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女装探偵  作者: 相澤 沁
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79/100

国際弁護士とは?2

イベント当日の会場は、朝から熱気に満ちていた。

『マッスル×コスプレフェスティバル2026』の会場は、まるでアベンジャーズの戦場のような雰囲気だ。

あちこちでコスプレイヤーやボディビルダーたちが次々とポージングを披露し、客席からは歓声とフラッシュが絶え間なく飛び交う。

Guardean一行は、控え室で最終調整を終えていた。

由香なスカーレット・ウィッチ姿。

鮮やかな赤いコスチュームに、浮遊するようなケープ、頭には象徴的なヘッドピース。

メイクもバッチリで、まるで映画から飛び出してきたようだ。

彼女は鏡の前でくるりと回りながら、興奮気味に言った。

「わー、今日の会場すごい人! 佐々木さん、絶対目立つよ!」

健一は美穂になって、ロングヘアに青いリボンを付け、ブラックウィドウのスーツを着てクールに微笑む。

「佐々木さんのハルク、去年以上にキテるみたいだね。スタッフさんたちも張り切ってる。」

高木はアイアンマンアーマーを着込み、ヘルメットを外してにこやかに頷いた。

そして、主役の佐々木蔵之介。

彼は控え室の隅で、静かにボディペイントを仕上げていた。

緑色のペイントが筋肉の凹凸を強調し、ボロボロに裂けた紫のパンツが、ハルクシルエットを完成させている。

普段のスーツ姿からは想像もつかない、62歳とは思えないムキムキの肉体が露わだ。

スタッフの田中が最後のタッチを入れながら、緊張と興奮が入り混じった声で言った。

「先生……今日も最高です。本当に、ちゃんとハルクですよ!」

佐々木は鏡に映る自分を見て、静かに息を吐いた。

「田中さん、皆様。本日は誠にありがとうございます。この筋肉を、存分に披露させていただきますぞ!」

佐々木はゆっくりと控え室のドアを開け、会場へ向かう。

背筋を伸ばし、堂々とした歩き方で。

彼はゆっくりと両腕を広げ――両腕を力強く曲げ、ダブルバイセップス!

背中の広背筋が盛り上がり、胸筋が跳ねるように膨張。

緑のペイントが照明に反射して輝く。

続いて最強のポーズ、モスト・マスキュラー!

首の血管が浮き上がり、腹筋が12パックのようにくっきり。

由香が飛び跳ねながら叫ぶ。

「佐々木さん、かっこいいー!! 最高!!」

美穂は静かに拍手した。

佐々木はポーズを次々と繰り出す。サイドチェスト、リアダブルバイセップス、ラットスプレッド……一つ一つの動きが、まるで法廷での弁論のように堂々と、しかし情熱的に。

ゆっくりと会場を闊歩し、賞賛を浴びた佐々木は、控え室でスタッフに囲まれながら、珍しく声を震わせた。

「……皆様、本当に……ありがとうございました。この喜びは、言葉では表せません」

田中が満面の笑みで言った。

「先生、今日の笑顔……一生忘れません」

佐々木は照れくさそうに頷いた。

「ふふ……私も、です。これからも、Guardeanのブレインとして、そしてハルクとして……全力で参ります!」

イベントは大盛況のうちに幕を閉じた。


翌日の佐々木国際法律事務所は、まるで別世界のようだった。

いつもは静まり返った執務室に、朝イチから佐々木の明るい声が響き渡る。

「おはようございます、皆様! 本日も素晴らしい一日になりそうですね!」

スタッフ全員が一瞬固まった。

普段の佐々木は「おはようございます。」で終わる。

今日のは明らかにテンションが違う。

しかも、笑顔が……昨日の会場で見たあの満面の笑顔の延長線上にある。

田中が恐る恐る声を掛けた。

「先生……おはようございます。昨日は本当にお疲れ様でした。」

佐々木はデスクに座るなり、にこやかに返した。

「いやいや、こちらこそありがとうございました! あの会場で皆様の歓声をいただいたおかげで、私の心の筋肉が完全に回復しましたよ。ふふっ!」

心の筋肉……?

スタッフたちは顔を見合わせ、半分笑い、半分呆れていた。

その日の佐々木の仕事ぶりは、異常だった。

国際契約書のレビューがいつもより2倍速。

複雑なインターポール関連の相談案件を、まるでパズルを解くようにサクサクと片付けていく。

電話対応も、相手が緊張しているのが伝わってくるような案件でも、「ご安心ください。私が全力で守りますからね!」と、なぜかハルクっぽい力強いトーンで励ます。

相手は戸惑いつつも、なぜか安心して電話を切っていった。

昼休み。

スタッフミーティングが開かれた。

佐々木が立ち上がり、両手を広げて宣言した。

「皆様、昨日を機に、私は決意しました。この事務所を一般的な弁護士事務所の重苦しく堅苦しいイメージから完全に脱却させます!」

一同、息を呑む。

「これからは『愉快で明るい弁護士のいる、気軽に法律相談のできる事務所』として売り出していきたいと思います! お客様が『法律の相談って怖いな……』と思わなくなるような、そんな場所にします!」

拍手がぽつぽつと起きる。

田中が代表して手を挙げた。

「先生、それって……具体的にはどういう方向性で……?」

佐々木は胸を張った。

「まずは笑顔! 次に親しみやすさ! そして……必要に応じて、この筋肉を!」

一同、苦笑い。

若い男性スタッフが呟いた。

「やっぱり筋肉披露の場、必要になるんすね……」

女性スタッフが頷きながら笑う。

「半分冗談で言ってるつもりなんだろうけど、どう見ても本気だよね……」

佐々木はさらに勢いづいて、突然提案した。

「それとですね、事務所名も変えましょうか。『ハルク国際法律事務所』なんてどうでしょう! インパクト抜群ですよ!」

一瞬、事務所が静まり返った。

そして、次の瞬間――「アウトです!!」

「著作権的に完全にアウトです!!」

「マーベルさんに怒られますよ!!」

「先生、それだけは勘弁してください!!」

スタッフ全員が一斉にツッコミを入れ、笑い声が爆発した。

佐々木は少ししょんぼりした顔をしつつ、すぐに笑顔に戻った。

「そうですか……残念です。でも、まあ、気持ちは伝わりましたね。」

田中がフォローするように言った。

「でも先生のその上機嫌、事務所の空気が本当に明るくなりました。……これからも、ほどほどに筋肉アピールでお願いしますね?」

佐々木は照れくさそうに頷いた。

「ええ、もちろんです。ほどほどに……全力で」

一同、再び大笑い。

その日の午後、事務所の公式サイトとSNSには、新しいキャッチコピーが追加された。

『佐々木国際法律事務所――法律は怖くない。笑顔と筋肉と、正義で守ります。』

最後の一文は、スタッフが必死に止めたものの、佐々木がこれだけは譲れないと押し通したものだった。

スタッフたちは半笑いの呆れ顔で、それでもどこか嬉しそうに、新しい看板を眺めていた。

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