国際弁護士とは?2
イベント当日の会場は、朝から熱気に満ちていた。
『マッスル×コスプレフェスティバル2026』の会場は、まるでアベンジャーズの戦場のような雰囲気だ。
あちこちでコスプレイヤーやボディビルダーたちが次々とポージングを披露し、客席からは歓声とフラッシュが絶え間なく飛び交う。
Guardean一行は、控え室で最終調整を終えていた。
由香なスカーレット・ウィッチ姿。
鮮やかな赤いコスチュームに、浮遊するようなケープ、頭には象徴的なヘッドピース。
メイクもバッチリで、まるで映画から飛び出してきたようだ。
彼女は鏡の前でくるりと回りながら、興奮気味に言った。
「わー、今日の会場すごい人! 佐々木さん、絶対目立つよ!」
健一は美穂になって、ロングヘアに青いリボンを付け、ブラックウィドウのスーツを着てクールに微笑む。
「佐々木さんのハルク、去年以上にキテるみたいだね。スタッフさんたちも張り切ってる。」
高木はアイアンマンアーマーを着込み、ヘルメットを外してにこやかに頷いた。
そして、主役の佐々木蔵之介。
彼は控え室の隅で、静かにボディペイントを仕上げていた。
緑色のペイントが筋肉の凹凸を強調し、ボロボロに裂けた紫のパンツが、ハルクシルエットを完成させている。
普段のスーツ姿からは想像もつかない、62歳とは思えないムキムキの肉体が露わだ。
スタッフの田中が最後のタッチを入れながら、緊張と興奮が入り混じった声で言った。
「先生……今日も最高です。本当に、ちゃんとハルクですよ!」
佐々木は鏡に映る自分を見て、静かに息を吐いた。
「田中さん、皆様。本日は誠にありがとうございます。この筋肉を、存分に披露させていただきますぞ!」
佐々木はゆっくりと控え室のドアを開け、会場へ向かう。
背筋を伸ばし、堂々とした歩き方で。
彼はゆっくりと両腕を広げ――両腕を力強く曲げ、ダブルバイセップス!
背中の広背筋が盛り上がり、胸筋が跳ねるように膨張。
緑のペイントが照明に反射して輝く。
続いて最強のポーズ、モスト・マスキュラー!
首の血管が浮き上がり、腹筋が12パックのようにくっきり。
由香が飛び跳ねながら叫ぶ。
「佐々木さん、かっこいいー!! 最高!!」
美穂は静かに拍手した。
佐々木はポーズを次々と繰り出す。サイドチェスト、リアダブルバイセップス、ラットスプレッド……一つ一つの動きが、まるで法廷での弁論のように堂々と、しかし情熱的に。
ゆっくりと会場を闊歩し、賞賛を浴びた佐々木は、控え室でスタッフに囲まれながら、珍しく声を震わせた。
「……皆様、本当に……ありがとうございました。この喜びは、言葉では表せません」
田中が満面の笑みで言った。
「先生、今日の笑顔……一生忘れません」
佐々木は照れくさそうに頷いた。
「ふふ……私も、です。これからも、Guardeanのブレインとして、そしてハルクとして……全力で参ります!」
イベントは大盛況のうちに幕を閉じた。
翌日の佐々木国際法律事務所は、まるで別世界のようだった。
いつもは静まり返った執務室に、朝イチから佐々木の明るい声が響き渡る。
「おはようございます、皆様! 本日も素晴らしい一日になりそうですね!」
スタッフ全員が一瞬固まった。
普段の佐々木は「おはようございます。」で終わる。
今日のは明らかにテンションが違う。
しかも、笑顔が……昨日の会場で見たあの満面の笑顔の延長線上にある。
田中が恐る恐る声を掛けた。
「先生……おはようございます。昨日は本当にお疲れ様でした。」
佐々木はデスクに座るなり、にこやかに返した。
「いやいや、こちらこそありがとうございました! あの会場で皆様の歓声をいただいたおかげで、私の心の筋肉が完全に回復しましたよ。ふふっ!」
心の筋肉……?
スタッフたちは顔を見合わせ、半分笑い、半分呆れていた。
その日の佐々木の仕事ぶりは、異常だった。
国際契約書のレビューがいつもより2倍速。
複雑なインターポール関連の相談案件を、まるでパズルを解くようにサクサクと片付けていく。
電話対応も、相手が緊張しているのが伝わってくるような案件でも、「ご安心ください。私が全力で守りますからね!」と、なぜかハルクっぽい力強いトーンで励ます。
相手は戸惑いつつも、なぜか安心して電話を切っていった。
昼休み。
スタッフミーティングが開かれた。
佐々木が立ち上がり、両手を広げて宣言した。
「皆様、昨日を機に、私は決意しました。この事務所を一般的な弁護士事務所の重苦しく堅苦しいイメージから完全に脱却させます!」
一同、息を呑む。
「これからは『愉快で明るい弁護士のいる、気軽に法律相談のできる事務所』として売り出していきたいと思います! お客様が『法律の相談って怖いな……』と思わなくなるような、そんな場所にします!」
拍手がぽつぽつと起きる。
田中が代表して手を挙げた。
「先生、それって……具体的にはどういう方向性で……?」
佐々木は胸を張った。
「まずは笑顔! 次に親しみやすさ! そして……必要に応じて、この筋肉を!」
一同、苦笑い。
若い男性スタッフが呟いた。
「やっぱり筋肉披露の場、必要になるんすね……」
女性スタッフが頷きながら笑う。
「半分冗談で言ってるつもりなんだろうけど、どう見ても本気だよね……」
佐々木はさらに勢いづいて、突然提案した。
「それとですね、事務所名も変えましょうか。『ハルク国際法律事務所』なんてどうでしょう! インパクト抜群ですよ!」
一瞬、事務所が静まり返った。
そして、次の瞬間――「アウトです!!」
「著作権的に完全にアウトです!!」
「マーベルさんに怒られますよ!!」
「先生、それだけは勘弁してください!!」
スタッフ全員が一斉にツッコミを入れ、笑い声が爆発した。
佐々木は少ししょんぼりした顔をしつつ、すぐに笑顔に戻った。
「そうですか……残念です。でも、まあ、気持ちは伝わりましたね。」
田中がフォローするように言った。
「でも先生のその上機嫌、事務所の空気が本当に明るくなりました。……これからも、ほどほどに筋肉アピールでお願いしますね?」
佐々木は照れくさそうに頷いた。
「ええ、もちろんです。ほどほどに……全力で」
一同、再び大笑い。
その日の午後、事務所の公式サイトとSNSには、新しいキャッチコピーが追加された。
『佐々木国際法律事務所――法律は怖くない。笑顔と筋肉と、正義で守ります。』
最後の一文は、スタッフが必死に止めたものの、佐々木がこれだけは譲れないと押し通したものだった。
スタッフたちは半笑いの呆れ顔で、それでもどこか嬉しそうに、新しい看板を眺めていた。




