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女装探偵  作者: 相澤 沁
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友情と正義は勝つ4

応接室の空気が少し重くなったところで、健一が四方田に静かに尋ねた。

「四方田さん、平澤敦の家……知ってますか? 勤務先の小学校も。」

四方田は目を伏せながら、ゆっくり頷いた。

「……知ってます。 何回か、俺を励ますって言って、家に招待してくれたことがあって……よく知ってます。 勤務先の小学校は近くの公立校です。」

健一は小さく頷き、高木と視線を交わした。

高木も無言で了解の意を示す。

健一は微笑んで言った。

「ありがとう、四方田さん。それで十分です。」

佐々木が心配そうに口を開いた。

「佐藤さん……これからどうするんですか?」

健一は立ち上がり、穏やかだが決然とした声で言った。

「スピーディーで確実な作戦を思いついた。……今回は、平澤を油断させるために美穂として動く。」

四方田と佐々木が同時に首を傾げたが、健一はそれ以上説明せず、高木に目配せした。

「ここから先の話は……皆さんは聞かない方がいい。俺たちだけで進めます。」

健一も頷いて続けた。

「そうだな。四方田さん、佐々木さん、ジムのことは任せておいてくれ。」

四方田は不安げだったが、深く頭を下げた。

「……わかりました。お願いします。」

佐々木も静かに頷いた。

健一と高木はサムズアップし、応接室を後にし、Guardean事務所へ戻った。

事務所に戻った瞬間、健一はスマホを取り出し、仁に電話した。

「仁さん、今から事務所に来てもらえますか? 大事なお願いがあるんです」

30分後、仁が事務所に到着した。

いつものスーツ姿だが、顔は心配で強張っている。

健一は仁をソファに座らせ、深々と頭を下げた――土下座に近い勢いで。

「仁さん……お願いがあります。 由香ちゃんに作戦に協力してもらいたいんです。」

仁は仰天の表情で大声をあげた。

「由香を!? 健一君、何を言ってるんだ! 絶対にダメだ! 過保護と言われようが由香は危険なことに巻き込ませない!」

健一は頭を上げず、声を低く抑えて続けた。

「一緒にふざけてもらうだけです。危険は一切ありません。美穂として俺が近くにいて、悠斗が後方から監視します。由香ちゃんの安全が最優先で、俺がしっかり守ります!」

仁は腕を組んで渋い顔をしていたが、健一の土下座姿を見て少し動揺した。

「仁さん……お願いします。佐々木さんの友人を守るためにも……」

その時、事務所のドアが開き、由香ちゃんが顔を出した。

どうやら仁の後を追って来ていたらしく、きょとんとした顔で言った。

「パパ? 健一さん? 何の話?」

健一は立ち上がり、由香ちゃんに丁寧に頭を下げた。

「由香ちゃん……実は、ちょっとした作戦に協力してほしいんだ。美穂と一緒に、ふざけてるふりをして、ある人にぶつかるだけ。それで終わりだよ。」

由香は目を輝かせた。

「え、面白そう! 私、やる! 美穂さんと一緒にふざけるの、楽しそう~!」

仁は慌てて言った。

「由香! 待て! 待ちなさい!」

しかし、由香は仁さんの腕に抱きつき、甘えるように言った。

「パパ、いいでしょ? 健一さんたちが守ってくれるんだもん。私、やりたい!」

仁はため息をつき、しばらく黙っていたが……由香の「やりたい」の一言で、ついに折れた。

「……わかった。だが、条件だ。由香、作戦が終わったら……美穂として1日、由香に付き合ってもらうんだぞ。 デートでも何でもいい、由香の言う通りに。」

健一は即座に頷いた。

「約束します。美穂として、1日中しっかり由香ちゃんに付き合います。」

由香は大喜びで言った。

「やったー! じゃあ、決定!」

仁はまだ渋い顔だったが、由香の笑顔を見て諦めたように肩を落とした。

「健一君……本当に、由香を頼むぞ!?」

健一は背筋を伸ばして言った。

「はい。絶対に!!」

作戦は翌日の決行に決定した。

Guardean事務所の奥で、健一と高木だけが最終確認をしていた。

財布に盗聴器を仕込むという核心部分は、二人だけの秘密。

由香にも、佐々木にも、四方田にも――誰にも話さない。

健一が繰り返すように言った。

「明日、美穂と由香ちゃんが平澤に『うっかり』ぶつかる。 由香ちゃんが一緒に謝って、俺が財布をスリ取って盗聴器を仕込む。 拾って渡すふりで盗聴器入りの財布を渡す。 平澤のみならず、およその人は毎日同じ財布を使ってるから気付きにくいはずだ。」

高木も続ける。

「平澤の行動パターンは四方田さんから聞いた小学校の帰り道で確定。放課後、近所のコンビニに寄る癖がある。 その付近で仕掛ける。」

健一が続ける。

「由香ちゃんの安全が第一。 俺が常に近くにいる。 悠斗は後方から監視と録音確認。」

高木は頷きながらニヤリとして言った。

「了解。作戦名……『友情のスリ』でいいか?」

健一はくすっと笑った。

「それでいいよ。正義は、勝つんだ」


翌日、午後4時半頃。

Guardean事務所の裏口から、美穂と由香が出てきた。

由香は、髪をツインテールにしていて、明らかに浮かれている。

「美穂さん! 今日は一緒に作戦だなんて、夢みたい~! ふざけ合ってぶつかるだけって、超楽しい!」

美穂はロングヘアを揺らし、青いリボンを軽く直しながら優しく微笑んだ。

「ふふ、由香ちゃん。浮かれてるのはむしろ好都合だよ。自然にキャッキャできるから、平澤も油断するはず。」

由香は満面の笑みで言った。

「うん! 美穂さんと手を繋ぎながらふざけるの、最高!」

二人は手を繋ぎ、徒歩で平澤の勤務先小学校近くの住宅街へ向かった。

高木は事務所のモニター前で、後方支援としてリアルタイム監視中。

仁は事務所で、由香が無事に戻るまで動けないとソワソワしながら待機している。

住宅街の歩道。夕方の柔らかな陽光が木漏れ日を作り、子供たちの声が遠くから聞こえてくる中――平澤敦の姿が見えた。

スーツの上に薄手のコートを羽織り、鞄を提げてゆっくり歩いている。

いつもの優しげな笑顔で、近所の子供に手を振っている。

美穂は笑顔で由香に言った。

「由香ちゃん、来たよ。 自然にね。」

二人は手を繋いだまま、キャッキャと笑いながら歩き出した。

由香がわざと美穂の腕を引っ張り、美穂が甘えた声で応じる。

完全に「仲良し女の子同士のじゃれ合い」にしか見えない。

平澤の脇を通り過ぎる瞬間――美穂が「きゃっ!」と小さく声を上げ、わざと足を引っかけて躓いたふりをした。

その瞬間、美穂は平澤から素早く財布を抜き取っていた。

体が平澤にぶつかり、二人は軽く転倒。

由香も「わっ!」と驚いたふりをして一緒にしゃがみ込む。

平澤は地面に尻餅をついたが、すぐに笑顔で立ち上がろうとした。

「大丈夫? 気を付けてね、女の子たち。」

声は穏やかで、優しい教師そのもの。

美穂は内心で舌打ちしつつ、表面上は慌てた表情で言った。

「ご、ごめんなさい! 本当にすみません!」

由香も慌てたように続けた。

「私たち、ふざけすぎちゃって……おじさん、大丈夫ですか?」

平澤は埃を払いながら、優しく手を差し伸べた。

「いやいや、僕もぼーっとしてたから。 怪我は無いよ。 元気でいいね。」

そう言って立ち上がり、歩き始めた。

平澤から抜き取った財布を自分の袖に隠し、すかさず盗聴器を仕込む。

作業はわずか数秒。

美穂は大きな声で叫んだ。

「おじさーーん! 待ってくださーい!」

平澤が振り返る。由香と美穂が小走りで追いかけ、息を切らしたふりで財布を差し出した。

「これ、落としましたよ! 本当にごめんなさい……」

平澤は少し驚いた顔をしたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。

「ありがとう。助かったよ。気をつけて帰りなさいね。」

財布を受け取り、軽く頭を下げて歩き去った。

美穂と由香は手を繋いだまま、反対方向へ走り去る。

二人は角を曲がり、高木の待つ車に乗り込んだ。

車内では堅気がノートパソコンを開き、すでに盗聴器の信号を受信していた。

「接続確認……音声クリア。 位置情報も取得中。 平澤の現在位置をリアルタイムで追跡可能。」

美穂はシートに座り、髪を直しながら息を吐いた。

「よし……これで平澤の日常会話、開発業者との連絡、全部拾えるはず。」

由香は不安そうな顔で言った。

「私、役に立てた?」

美穂は由香の頭を優しく撫でた。

「もちろん。 由香ちゃんがいなかったら、こんな自然に近づけなかったよ。 ありがとう!」

車は静かに走り出し、夕陽が横浜の街をオレンジに染めていた。

事務所では仁がソワソワしながら待っていたが、由香戻ると仁はホッとした顔でソファに座った。

「ふう……これで一段落か。」

美穂は由香に笑顔で言った。

「由香ちゃん、お疲れ様! ありがとうね!」

高木はノートパソコンを開いて言った。

「さて、仕込みが本領を発揮するのはこれから。 平澤が黒幕と連絡を取る瞬間を必ず押さえる。」

美穂は青いリボンを指で軽く弾き、静かに笑った。


その日の深夜、Guardean事務所のモニターが再び動きを捉えた。

午前1時過ぎ。

四方田ジムの入り口を映す新設カメラが、暗闇の中を歩く人影をはっきり映し出した。

フードを深く被った男が、ビニール袋から動物の死体を取り出し、次々と地面に撒き散らす

。動きは慣れたもの――躊躇なく、素早く。

健一はモニターを睨み、静かに呟いた。

「……平澤だ。間違いない」

高木はズームインし、顔の輪郭と体格を比較確認。

昨夜の映像と完全に一致する。

「服装も同じジャージ。顔も鮮明に映ってる。証拠として追加保存完了だ。」

健一はすぐにスマホを取り、佐々木に電話した。

「佐々木さん、今からジムに死体がまた撒かれてます。 片付けに行きます。 来られますか?」

30分後、三人はジム前に集合した。

佐々木はジャージ姿で、手にはゴミ袋と消毒スプレー。

健一と高木も手袋をはめ、黙々と作業を開始する。

死体を回収し、血痕を洗い、臭いを消す――もう慣れた手つきだ。

片付けの最中、佐々木が静かに訊いた。

「佐藤さん……由香さんとの作戦、どうでしたか?」

健一は手を止めず、穏やかに答えた。

「作戦は上出来でした。 でも、何をしたかは弁護士が知っててはいけない事です。」

佐々木は一瞬目を細めたが、すぐにニッコリと頷いた。

察したようだ。

「わかりました。ありがとうございます。」

ちょうどその時、高木のノートパソコンが小さく音を立てた。

平澤の財布に仕込んだ盗聴器が、リアルタイムで音声を拾い始めた。

高木はスピーカーの音量を上げた。

「平澤……電話中です。」

三人は作業の手を止め、スピーカーを近づけた。

平澤のうんざりした声が、クリアに響く。

「今日も動物の死体を撒いてきたよ……こんな事、いつまでやらせるんだ!」

電話の向こうから、低い男の声。

「そのジムの土地が手に入るまでだ。 もう少し我慢しろ。 四方田が諦めればすぐに終わる。」

平澤はイラついた声で言った。

「ったく……教師の俺がこんなことやってるなんて、笑えるぜ。」

電話の向こう側の声は平澤のイラつきを意に介さず言った。

「報酬は約束通り払う。 次はもっと派手にやれ。」

電話はそこで切れた。

健一はゆっくり息を吐き、唇の端を吊り上げた。

「……黒幕の声まで拾った。 土地の買い取りを迫ってる開発業者かもな。」

佐々木は拳を握りしめ、静かに言った。

「平澤敦……四方田さんの信頼を裏切り、こんなことを……。そして、その背後にいる者も決して許しません。」

健一は死体の最後の袋を縛りながら、穏やかに言った。

「事件の全容解明が近い。 平澤を泳がせて黒幕との接触をもう少し待つ。 証拠が揃ったら一気に潰す。」

高木が続けた。

「警察への提出資料は帰ったらすぐまとめる。 佐々木さん、法的観点からの最終チェックをお願いします。」

佐々木は深く頷き、目を輝かせた。

「もちろんです。四方田さんのジムを……友情の場所を守りましょう。」

ジムの入り口は、再び綺麗に片付いていた。

朝の光が差し込む頃には、会員たちが何も知らずにトレーニングを始めるだろう。

三人は拳を軽く合わせた。

平澤の財布の中の小さな盗聴器が、息を潜めて――次の裏切りを、記録し続ける。

戦いは、終盤へ向かっていた。

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