見栄の罪を数えろ2
昭和製薬本社ビルの最上階、社長室。
朝焼けがカーテンの隙間から差し込み、部屋を淡く赤く染めている。
重厚なドアが開くと、安達祐次社長と城崎幸三常務が、ソファに腰を下ろしたまま待っていた。
二人ともネクタイは緩めず、スーツ姿のまま。
徹夜の気配が漂っている。
安達は疲弊した表情で言った。
「佐藤君、高木君。こんな時間に呼び出して申し訳ない。すぐに本題に入らせてもらうよ」
安達は立ち上がり、テーブルの上に置かれた小さな透明ケースを指差す。
中には、白い錠剤が10錠ほど、丁寧に並べられている。
ケースの横には、もう一つ――市販パッケージの箱。
韓国語と英語が混じったラベルに、テウン薬品工業のロゴが目立つ。
城崎はテーブルの上の錠剤を指差して言った。
「用件はこれだ。左が我が社が開発中の鎮痛剤『ペインハンター』。これはまだ臨床試験の第2相段階で、認可どころか社外に持ち出されるはずのない段階のものだ。 右が……実際に薬局で売られていた同一成分・同一形状の製品だ。」
安達が更に続けた。
「昨日、社内の研究所の者が『これ、うちの新薬じゃないか?』と気づいて持ち込んできたんだ。」
健一はケースを手に取り、じっくり観察する。
錠剤の刻印、コーティングの色味、サイズ……確かに瓜二つだ。
「成分は完全に一致してるんですか?」
城崎は即答した。
「そう。社内の分析室で即座に確認した。有効成分の配合比率、添加物まで同一。ただし、市販品の方は『テウン薬品工業』の名前で、韓国国内で既に販売されているらしい。我々がまだ臨床試験すら完了していない段階で……これは明らかに漏洩だ。」
高木はテーブルの端に立ち、腕を組んで黙って聞いている。
目が少し赤い。
仮面ライダーWの一気見の騒ぎで眠りそびれたせいか、表情はいつもより冷静を通り越して無機質だ。
「……スパイの可能性が高い、という事ですね。」
安達は頷いて、「そうだ。開発資料は厳重に管理されているが、研究員、品質管理、臨床試験担当……数十人がアクセス可能だ。そして、外部からのハッキングの痕跡は無い。つまり、内部犯行の線が濃厚だ。」
城崎が続けた。
「佐藤君、高木君。君たちGuardeanに頼みたいのは、この『ペインハンター』の漏洩経路の特定だ。
誰が、いつ、どのようにして情報を韓国側に流したのか。可能なら、テウン薬品工業との繋がりも調べてほしい。」
健一はケースをテーブルに戻し、軽く息を吐く。
「了解しました。まずは社内のアクセスログ、開発室の入退室記録、メール・ファイル転送履歴から洗い出します。悠斗がデータ解析を担当して、俺が現場の聞き込みと監視カメラのチェックを並行で。」
健一は、少し間をおいて付け足した。
「……あと、テウン薬品の側も並行調査が必要ですね。韓国側の動きを掴まないと、根本解決にはならない。」
高木が続けた。
「僕の方で、まずは社内ネットワークの異常アクセスを洗う。開発データの暗号化キーのログも確認する。……それと、仁さんにはこの件、伝えてありますか?」
安達は首を横に振っ答えた。
「いや、仁には余計な心配をかけないよう、極力伏せておきたい。だからこそ、君たちに早急に動いてほしいんだ。」
健一は頷き、高木はすでにタブレットを取り出し、何かをメモし始めている。
高木は無機質な表情のままで言った。
「……仮面ライダーWのDVDは、まだ観てないけど。探偵の仕事は、フィクションより現実の方がハードだな。」
健一は苦笑しながら肩をすくめる。
「まあな。でも、『お前の罪を数えろ』って、ちゃんと数えさせてやるよ。誰がこの薬を盗んだのか、ちゃんとな。」
安達と城崎は、二人を交互に見つめ、深く頭を下げる。
「頼んだよ、Guardean。」
「一刻も早く、漏洩の元を断たなくてはならない。」
健一と高木は社長室を後にする。
朝の昭和製薬本社ビルを後に、二人は動き出した。
Guardean事務所に戻ったのは、昼が近い頃だった。
昭和製薬から渡された管理者権限のパスワードを握りしめ、健一と高木はすぐにそれぞれのPCへ。
モニターが複数並ぶ暗い部屋で、コーヒーの匂いが立ち込めている。
健一はキーボードを叩きながら言った。
「よし、まずは社内アクセスログから。開発室の入退室記録、メール、ファイル転送……全部しらみつぶしだ。」
高木はすでに自分の席で、タブレットとPCを並べて作業開始。
徹夜明けの目が少し充血しているが、指の動きは淀みない。
「……開発室の入退室は異常なし。カードキーのログ、顔認証のタイムスタンプ、全部クリーン。メールもファイル転送も、暗号化キーの使用履歴に不審な点はないな。」
健一もモニターから目を離さず言った。
「外部転送の痕跡もゼロか……。じゃあ、テウン薬品工業の方を並行で掘るか。」
二人はブラウザを開き、テウン薬品工業の公式HPへ。
韓国語主体のサイトを翻訳ツールで読み解きながら、製品ページをチェック。
健一が口を開いた。
「『PAIN ERASER』……これが該当品か。鎮痛剤として既に韓国で販売中だって。成分表見ると、確かに昭和製薬の開発中のものと一致してるな。」
高木はレビュー欄に目を移す。
「……評価が極端だ。5つ星満点がほとんどで、たまに1つ星の悪評がポツポツ。『即効性抜群!』『痛みが消えた!』の嵐だけど……これ、サクラ評価の匂いがプンプンする。」
健一もレビューから目を離さず、「だよな。本物のユーザーレビューなら、もう少し中間的な評価が入るはず。テウン側が自作自演で水増ししてる可能性が高い。」
社内ログに戻る。
高木がアクセスログのフィルタをかけ、プリントアウト履歴を抽出。
「……ここだ。不自然な回数のプリントアウト。ID: AD3978RULER、田辺正司。主任以上のIDに付く『RULER』付きだな。」
健一が画面を覗き込む。
「田辺正司……開発部のベテラン研究員か。プリントアウト回数が、過去1ヶ月で平均の5倍以上。
しかも夜間帯が多い。何をそんなに印刷してたんだ?」
高木は目を擦りながら言った。
「内容まではログに残ってない。プリンタの出力内容を確認するには、物理的にプリンタサーバーのジョブログか、出力された紙の回収が必要だ。……でも今は精度が出ない。寝不足で頭が回らない。」
健一は肩を回して伸びをする。
「確かに。徹夜でDVD観ようとするからこうなるんだよ、悠斗」
高木は冷めた目で健一の方を向き直って言った。
「……それはお前だろ。」
健一は苦笑いしつつ、PCの電源を落とす。
「一旦休もう。精度に欠ける調査はミスを生む。俺もシャワー浴びて寝るわ。」
高木は先にシャワールームへ。
水音が響く中、健一はベッドに倒れ込む。
高木が出てきた頃には、健一はすでに寝息を立てていた。
Gurdeanの二人が目を覚ますと、事務所のメールボックスに佐々木蔵之介からのメッセージが入っていた。
件名:昭和製薬件について
「佐藤君、高木君。
昨日、安達社長から連絡が入りました。
私の方にも正式に顧問として依頼が来ています。
国際的な漏洩の可能性を考慮し、テウン薬品工業との繋がりを法律・契約面から洗います。
現状の調査結果を共有してください。」
健一は目をこすりながらメールを読み上げ、高木に投げかける。
「佐々木さんも巻き込まれたか。これで本格的に国際捜査モードだな。」
高木はコーヒーを淹れながら、静かに頷く。
「……田辺のプリントアウト内容を今日中に確認する。それが突破口になるはずだ」
健一はサムズアップして答えた。
「了解。『さぁ、お前の罪を数えろ』……今度は現実で、ちゃんと数えさせてやるよ。」
事務所に、再び緊張感が戻ってきた。
PAIN ERASERの白い錠剤は、まだ静かに罪を隠している。




