欲望の代償7
その週の土曜日。午後2時過ぎ。
郊外の駅ビル内にあるカラオケボックスの個室に、4人の女性が入った。
大場佳代、白井洋子、鈴木真由、そして美穂。
大場は最初から「私も行きたい! 仲間同士の親睦だもん!」と駄々をこねて、当然のように付いてきた。
美穂は表面上、目を輝かせて喜ぶ演技をこなした。
「わあ、大場さんも来てくれるんだ! 嬉しい〜!」
部屋に入ると、大場がリモコンを手に取り、元気よくマイクを握った。
「じゃあ最初は私が盛り上げるね〜! みんなで盛り上がろー!」
歌は次々と回る。
大場はアップテンポのアイドルソングを歌い、白井と鈴木は少し控えめにバラードを。
美穂は可愛く声を震わせながら、流行りのJ-POPを歌った。
全員が笑顔で拍手し、合いの手を入れる。
だが、白井の目は時折遠くを眺め、鈴木の笑顔はどこか固い。
1時間ほど歌い疲れたところで、4人はドリンクバーへ移動した。
冷たいドリンクをトレイに載せて部屋に戻る途中、美穂はタイミングを見計らって、恥ずかしそうに頰を赤らめた演技を始めた。
「……あのさ……」
全員が足を止める。
美穂は指を絡ませ、視線を床に落としながら、ぽつりと呟いた。
「……社長って、カッコイイよね……。あんなイケオジに憧れちゃう……」
一瞬の静寂。
次の瞬間、美穂は慌てて両手を振った。
「わっ、変なこと言っちゃった! ごめんなさい! 忘れて忘れて! ただの妄想だから!」
ワタワタと顔を覆い、肩を縮めてみせる。
完璧な「恥ずかしがり屋」演技。
白井と鈴木は少し驚いた顔で美穂を見たが、すぐに苦笑いを浮かべた。
「……まあ、社長は確かに貫禄あるよね。」
鈴木が小さく呟く。
だが、美穂の目は大場に固定されていた。
――その瞬間。大場の目が、鋭く細くなった。
口元が、ゆっくりと、ニヤリと吊り上がる。
笑顔のまま、だがそれはいつもの「底なしの明るさ」とは違う。
獲物を前にしたような、満足げで冷たい笑み。
大場はすぐに元の笑顔に戻り、手を叩いた。
「美穂ちゃん、かわいい〜! 社長に憧れちゃうなんて、純粋でいいじゃん!でも内緒だよ? みんなで秘密ね♪」
大場は美穂の肩を抱き寄せ、軽く頰を寄せた。
甘い香水の匂いがする。
美穂は照れたふりで身をよじりながら、心の中で確信した。
――この女、社長室で何が起きているか、全部知ってる。
ドリンクバーのトレイを手に、4人は部屋に戻った。
カラオケは再開されたが、美穂の頭の中はもう、次の手順に移っていた。
社長室への侵入チャンスを作って、盗聴器を仕掛ける。
山口彩花の死、21人+1人の妊娠、スタッフの疲弊……すべてを繋げる鍵は、あの部屋にある。
歌声が部屋に響く中、美穂はマイクを握りながら、青いリボンの隠しカメラが大場の横顔を捉えているのを確認した。
高木に送るべき言葉が、頭に浮かぶ。
――大場佳代、反応あり。
――社長への「憧れ」発言で、ニヤリと笑った。
――これは、罠に掛かったフリが効いた証拠だ。
外では、夕陽がビルに長い影を落としていた。
カラオケのネオンが、4人の顔を淡く照らす。
翌日の昼休み。
店舗のデスクで弁当を広げていた美穂のデスクの電話が鳴った。
大場からの内線メッセージ。
「美穂ちゃん、社長がお呼びだよ〜。 社長室に来てね♪」
美穂は小さく息を吐き、制服のスカートを軽く直した。
青いリボンの隠しカメラは、すでに録画中。
カバンの底に仕込んだ小型盗聴器を、そっと指で確認する。
社長室のドアをノックすると、中から宇都宮の穏やかな声が返ってきた。
「入っていいよ、美穂ちゃん!」
ドアを開けると、宇都宮はデスクの椅子から立ち上がり、にこやかな笑顔で迎えた。
CLAVATAのスーツが、午後の陽を吸い込むように光っている。
「来てくれたな。嬉しいよ!」
宇都宮は一歩近づき、短く、しかししっかりと美穂を抱き寄せた。
ハグは一瞬。
だが、美穂は背中に回された腕の力と、耳元でかすかに聞こえる息遣いから全てを察した。
大場から「餌」食いついたと報告があったんだと。
宇都宮は美穂を離し、椅子を勧めながら座った。
美穂も対面のソファに腰を下ろす。
宇都宮の目は優しいが、底に濁った光がある。
「最近、どうだい? 慣れてきた?」
美穂は頰を少し赤らめて頷く。
「……はい……みんな優しくて……」
宇都宮は満足げに頷き、プライベートに踏み込む質問を始めた。
「退勤後の夜は何をしてるんだい? 恋人はいるのかな? 休みの日はどう過ごしてる?」
質問は穏やかだが、執拗だ。
美穂は設定通りの「純粋で少し寂しがり屋の女の子」を演じながら、曖昧に答えていく。
「……夜は、家でスマホで動画を見てたり……。恋人は、いなくて……。休みは、散歩したり……お金ないから、外食とかあんまり……」
宇都宮はいつも通りのにこやかな顔で、相槌を打つ。
「そうかそうか……。大変だな。でも、ここで頑張れば、すぐに変わるよ。」
そして、立ち上がり、再び美穂を抱き寄せた。
今度のハグは、少し長め。
背中を撫でる手が、わずかに下へ滑る。
美穂は顔を真っ赤にして、照れた演技を全力で出した。
「……っ、社長……!」
慌てて宇都宮の腕から抜け出し、社長室の奥――観葉植物の鉢が置かれたコーナーへ駆け寄った。
「わ、わわっ……! いきなりそんな……社長の顔、見れないです……!」
背を向けたまま、観葉植物の鉢の土に指を差し込み、素早く盗聴器を埋め込む。
土を軽くかぶせ、葉で隠す。
動作は2秒足らず。
隠しカメラがすべてを捉えている。
宇都宮はくすくすと笑った。
「可愛いな、美穂ちゃん。……頑張ってくれよ」
美穂はまだ顔を赤らめたまま、ワタワタと手を振って社長室を飛び出した。
「ご、ごめんなさい! 私、戻ります……!」
ドアを閉めた瞬間、美穂の表情は一変した。
廊下を歩きながら、心の中で呟く。
――設置完了。
社長室の中では、宇都宮がデスクのインターホンを押した。
「大場、入ってこい。」
大場佳代がすぐに現れる。
宇都宮は椅子に深く腰を下ろし、好色な笑みを浮かべた。
「あの美穂って女、楽しませてくれそうだな。」
声は下品に濁っている。
大場はくすりと笑い、宇都宮の前に跪いた。
「社長も好きですね。」
大場の手が、宇都宮のズボンのベルトに伸びる。
ズボンを下ろし、宇都宮のモノをゆっくりと口に含む。
宇都宮は背もたれに体を預け、低く唸る。
「ん……いいぞ、大場……」
大場は慣れた手つきで奉仕を続け、硬くなったそれを自分のスカートの中に導いた。
社長室に、湿った音と息遣いが響く。
外の時間は、ゆっくりと流れていた。
店舗では来客がなく、スタッフたちは静かにデスクに座っている。
退勤時間になった。
美穂は制服のまま店舗を出て、Gurdean事務所へ急いだ。
2階のGuardean事務所に飛び込み、ドアを閉めた瞬間、息を吐く。
高木はすでにモニターの前に座っていた。
美穂はソファに崩れ落ちるように座り、声を低くした。
「盗聴器は設置成功した。 観葉植物の鉢の土の中だ。 宇都宮の反応から、大場からの報告を受けてたようだ。 プライベート質問も執拗だったし。 ところで、盗聴器の調子は?」
高木はキーボードを叩き、リアルタイムの音声データを確認した。
「受信良好。テスト再生する。」
スピーカーから、かすかな音が漏れる。
宇都宮の低く濁った声。
「あの美穂って女、楽しめそうだな。」
大場の笑い声。
そして、布ずれの音、湿った音。
美穂は目を閉じた。
「……これで、核心に近づいた。」
高木は静かに頷く。
「妊娠の件、スタッフの疲弊、山口の死……すべて、この部屋が鍵だ。」
美穂は青いリボンを外し、短い髪に戻って、いつもの「俺」の声で、静かに言った。
「次は、決定的な証拠を取る。」
事務所の明かりが、二人の影を長く伸ばした。
外では、夜が静かに降り始めていた。
ホワイトステートの「キラキラ」は、もう、剥がれ落ちる寸前だった。




