友情と正義は勝つ1
ある日のJustice Brew Caféは、いつもより少し静かだった。
午後の陽光が窓から差し込み、ミントグリーンの制服を着た由香がカウンターでカップを磨いている。
美穂は奥のキッチンで新しいブレンドコーヒーの試飲をしていた。
そんな中、常連客の一人がドアを押し開けて入ってきた。
四方田治彦――先日のコスプレではバッファローマンを演じた人で、佐々木のボディビル仲間が通う小さなジムのオーナーだ。
普段は明るく豪快な笑顔で「今日も友情パワーだぜ!」と声を張る男だが、今日は顔色が悪く、肩を落としてカウンター席に腰を下ろした。
由香は心配そうに声をかけた。
「四方田さん、お疲れ様です……あれ? 今日はなんか元気ないですね?」
四方田はため息をつき、声を低くした。
「由香ちゃん……悪いんだけど、佐々木さんに法律相談に乗ってもらえないかな。深刻な話でさ……」
由香はすぐに察した。
深刻そうな顔に、背筋が少し伸びる。
「わかりました! 今、佐々木さん呼んできますね。ちょっと待っててください!」
由香は急いで階段を上がり、2階の佐々木国際法律事務所へ向かった。
執務室では、佐々木がデスクで書類を整理中だったが、由香の慌てた様子を見てすぐに立ち上がった。
由香は息を切らせて言った。
「佐々木さん! 四方田さんが来てて……法律相談だって。なんか、かなり深刻そうで……」
佐々木は立ち上がり、静かに言った。
「四方田さんですか……わかりました。すぐに行きます。」
佐々木はネクタイを軽く直し、階段を駆け下りた。
カフェのカウンター席に座る四方田の姿を見つけると、すぐに隣の席に腰を下ろした。
いつもの敬語で、しかし真剣な表情で。
「四方田さん、お疲れ様です。どうかなさいましたか?」
四方田はコーヒーカップを握りしめ、声を震わせながら話し始めた。
「佐々木さん……実は、ジムの土地ごと明け渡せって、再三の要求を受けてるんです。半年前からずっと。最初は丁寧な手紙だったけど、だんだんエスカレートして……最近じゃ、ジムの入り口に動物の死体を10体以上置かれてるんですよ。ネズミやら猫やら……気持ち悪いし、会員さんたちが怖がって離れていきそうで。」
佐々木の目が鋭くなった。
「それは……脅迫、器物損壊、動物愛護法違反にも抵触する可能性がありますね。警察には相談されましたか?」
四方田は落胆した表情のまま言った。
「もちろんしました。でも、監視カメラを導入しても、毎回死角からやられてるみたいで……犯人が捕まらないんです。カメラの映像は真っ暗にされたり、レンズを割られたり。警察でも『証拠が不十分』って言われて……もう限界です。」
由香はカウンター越しに聞きながら、思わず手を止めた。
美穂もキッチンから顔を出し、静かに耳を傾けている。
佐々木は四方田の肩に軽く手を置き、落ち着いた声で言った。
「四方田さん、まずは落ち着いてください。私が全力でお手伝いします。まずは状況を整理しましょう。
・要求の相手は誰か(不動産会社? 個人?)
・これまでのやり取りの記録(手紙、メール、電話の履歴)
・動物の死体の写真や日時、警察への相談記録
・会員数の推移や売上の変化 これらを揃えていただけますか? それと……監視カメラの死角を突かれるということは、内部の人間か、非常に熟知した人物の可能性が高いですね。」
四方田は頷き、スマホを取り出した。
「手紙は全部取ってあります。メールもスクショあります。死体の写真は……見せるの辛いけど、警察に提出した分はあります。」
佐々木はそれらを見て頷きながら言った。
「わかりました。では、今日のところは私の方で仮の相談記録を作成します。明日、事務所にお越しいただけますか? Guardeanのメンバーにも共有して、護衛や監視の観点からアドバイスを仰ぎます。」
ちょうどその時、美穂がカウンターからトレイを持って近づいてきた。
青いリボンが揺れ、穏やかな笑みを浮かべながら。
「四方田さん、まずはコーヒー飲んで落ち着いてください。私たち、カフェの大事な常連さんを守るのも仕事ですから。」
四方田はようやく少し表情を緩め、コーヒーを一口飲んだ。
「……ありがとう、みんな。佐々木さん、頼みます。本当に……このジムは俺の人生そのものなんです。」佐々木は深く頷き、静かに言った。
「四方田さん。この件、必ず解決しましょう。正義は勝つんです」
その夜、Guardean事務所の明かりはいつもより控えめだった。
窓のカーテンを厚く閉め、室内の照明も最低限に落としている。
盗聴の可能性を完全に排除するため、佐々木が訪れる前に健一が念入りにチェックを済ませていた。
ドアが静かに開き、佐々木蔵之介が入ってきた。
スーツ姿のまま、しかし普段の穏やかな表情は影を潜め、代わりに静かな怒りが瞳に宿っている。
「皆さん、夜分に失礼いたします。四方田さんの件……どうかよろしくお願いします。」
高木がデスクから立ち上がり、椅子を勧めた。
「佐々木さん、まずは座ってください。」
健一もソファに腰を下ろし、コーヒーを差し出しながら口を開いた。
「四方田さんのジム、半年前からの嫌がらせか。動物の死体は脅迫の域を超えてる。佐々木さん、気持ちはわかりますが……まずは冷静に進めましょう。」
佐々木はコーヒーカップを握りしめ、声を低く抑えながら言った。
「四方田さんは……私のボディビル仲間で、キン肉マンのコスプレではバッファローマンを演じてくれた友人です。犯人には……我が友に手を出したことを心底から後悔させてやりたいのです。」
言葉の端々に、普段の敬語とは裏腹な怒りが滲む。
事務所に重い沈黙が落ちた。
高木が静かに切り出した。
「では、具体的な対策を。まず、監視カメラの死角を無くすこと。これが最優先です。」
そして、高木は図面を取り出して続けた。
「現在のカメラ配置図をもらってます。四方田さんのジムは入り口と駐車場側に2台、室内に1台だけ。これじゃ死角が多すぎる。」
健一が続けた。
「壊されたカメラは、すぐにダミーカメラと交換する。見た目だけ本物そっくりのものを仕込んでおけば、犯人がまた破壊に来た瞬間を捉えられる。破壊行為そのものが立派な証拠になる。」
佐々木は感心しながら呟いた。
「それは……警察ではなかなか出来ない手ですね。」
健一は頷きながら続けた。
「さらに、ジム内に新しく監視カメラを設置して、外を監視する形にする。室内から入り口と周辺道路が見える位置に。」
高木は更に続けた。
「加えて、ジムの入り口付近に小型の盗聴器を仕込む。会話が拾えれば、犯人の声や計画の一部が掴める可能性がある。」
佐々木は目を細め、感嘆の息を漏らした。
「Guardeanの皆さんの仕事は……まるでスパイのようです。警察や弁護士である私では、規制が厳しくてとてもできないことばかり。盗聴器の設置など、もしバレたら違法になるリスクもありますが……四方田さんのためなら。」
健一は佐々木を見据えて言った。
「リスクは俺たちが負う。佐々木さんはあくまで『相談役』でいてくれ。法的アドバイスと、警察への橋渡しをお願いしたい。」
高木が頷き、続けて提案した。
「あと、もう一つ。この一年の新規会員リストをもらった方がいいかも。内部犯行の線も捨てきれない。死角を熟知してるってことは、ジムに通ってる人間の可能性が高い。」
佐々木はスマホを取り出し、四方田に短いメッセージを送った。
数分後、返信が来て、リストは明日朝イチで事務所に持ってくるとのことだった。
健一が最後に付け加えた。
「何らかの形で潜入が必要になったら……今回は美穂じゃなくて、俺でやる。」
健一は続けた。
「ジムの潜入は男の方が怪しまれない。女装で入ったら逆に目立つだろ。俺なら普通の会員として溶け込める。」
佐々木は深々と頭を下げて言った。
「皆さん……ありがとうございます。私も四方田さんのジムに顔を出してみます。ボディビル仲間として自然ですし。」
健一は何かを思い付いたように続けた。
「なら、俺は体験入会として潜入して内部の空気も掴んでみよう。悠斗はデータ解析とカメラ設置の段取りを頼む。俺は潜入準備と現場確認を担当する。」
高木は頷いて言った。
「了解。明日、四方田さんからリストが来たら、すぐにクロスチェックする。新規会員の中に不自然な動きの奴がいないか、住所や入会動機も洗う。」
佐々木は深く頭を下げた。
「皆さん……本当にありがとうございます。四方田さんは、私にとって大切な友人です。」
健一は軽く手を振って笑った。
「礼は解決してからでいいよ。佐々木さん、正義は勝つんだろ?」
佐々木の口元に、ようやく小さな笑みが戻った。
「はい……正義は、必ず勝つんです」
事務所の時計は深夜を回っていたが、三人の目はまだ燃えていた。
翌朝、Guardean事務所で短い打ち合わせを終えた後、佐々木と健一は揃って四方田ジムに向かった。
健一は今日は完全に「俺」モード――短髪にシンプルなトレーニングウェア姿で、普通のジム通い男性を装っている。
佐々木はいつものスーツではなく、今日は珍しくカジュアルなジャージ姿で、ボディビル仲間らしい自然な雰囲気を纏っていた。
ジムの入り口に着くと、四方田治彦がすでに待っていた。
顔色は昨夜より少しマシだが、目の下のクマは消えていない。
動物の死体事件の後片付けと、会員へのフォローで徹夜続きだったのだろう。
「佐々木さん……そして、こちらが?」
佐々木は穏やかに微笑み、健一を前に押し出した。
「四方田さん、こちらは佐藤健一さんです。Guardean事務所の主力メンバーで、私の大切な友人。今日は『体験入会』という名目で一緒に来てもらいました。」
健一は軽く頭を下げ、にこりと笑った。
「はじめまして、四方田さん。佐々木さんから話は聞いてます。よろしくお願いします。」
四方田は少し緊張した面持ちで二人をジムの応接室へ案内した。
小さなソファとテーブルだけの簡素な部屋だが、清潔で、壁にはボディビル大会の賞状や筋肉ポスターが飾られている。三人で腰を下ろすと、佐々木がすぐに本題に入った。
「四方田さん、昨夜のリストはありがとうございました。 高木悠斗という、私たちの優秀な参謀が今まさに解析を進めています。 データから不自然な動きの会員を洗い出せば、犯人の輪郭が見えてくるはずです。」
四方田は目を丸くした。
「高木さん……? そんなすごい人が後ろにいるんですか?」
佐々木は胸を張り、力強く頷いた。
「ええ。 私たちがいれば、四方田ジムは助かったも同然です。必ず、犯人を追い詰めますよ。」
四方田の疲れ切った顔が、ようやくほころんだ。
目尻に涙がにじむ。
「……本当に、ありがとうございます。佐々木さん、佐藤さん……こんな小さなジムに、皆さんのようなプロの方々が動いてくれるなんて……」
四方田は深く頭を下げ、声を詰まらせた。
「でも、正直に言います。こんな小さなジムに、皆さんのギャラを支払う力なんて……ありません。せめて月謝を免除するくらいしか……申し訳ないです。」
健一はくすっと笑い、肩をすくめた。
「四方田さん、金なんか要りませんよ。 仲間の友人を守るのに、そんな野暮は言いっこ無しで!」
佐々木も優しく笑みを浮かべ、言葉を継いだ。
「そうですよ、四方田さん。 またあのバッファローマンの雄姿を見せてくれれば、それで十分です。 あの角を被って突進ポーズを決めた時の友情パワー……私たちは、それをもう一度見たいだけなんです。」
四方田は一瞬ぽかんとして、それから大きな笑い声を上げた。
疲れが吹き飛んだように、肩の力が抜けていく。
「ははは……! 佐々木さんらしいなあ。 バッファローマンか……わかりましたよ。犯人が捕まって、ジムが平和になったら、またみんなでやりましょう!」
健一も笑って言った。
「楽しみにしてますよ。 四方田さん、まずは体を休めてください。 俺たちは裏で動きますから。」
佐々木も笑顔で言った。
「ええ、四方田さん。 あなたはジムの会員さんを守ることに集中してください。」
四方田は立ち上がり、二人に深々と頭を下げた。
「ありがとう……本当に、ありがとうございます。 俺、諦めかけてたけど…まだ戦える気がします。」
応接室のドアを開けると、ジムのフロアからトレーニングの音が聞こえてきた。
健一と佐々木はジムを出る前に、互いに軽く拳を合わせた。
小さなジムに、再び友情と闘志の火が灯り始めていた。




