国際弁護士とは?1
佐々木国際法律事務所の応接室は、いつもより少し重い空気に包まれていた。
事務所の若手スタッフ、田中 玲子が、緊張した面持ちでGuardean事務所のドアをノックしたのは、午後3時過ぎのことだった。
「失礼します……あの、Guardeanの皆様に、どうしてもご相談があって……」
中に入ってきた田中は、深々と頭を下げながら、すぐに本題を切り出した。
「最近、うちの先生……佐々木が、かなり困ったワガママを言い始めたんです。」
高木がデスクから顔を上げ、いつもの穏やかな笑みを浮かべつつも、少し眉を寄せた。
「佐々木さんが……ですか? 具体的に、どんなワガママを?」
田中はため息をつきながら、スマホのメモ画面を見せた。
「『最近ストレスが溜まっている。筋肉を披露する機会が欲しい』って……。しかも『ハルクのコスプレが楽しすぎた。あの時の歓声が忘れられない』と、毎日のように言ってくるんです。会議中でも、急に腕を曲げて『どうだ、このピーク!』とか言い出して……もうスタッフ全員パニックです。」
健一は、コーヒーを飲む手を止めて、静かに言った。
「……つまり、佐々木さんがまた『筋肉見せたい病』に罹った、と」
田中は申し訳なさそうに言った。
「はい……まさにそれです。先生、普段は本当に敏腕で怖いくらい有能なんですけど、あの巨大コスプレイベント以降、明らかにスイッチが入っちゃってて……」
高木が小さく笑いながら、健一と視線を合わせた。
「これは……またコスプレイベントに連れて行くしかないんじゃないか?」
健一は少し考え込んだ後、スマホを手に取った。
「確かに。あのイベントの後、佐々木さん、すごい生き生きしてたもんな。……由香ちゃんに相談してみようか。」
ちょうどその時、事務所のドアが勢いよく開いた。
「健一さーん! 悠斗さーん! パパがまた新しいコスプレ衣装の資料送ってきててー!」
片桐由香が、両手にタブレットとスマホを抱えて飛び込んできた。
大学帰りらしく、制服の上にカーディガンを羽織っている。
高木が優しく笑って迎えた。
「由香ちゃん、ちょうどいいタイミング。ちょっと相談があるんだけどさ。」
由香は目を輝かせながら、ソファにぴょんと座った。
「なになに? 新しい事件? それとも次の潜入ミッション? 美穂さんまた出番?」
健一が苦笑しながら説明を始めた。
「いや、由香ちゃんに事件の事は相談しないな! 実はね…佐々木さんがね、ハルクのコスプレが忘れられなくて、筋肉を披露したがってるらしいんだよ。 事務所のスタッフさんが困り果てて、うちに相談に来たって次第。」
由香の目が、キラキラと輝き始めた。
「ええーっ! 佐々木さん、またハルクやりたいの!? あの時のボディペイントとムキムキ披露、めっちゃウケてたもんね! 私も動画何回も見返したよ!」
田中が慌ててフォローした。
「いえ、別にハルクじゃなくてもいいんです。ただ……何か、筋肉を堂々と見せられる機会が欲しいって……」
由香は即座にスマホを操作し始めた。指がものすごいスピードで画面をスクロールしていく。
「わかりましたー! じゃあ新しいイベント探そう! 今、コスプレOKで、しかも体型自慢できるようなやつ……!」
数秒後、由香が「あった!」と声を上げた。
「これ! 来月の頭に『マッスル×コスプレフェスティバル2026』ってイベントが! テーマは『筋肉ヒーロー&ヴィラン』! ボディビルダーさんも一般コスプレイヤーも混ざって参加できるみたい!」
高木が画面を覗き込んで、感心したように頷いた。
「いいね。佐々木さんの体格なら、完全に主役級だ。」
田中は、安堵の表情を浮かべて笑顔になった。
「ありがとうございます! もう、スタッフみんなで先生の背中を押します!」
高木が立ち上がり、決断を下すように言った。
「じゃあ、Guardeanとして正式に協力しよう。佐々木さんのストレス解消兼、事務所のメンタルケアってことで。由香ちゃんはイベントの詳細まとめて、佐々木さんにプレゼンする準備をお願いできる?」
由香がガッツポーズ。
「任せて! 私、スカーレット・ウィッチでまた出ちゃお!一緒にエントリーしちゃおうかな! 佐々木さんと並んだら、絶対映えるよ!」
健一が静かに微笑みながら、田中に言った。
「佐々木さんには、こう伝えといて。『Guardean一同、全力でバックアップします。筋肉、存分に披露してください』って。」
田中は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます……! 先生、きっと喜びます。本当に、助かりました……!」
事務所に、再び明るい笑い声が響いた。
佐々木国際法律事務所の執務室は、いつもとは違う、まるで祭りの前夜のようなざわめきに包まれていた。
田中がGuardean事務所から戻ってきて、ドアを開けた瞬間、佐々木蔵之介はデスクから勢いよく立ち上がった。
普段は厳格なスーツ姿で、誰に対しても「○○さん」と敬語で話すあの佐々木が、今はまるで少年のようだった。
「田中さん! どうでした!? Guardeanの皆様は……!?」
田中は少し息を切らしながら、しかし笑顔で報告を始めた。
「はい、先生。Guardeanの皆様、全員で協力してくれるそうです。特に由香さんが『マッスル×コスプレフェスティバル2026』というイベントを即座に見つけてくれて……先生の筋肉を存分に披露できるイベントだそうです!」
その言葉を聞いた瞬間、佐々木の表情がぱっと花開いた。
「本当ですか……!? ああ、素晴らしい……素晴らしい!」
佐々木は両手を広げ、まるでオペラの主役のように天井を見上げた。
そして、次の瞬間――執務室にいた総勢5名のスタッフの前で、思いっきり両腕を曲げて力こぶを披露しながら、大声で叫んだ。
「皆様! この誉に満ちた筋肉を、またあのハルク姿で、思う存分披露できるのです! これは……これはまさに天佑! Guardeanの皆様に、由香さんに、心から感謝申し上げます!」
普段は冷静沈着、国際弁護士として法廷で相手を圧倒する佐々木が、今は完全にスイッチが入っていた。
小躍りしながらハルクポーズを連発する。
スタッフたちは最初、呆気にとられていた。
「……先生、こんなに笑う人だったっけ……?」
「いや、初めて見た……満面の笑顔って、こんなに眩しいんだ……」
しかし、次第にその場にいた全員が、じわじわと笑顔になっていった。
佐々木は田中の肩をバンバンと叩きながら、興奮冷めやらぬ様子でまくし立てた。
「田中さん! 君は本当によくやってくれました! 君の行動力と迅速な判断がなければ、この素晴らしい機会は訪れなかった! 君は私の右腕、いや、両腕です!」
田中は照れくさそうに手を振った。
「先生、そんな……大袈裟ですよ……」
佐々木は更にテンション高々に言った。
「大袈裟などではありません! これは正義の筋肉が報われる瞬間なのです! ハハハハ!」
佐々木は再び両腕を広げ、事務所の中央でターン。
スタッフの一人が思わずスマホで動画を撮り始めると、他のスタッフも「私も!」「私も撮りたい!」と集まり始めた。
普段は「撮影はご遠慮ください。」と言う佐々木が、今日は「どうぞどうぞ! さぁ! この喜びを記録してください!」と大歓迎だ。
やがて、佐々木は少し落ち着いて、スタッフ全員に向かって深々と頭を下げた。
「皆様、本当に長らくご迷惑をおかけしました。最近の私の……その、筋肉欲求が強すぎたことは、重々承知しております。しかし、これでようやくストレスも解消され、また本来の弁護士として、Guardeanの皆様を全力で支えられるでしょう!」
スタッフ一同が、口々に返した。
「先生、むしろ楽しかったですよ……」
「ハルク先生、また見たいです!」
「次はどんなポーズ披露してくれるんですか?」
佐々木は照れくさそうに、しかし満面の笑みで頷いた。
「ふふ……皆様の期待に応えられるよう、頑張ります! 明日の朝イチで、由香さんにイベントの詳細確認の連絡を入れましょう!」
そう言って、佐々木はスキップするように自室へ戻っていった。
背中から、まるでオーラのようなものが溢れているように見えた。
執務室に残ったスタッフたちは、しばらく沈黙した後、一斉にため息をついた――安堵の、大きなため息だった。
「……やっと、先生の機嫌が直った……」
「これでまた、普通の怖い先生に戻るのかな……?」
「いや、戻っても……あの笑顔、忘れられないよ。」
田中はスマホを握りしめながら、Guardean事務所に感謝のLINEを送った。
事務所の窓から差し込む夕陽が、スタッフたちの顔を優しく照らしていた。
どうやら、次の『マッスル×コスプレフェスティバル2026』は、ただのイベントではなく、佐々木蔵之介の第二の青春の幕開けになりそうな予感がした。




