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女装探偵  作者: 相澤 沁
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98/100

欲望の代償8

翌日の土曜日、昼過ぎ。

美穂はマンションの自室――偽装住所の810号室――で、制服を脱いで普段着に着替えていた。

青いリボンは外し、短い髪に戻った佐藤健一の姿で、コーヒーを淹れている最中だった。

スマホが震えた。

画面に表示されたのは「白井洋子」の名前。

昨日カラオケに誘う時に交換した連絡先だ。

「……もしもし?」

白井は静か抑揚の少ない声で言った。

「美穂……今から、会えない?」

いつもの穏やかなトーンとは違う、切迫した響きがあった。

美穂は即座に答えた。

「もちろん大丈夫。どこで?」

白井は声をひそめるように静かに言った。

「ホワイトステートの店舗から4駅離れた公園。 ベンチの多い噴水の近く。 30分後でいい?」

美穂は即答した。

「わかった。すぐ行く。」

電話が切れると、美穂はすぐに高木に連絡した。

「白井から呼び出し。公園で会う。様子がおかしい。事務所に連れて戻る。」

高木の返事は短かった。

「了解。 僕は事務所で待機してる。 カメラと録音の準備しておく。」

美穂が待ち合わせの公園に着くと、噴水のベンチに白井が座っていた。

私服姿の白井は、化粧が薄く、目元が赤い。

美穂が近づくと、白井は立ち上がり、すぐに訊いた。

「社長室で……何もされなかった? 大丈夫だった?」

美穂は、声が震えている白井に向かって言った。

「白井さん……。ちょっと、静かなところで話したいことがあるの。私の……大事な場所に、来てもらっていい?」

白井は一瞬迷ったが、頷いた。

二人は電車に乗り、Guardean事務所へ向かった。

事務所のドアを開けると、高木が立っていた。

長身のイケメンが、静かに頭を下げる。

「白井洋子さん。 ようこそ。 高木悠斗です。 座ってください。」

白井は部屋を見回し、緊張したままソファに腰を下ろした。

美穂は隣に座り、ゆっくりと言った。

「白井さん。 私たち、ホワイトステートの調査をしてるの。 宇都宮の仮面、もう少しで剥がせるところまで来てる。」

白井の目が見開かれた。

「……調査……?」

高木が静かに説明を始めた。

「僕たちはGuardean。 探偵です。 21人+山口彩花さんの自殺の原因はおそらく妊娠。 しかも、22人全員です。 キラキラ投稿の裏に、借金と……それ以上の何かがある。」

白井は唇を噛み、俯いた。

やがて、震える声で吐き出した。

「……私も……真由も…彩花も… 宇都宮に、継続的に……レイプされてる。 社長室の四隅にカメラがあるの。 いつも録画されてて……『公開されたくなかったら、体を開け』って……脅迫されて……ずっと……」

言葉が途切れ、白井は両手で顔を覆った。

肩が震え、嗚咽が漏れる。美穂はそっと白井を抱きしめた。

小柄な体で、しかし強く。

「もうすぐ終わる。 必ず終わらせる。 約束する。」

白井は美穂の胸で泣き崩れた。

悠斗は静かにレコーダーを起動させたまま、会話をすべて録音していた。

白井の告白、詳細な日時、カメラの位置、脅迫の言葉……すべてが証拠として刻まれる。

やがて白井は顔を上げ、涙で濡れた目で二人を見た。

「本当にこの地獄から逃れられるの?」

美穂は白井の目をまっすぐ見て、頷いた。

「必ず逃れられるから。 私たちが、終わらせる。」

高木は録音データをバックアップしながら、静かに言った。

「今すぐ警察に動くのは危険だ。 証拠がもっと必要。 でも、白井さんのこの証言で、大きく前進した。 ありがとう。」

白井の表情に、初めて希望の光が浮かんだ。

半信半疑ながらも、唇の端がわずかに上がる。

「……信じて……いいよね?」

美穂は白井の手を握った。

「大丈夫。 一緒に終わらせよう。」

事務所の窓から、午後の陽が差し込んでいた。

古いマンションの2階で、ようやく――闇の核心に、手が届き始めていた。


事務所の空気が、重く静かに満ちていた。

午後の陽がカーテンの隙間から差し込み、埃の粒子を金色に浮かび上がらせる中、白井洋子はソファに座ったまま、震える声で話し始めた。

「最初は……本当に、日給3万円だったの。毎日ちゃんと現金で渡されて……私、信じてた。『ここで頑張れば、キラキラした生活ができる』って……だから、インスタにブランドの服とか、高級カフェの写真とか、上げ始めた。フォロワー増えて、みんなから『すごい!』って言われて……嬉しかった。」

白井の目は遠くを見ていた。

涙が頰を伝うのを、拭うのも忘れている。

「でも、3ヶ月経ったある日……社長室に呼ばれて。 『お疲れさん』って笑いながら、ドアを閉められて… 突然、押し倒されて……レイプされた。」

声が途切れる。

白井は両手で顔を覆い、肩を震わせた。

「終わった後、宇都宮が……にやにやしながら言ったの。『お前たちが日給だと思ってたのは、全部貸付金だった』って。明細を見せてきて……毎日の3万円が、利息付きで積み重なってるって。 しかも、額が……もう、返せないくらいに膨らんでて……」

美穂は隣で、静かに白井の背中を撫で続けた。

高木は録音機器の横で、黙って聞いていた。

「それから……社長室の四隅のカメラで撮られた動画をネタにされた。 公開されたくなかったら体を開けって。 毎日、毎日……私だけじゃなくて、他の子たちも……みんな、同じように……彩花ちゃんも…」

白井の声が嗚咽に変わる。

「美穂、あなたまでそうなる前に逃げて欲しかった。 だから、古着屋で警告したの。」

美穂は白井の肩を抱き寄せ、優しく、しかし強く言った。

「ありがとう、白井さん。……もう、大丈夫。 社長室の観葉植物に盗聴器を仕掛けてあるの。 今後の会話は全部録音されてる。 大場との性行為さえ、克明に捉えてる。」

白井の目が見開かれた。

「……本当に……?」

高木が静かに頷き、モニターを軽く叩いた。

「リアルタイムで受信中です。 宇都宮の脅迫の言葉、録画の存在の言及……全部、証拠として固まってます。 白井さんの証言と合わせれば、十分に立件できる筈です。」

高木の声は、いつもより強い口調だった。

「近いうちに、必ず終わらせます。 約束します。」

白井は両手で顔を覆い、泣き崩れた。

肩が激しく震え、嗚咽が部屋に響く。

「助かった……助かった……助かった……」

何度も、何度も、同じ言葉を繰り返す。

涙が止まらない。

美穂は白井を強く抱きしめ、耳元で囁いた。

「もう、誰も傷つかないようにする。 白井さんも、他のみんなも……絶対に」

高木は録音データをバックアップしながら、静かに言った。

「今夜中に刑事課に連絡する。 証拠のまとめと白井さんの保護を優先。 宇都宮の逮捕まで、あと少しだ。」

白井はようやく顔を上げ、涙で濡れた目で二人を見た。

その瞳に、初めて本物の光が宿っていた。

「……信じていい……よね?」

美穂は白井の手を握り、微笑んだ。「信じて。 一緒に終わらせよう。」

事務所の時計が静かに時を刻む。

外では、郊外の街が夕暮れを迎えていた。

ホワイトステートの「キラキラ」は、もう完全に崩れ落ちる寸前だった。

Guardeanの戦いは、終わりへと向かっていた。

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