友情と正義は勝つ5
三日後、Guardean事務所のモニターが再び重要な音声を捉えた。
午後6時頃。
平澤敦の財布に仕込んだ盗聴器が、クリアな通話を拾い始めた。
平澤は小学校の職員室を出て、校門に向かう途中のようだ。
足音と周囲の子供たちの声が背景に混じる中、電話の着信音が鳴った。
電話の向こうから、低く抑えた男の声。
黒幕と思しき男の声が言った。
「平澤、今夜また四方田ジムに動物の死体を撒け。いつもの場所に置いてあるから、取りに来い。」
平澤は歩きながら、苛立った声で応じた。
「……またかよ。いい加減にしろよ。 教師の俺がこんなことやってるの、バレたらこっちが終わりなの分かってるんだろうな?」
黒幕と思しき男の声は続けた。
「うるさい。 今日は報酬も渡してやる日だったな。 いつも通りジムの裏のゴミ捨て場に車を停めろ。俺が直接渡す。」
平澤は小さく舌打ちした。
「ちっ……わかったよ。」
電話はそこで切れた。
事務所のデスクで、健一と高木は即座に反応した。
健一は高木に呼び掛けた。
「黒幕と平澤が直接会う。 尾行するぞ。」
高木は頷いて答えた。
「了解。佐々木さんに連絡して映像共有の準備を。」
高木は佐々木に電話した。
「今夜、平澤と黒幕が接触するそうなので尾行します。 事務所のパソコンと佐々木さんのパソコンを接続して、リアルタイム映像共有お願いします。」
佐々木は即座に映像共有の準備をした。
夕暮れ時、健一と高木は四方田ジム近くの路地に車を停め、待機した。
高木のノートパソコンは平澤の位置情報をリアルタイムで追跡中。
健一は望遠レンズ付きのカメラを構え、高木は無線イヤホンで佐々木と常時連絡を取っている。
平澤は予定通り、小学校の校門前に自家用車を停めた。
エンジンを切って待つこと数分――少し遅れて、黒い軽自動車が静かに近づき、路肩に停車した。
運転席から降りてきたのは、ジャージ姿の50代~60代くらいの男。
髪はだらしなく伸び、眼鏡をかけている。
男はトランクを開け、大きな黒いビニール袋と茶色の封筒を取り出し、平澤に手渡した。
盗聴器が、会話の全てを拾っていた。
黒幕と思しき男は低い声で言った。
「これが今夜分の死体だ。 ネズミと猫を中心に20体。 いつも通り撒け。」
平澤はウンザリと苛立ちを隠さずに言った。
「毎回毎回……本当にこれで終わるのか? 四方田が諦めなかったら、どうすんだよ。」
黒幕と思しき男は平澤を無視するように言った。
「黙って嫌がらせを続けろ。 報酬は封筒の中だ。次はもっと派手にやれ。 会員が全部逃げたら、四方田も観念するだろう。」
平澤は封筒をポケットに突っ込み、ビニール袋を受け取った。
「……わかった。じゃあ、今夜やるよ。」
男は軽く頷き、車に戻って去っていった。
その瞬間を健一の望遠カメラが鮮明に捉えていた。
軽自動車のナンバープレート、男の顔、眼鏡の奥の冷たい目つきまで――全て鮮明に記録。
高木は佐々木に告げた。
「ナンバー押さえました。 顔もクリア。 車両登録を追えば黒幕の身元が特定できます。」
健一はカメラを下げ、静かに息を吐いて言った。
「これで証拠は揃ったな。 平澤の裏切り、黒幕の指示、報酬の受け渡し……全部。」
事務所では、佐々木がモニター越しに映像と音声を確認し、拳を握りしめていた。
「平澤敦……そして、この男……。 四方田さんの信頼を踏みにじり、友情の場を汚した者たち……許せません。」
高木が佐々木に伝えた。
「佐々木さん、これを警察に提出する資料としてまとめます。 動物愛護法違反、脅迫、器物損壊、業務妨害……複数の罪状が成立しますね。」
健一が続けた。
「平澤は今夜ジムに死体を撒きに来るはずだ。そこで一網打尽にするか……それとも、もう少し泳がせて黒幕を炙り出すか。」
佐々木は即答した。
「四方田さんのためにも……一刻も早く終わらせましょう。 私が警察との橋渡しをします。」
健一は軽く笑った。
「了解。佐々木さん、やっぱり正義は勝つんです!」
三人の視線が、モニターに映る平澤の車に向けられた。
平澤はビニール袋を抱え、ゆっくりとジムの方へ車を走らせ始めた。
その夜も、四方田ジムの入り口には動物の死体が散乱していた。
健一と高木、佐々木の三人は、深夜の闇の中で黙々と動物の死体を回収し、血痕を洗い、消毒スプレーを振りかけた。
作業を終えた頃には、空が薄く白み始めていた。
佐々木は最後にジムの扉を軽く撫で、静かに言った。
「四方田さん……もうすぐです。もう少しだけ、耐えてください。」
健一から提案があった。
「今日、四方田さんに黒幕の写真を見せてみよう。 顔がはっきり映ってるから、知り合いかどうかわかるはずだ。」
高木は静かに頷いた。
翌朝、四方田ジムの応接室。
健一と高木、佐々木が揃って四方田を待っていた。
四方田はいつものようにコーヒーを淹れてくれ、疲れた笑顔で席に着いた。
健一は四方田の目を見て力強く言った。
「四方田さん、昨夜もまた死体が撒かれてました。 でも、安心してください。 もう証拠は揃いました。 犯人と黒幕の繋がりも。」
高木はプリントアウトした写真をテーブルに置いた。
黒い軽自動車から降りてきたジャージ姿の男――眼鏡をかけ、だらしなく伸びた髪の年配の男。
四方田は写真を手に取り、最初は無表情だった。
やがて、目が大きく見開かれ、手が震え始めた。
「……泰三……叔父さん……?」
佐々木は驚いて言った。
「四方田さん……この男が?」
四方田は写真をテーブルに叩きつけるように置き、項垂れた。
声が震えていた。
「四方田泰三……俺の叔父です。 何度もジムに来て、金の無心をしてきて……最初は哀れみから渡してたんです。 『ちょっとだけ』って言って。 でも、金額がどんどん大きくなって、来るペースも速くなって……最後は強く叱りつけて、断ったんです。」
四方田は拳を握りしめ、目を赤くした。
「思えば……小さな嫌がらせが始まった頃と、タイミングがぴったり一致します。 俺が金を出さなくなった直後から……」
健一は静かに頷いた。
「黒幕は開発業者じゃなかったのか。 叔父さんがジムの土地を売って私欲を満たそうとしてただけだったのか……」
四方田は深く息を吐き、涙を堪えるように顔を覆った。
「叔父さんが……俺のジムを……こんな目に……」
佐々木は四方田の肩に優しく手を置き、穏やかに言った。
「四方田さん……あなたは何も悪くありません。 親族に裏切られた痛みは誰だって耐えがたい。 でも、今、私たちが証拠を握っています。 平澤敦と四方田泰三……二人の繋がりも特定できました。」
高木が続けた。
「四方田さん。僕たちは、これ以上あなたを苦しめさせません。 証拠はもう完璧です。」
高木はUSBメモリを取り出し、佐々木さんに手渡した。
「これに、全ての証拠物件をまとめました。録画、録音、ナンバープレート、顔写真……動物愛護法違反、脅迫、器物損壊、業務妨害…あとはお願いします。」
佐々木はUSBを受け取り、深く頷いた。
「ありがとうございます、高木さん、佐藤さん……あとは私の仕事になります。 警察への提出、告訴状の作成、泰三と平澤への法的措置……私が全力で進めます。 四方田さんのジムを必ず守ります。」
四方田は立ち上がり、三人に深々と頭を下げた。
「皆さん……本当に、ありがとうございます。 俺……もう諦めかけてたけど……まだ、バッファローマンみたいに突進できる気がします。」
健一は軽く拳を差し出し笑った。
「その意気です。四方田さん。俺たちも、一緒に突進しますよ!」
高木と佐々木も拳を合わせ、四方田の拳が加わった。
応接室に、静かな決意の空気が満ちた。
佐々木はUSBを胸ポケットにしまい、静かに言った。
「正義は……必ず勝つんです。四方田さんの友情と汗の結晶を絶対に汚させません。」
四方田は涙を拭い、笑顔を浮かべた。
初めて見る、穏やかな笑顔だった。
「じゃあ……事件が終わったら、またみんなで筋肉コスプレやりましょう!」
高木が静かに言った。
「これで、一件落着だな。」
健一は続けた。
「そうだな。由香ちゃんの約束も、美穂として1日付き合わなきゃいけないけど……まあ、悪くない」
佐々木蔵之介は、証拠の最終確認を終えた翌日の午後、警察署の刑事課に足を運んだ。
USBメモリと分厚い告訴状の束を抱え、いつものスーツ姿で。
しかし目は鋭く燃えていた。
「四方田治彦さんに対する一連の嫌がらせ事件について、告訴状を提出します。 犯人は四方田泰三および平澤敦です。 動物愛護法違反、脅迫罪、器物損壊罪、業務妨害罪、背任行為……証拠は全て揃っています。」
刑事課の担当刑事は、佐々木が提出した資料をめくりながら目を丸くした。
監視カメラの鮮明な映像、盗聴器のクリアな音声、報酬受け渡しの瞬間、平澤の財布から拾った通話記録……どれも決定的だった。
刑事は感心した面持ちで言った。
「これは……完璧ですね。弁護士さん、よくここまで集めましたね。」
佐々木は静かに微笑んだ。
逮捕状の発行は迅速だった。
翌朝、平澤敦と四方田泰三に対する逮捕が同時に執行されることが決定した。
逮捕当日――朝8時。
まず、平澤敦の逮捕は小学校の職員室で行われた。
朝の職員会議が終わった直後、スーツ姿の刑事二人が静かに職員室に入ってきて平澤に告げた。
「平澤敦先生ですね? 動物愛護法違反および脅迫容疑などで逮捕状が出ています。 ご同行願います。」
平澤はコーヒーカップを落とし、顔面蒼白になった。
周囲の教師たちが息を呑む中、平澤は震える声で呟いた。
「……俺が……?」
刑事は平澤の声を打ち消すように言った。
「抵抗しないでください。 おとなしく同行していただけるなら手錠はかけません。」
平澤は抵抗する力も無く、刑事について歩いた。
子供たちの声が遠くから聞こえる中、彼は連行された。
廊下で出会った生徒たちが「先生、どうしたの?」と声をかけても、平澤は目を伏せて答えられなかった。
ほぼ同時刻、四方田泰三の自宅アパート。
泰三は朝食を食べながらテレビを見ていた。
インターホンが鳴り、泰三がドアを開けると、刑事が立っていた。
刑事は低く、しかしハッキリした口調で泰三に告げた。
「四方田泰三さんですね? 動物愛護法違反、脅迫、背任容疑で逮捕状が出ています。 ご同行願います。」
泰三は箸を落とし、立ち上がった。
顔は青ざめ、唇が震えていた。
「俺が……何を……」
刑事は即答した。
「四方田治彦さんのジムに対する嫌がらせの件です。 証拠は揃っています。 観念してください。」
泰三は一瞬、逃げようとしたが、すぐに諦めた。
両手を差し出し、手錠をかけられる。
部屋の中には、消費者金融の督促状の束と、借金の明細書が散乱していた。
泰三は連行されながら、独り言のように呟いた。
「……治彦……金を出さなかったお前が悪いんだ……」
午前10時頃、Guardean事務所に佐々木から連絡が入った。
「佐藤さん、高木さん……二人とも、無事に逮捕されました。 平澤敦と四方田泰三、両名とも観念して連行されています。 警察の取り調べも順調に進むはずです。」
健一はソファに座り、コーヒーを一口飲んだ。
「よし……これで一件落着だな。」
高木はノートパソコンを閉じ、静かに頷いた。
「四方田さんに連絡を。 ジムはもう安全です。」
佐々木は頷いて答えた。
「はい……四方田さんには、私から直接報告します。 皆さん、本当にありがとうございました。 四方田さんのジムは、これで守られました。」
健一は軽く笑った。
「礼なんかいいよ。 佐々木さん、正義は勝つんです!」
佐々木の声が、電話越しに優しく響いた。
「はい……正義は、必ず勝つんです。」
その日の午後、四方田ジムに四方田治彦が立っていた。
入り口の地面は綺麗に掃除され、動物の臭いはもうどこにもない。
会員たちが次々と入ってきて、いつもの笑い声が響き始めた。
四方田は壁に飾られたキン肉マンのポスターを見上げ、涙を拭った。
「バッファローマン……俺、まだ突進できるよな!」
夕方、Guardean事務所に四方田から感謝の電話が入った。
声は明るく、力強かった。
「皆さん……本当にありがとう。おかげさまでジムは助かりました。 俺も、もう大丈夫です! またバッファローマンでも何でもやれますよ!」
健一は受話器に向かって、にやりと笑った。
「楽しみにしてますよ、四方田さん!」
事務所の窓から、夕陽が見えた。
街は穏やかで、正義の香りが漂っていた。
由香ちゃんの約束の「美穂1日デート」も控えているが――それは、また別の楽しい戦いだ。
四方田ジムは、これからも友情と汗の結晶として輝き続ける。




