背負う物と新たな風2
Guardean事務所のドアが閉まった後、マンションの廊下で三人は足を止めた。
エレベーターを待つ間、安達祐次は静かに仁に向き直った。
城崎も隣で、穏やかだが真剣な表情で頷いている。
「片桐……いや、仁。さっきの話、もう一度確認させてくれ。顧問料、本当に月額100万円でいいのか?」
仁は力強く頷いた。
「はい、先輩。Guardeanの二人とも、それ以上は望んでいないと言ってました。私も最初は『そんなに安くて大丈夫か』と思ったんですが……彼らは『仁さんの会社を守るため』って、いつもそう言ってくれるんです。」
安達は深いため息をつき、廊下の壁に軽く寄りかかった。
視線を少し遠くにやりながら、ゆっくりと言った。
「……安すぎる。正直、信じられないよ。任せる仕事の規模を考えたら、月額100万円なんて、むしろ失礼な額だ。10倍……いや、20倍言われても当然だと思っていた。」
城崎が横から補足した。
「社長のおっしゃる通りです。弊社の顧問弁護士でさえ、月額300万円ですよ。しかも、あの弁護士は主に契約書チェックと訴訟対応が中心。しかし、Gurdeanは実地調査や潜入、国際的な証拠収集、命の危険を伴う潜入まで……そんなことを、わずか2人で、しかも驚異的な精度でやってのけたんですから。」
安達は仁の目を見て、改めて尋ねた。
声に、純粋な驚きと尊敬が混じっていた。
「本当に……たった2人で、あれだけのことをやったのか?美穂さん……いや、佐藤健一君と、高木悠斗君の二人だけで。潜入して現場責任者の口を割らせ、成分分析の決定的証拠を入手し、中国側のトップの連絡先まで引き出して……しかも、信じられないスピードと正確さで。仁、あの二人は……一体何者なんだ?」
仁は少し誇らしげに、しかし穏やかに微笑んだ。
「先輩……彼らは、ただの探偵じゃないんです。健一君は、子供の頃から『守るヒーロー』に憧れて、合気道や急所攻撃を極め、女装まで完璧に使いこなす。美穂さんとして潜入した時も、冷静で、絶対に揺るがない。そして、高木君は後方支援のプロ。彼らの連携はまるで同一人物であるかのように息がピッタリなんです。あの二人が組めば、どんな敵も…どんな危機も、怖くないと思えてしまうんです。」
城崎が小さく笑った。
「片桐ファーマシーの月額100万円を『安い』と思っていたのは、Gurdeanじゃなくて私たちの方でしたね。あれだけの価値を100万円で提供してくれるなんて……むしろ、Guardean側が損をしているんじゃないか。」
安達は頷き、静かに呟いた。
「確かに……彼らのような人材を、普通の企業が雇おうとしたら、年間数千万は下らないだろう。
いや、もっとだ。……仁、君は本当に幸運だ。そんな二人に出会えたんだから。」
仁は深く頷いた。
「はい……Guardeanに出会えたことが、片桐家の最大の幸運です。」
エレベーターの扉が開き、三人は乗り込んだ。
安達は最後に、仁の肩を軽く叩いた。
「1週間後、改めて返事を聞きに来よう。……もし彼らが『やる』と言ってくれたら私の肩の荷はどれだけ降りるだろう。月額100万円で済ませるのは申し訳ないが……彼らの意志を尊重しよう。」
仁はエレベーターの中で、静かに微笑んだ。
「ありがとうございます、先輩、城崎君。……きっと、二人は『やる』と言ってくれますよ。彼らは、そういう人たちですから。」
エレベーターが1階に着き、三人はそれぞれの車へ向かった。
翌週の同じ時間帯、Guardean事務所のチャイムが再び鳴った。
ドアを開けると、仁さんと並んで安達社長と城崎常務が立っていた。
三人は前回と同じように穏やかな表情だが、今日は少し緊張感が漂っている。
健一と高木は二人とも普段着で迎え、すぐに皆をテーブルに案内した。
仁が最初に口を開いた。
「健一君、高木君。先日の話の続きだ。安達先輩と城崎君が、改めてお返事を聞きに来てくれた。」
安達は静かに頷き、健一たちに向き直った。
「佐藤君、高木君。1週間、じっくりご検討いただいたようですね。結論をぜひお聞かせください。」
健一は高木と軽く視線を交わし、深く息を吸ってから、丁寧に言葉を紡いだ。
「安達社長、城崎常務、仁さん。お時間をいただき、ありがとうございます。結論から申し上げます。昭和製薬の調査顧問契約、お引き受けします。」
安達と城崎の顔に、わずかに安堵の色が浮かんだ。
仁は小さく拳を握りしめ、喜びを隠しきれなかった。
健一はすぐに「しかし」と続け、静かに条件を述べ始めた。
「ただし、いくつか条件があります。これを承知していただけるなら、正式に契約を結びたいと思います。」
高木が隣で資料を広げ、健一の言葉を補佐するように頷いた。
「一つ目。顧問料は月額100万円のままでお願いします。これ以上は上げようとしないでください。
私たち二人は、この額で十分に満足しています。仁さんの時と同じように、信頼関係を最優先にしたいんです。」
安達は少し眉を寄せたが、すぐに表情を緩めた。
「……確かに、安すぎると私も思っていたが、君たちの意志なら尊重するよ。続けてくれ。」
健一は安達の言葉に頷き、続けた。
「二つ目。逐一の成功報酬は無用です。事件解決ごとにボーナスをいただくような形は私たちのポリシーに反します。月額内で、どんな調査も全力で取り組みます。」
城崎が小さく息を吐いた。
「それは……本当にありがたいが、私たちとしても申し訳ない気持ちになるな。」
健一は更に続けた。
「三つ目。経費はその都度お願いします。潜入時のアパート代、交通費、機材代、分析費用など、実費は後から精算させてください。これだけは、事務所の運営上、必要です。」
健一は最後に、静かに、しかしはっきりと付け加えた。
「そして、四つ目。我々Guardeanが昭和製薬の調査顧問であることは、機密事項にしてください。外部に漏れないよう、契約書に厳格な守秘義務条項を入れていただきたい。私たちの仕事は、表に出ない方が効果的です。仁さんの時と同じように、影で支える形にしたいんです。」
安達はゆっくりと頷き、城崎と視線を交わした後、
深く息を吐いて微笑んだ。
「すべて承知した。君たちの条件はどれも合理的だ。むしろ私たちが甘すぎたくらいだよ。これで正式に契約を進めさせていただくよ。」
城崎が鞄から契約書のドラフトを取り出した。
「契約書の雛形は用意してきました。ここに月額100万円、成功報酬なし、実費精算、厳格な守秘義務を付け加えます。これで問題なければ、今日中に署名可能です。もちろん、弁護士同席で最終確認もできます。」
健一は高木と目を合わせ、静かに頷いた。
「ありがとうございます。それでは、今日、署名させていただきます。」
仁は目を潤ませ、健一と高木の手を交互に握った。
「健一君……高木君……本当にありがとう。由香の未来も、私の会社も……これからも、ずっと守ってくれるんだな。」
健一は穏やかに微笑んだ。
「もちろんです。皆さんのためなら……俺たちはどこまでも行きますよ。」
高木も静かに、しかし力強く言った。
「……これからも、よろしくお願いします。」
安達は立ち上がり、三人に深く頭を下げた。
「これからは、昭和製薬もGuardeanの家族だと思ってくれ。何かあったら、いつでも連絡を。これからも、共に社会の安全を守っていこう。」
事務所に、温かな拍手と笑顔が広がった。
契約書への署名が終わり、四人は握手を交わした。
Guardeanは、片桐ファーマシーに続き、昭和製薬という巨大なパートナーを得た。
月額200万円の安定収入と、二つの大手企業を影から守るという、新たな使命。




