経理の闇1
Guardeanが昭和製薬の調査顧問に正式就任してから、わずか2週間後のことだった。
最初の依頼は、意外にも「社内経理の調査」だった。
昭和製薬本社の内部監査室から、安達社長宛に匿名の手紙が届いた。
内容は簡潔で、しかし衝撃的。
「経理部の特定の担当者が、長期間にわたり多額の横領を行っているらしい。証拠は帳簿と銀行取引履歴に残っている。早急な調査を望む。告発者は身の危険を感じているため、匿名とする。」
安達社長は即座に城崎常務に連絡し、Guardeanに任せると決断。
理由は明確だった。
「社内調査では、内部のしがらみで真実が隠蔽される恐れがある。外部のプロに、徹底的に調べてもらいたい。」
健一と高木は資料一式を受け取り、事務所で即座に作戦を立てた。
健一がまず口を開く。
「まずは内部告発の真偽を確かめる。少しでも違和感を感じたら、徹底的に掘る。悠斗、帳簿と取引履歴を洗ってくれ。」
高木は無言で頷き、すぐにPCに向かった。
提供されたデータは膨大だった。
過去3年間の全経費精算書、銀行振込履歴、仕訳帳、領収書スキャン……すべてデジタル化されたものだが、社内システムのエクスポートデータのため、構造が複雑で、社内の人間でも全体像を把握するのは難しい。
高木はまず、異常値検知のスクリプトを組んで自動解析を開始。
次に、手作業で「違和感」を追う。
2日後、高木が静かに健一を呼んだ。
「……見つけた。明らかな横領の痕跡だ。」
画面には、経理部の武藤 啓太郎が担当した取引が並んでいた。
問題の取引は、「外部委託調査費」「機密保持料」「コンサルタント報酬」という曖昧な名目で、毎月数十万円〜数百万円が、同一の振込先(個人名義の口座)に振り込まれていた。
合計額は、3年間で約1億2千万円。
高木は画面から目を離さずに続けた。
「名目は毎回違うが、振込先は同じ。口座名義は、武藤Aの親族。領収書はすべて偽造されたPDFで、印紙税の額が不自然に少ない。さらに、取引先の会社が存在しない。登記簿謄本を取ったら、架空のペーパーカンパニーだった。」
健一は画面を凝視し、静かに息を吐いた。
「……これは、横領どころか、組織的な背任行為だな。武藤だけじゃなく、上司や承認者も見て見ぬふりをしていた可能性が高いな。」
高木は頷いた。
「そうだ。承認ルートを追ったら、部長クラスが毎回サインしてる。『機密事項のため詳細確認不要』というコメント付きでね。」
健一は椅子に深く座り、天井を仰いで言った。
「ここからが本番だ。内部告発の真偽は証明された。次は、横領の全容と、共犯者の特定か。昭和製薬に報告する前に、俺たちが決定的な証拠を揃えとこう。潜入は……今回は必要なくなるかもな。」
高木は頷き、すでに次のステップを頭の中で整理していた。
「銀行取引の照会を、弁護士経由で正式に依頼する。同時に、担当者Aの私的通信(社内メール、チャットログ)を、調査顧問の権限でアクセス申請する。これで、横領の流れと、共犯者の繋がりがはっきりする。」
健一は立ち上がり、高木の肩を軽く叩いた。
「よし。安達社長に『違和感あり。調査継続中』と報告しよう。詳細は証拠が固まってからだ」
高木は、すぐに銀行取引の照会を佐々木蔵之介弁護士に依頼した。
佐々木蔵之介弁護士は、悠斗の依頼を即座に受けた。
「高木君、了解です。銀行取引照会は、裁判所への仮処分申請を並行して進める形で、第四銀行と越坂部銀行に正式照会をかけます。武藤氏の私的通信ログも、社内システムのバックアップから顧問弁護士の権限でアクセス申請を出します。削除されているように見えても、ログは通常90日〜1年保存されていますからね。」
高木は簡潔に礼を述べ、資料の追加部分を送った。
3日後、佐々木から連絡が入った。
銀行取引照会の結果と、社内通信ログの閲覧許可が下りたそうだ。
「高木君、武藤氏の私的通信ですが、社内サーバーの監査ログとバックアップから、ほぼすべて復元できました。注目すべきは、経理部長の大橋 健司とのやり取りです。LINE WORKSのビジネスチャットで『今月の分、いつもの口座に振り込んでおいたよ』『領収書は後で偽造するから大丈夫』『金は、いつも通り折半で』というメッセージが、過去1年間だけでもかなりの件数あります。」
高木は画面に表示されたログをスクロールしながら、静かに頷いた。
「……共犯確定だな。次は、振り込み先口座の引き出し状況をお願いします。」
佐々木は淡々と続けた。
「すでに銀行側に監視カメラ映像の開示請求を出してます。仮処分で裁判所が認めましたので、振り込み先口座の過去3年間のATM引き出し映像をすべて入手してあります。ご覧ください。」
佐々木は、怪しいと思われる人物が写っている映像をピックアップしてGurdeanのPCに送った。
送られてきた映像ファイルを開くと、毎月決まった日時に、同一人物がATMで現金を引き出している様子が映っていた。
顔はマスクと帽子で隠されているが、体格、身長、歩き方、時計の着用位置、靴の種類……すべてが経理部長・大橋 健司と一致した。
さらに、映像のタイムスタンプと、振り込み履歴の入金日時がぴったり重なっている。
「これで、横領金の流れが完璧に繋がった。武藤が帳簿操作と振込実行。大橋が実質的な受取人。取り分折半で分け合っていた。」
健一は隣で映像を見ながら、静かに息を吐いた。
「……1億2千万円の横領。やっぱり部長クラスが絡んでたか。これで、背任罪と業務上横領罪の共同正犯が確定だな。」
高木は資料をまとめ、佐々木に最終確認を依頼した。
「佐々木さん、これを安達社長と城崎常務に報告します。同時に、警察への被害届提出を準備してください。容疑者は武藤啓太郎と大橋健司。証拠はログ、銀行照会、ATM映像、領収書偽造の痕跡……すべて揃ってます。」
佐々木は頷いて言った。
「了解です。私は安達社長に即連絡します。……貴方たちGuardeanの仕事は、本当に恐ろしいほど正確だ。これで、昭和製薬の内部浄化も一歩前進しますね。」
健一は高木と視線を交わし、静かに言った。
「これで、最初の依頼はクリアか。安達社長に『少し違和感を感じたので、徹底的に調べました』と報告しよう。」悠斗は小さく頷き、PCを閉じた。




