ステージの裏側7
面談室の空気が、重く淀んでいた。
美穂はペンを握ったまま、ゆっくりと顔を上げた。
大きな瞳を潤ませ、震える声で言った。
「…あの、皆さんが急に怖くなってきたので…契約は、辞退させていただきますぅ……」
瞬間、社長の笑顔が凍りついた。
審査委員長の顔が赤く染まり、プロデューサーは舌打ちを漏らした。
社長が低く、冷たい声で言った。
「…辞退?それは、オーディション参加規約に明確に違反している。違約金が発生するよ。金額は、契約金1,500万円+賞金100万円と同額の1,600万円だ。」
美穂は目を丸くして、怯えたふりを続けた。
「ええっ、そんな……私、そんなお金持ってません……」
プロデューサーがニヤリと笑い、椅子から立ち上がった。
「払えないなら、体を売ってでも払ってもらうしかないね。あるいは……所属契約を結んで、レコード会社やテレビ局の偉いさんたちと夜を共にして、エターナル・プロモーションに仕事を回してもらうように頑張ってもらうか?」
審査委員長が付け加える。
「可愛い顔してるんだから、すぐに稼げるよ。拒否したら、君の映像をネットに流すだけだ。選択肢はないんだよ。」
美穂は震える手で顔を覆い、肩を震わせた。
しかし、その瞬間――
部屋の外で待機していた高木悠斗が、スマホを耳に当てた。
「…刑事課ですか?はい、今、全て録音・録画完了しました。脅迫、強要、違約金の名を借りた恐喝、映像の拡散予告……全部揃ってます。至急、応援お願いします。」
美穂はゆっくりと手を下ろし、涙を拭う仕草でフリルの袖口を軽く持ち上げた。
ネックレスのペンダント、リボンの裏側、スカートのレース……
隠しカメラとマイクが、すべてを記録していた。
「…ごめんなさい。皆さんの言動、全部録音されてます。隠しカメラとマイクで全部。」
三人の顔から血の気が引いた。社長が慌てて立ち上がって怒鳴った。
「何を……ふざけるな!」
美穂は静かに立ち上がり、ぶりっ子モードを完全に解除した。
声は低く、冷たい。
「佐藤美穂です。探偵です。このオーディションのヤラセ、闇契約、脅迫……全部、証拠として押さえました。」
ドアがノックされ、続いて勢いよく開いた。
私服刑事数人が雪崩れ込み、三人を囲む。
「動くな。脅迫罪、恐喝罪、強要罪で逮捕する!」
社長は椅子に崩れ落ち、審査委員長は顔を覆い、プロデューサーは逃げようとして刑事に取り押さえられた。
逃げ場は、どこにもなかった。美穂は静かに部屋を出た。
廊下を歩きながら、スマホを取り出し、片桐仁に電話をかけた。
「…仁さん。全部終わりました。エターナル・プロモーションの社長、審査委員長、プロデューサー……
三人とも逮捕されました。由香ちゃんは、もう二度とこんな罠に引っかかりません。」
仁の声は、震えていた。
「…本当にありがとう、美穂さん。由香にも伝えるよ。彼女は……まだアイドルになりたいって言ってるけど、今度はちゃんと守ってあげられるようにする。」
美穂はエレベーターに乗り込み、静かに息を吐いた。
「由香ちゃんの夢は、自由に選ばせてあげてください。ただし、汚い手で汚されないように……それだけです。」
電話を切った後、美穂は鏡に映る自分の姿を見た。
フリルたっぷりの可愛い服、青いリボン。
でも、目はもう探偵のものだった。郊外のマンションに戻る頃には、クローゼットの奥で、青いリボンが静かに揺れていた。
佐藤美穂と高木悠斗は、また次の依頼を待つ。
少しだけ、優しい目で。




