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女装探偵  作者: 相澤 沁
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護る者として2

佐々木弁護士が「仲間」として本気で寄り添うことを宣言した日の夜。

Guardean事務所の執務室は、いつもより少しだけ静かだった。

普段は健一と高木の軽いやり取りや、仁さんからの過剰な差し入れ電話で賑やかな部屋が、今夜は資料のページをめくる音と、時折のコーヒーカップを置く小さな音だけが響いている。

佐々木蔵之介は眼鏡を外し、指で軽く目をこすりながら、壁一面に広がるファイルキャビネットとホワイトボードの前で立ち止まった。

「佐々木さん、本当にいいんですか? これ、結構な量ですよ?」

健一が、コーヒーをもう一杯淹れながら声をかけた。

高木は黙って自分の席でノートパソコンを叩き続けているが、耳は完全にこちらに向いている。

佐々木は穏やかに、しかしどこか熱を帯びた声で答えた。

「いえ、むしろお願いしたいのです。これまでの偽片桐ファーマシー事件、昭和製薬の社内横領事件……

私が顧問として関わってきた事件も含め、Guardeanの皆さんがどう動いて、どう決定的な一撃を入れたのか。それを自分の目で、時系列で、資料で追いたい。私のこれまでのやり方は、確かに国際案件や訴訟準備には強いですが……皆さんの『現場で決着をつける』スピード感と精度には、到底及びません。それを学ばせていただきたいのです。」

健一は少し驚いた顔をしたあと、ふっと笑った。

「そういうことなら、遠慮なくどうぞ。壁の左から右へ、時系列順に並べてあります。偽片桐のものは赤いファイル、昭和製薬横領は青、細かいメモや写真、証拠リストは全部ここに入ってます。デジタルデータも悠斗のサーバーにありますが、紙の方が追うの早いって人は多いんで。」

高木がようやく顔を上げ、静かに付け加えた。

「パスワードは『miho_ribbon2025』です。必要でしたらいつでも。」

佐々木は苦笑しながら頷いた。「美穂さんの青いリボンですか。いいですね。」

健一が「やめてくれよ、それ以上言うな。」と照れ隠しにコーヒーをぐいっと飲み干す。

佐々木は一番左端のファイル——偽片桐ファーマシー事件の最初の報告書——を手に取った。

ページをめくりながら、独り言のように呟く。

「……張の倉庫潜入時の、美穂さんの行動記録。ここで既に決定的な証拠を押さえる位置取りをしていたのですね。私なら、もっと慎重に証拠保全を優先して時間をかけていたでしょう。しかしそれでは、張が証拠を隠滅する隙を与えていた……なるほど。この『速さ』が、皆さんの強みなのですね。」

健一は肩をすくめて言った。

「俺たちは弁護士さんみたいに、法廷で勝つための完璧な証拠集めが仕事じゃないんです。『事件を止める』のが先。証拠はその後で、佐々木さんみたいな人がしっかり固めてくれるから成り立つんですよ。」

佐々木は静かに目を細めた。

その視線には、尊敬と、これから始まる「仲間」としての覚悟が混じっていた。

「ならば、私もそのスピードに合わせます。今夜はここで資料を読み込みせてください。明日からは、皆さんの次の依頼があれば、現場の判断をより迅速に法的にバックアップできるように……私の全経験を、Guardean仕様にアップデートしてまいります。」

高木がぽつりと口を開いた。

「……佐々木さん。コーヒー、もう一杯いりますか?」

佐々木は穏やかに微笑んだ。

「いただきます。どうやら、長い夜になりそうです。」

Gurdean事務所の照明が、壁一面の資料を優しく照らす。

三人の影が、静かに、しかし確実に重なり合っていく——

これが、新しい「Guardean+佐々木」の始まりだった。


3日後——Guardean事務所。午後4時を少し回った頃。

外はまだ明るいが、部屋の中はいつものように少し薄暗く、蛍光灯が資料の山を白く照らしている。

佐々木は、テーブルの中央にA4用紙を10枚ほど広げていた。

すべて手書き。

細かい字でびっしりと書き込まれ、色分けされたマーカーで強調されている。

タイトルはシンプルに、黒の太字で:Guardean流・法的リスク最小化チェックリスト(Ver.1.0)と書かれている。

健一はコーヒーを片手に、高木は腕組みをして、二人とも佐々木の向かいに座っている。

佐々木は眼鏡を軽く押し上げ、静かに口を開いた。

「3日間、資料をすべて読み込みました。偽片桐ファーマシー事件の潜入から証拠確保の流れ、昭和製薬横領事件での経理データの解析と現場突入のタイミング……すべてを時系列で追いました。そして、私なりに『Guardeanの強みを損なわず、法的リスクを最小限に抑える』ためのチェックポイントをまとめました。」

健一が紙の束を手に取る。

最初のページに、大きく赤で囲まれた項目。

潜入前:対象者の犯罪構成要件を事前に3つ以上特定(証拠隠滅の可能性が高い順)

証拠確保時:デジタル証拠は即時ハッシュ値取得(ツール:〇〇推奨)+物理証拠は写真+動画同時撮影(角度3方向以上)

急所攻撃・制圧後:即時「任意同行」の録音開始(「任意」の一言を必ず入れる)

警察引き渡し前:弁護士(佐々木)が待機可能な場合、現場到着前に連絡(最優先連絡先:佐々木蔵之介)


さらにページをめくると、事件ごとの具体例がびっしり。

偽片桐事件の張の倉庫潜入シーンでは、美穂(健一)の行動を分解して:美穂の位置取り → 完璧(死角ゼロ、逃走経路遮断)

証拠撮影の速さ → リスク低(隠滅前に完了)

改善提案:撮影後すぐにクラウドアップロード(暗号化必須)。万一端末の破損や没収があっても証拠保全可


高木が無言でページをめくり続け、健一も黙って読んでいる。

佐々木は少し緊張した様子で続ける。

「これはあくまで『提案』です。皆さんのスピードと判断を邪魔するつもりは一切ありません。ただ……私が現場に同行できない場合でも、このリストを頭の片隅に置いていただければ、後々の捜査・起訴で不利になるリスクを、かなり減らせるはずです。国際案件でよく使う手法も、少し織り交ぜました。」

健一が最後のページまで読み終え、ゆっくりと紙をテーブルに戻した。

「……佐々木さん」

珍しく、声が少し震えている。

「これ、全部3日で作ったんですか?」

佐々木は控えめに頷く。「はい。寝ずにやりましたので、少し雑なところもあるかもしれませんが。」

高木がぽつりと、しかしはっきりと言った。

「すげぇ……」

健一も、すぐに続けた。

「すげぇ……」

二人の声が、珍しく完全に重なった。

佐々木は一瞬目を丸くし、それから照れくさそうに笑った。

「……ありがとうございます。これで、少しは『仲間』に近づけましたでしょうか?」

健一は立ち上がり、佐々木の肩を軽く叩いた。

「近づいたとかじゃなくて、もう完全に仲間ですよ。このリスト、明日から使わせてもらいますよ。……ただし、現場で『任意の一言』忘れたら、佐々木さんに怒られるってことで!」

高木が小さく頷き、付け加える。

「Ver.1.0ってことは、随時アップデートする気ですね?」

佐々木は目を細めて微笑んだ。

「もちろんです。次の事件が起きたら、また皆さんのやり方を見て、Ver.2.0を作ります。これからも、よろしくお願いいたします。」

部屋に、短い沈黙が落ちた。

でもそれは、重苦しいものではなく、これから始まる長い「チーム」の、静かな確信のようなものだった。

その日から、Guardeanの作戦ファイルには、必ず「佐々木チェックリスト」のコピーが挟まれるようになった。

そして、佐々木のは「顧問弁護士」だけではなく、「Guardeanの頭脳」という位置づけになった。

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