表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女装探偵  作者: 相澤 沁
PR
95/100

欲望の代償5

翌朝、8時ちょうど。

美穂はホワイトステートの店舗ドアの前に立っていた。

青いリボンを丁寧に結び直し、昨日支給された制服を着ている。

ピンクのブラウスは肌に優しく、白いスカートは膝丈で動きやすい。

鏡で確認した限り、完璧に「可愛い新人スタッフ」だ。

だが、鏡の中の目は、いつもの佐藤健一のものだった。

ドアはまだ施錠されている。

店内は暗く、誰もいない。

美穂は周囲を見回し、隠しカメラの録画を再確認。

高木からのメッセージは朝6時に届いていた。


昨日のスタッフ3名、顔照合結果:全員SNSで『キラキラ生活』を投稿していた過去あり。

共通点は、投稿開始時期が約3ヶ月前。

借金スパイラルの可能性あり。


美穂は小さく息を吐き、ドアの前に立ったまま待った。

8:15頃、小走りの足音が響く。

「美穂ちゃーん! おはよー!」

大場佳代が息を弾ませて現れた。

鍵束をジャラジャラ鳴らしながら、笑顔でドアを開ける。

「早いね〜! 真面目すぎ! 社長が『美穂ちゃんは本物だ』って見抜いたのもわかるよ。 ふふ、いい子が入ってくれてほんと嬉しい!」

大場は美穂の肩を軽く叩きながら、中へ招き入れる。

店内は昨日のまま。

明るい照明がつくと、ピンクの壁が一気に華やかになるが、空気はどこか淀んでいる。

「とりあえず座っててね。 みんな来るまでお茶淹れるよ〜」

美穂は控えめに頷き、デスクの端に座った。

制服の袖をそっと撫でる。

CLAVATAの本物。

タグの縫い目まで完璧だ。

8:30が近くなり、残りのスタッフ3人が続々と到着した。

昨日と同じ顔。

化粧は丁寧だが、目元に薄い影。

笑顔は作っているが、声に張りがない。

全員が揃うと、大場が手を叩いた。

「じゃあ、朝礼始めよっか!」

全員がデスクの前に並ぶ。

美穂も慌てて立ち、列の端に並んだ。

大場がリードする。

「いらっしゃいませ!」「ありがとうございます!」「またお越しください!」

全員の声が重なる。

だが、揃っているのは音量だけ。

感情は薄い。

それを5回繰り返す。

機械的なリズム。

5回目が終わると、奥の扉がゆっくり開いた。

宇都宮淳が、にこやかな笑顔で出てくる。

今日もCLAVATAのフルオーダースーツ。

朝から完璧な身なりだ。

「おはよう、みんな。……美穂ちゃん、来てくれたな。嬉しいよ。」

宇都宮は美穂に視線を向け、優しく頷く。

美穂は目を伏せて小さく頭を下げた。

「……おはようございます……」

宇都宮は満足げに手を叩いた。

「よし、今日もがんばろうな。美穂ちゃん、わからないことあったら何でも聞いてくれよ?」

朝礼はそれで終了。

その日、来客は一人もなかった。

スタッフたちはデスクに座り、スマホをいじったり、軽い雑談をしたりするだけ。

話題は天気、ドラマ、最近のスイーツ。

誰も「仕事」の話はしない。

美穂は静かに聞き役に徹し、時折相槌を打つ。

17時の閉店時間になった。

先輩スタッフ3人は、制服のままカバンを肩にかけ、明るい笑顔で「お疲れさま〜」「また明日ね」と手を振って帰っていく。

疲れた顔に無理やり張り付けた笑顔が、妙に痛々しい。

大場は美穂の隣で、満足げに言った。

「ウチの制服ってカワイイでしょ? だからみんなこのまま通勤しちゃうんだよね〜。美穂ちゃんも明日から制服で来てね! 通勤中もキラキラできるよ♪」

美穂は少し困ったふりで訊いた。

「……毎日着るのに、洗濯はどうしたらいいですか……?」

大場は目を輝かせて即答した。

「天下のCLAVATAの服なんだから、洗濯機も乾燥機もバッチリだよ! 普通に洗えるし、型崩れしないんだから。あ、そうか! 近いうちに洗い替え用も渡すね。3着あれば余裕でしょ?」

大場はくすくす笑いながら、美穂の肩をポンと叩いた。

底なしの明るさ。

まるで何の闇もない世界にいるかのように。

美穂は小さく頷きながら、心の中で冷たく呟いた。

――この明るさ、全部が奇妙過ぎる。

美穂は紙袋に制服をしまい、エレベーターに乗り込んで高木に初日終了の報告をした。

エレベーター内の鏡の中の自分は、笑顔を浮かべていない。

だが、瞳は静かに燃えていた。

――この「キラキラ」の裏側を必ず暴く。

夕暮れの街を制服姿のまま帰途に就く。

青いリボンが、風に小さく揺れた。


美穂が初通勤した日の夜、23時を少し過ぎた頃。

Guardean事務所の固定電話が、静かに鳴った。

高木が受話器を取る。

相手は刑事課の担当者――声がいつもより低く、抑揚がない。

「高木君か。犠牲者21人、全員の検死結果が出揃った。 それが奇妙な事にな、全員に妊娠が確認された。」

高木の指が一瞬止まる。

健一はソファに座ったまま、高木の顔を見た。

「全員!?」

高木は表情を崩さずに静かに答えた。

「そうだ。 年齢も時期もバラバラだが、妊娠週数は3ヶ月前後でほぼ一致。 遺体は既に家族に引き取られ、葬儀も済んでいる。 遺伝子検査や詳細な再剖検はもう不可能だが…」

高木は静かに息を吐いた。

「異常すぎる。21人全員が……」

刑事の声が続く。

「これはもう偶然じゃない。だが、今はGuardeanの潜入が最優先だ。 何か進展があれば、すぐに連絡くれ。」

電話が切れた。

事務所に、重い沈黙が落ちる。

健一はゆっくり立ち上がり、青いリボンを指で軽く弾いた。

「妊娠か。 キラキラ投稿が始まった時期と、妊娠時期が重なる。 借金で無理やり……? それとも、別の何かか?」

高木はモニターを睨んだまま言った。

「まだ借金の線は確定してない。でも、ホワイトステートのスタッフたちが疲弊してるのは確かだ。」

美穂は小さく頷いた。

翌朝、美穂は8時ちょうどに店舗ドアを開けた。

制服の襟を直し、いつものおどおどした演技で中に入る。

朝礼は昨日と同じ。

全員で声を揃えての掛け声5回。

奥から宇都宮が出てきて、にこやかに挨拶。

「美穂ちゃん、2日目も元気そうだな。今日もよろしく頼むよ!」

午前中は来客なし。

雑談とスマホいじりだけ。

12時を回り、昼休みになった。

大場が手を叩いて明るく言った。

「美穂ちゃんの歓迎会がてら、みんなでランチ行ってきて! 『ちょこりえーる』とかさ! 」

美穂は目を伏せて、困ったふり。

「……そんな、お金持ってなくて……」

すると、先輩スタッフの一人――白井洋子(26)が、柔らかく笑って言った。

「これくらいおごるから大丈夫だよ。 美穂、気にしないで!」

白井の声は穏やかだが、目が少しだけ鋭い。

美穂は小さく頷いた。

「え?いいの?……ありがとう……」

4人で店舗を出る。

スタッフは美穂を含めて全員女性。

白井洋子(26)、山口彩花(24)、鈴木真由(24)。

大場は店舗に残って「留守番するね〜」と手を振った。

『ちょこりえーる』は、高級感のあるカフェだった。

テラス席に座り、彩花と真由がメニューを眺めながら軽く笑う。

白井は静かにコーヒーを注文し、美穂の隣に座った。

会話は他愛ない。

最近のドラマ、インスタのトレンド、甘いものの話。

だが、相変わらず誰も「仕事」の話はしない。

美穂は聞き役に徹し、時折小さく相槌を打つ。

ランチを終え、4人で店舗へ戻る途中。

白井が突然、美穂の手を引いた。

「ちょっと寄りたいところがあるの。 美穂、来て。」

古着屋の入り口。

白井は山口と鈴木に振り返り、笑顔で言った。

「美穂に雑貨コーナー見せたいから、先に戻ってて!」

山口と鈴木は、揃って作り笑顔で手を振った。

「りょ!」

「じゃあね〜」

二人は足早に去っていく。

白井は美穂の手を離さず、古着屋の中へ入った。

店内は薄暗く、古着の匂いがする。

白井は服を眺めるふりをして、棚の陰で美穂に顔を寄せた。

笑顔のまま、しかし声は低く、急いで囁く。

「この会社にいちゃダメ。 できるだけ早く逃げて。」

美穂の瞳が一瞬、鋭くなるが、演技を崩さない。

「え?」

白井は笑顔を崩さず、服の袖を触りながら続ける。

「今はこれ以上言えない。でも……信じて。ここにいると、絶対に後悔する。」

白井はすぐに笑顔に戻り、美穂の肩を軽く叩いた。

「ほら、可愛い雑貨あったでしょ? じゃあ、戻ろっか!」

二人は笑顔で古着屋を出て、店舗に戻った。

白井は最後まで明るく振る舞い、店舗のドアを開ける。

美穂は心の中で、高木に送るべき言葉を整理していた。

午後の店舗は、また静かだった。

美穂はデスクに座り、青いリボンを指で軽く触れる。

隠しカメラは、すべてを捉え続けている。

美穂は小さく息を吐き、明日への覚悟を新たにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ