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女装探偵  作者: 相澤 沁
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欲望の代償1

郊外のマンションの2階、Guardean事務所の窓からは、午後の陽が斜めに差し込んでいた。

埃っぽい空気と、コーヒーの残り香が混じり合ういつもの匂いの中、机の上に置かれた封筒が妙に重く見えた。

佐藤健一は封筒の端を指で叩きながら、ため息をついた。

「自殺者が20人か……。 この3ヶ月で、だろ?」

高木悠斗は隣のモニターを睨んだまま、静かに頷く。

「全員が20代前半の女性。 共通点は、最近SNSで『キラキラした贅沢ライフ』がバズったこと。 ブランド品、海外旅行、高級ディナー……投稿のエンゲージメントが異常。 フォロワー急増のタイミングもほぼ同時期だ。」

高木の指がキーボードを滑り、画面に並んだ20人分のプロフィール写真が映し出される。

笑顔が眩しい。

どれも、生き生きとしていたはずの顔だ。

そこへ、事務所のドアが勢いよく開き、片桐由香が息を切らして飛び込んできた。

「健一さん! 悠斗さん! 大変です! 今、1階のエントランスで警察の人が……! しかも、さっきマンションの屋上から……飛び降りが……!」

部屋が一瞬、静まり返った。

健一は立ち上がり、由香の肩にそっと手を置いた。

「由香ちゃん、落ち着いて。誰が?」

「わ、私たちのマンションの……8階の住人さん……。女の子で、最近インスタでめっちゃバズってた子……」

由香の声が震える。彼女自身も8階に住んでいる。

由香の目には、恐怖と悲しみが混じっていた。

高木が静かに立ち上がり、モニターの電源を切った。

「……これで21人目だ」

健一は唇を噛んだ。

「放っておけないな。」

高木が小さく頷く。

「刑事課からの依頼書だ。 『内密』って書いてあるけどね。」

机の上の封筒を手に取り、健一は中身を一瞥した。

被害者のリスト、SNS投稿のスクリーンショット、死亡推定時刻の表。

どれも、丁寧にまとめられているが、捜査が進んでいないことは一目でわかった。

「手が回らないみたいだね。 警察も相当追い込まれてる証拠だ。」

その時、事務所のインターホンが鳴った。

刑事課の担当者だろう。

健一は由香の方を振り返って、きっぱりとした声で言った。

「由香ちゃん。 悪いけど今日はもう帰ってくれ。 事件だ。」

由香は頷いて、事務所を出て行った。

ドアが閉まった瞬間、健一の表情が変わった。

いつもの優しい目が、鋭く細くなる。

「悠斗、まずは被害者21人全員のSNSアカウントを洗い直す。 投稿のタイミング、コメントの傾向、共通のフォロワー……何か『きっかけ』があるはずだ。」

高木はすでに新しいタブを開いていた。

「了解。 僕はデータ解析から入る。」

「俺は、美穂で被害者の足取りを辿ってみる。」

健一はクローゼットの奥から、ロングヘアウィッグと青いリボンを取り出した。

隠しカメラ付きのリボンを指で軽く弾く。

「潜入先は、被害者たちが投稿していた場所……高級レストラン、カフェ、ホテルラウンジ。 あのキラキラした写真の裏側に、何かあるかも知れない。」

高木がサムズアップして小さく笑った。

健一はウィッグをかぶりながら、鏡に向かって微笑んだ。

声色が少し高くなる。

「私、今日から『キラキラ女子』だからね!」

事務所に、再び静かな決意の空気が満ちた。


古いマンションのエントランスは、いつもより薄暗く感じた。

夕暮れの残光がガラスドア越しに差し込み、床のタイルに長い影を落としている。

美穂――佐藤健一は、ロングヘアを軽く払いながら、ゆっくりと息を吐いた。

今日は一日中、被害者たちの投稿場所を回っていた。

高級レストラン、カフェ、ホテルラウンジ……どれも華やかで、どれも完璧に「キラキラ」していた。

だが、裏側に怪しい気配は一切なかった。

店員の態度も普通、監視カメラの死角も特になく、経営母体もバラバラ。

共通点は、本当にゼロだった。

「結局、何も……」

美穂は小さく呟きながら、エレベーターのボタンを押した。

疲れが肩に重くのしかかる。

青いリボンの隠しカメラは、まだ録画を続けている。

せめて何か、かすかな手がかりでも残っていればいいのだが。

エレベーターの扉が開いた瞬間、二人の男が降りてきた。

一瞬のすれ違い。

男たちは明らかにこのマンションの住人ではなかった。

郊外の古びた建物に似つかわしくない、完璧に仕立てられたCLAVATAのスーツ。

濃紺の生地に、控えめなシルバーのピンが光っている。

片方は耳にイヤホン、もう片方はスマートフォンを耳に当てていた。

美穂は自然に視線を逸らし、通り過ぎる二人を横目で捉えた。

声は小さく、しかしはっきりとした単語が耳に飛び込んできた。

「……8階……」それだけ。

一瞬だった。

男たちは美穂を一瞥もせず、足早にエントランスの方へ歩いていった。

背中が遠ざかる。

CLAVATAのスーツの背縫いが、完璧に揃っているのが妙に印象的だった。

美穂の心臓が、少し速く鳴った。

「8階……」

由香が住む階。

由香が「飛び降りがあった」と駆け込んできた、あの21人目の被害者の階。

そして、このマンションで起きた唯一の事件の現場。

美穂はエレベーターに乗り込み、8階のボタンを押した。

扉が閉まるまでの数秒、頭の中で情報が高速で回る。

被害者21人、全員SNSバズり女子。

場所はバラバラ、共通点なし。

なのに、今日、このマンションで起きた飛び降り。

そして、今、CLAVATAのスーツを着た見知らぬ男二人が「8階」と言って出ていった。


エレベーターが動き出す振動を感じながら、美穂はリボンの隠しカメラを指で軽く叩いた。

録画は続いている。

高木にすぐデータを送らなければ。

8階に着いた。

廊下は静かだった。

由香の部屋の前を通り過ぎるとき、ドアの隙間からかすかに音楽が漏れていた。

いつもの明るいポップス。

美穂は事務所のある2階に戻り、高木に報告した。

「マンションエントランス。CLAVATAスーツの男二人。8階と言って出ていった。顔は撮れた。」

高木はモニターから目を離さずに答えた。

「了解。映像解析を開始する。」

美穂は小さく息を吐き、ウィッグを軽く直した。

声は女の子のまま、でも目はもう、いつもの佐藤健一のものに戻っていた。

事務所のデスクに座って、美穂は心の中で呟いた。

――このマンションで起きた事件が、21人目の「きっかけ」だったとしたら。

――そして、あの二人が「8階」に何をしに来たのか。

答えは、まだ遠い。

だが、美穂が改めて被害者のSNSを見直して、ある事に気付いた。

「この子たち、全員がCLAVATAの服を着てる。」

高木が美穂のモニターを覗き込んで頷いた。

さっきの二人の男の後ろ姿にもCLAVATAのスーツのシルエットが鮮やかに浮かび上がっていた。

ようやく共通点らしきものが、ほんの少しだけ見えてきた気がした。

高木の声は静かだったが、目に宿る光は鋭い。

「ここまで共通してるとなると… CLAVATAを洗ってみるか?」

美穂はウィッグを外しながら、ゆっくり頷いた。

「そうだな。 キラキラの裏側に何があるのか……。 暴いてやろう。」

事務所に、再び静かな闘志が満ちた。外では、夜が深まっていく。

郊外のマンションは、今日も何かを隠しているようだった。

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