彼氏のフリと本気の警護1
郊外マンションの2階、佐藤探偵事務所「Guardean」。
午後の陽射しがカーテンを透かして差し込み、部屋は少し埃っぽい匂いがした。
健一はデスクに肘をつき、ため息を吐きながらぼやいた。
「…たまには女装しない仕事したいわ。」
高木はコーヒーを淹れながら、肩をすくめた。
「また始まったね、この赤ちゃんのイヤイヤ期」
健一は椅子に深く沈み、髪をくしゃくしゃにかきむしる。
「毎回毎回、美穂だの可愛いだの言われてさ。俺だって、普通の男として依頼をこなしたい時があるんだよ。148cmの体型で女装がバッチリ決まるのは便利だけど…たまにはスーツ着て、背伸びして、カッコよく決めたいじゃんか。」
高木はカップを二つ持ってきて、健一の前に置いた。
「分かる分かる。でも、仁さんの依頼はいつも『美穂ちゃん』指定だからなぁ。由香ちゃんも完全にファンだし。」
健一はコーヒーを一口飲んで、顔をしかめた。
「…だからこそ、たまには男の俺でいい仕事がしたいんだよ。女装なしで、普通に護衛したり、尾行したり、取材したりさ!」
その時、パソコンの通知音が鳴った。
高木がマウスを動かし、メールを開く。
送信者:片桐仁
件名:由香の件でお願い高木は読み進めながら、思わず吹き出した。
「…来たよ、また仁さんから。今回はちょっと趣向が変わってる。」
健一が身を乗り出す。
「何? また由香ちゃんのボディガード?」
高木が画面を読み上げる。
「『最近、由香に面倒くさい男が言い寄ってきていて…由香がうっかり「年上で高身長でカッコイイ彼氏がいるから」って言ってしまったらしいんです。その彼氏のフリをしてほしい』……って。しかも、指定は『高木くん』に。」
健一は一瞬固まり、次に声を上げて笑った。
「は? 悠斗が彼氏役?お前、180cm近くあるし、顔も悪くないし……確かに『高身長でカッコイイ』って言われてもおかしくないけどな。」
高木は照れくさそうに頭を掻いた。
「いや、僕はいいんだけど……続きがあってさ。『高木くんの警護は、美穂さんではなく健一さんにお願いしたい』って。仁さん、今回は『男の健一さんで』って指定してるよ。」
健一の表情がぱっと明るくなった。
「…マジで?」
高木が頷く。
「日付をいくつか指定してる。由香ちゃんの大学の近くのカフェで『彼氏とデート』ってことにして、面倒くさい男が近づいてきたら、健一さんが影から警護する、みたいな流れらしい。仁さん、由香ちゃんの嘘をフォローしつつ、本気のストーカー対策もしたいってさ。」
健一は椅子から立ち上がり、拳を軽く握った。
「…やった!ついに女装なしの仕事だ!俺、スーツ着て、背伸びして、カッコよく決められるじゃん!」
高木は苦笑しながら、
「でも、僕が由香ちゃんの彼氏役って……なんか気まずいな。由香ちゃん、僕のことどう思ってるんだろ?」
健一は高木の肩を叩いた。
「大丈夫だよ。お前なら『年上で高身長でカッコイイ』にピッタリだ。俺は後ろから、怪しい男を睨みつけて、必要ならぶん殴る役でいい。」
高木がため息をつく。
「ぶん殴るのはやめろよ……とりあえず、仁さんに返信して、詳細を詰めよう。でも、由香ちゃんに直接話さないとマズイだろ。事務所に呼んで、ちゃんと打ち合わせしないと。」
健一は頷き、青いリボンをクローゼットの奥にしまい込んだ。
「そうだな。今回は俺が『健一』として、由香ちゃんの前に立つ。女装なしで、普通の男として……久しぶりだな。」
事務所の窓から、郊外の穏やかな景色が見えた。
健一は鏡の前で、久しぶりにスーツのネクタイを締める仕草をしてみた。
少し背伸びした姿が、意外と悪くない。
高木がスマホを手に、仁に返信を打ち始める。
「…じゃあ、由香ちゃんを呼ぶ日を決めよう。次は、事務所で本気の打ち合わせだ。」
健一は小さく笑った。
「楽しみだな。たまには、男の俺で仕事できるってだけで……なんか、ワクワクする!」
クローゼットの奥で、青いリボンが静かに眠っていた。
今日は、出番がない。




