じ相手に負けた者同士だった。
今は少し違う。
互いの弱点を見た。
互いの強さも見た。
そのせいか、距離が近くなっている。
それは良いことだった。
ただし、近づきすぎると、それもまた負け筋になる。
NoNameは追記した。
十一、三人の関係性を過度に煽らない。
レナ。
なんで。
NoName。
競技より関係性が前に出ると、練習環境が乱れます。
ミカ。
それは、ありそうです。
ユイ。
同意します。
すでに一部で、三人をセットで扱う記事が出ています。
レナ。
まあ、NoName被害者の会とか言われてるしね。
ミカ。
それはちょっと嫌です。
ユイ。
私も、被害者という表現は避けたいです。
NoName。
被害者ではありません。
三人のチャットが少し止まった。
ミカが打つ。
じゃあ、何ですか?
NoNameは少し考えた。
負けた人です。
レナ。
そのまますぎる。
ユイ。
ですが、正確です。
ミカ。
負けた人……。
NoName。
負けたことを使える人です。
また少し、チャットが止まった。
今度はさっきと違う沈黙だった。
ミカがゆっくり打つ。
それ、少し好きです。
ユイ。
私もです。
被害者より、ずっと良い。
レナ。
まあ、悪くない。
NoNameは条件リストに追記する。
十二、三人を被害者として扱わない。
レナ。
そこまで入れるんだ。
NoName。
必要なので。
ミカ。
師匠らしいです。
NoNameは返事を打たなかった。
その言葉に反応する必要はない。
ただ、少しだけ手が止まった。
師匠。
星野ミカは、よくそう呼ぶ。
月城ユイは、NoNameさんと呼ぶ。
黒瀬レナは、あんた、またはNoNameと呼ぶ。
三人とも違う。
それでいい。
NoNameは、誰か一人のものではない。
だが、三人の中にそれぞれ違う形で置かれている。
それは、少し面倒で。
少しだけ、悪くなかった。
その頃。
星野ミカのホテル部屋では、七瀬さんが条件案を見て唸っていた。
ミカ、これ誰が作ったの?
ユイさんです。
月城ユイ、優秀すぎない?
私もそう思います。
七瀬さんは画面をスクロールした。
NoNameの個人情報を探る演出をしない。
三人の実績をNoNameの成果として扱わない。
企画名にNoNameを入れない。
三人を被害者として扱わない。
かなりまとも。
というか、これ出せるなら交渉材料としては強い。
ミカは少し安心した。
出ても大丈夫そうですか?
七瀬さんはすぐには答えなかった。
興行としては、間違いなく大きい。
ミカにとっても、世界大会優勝後の注目を次につなげる機会になる。
ただし、NoNameさん関連の扱いを間違えると、競技者としてじゃなくて、謎の師匠に育てられた子として消費される。
ミカは唇を引き結んだ。
それは嫌です。
うん。だから条件は必要。
それに、ミカだけじゃなくてユイさんとレナさんもいるなら、三人でかなり交渉できる。
ミカは画面を見る。
三人で。
その言葉が、少し嬉しかった。
少し前まで、ユイとレナは遠い存在だった。
今は同じ条件案を見ている。
同じものを守ろうとしている。
NoNameを。
そして、自分たちの競技者としての価値を。
ミカはディスコードに戻り、打った。
七瀬さんにも確認してもらいました。
この条件なら交渉できそうです。
ユイ。
こちらも所属チームに確認します。
レナ。
うちのマネにも投げた。
たぶん最初めっちゃ驚く。
ミカ。
レナさん、事前に説明してないんですか?
レナ。
今する。
ユイ。
今。
NoName。
先に説明してください。
レナ。
わかってる。
数分後。
レナからメッセージが来た。
めっちゃ怒られた。
ミカは思わず笑った。
ユイ。
当然だと思います。
レナ。
でも条件見せたら、これなら話せるって。
NoName。
良いです。
レナ。
それ褒めてる?
NoName。
はい。
レナ。
ならよし。
月城ユイの側でも、所属チームの反応は早かった。
ユイのチームマネージャーは、条件案を読んだあと、最初にこう言った。
これ、君が作ったの?
はい。
半分くらい契約書の前段みたいだね。
必要かと思いまして。
必要だね。
むしろ、これがなかったら止めてた。
ユイは少しだけ息を吐いた。
出場自体は可能でしょうか。
条件次第。
ただ、君が出るならチームとしても前向きに考える。
FPSの星野ミカ、格ゲーの黒瀬レナ、そこに君が入るなら、話題性は大きい。
でも、NoNameさんを餌にするような企画なら断る。
ユイは頷いた。
そこは同意見です。
マネージャーはユイを少し見た。
そのNoNameさん、君にとってそんなに大事な相手?
ユイはすぐには答えられなかった。
大事。
その言葉は少し違う気がした。
NoNameは友人ではない。
チームメイトでもない。
コーチ契約をしているわけでもない。
顔も声も知らない。
けれど、ユイの盤面を変えた人だった。
今の自分の考え方の中に、彼の言葉が残っている。
だから、軽く扱われたくない。
ユイは静かに答えた。
私が強くなるきっかけになった人です。
だから、雑に消費されるのは嫌です。
マネージャーは少しだけ笑った。
なら、ちゃんと守らないとね。
その言葉を聞いて、ユイは少し驚いた。
守る。
そうか。
自分は今、NoNameを守ろうとしている。
盤面の外にいるはずの男を、表舞台の雑音から守ろうとしている。
それは、少し不思議な感覚だった。
黒瀬レナの側は、もっと騒がしかった。
マネージャーは開口一番に叫んだ。
レナ!
なんで世界女王三人とNoNameさんの話が先にネットで燃えてからこっちに来るの!
レナは椅子に座ったまま、コントローラーをいじっていた。
ごめん。
ごめんで済むならマネージャーいらない!
それ、ミカのマネージャーも言ってたらしい。
共有しなくていい!
マネージャーは条件案を読み始める。
そして途中から黙った。
最後まで読んで、少し表情を変えた。
……これ、誰が作ったの?
ユイ。
月城ユイさん?
うん。
優秀すぎない?
みんな同じこと言うね。
マネージャーは額に手を当てた。
条件はかなりまとも。
むしろ、こっちから追加したいくらい。
ただ、レナ。あなた本当に出る気?
出る。
理由は?
NoNameが見てるから。
マネージャーは頭を抱えた。
それを公式コメントで言わないでね。
言わない。
本当に?
たぶん。
たぶんをやめて。
レナは少し黙ってから言った。
でも、出たいのは本当。
ミカとユイと組めるなら、面白そうだし。
NoNameを倒すヒントも増える。
マネージャーはレナの顔を見た。
勝ちたい?
勝ちたい。
誰に?
全部。
即答だった。
エキシビションの相手にも。
NoNameにも。
昨日の自分にも。
待たれると焦る自分にも。
全部に勝ちたい。
レナのマネージャーは、しばらく彼女を見ていた。
そして、ため息をついた。
わかった。
じゃあ、勝つための交渉をしよう。
レナは笑った。
それでこそ。
夜。
三人は再びディスコードに戻った。
それぞれの所属から、条件付きで前向きという返事が来ていた。
ユイが条件案を更新する。
十三、三人それぞれの所属チーム、マネージャーが広報文面を事前確認する。
十四、NoName本人への直接接触、出演交渉を三人経由で行わない。
十五、企画内でNoNameを煽り文句として使用しない。
十六、競技性を担保するため、ルールは出場者全員へ同時公開。
十七、三人の合同練習について、詳細ログの公開は禁止。
ミカ。
増えましたね。
レナ。
ちゃんとしてきた。
NoName。
良いです。
ユイ。
では、これを共通条件として運営へ提出します。
NoName。
その前に一つ。
三人のチャットが止まる。
NoName。
この条件は、私を守るためだけではありません。
三人を守るためでもあります。
ミカは画面を見つめた。
NoName。
星野ミカさんは、師匠に作られた世界女王ではありません。
月城ユイさんは、NoNameに敗れた盤面の女王ではありません。
黒瀬レナさんは、NoName被害者の格闘女王ではありません。
NoName。
三人とも、自分で強くなった競技者です。
そこを譲らないでください。
ミカの胸が熱くなった。
NoNameは、こういうところがずるい。
普段は容赦なく刺してくる。
最後の判断が甘い。
綺麗に勝ちすぎる。
待たれると壊しに行く。
でも、こういう時だけ、真っ直ぐに守る。
ミカは少しだけ目元を押さえた。
ユイからの返信は短かった。
はい。
譲りません。
レナ。
当たり前。
私は私で強い。
ミカも打った。
私も、譲りません。
NoName。
良いです。
その一文で、三人の中に芯が通った気がした。
交渉は翌日に行われた。
三人のマネージャー、所属チーム担当者、企画運営、スポンサー代理店。
オンライン会議は、想像よりもずっと硬い空気で始まった。
運営側は、明らかに乗り気だった。
星野ミカの世界大会優勝。
月城ユイの国際的な実績。
黒瀬レナの配信人気と大会実績。
そして、NoNameという謎。
話題性は十分。
いや、十分すぎる。
運営担当者は明るい声で言った。
今回の企画では、三人の世界女王と、その背後にいる謎の存在という構図をですね――
その瞬間、七瀬さんが止めた。
その表現は使わないでください。
運営側が一瞬固まる。
七瀬さんは続ける。
星野ミカは、誰かの背後にいる選手ではありません。
世界大会優勝者です。
月城ユイのマネージャーも続いた。
月城ユイも同様です。
彼女の実績は、彼女とチームが積み上げたものです。
黒瀬レナのマネージャーも言った。
黒瀬レナについても、NoNameさんに負けた選手という扱いを前面に出すなら、出場は難しいです。
運営側の空気が変わった。
想定と違う。
そういう顔だった。
彼らは、NoNameの名前を使いたかった。
世界女王たちの師匠。
正体不明の最強プレイヤー。
その謎を追う企画。
数字が取れる。
それは間違いない。
だが、三人側は最初から線を引いていた。
ミカは黙って聞いていた。
本当は少し怖い。
大人たちの会議は苦手だ。
言葉の選び方一つで、意味が変わる。
自分の発言が記事になる。
誰かに利用される。
でも、今日は一人ではない。
隣に七瀬さんがいる。
画面の向こうにはユイとレナがいる。
NoNameは参加していない。
それでも、彼が送った条件文が手元にある。
三人とも、自分で強くなった競技者です。
そこを譲らないでください。
ミカはマイクをオンにした。
私からも、お願いします。
会議の視線が集まる。
星野ミカ。
世界大会優勝者。
昨日までなら、その視線に少し怯んだかもしれない。
でも今日は、言うべきことがあった。
私は、NoNameさんに負け続けました。
その経験は、私が強くなる上で大きかったです。
でも、私の試合を戦ったのは私です。
チームと一緒に積み上げて、世界大会で勝ったのも私たちです。
ミカは一度、息を吸う。
なので、NoNameさんを煽るために私たちの名前を使う企画なら、私は出ません。
チャット欄が静かになった。
七瀬さんが少しだけ目を見開いている。
ユイが続いた。
私も同じです。
NoNameさんとの対戦経験は重要ですが、それは私の競技人生の一部です。
すべてではありません。
レナも言った。
私も。
NoNameに勝ちたいから出るけど、NoNameの飾りになる気はないです。
三人の言葉が並んだ。
運営側は、明らかに方針を変えざるを得なくなった。
そこから会議は長引いた。
企画名。
宣伝文句。
インタビュー範囲。
出場者の扱い。
ルール公開時期。
練習期間。
切り抜きタイトルの監修。
NoNameへの直接出演依頼の禁止。
一つずつ詰めていく。
ユイは淡々と条件を整理した。
ミカは自分の言葉で必要な部分を補足した。
レナは危ない表現が出るたび、そこ嫌、と短く刺した。
三人のやり方は違った。
でも、噛み合っていた。
最終的に、企画名の仮案は変更された。
元の案。
世界女王たちと謎の師匠。
却下。
新しい仮案。
QUEENS' CROSS BATTLE
ジャンルを超えた女王たちの混合戦
NoNameの名前は、表に出ない。
ただし、噂を完全に消すことはできない。
運営側も、それはわかっていた。
だから、公式説明にはこう入ることになった。
各ジャンルの頂点に立つ選手たちが、互いの技術を持ち寄り、特別ルールで競い合うエキシビションマッチ。
NoNameの文字はない。
師匠の文字もない。
正体不明も、暴露も、被害者もない。
ミカは会議終了後、深く息を吐いた。
疲れた。
世界大会決勝とは別の疲れ方だった。
ディスコードに戻ると、NoNameからメッセージが来ていた。
お疲れさまでした。
ミカは驚いた。
見ていたんですか?
NoName。
会議には参加していません。
七瀬さんから共有を受けました。
七瀬さんを見ると、彼女はさらっと言った。
必要だと思って。
ミカは少しだけ頬を膨らませた。
先に言ってください。
言ったら緊張するでしょ。
それは、そう。
ユイとレナもチャットに戻ってきた。
ユイ。
条件はおおむね通りました。
レナ。
企画名、英語でかっこつけてた。
ミカ。
QUEENS' CROSS BATTLE。
レナ。
ちょっと恥ずかしい。
ユイ。
ただ、NoNameさんを前面に出さない案としては悪くありません。
NoName。
良いと思います。
ミカは、その一文を見て少し笑った。
良いと思います。
NoNameの中では、かなり肯定寄りの言葉だ。
レナ。
で、NoNameは見てくれるんだよね。
NoName。
見ます。
ユイ。
練習も?
NoName。
必要なら。
ミカ。
必要です。
レナ。
絶対必要。
ユイ。
必要です。
NoName。
では、見ます。
三人の返事が一瞬止まった。
ミカは少しだけ嬉しくなった。
NoNameは出ない。
表舞台には立たない。
それでも、三人が戦うなら見てくれる。
必要なら検証してくれる。
それだけで、三人には十分だった。
少なくとも今は。
だが、世界は十分ではなかった。
その日の夜。
公式からエキシビション企画の告知が出た。
QUEENS' CROSS BATTLE
ジャンルを超えた女王たちの混合戦、開催決定。
出場予定選手。
星野ミカ。
月城ユイ。
黒瀬レナ。
ほか国内外トッププレイヤー、順次公開。
告知文には、NoNameの名前はなかった。
だが、コメント欄はすぐにその名前で埋まった。
NoNameは?
三人揃うなら絶対いるだろ
師匠出ないの?
NoNameを出せ
世界女王三人の裏にいる男
運営、隠してる?
サプライズ枠だろ
NoName参加説
NoName逃亡説
三人を育てた男を出せ
ミカはそのコメント欄を見て、少しだけ胸が痛んだ。
やはり、消えない。
NoNameの名前は、もう火種になっている。
こちらが使わなくても、周りが勝手に使う。
ディスコードに、レナがスクショを貼った。
めっちゃNoName言われてる。
ユイ。
予想通りです。
公式が使わなくても、ユーザー側の話題は止められません。
ミカ。
師匠、大丈夫ですか?
NoNameの返事は、いつも通り短かった。
大丈夫です。
レナ。
ほんとに?
NoName。
はい。
ユイ。
通知は増えていませんか?
NoName。
増えています。
ミカ。
大丈夫じゃないのでは。
NoName。
通知は切りました。
レナ。
そういう問題?
NoName。
はい。
三人は、たぶん同時にため息をついた。
この人は本当に、自分のことには鈍い。
ミカは思った。
NoNameは、三人を守る条件を出した。
三人が競技者として消費されないように、線を引いた。
でも、自分が消費されることにはあまりにも無頓着だ。
それが少し腹立たしかった。
ミカは打った。
師匠。
NoName。
はい。
ミカ。
師匠も、ちゃんと守られてください。
チャットが止まった。
ユイも続いた。
同意します。
NoNameさんの意思も、軽く扱われるべきではありません。
レナ。
あんた、私たちには譲るなって言ったでしょ。
自分も譲るな。
NoNameの返事は、しばらく来なかった。
珍しく長い沈黙だった。
三人は黙って待った。
やがて、短い返事が来た。
わかりました。
ミカは画面を見つめた。
本当にわかったのかは怪しい。
でも、NoNameがわかりましたと言った。
それだけで、少し前進だった。
レナ。
絶対わかってない顔してる。
ミカ。
顔見えませんけど、わかります。
ユイ。
同意します。
NoName。
顔は見えていません。
レナ。
そういう話じゃない。
ミカは笑った。
重かった空気が、少しだけ緩む。
その時、公式から追加の告知が流れた。
新たな出場者発表。
海外FPS王者。
欧州戦略ゲーム王者。
韓国格闘ゲーム王者。
人気ストリーマーチーム代表。
そして最後に、一人の名前があった。
Rogue.
ミカはその名前を見て、眉をひそめた。
聞いたことがある。
たしか、海外の大型ストリーマー兼プロ経験者。
実力もあるが、それ以上に煽りで数字を取るタイプ。
過去に、NoNameは存在しない、三人の女王が作った幻想だと発言して炎上していた人物。
レナがすぐに反応した。
うわ、Rogueいるじゃん。
ユイ。
厄介ですね。
ミカ。
やっぱり有名なんですか?
レナ。
有名。
強いけど口が悪い。
相手のメンタル壊すのがうまいタイプ。
ユイ。
彼はNoNameさんに関する動画を何本か出しています。
かなり攻撃的な内容です。
ミカは嫌な予感がした。
NoName。
知っています。
レナ。
知ってるんだ。
NoName。
過去に対戦したことがあります。
三人のチャットが止まった。
ミカは画面を見つめる。
RogueとNoNameが。
過去に。
レナがすぐに食いついた。
勝ったの?
NoName。
勝ちました。
ユイ。
それで彼はNoNameさんを疑っている?
NoName。
おそらく。
ミカは背筋が少し冷えた。
RogueはNoNameを否定している。
存在しないと言っている。
でも、本当は負けたことがある。
だからこそ、表に引きずり出そうとしているのかもしれない。
レナ。
面倒なやつ来たじゃん。
NoName。
はい。
ミカ。
師匠、大丈夫ですか。
NoName。
大丈夫です。
ユイ。
今回の企画で、Rogue選手がNoNameさんを煽る可能性があります。
NoName。
あると思います。
レナ。
なら、私たちが黙らせればいい。
ミカは画面を見た。
レナの言葉は単純だ。
でも、今はそれが頼もしかった。
ユイ。
競技内で結果を出すのが一番有効です。
ミカ。
勝ちましょう。
レナ。
勝つ。
NoName。
相手を黙らせるために勝つと、判断が荒れます。
レナ。
水差すな。
NoName。
勝つ理由は、勝つためで十分です。
ミカはその言葉をノートに書きたくなった。
勝つ理由は、勝つためで十分。
誰かを黙らせるためでもない。
NoNameを守るためだけでもない。
証明するためだけでもない。
勝つために勝つ。
その結果として、守れるものがある。
NoName。
Rogue選手は強いです。
煽りだけの選手ではありません。
ユイ。
特徴は?
NoName。
相手の感情を動かすのが上手い。
不利状況でも、相手に勝ち急がせます。
また、相手の連携不安を突くのが得意です。
レナ。
嫌なやつ。
NoName。
はい。
ミカ。
師匠に嫌なやつって言われるの、相当ですね。
NoName。
強い嫌な相手です。
ユイ。
つまり、私たちの合同チームにとっては相性が悪い。
NoName。
はい。
特に、三人がNoName関連で感情的になると崩されます。
ミカは黙った。
それは、わかる。
RogueがNoNameを煽ったら、ミカはたぶん反応してしまう。
レナはもっと反応する。
ユイも表には出さないが、内側では揺れるかもしれない。
NoName。
次回から、Rogue選手対策を始めます。
レナ。
ぶっ倒す。
NoName。
その気持ちは使ってください。
ただし、振り回されないように。
レナ。
わかってる。
NoName。
まだわかっていません。
レナ。
腹立つ!
ミカは笑いそうになったが、すぐに表情を引き締めた。
次の相手が見えた。
Rogue。
NoNameを否定し、煽り、表に引きずり出そうとする男。
彼はただの騒がしい外野ではない。
強い。
そして、三人の感情を突いてくる。
QUEENS' CROSS BATTLE。
それは、ただのエキシビションでは済まなくなり始めていた。
三人の女王が、初めて同じ表舞台に立つ。
NoNameは出ない。
だが、NoNameを巡る物語は、彼女たちの試合に影を落とす。
名もなき男は、条件を出した。
三人は、それを持って表舞台へ進むことを決めた。
そしてその舞台には、NoNameを暴こうとする相手が待っている。
ミカはノートを開き、新しいページに名前を書いた。
Rogue。
その下に、NoNameの言葉を書く。
勝つ理由は、勝つためで十分。
ミカはペンを置いた。
世界大会とは違う戦いが始まる。
今度は一人ではない。
星野ミカ。
月城ユイ。
黒瀬レナ。
三人で立つ。
そして、NoNameは画面の向こうで見ている。
それだけで、ミカは少しだけ強くなれる気がした。




