コスプレと友情
佐々木は、カフェの閉店作業をしてる由香を呼び止めた。
カウンターの拭き掃除を終えたばかりの由香が、雑巾を絞りながら振り返ると、そこにはいつものハルクスマイルとは打って変わった、妙に深刻そうな佐々木さんの顔があった。
スーツ姿のまま、両手を組んで立っている姿は、まるで重大な法律相談を持ちかけてきたかのようだ。
由香は思わず背筋をピンと伸ばした。
「……佐々木さん? どうしたんですか、そんな顔して……」
佐々木は一度深呼吸をしてから、ゆっくりと口を開いた。
「由香さん。実は……非常に重要な相談があるんです。」
由香の心臓がドキッと鳴った。カフェの売上? 法律絡みのトラブル? それとも……まさかパパがまた何かやらかした?
「私でよければ! 何があったんですか?」
佐々木は目を細め、真剣そのものの表情で一言。
「……ボディビル仲間の皆さんと、キン肉マンのコスプレをしたいんです。」
一瞬、店内に沈黙が落ちた。
由香の肩から、するすると力が抜けていくのが自分でもわかった。
持っていた雑巾がぽとりと床に落ちた。
「……は、ははははは! もう! 佐々木さん! びっくりしたぁ~~~!!」
由香は思わず笑いながら両手で顔を覆った。
深刻な顔でそんな相談をされるとは思わなかった。
佐々木は少し照れくさそうに頬をかいた。
「いや……本気なんですよ。由香さんなら、コスプレのセンスが抜群だと聞いていますから。どういう配役がいいか、衣装のポイントとか……ぜひ相談に乗っていただきたくて。」
由香はまだ笑いを堪えながらも、すぐに目を輝かせた。
「わかりました! じゃあ今からGuardean事務所に行きましょう!」
佐々木の表情がパッと明るくなった。
「本当ですか! ありがとうございます、由香さん!」
二人は急いでカフェのシャッターを下ろし、夜の街をGuardean事務所に向かって歩き出した。
事務所に着くなり、ドアを開けた瞬間――佐々木が勢いよく中に入り、高木悠斗の姿を捉えるや否や、指をビシッと突きつけた。
「高木さん! あなた、ラーメンマンにピッタリです!!」
デスクでデータ解析をしていた高木が、キョトンとした顔で振り返る。
いつものクールな表情が一瞬で崩れた。
由香は慌てて佐々木の腕を掴んで引き戻し、軽く叱るように言った。
「ちょ、佐々木さん! いきなりすぎますって! ちゃんと説明してください! 悠斗さんびっくりしてるじゃないですか~!」
佐々木はハッと我に返って行った。
「あ、失礼しました……」
佐々木は咳払いをして、改めて姿勢を正した。
「えー、実はですね。私とボディビル仲間の数名で、キン肉マンのグループコスプレを計画しておりまして。来月のコスプレイベントに生きたいと思ってるんですが、配役とポージングの相談を由香さんにしていただきたくて……。で、高木さんは体格とクールな雰囲気がまさにラーメンマンそのものだと思いまして!」
高木は無表情のまま、自分の長身と細マッチョな体型を一度見下ろした。
ちょうどそのとき、奥の部屋から佐藤健一がひょっこり顔を出した。
「騒がしいと思ったら……何の話?」
由香はここぞとばかりに言った。
「健一さん! 聞いて聞いて! 佐々木さんがキン肉マンコスプレしたいって! で、高木さんがラーメンマン候補なんだって!」
健一は一瞬目を丸くしてから、くすくすと笑い出した。
「キン肉マンか……いいね、それ。俺はもう出番なさそうだな。キン肉マンならマスクド・スーパースターとか超人オリンピック勢揃いになるだろうし……今回は完全に観客側で楽しませてもらうよ。」
そう言って、健一はニコニコしながらソファに腰を下ろした。
明らかに面白がっている。
高木はキョトンとした顔のまま言った。
「……僕がラーメンマンでいいんですか?」
佐々木はガッツポーズと共に言った。
「もちろんです! あの無駄のない動き、冷静な表情、首の急所攻撃……完璧ですよ、高木さん!」
高木はため息をつきながらも、どこか楽しげに口元を緩めた。
「……まあ、たまにはこういうのも悪くないか。衣装のサイズだけは確認させてください。僕、180cm近くあるんで。」
由香は浮かれて「やったー! じゃあ早速、キャスティング会議始めよっか! 佐々木さんはもちろんハルク……じゃなくて、今回はキン肉マン側で誰にする? バッファローマン? それとも悪魔将軍?」佐々木は間髪入れずに言った。
「実は……私、今回はキン肉マンをやりたいと思っているんです!」
由香は事務所のソファに座り直し、スマホのメモ帳アプリを開きながら目を輝かせた。
「高木さんを含めて5人なんだよね? それなら完璧! 定番の正義超人5人組でいきましょう!」
一同が注目する中、由香は指を折りながら提案した。
「佐々木さんは……やっぱりキン肉マンだね!! 次に、テリーマン! これ、誰がいいかな……」
高木が静かに手を挙げた。
「……僕、ラーメンマンでいいんですよね?」
佐々木はニコニコ顔で言った。
「高木さんはラーメンマンで決まりでいいと思います! あのクールな目つきと、無駄のない動きがまさに中国超人ですよ!」
高木もつられてニッコリして「……わかりました。ラーメンマンで。」
由香は楽しそうに続けた。
「じゃあ残り3人! ロビンマスク、バッファローマン、そして……テリーマン!」
由香は興奮気味に続ける。
「ロビンマスクは英国紳士っぽいクールビューティーな人にお願いしたいな。バッファローマンはパワータイプのマッチョさんで、佐々木さんのボディビル仲間の中でも特にガタイのいい人にぴったり! で、テリーマンは……佐々木さんの仲間で明るい性格の人がいれば最高!」
佐々木はもう完全にノリノリで、スマホを取り出して即座にグループチャットを開いた。
「わかりました! 今すぐボディビル仲間に連絡して、希望の超人を募ります! 『キン肉マン正義超人5人衆でコスプレイベント出場! 役柄希望を至急!』って送っておきますね。」
数秒後、スマホがピコピコと通知音を鳴らし始めた。
「来た! 来ましたぞ!」
佐々木が画面を読み上げる。
「四方田 治彦さん:バッファローマン希望! 角付きヘルメット被って突進したい!」
「河本 昇平さん:ロビンマスクやりたいです。タワーブリッジ決めたい」
「田中 一さん:テリーマンで! Calfブランディングのポーズ練習中です!」
「そして、高木さんがラーメンマン、私がキン肉マンで、残り3人も希望通り揃いました!」
由香は両手を叩いて大喜び。
「やったー! これで正義超人5人衆、完成! 衣装のポイントも考えなきゃ。ロビンマスクのマスクはちゃんと銀色で、バッファローマンの角は本物っぽく重くしすぎないようにね。テリーマンの星条旗パンツは……まあ、会場によっては規制かかるかもだけど(笑)」
健一はソファの端で腕を組んで、にやにやしながら見守っていた。
「いやー、いいねこれ。俺は完全に観客側だけど、撮影やろうか?」
佐々木は満面の笑みで言った。
「由香さん、高木さん、健一さん……本当にありがとうございます! これでイベント当日、最高の正義超人ショーができます!」
由香も満面の笑みで続けた。
「うんうん! 私も当日絶対見に行くから! カフェのシフト調整して、パパにも『今日は由香の自由行動デー』って言っておくね!」
佐々木は深々と頭を下げた。
「由香さんのおかげで夢が叶います……! 正義を、筋肉を、しっかり響かせましょう!」
そして、イベント当日。
佐々木達5人の正義超人は、高齢コスプレイヤーとしては前代未聞の囲み撮影が相次ぎ、上機嫌のまま幕を閉じた。
由香がJustice Brew Caféの裏口から入店したのは、いつものように朝8時半過ぎ。
ミントグリーンの魔法少女風メイド制服に袖を通し、髪を軽く整えながら店内へ足を踏み入れると――視線が自然と壁の中央に吸い寄せられた。
そこに、A1サイズの大きなポスターが新しく貼り出されていた。先日の仁主催・巨大コスプレイベント内の「キン肉マンコーナー」で撮影された、正義超人5人衆の集合写真だ。
全員が腕を組んで、胸を張り、頼もしく並んでいる。
中央で佐々木のキン肉マンが、筋肉を誇示するように両腕をクロス。
その右にラーメンマン姿の高木が、クールな視線をカメラに投げかけながら首筋を軽く指で示すポーズ。
左側にはテリーマン、ロビンマスク、バッファローマンの3人が、それぞれの決めポーズをキメつつ、肩を寄せ合って固い絆を感じさせる構図。
背景はスポットライトが派手に反射した物が合成され、5人のシルエットがまるで本物の正義超人のように力強い。
ポスターの下部には、金色の太字でこう書かれていた。
『Justice Brew Café × 正義超人5人衆友情パワー、今日もここに!店長・佐々木蔵之介(キン肉マン)
協力:Guardean事務所・片桐由香』由香の名前が、小さくもはっきりとクレジットされている。
「……あ、私の名前……」
由香は思わずポスターに近づき、指先でそっと自分の名前をなぞった。
あの日、佐々木の深刻な相談から始まった一連の流れを思い出した。
全部、由香が「少しだけ」橋渡しをした結果が、このポスターに結実している。
胸の奥がじんわりと温かくなった。
由香の口元に、自然とニッコリとした笑みが浮かぶ。
ちょうどその時、カウンターの奥から美穂がエプロン姿で顔を出した。
青いリボンが揺れ、ロングヘアが朝の光にさらりと輝いている。
「由香ちゃん、おはよう。……ふふ、ポスター見た?」
由香はニッコリして言った。
「うん! 見て見て、美穂さん! 私の名前入ってるよ~!」
美穂はトレイを置いて近づき、由香の肩に軽く手を置いた。
「佐々木さんが昨夜遅くに業者さん呼んで貼っちゃったみたい。『由香ちゃんの功績をちゃんと残さないと!』って、興奮してたよ。」
由香は照れながらもポスターをもう一度見上げた。
「みんなの正義超人姿、ほんとにカッコよかったもん。」
二人が笑い合っていると、入口のベルがチリンと鳴った。
開店前の時間なのに、佐々木がスーツ姿で入ってくる。
今日はハルクじゃなく、いつもの国際弁護士モードだが、目がキラキラしている。
「由香さん、おはようございます! ポスター、いかがでしょう? 私、由香さんのクレジットを絶対に入れたかったんです。今回の成功は、由香さんのコスプレ魂があってこそですから!」
由香はてれながら言った。
「佐々木さん……ありがとうございます! 私、ほんとに嬉しいです。みんなの頼もしい姿が、こうやってカフェに残ってるなんて……」
佐々木は少し照れくさそうに頰をかきながら、ポスターを指差した。
「これはカフェの常連さんにもウケると思いますよ。次は……悪魔超人編のポスターも作りましょうか? 由香さん、また相談に乗っていただけますか?」
店内に温かな笑い声が広がる中、由香はもう一度ポスターを見上げた。
(みんなの笑顔が、こうやって形になるんだ)
今日もJustice Brew Caféは、朝から友情と正義の香りで満ちていた。
由香はエプロンをキュッと締め直し、元気いっぱいの声で開店準備を始めた。
「よーし! 今日も友情パワーで、最高の一杯淹れるぞー!」




