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女装探偵  作者: 相澤 沁
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プライベートと過保護なワガママ

ある朝、佐藤健一はいつものように事務所兼自宅のベッドから起き上がった。

まだ眠気が残る目をこすりながら、リビングスペースへ向かうと――

そこに、由香がいた。由香はソファに座ってスマホをいじりながら、健一が入ってきたのに気づくと、

パッと顔を上げて満面の笑み。

「おはよう、健一さん!」

健一は一瞬固まり、すぐに目を細めた。

「……由香ちゃん?どうやって入ってきた?」

由香は悪びれもせずに、にこにこしながら答えた。

「パパがマンションの管理人さんを買収して、事務所の合鍵を複製してもらったんだって!『いざという時の逃げ場として』って言ったら、すぐに用意してくれたみたい!便利でしょ?」

健一は額を押さえ、深いため息をついた。

「……仁さん、過保護を通り越して犯罪スレスレだぞ……管理人買収って……」

由香はそんな健一の反応などお構いなしに、ソファの横に置いてあった大きな紙袋を掲げて立ち上がった。

中から取り出したのは――

以前、美穂が使ったチュンリーの衣装。

青いチャイナドレスに、太ももまで大胆に切れ込んだスリット、白いリストバンドとブーツ、髪をまとめる白いリボンまで完璧に揃っている。

由香は目を輝かせて、

「これ、見つけたの!美穂さんのクローゼット、勝手に開けちゃったけど……セーラームーンの次は格ゲー合わせにしようと思って!私、春麗! 美穂さんも春麗!高木さんは……えっと、リュウとかケンとかでいいかな?でも高木さんなら、春麗の対になるキャラがいいよね!楽しみ~!」

健一は絶句した。

由香がクローゼットを開け放ち、美穂の衣装を漁っていたという事実に、頭を抱える。

「……由香ちゃん。俺のプライベートスペースに勝手に入るのは、いくら仁さんの娘でもダメだぞ。」

由香は少ししょんぼりしながらも、すぐに笑顔に戻って、

「ごめんね、健一さん!でも、美穂さんの衣装、ほんとに可愛くて……私、春麗のコスプレしたら、美穂さんとツーショット撮りたいなって!パパも『由香が喜ぶなら』って言ってくれるよ!ね? 次回のイベント、格ゲー合わせでいこ!」

健一はソファに崩れ落ち、天井を見上げて呟いた。

「もう完全に趣味が暴走してる……俺のクローゼットまで……」

その時、事務所のドアが開き、高木が入ってきた。

コーヒーの匂いを漂わせながら、

「健一、朝から由香ちゃんの声が聞こえて……って、何その衣装?」

由香がチュンリーの衣装を高木に向かって振り回す。

「高木さん! 次は格ゲーだよ!美穂さんが春麗で、私も春麗で、高木さんは……リュウでいい? それとも豪鬼?カッコイイよ!」

高木はコーヒーカップを落としそうになり、

「……また女装?いや、リュウは男だけど……でも僕が格闘技コスって……」

健一は高木を見て、同情の視線を送った。

「悠斗……俺たち、もう逃げられないぞ。」

由香は二人の反応など気にせず、衣装を抱きしめて跳ね回る。

「やったー! 春麗ツインだ!美穂さん、高木さん、次回のイベント絶対行こ!パパに言ったら、きっと車と衣装代出してくれるよ!」

事務所に、由香の無邪気な笑い声が響き渡った。

しかし、健一と高木は眉間にしわを寄せた渋い表情だった。

その日の午後、健一は仁に連絡を入れた。

「仁さん、今日の夜、事務所に来てもらえますか?大事な話があります。」

仁はすぐに了承し、仕事が片付いたらすぐに行くと返事が来た。

しかし、仁が事務所のドアをノックしたのは、すでに夜半を過ぎた頃だった。

スーツのネクタイを緩め、疲れた顔で入ってきた仁は、すぐにソファに腰を下ろし、尋ねた。

「美穂さん……いや、健一さん。遅くなってすまない。今日は会議が長引いて……で、何の用だい?」

健一はコーヒーを淹れながら、高木と視線を合わせた。

高木は静かに頷き、健一が口火を切る。

「仁さん、今日は率直に言わせてください。行き過ぎです。」

仁は一瞬、目を丸くした。

「行き過ぎ……?」

健一はカップをテーブルに置き、仁の正面に座った。

「合鍵の件です。由香ちゃんに事務所の合鍵を複製させて、勝手にクローゼットを漁らせて、俺のプライベートな衣装まで持ち出させる……さすがに、これはダメです。」

高木が横から補足する。

「仁さん、俺たちも由香ちゃんの安全は全力で守ります。でも、ここは『Guardean』の事務所で、健一の自宅でもあるんです。他の依頼者の資料も置いてあります。部外者が自由に出入りできる状態は、セキュリティ的に危険です。」

仁は少し肩を落とした。

「……確かに、私のやり方が行き過ぎていたかもしれない。由香の安全のことしか頭になくて……合鍵の件は、管理人に頼んでしまった。『いざという時の逃げ場』という名目で、すぐに用意してくれたんだが……悪かった。」

健一は静かに続けた。

「仁さんはスポンサーで、俺たちにとって大事な人です。でも、たとえスポンサーであっても、『Guardean』の調査という仕事では部外者です。出入りに関する事は、今後はしっかり俺と高木を交えて、正式に相談してください。合鍵の複製も、由香ちゃんの立ち入りも、勝手に進めるのはやめてほしい。」

高木が穏やかに付け加える。

「由香ちゃんを守るのは、俺たちも同じ気持ちです。でも、健一のプライベートと事務所の安全を犠牲にしてまで、ってのは違うと思うんです。」

仁はしばらく黙ってコーヒーを飲んだ。

やがて、ゆっくりと頭を下げた。

「……分かった。私の過保護が、君たちに負担をかけてたんだな。悪かった。これからは、ちゃんと相談する。合鍵も、今日限りで回収させる。由香にも、勝手にクローゼットを開けないよう、きつく言い聞かせるよ。」

健一は少し表情を緩めてた。

「ありがとうございます。仁さんがそう言ってくれるなら、俺たちも安心です。これからも、由香ちゃんのことは全力で守りますから。」

仁は苦笑しながら立ち上がり、

「本当にすまなかった。これからも……よろしく頼むよ、健一さん、高木くん。」

仁が帰った後、事務所は静かになった。

高木が新しいコーヒーを淹れながら、

「健一、よく言ったよ。仁さんも、どこかで気づいてたんだろうな。」

健一は窓の外を見ながら言った。

「由香ちゃんの笑顔は守りたい。でも、俺たちの『日常』も守らないと、いつか壊れるからな。」

高木はカップを差し出し、

「そうだな。次は、どんな依頼が来るかな。」

健一はカップを受け取り、軽く笑った。

「美穂でも、健一でも……俺たちは、やるだけだ。」


その二日後、事務所のインターホンが控えめに鳴った。

高木がモニターを確認し、すぐにドアを開けると、そこに立っていたのは由香だった。

いつもの明るい笑顔は影もなく、神妙な顔つきで俯いている。

合鍵は仁が回収したようで、手には何も持っていない。

高木が「由香ちゃん?」と声をかけると、

由香はその場で膝から崩れ落ち、ひたすら謝罪の言葉を繰り返しながら、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。高木は慌てて由香を抱き起こし、事務所のソファに座らせた。

「由香ちゃん、落ち着いて。どうしたの? 何があった?」

健一もすぐに駆け寄り、由香の隣に腰を下ろした。

優しく、しかししっかりとした声で言った。

「由香ちゃん、ゆっくりでいいから話して。俺たちはここにいるから。」

由香は両手で顔を覆い、震える声で言葉を絞り出した。

「私……勝手に合鍵作ってもらって……美穂さんのクローゼット開けて……衣装持ち出して……健一さんたちの大事な場所なのに……ごめんなさい……本当にごめんなさい……」

涙が止まらない。

由香は肩を震わせながら、何度も「ごめんなさい」を繰り返した。

健一は由香の背中を優しく撫で、穏やかな声で言った。

「由香ちゃん、俺たちは怒ってないよ。確かに、勝手に合鍵作ったりクローゼット開けたりするのはダメだった。でも、由香ちゃんが楽しそうにしてくれるのは、俺たちも嬉しいんだ。だから、もう泣かないで。」

高木も隣で頷きながら、

「そうだよ。仁さんに合鍵は返してもらったんだろ?これからはちゃんと相談してからにしよう。それでいいよ」

健一は由香の顔を覗き込み、笑顔で続けた。

「『Guardean』は、これからも由香ちゃんをしっかり守るから。安心してくれ。内線電話も、継続してくれて構わないよ。何かあったら、いつでも呼んで。俺たち、由香ちゃんの味方だから。」

由香はまだ涙を拭いながら、ゆっくりと顔を上げた。

「……本当に……いいんですか?」

健一と高木は同時に頷き、

「もちろん」

「任せてくれ」

由香は深々と頭を下げ、泣きながらも小さな声で言った。

「これからも……よろしくお願いします……」

健一は由香の頭を優しく撫で、高木はティッシュの箱を差し出した。

由香は何度も鼻をすすりながら、ようやく少しだけ笑顔を取り戻した。

事務所に、静かな温かさが広がった。

仁の過保護は少し落ち着き、由香の無邪気さは少し反省を交え、Guardeanの日常は、また穏やかに、しかし確実に続いていく。

健一は窓の外を見ながら、小さく呟いた。

「次は、どんな依頼が来るかな……美穂でも、健一でも……しっかりやろうぜ。」

高木はコーヒーを淹れ直しながら、

「そうだな。依頼が続く限り、僕たちは頑張らないとな。」

由香はソファで膝を抱え、涙を拭きながら言った。

「ありがとう……健一さん、高木さん……大好きです。」

事務所の明かりが、優しく三人を照らした。

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