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第7話 経営コンサルした店の店長が逮捕


「……よし、これで終わりっと」


 穴を掘っていたレオンは、シャベルを置いてつぶやいた。


 額の汗を拭いながら、手の甲に書いた依頼書のメモ書きに、ちびた木炭でバツ印をつけた。


 冒険者ギルドに寄せられる依頼は、なにも魔物を倒すことだけではない。

 今日は午前中から豪商の屋敷の警備、昼休み返上で裏山の薪割り、そして先ほどまで老朽化した空き家の解体工事に従事していた。


 剣の腕には覚えがあるレオンだが、それだけで身を立てるには、まだ経験も知識も足りていない。

 一歩外に出れば、食うために泥にまみれる一介の労働者なのである。


(魔物を殺すより、家を壊す方が大変だな……)


 次はもっと楽な依頼を、と考えながらギルドに戻ってきたレオン。

 掲示板を眺めていると、見たことのないタイプの依頼が吊られているのが目に入った。


【助けてください】

 経営する飲食店が全く流行りません。

 精一杯やっているのに、何が悪いのか正直わかりません。

 専門的なことでも、個人的なことでも構いません。

 忌憚のない意見をくださる方を求めています。

 報酬:お腹いっぱいの食事(経営状態が極めて苦しいので、金銭的な報酬は出せません)


「……ご飯、お腹一杯」


 レオンの腹が、期待を込めてグゥと鳴った。


「感想を言うだけでご飯が食べられるなら、損はないか」


 レオンは軽い気持ちで、その依頼書を引き剥がした。


 ◯


 依頼を出した店――『なんでも亭』の前に立った瞬間、レオンは己の判断を後悔した。


「うわあ」


 店の看板は真っ黒に汚れており、入口には枯れた観葉植物が放置されていた。

 薄汚れた暖簾(のれん)をくぐると、古い油のような臭いが鼻についた。


「らっしゃい!」


 と、足を踏み入れるより先に店主の威勢の良いかけ声が飛んできた。逆に入りにくくなる。


「こんにちは。依頼の件でギルドから来たレオンと申します」

「お……なんだ、そっちか」


 髪をぼさぼさにした中年の店主だ。

 エプロンには幾重にも重なったソースのシミが忌々しい思い出のように残っている。

 彼はレオンの登場に一度立ち上がりかけたが、残念そうにまた腰を下ろした。


(感じ悪いな……)


 この店……というか、こんな店には普段の自分なら絶対に入らないだろう。

 だがこれも仕事。喉まで出かかった言葉をグッと呑み込んで笑顔で会話を続けた。


「俺は何から始めればいいですか?」

「うん? そうだなぁ……」


 店主はジロジロとレオンを見てからダルそうに言った。


「とりあえず、うちのメニューを味わってくれよ。話はそれからだ」

「はぁ」


 ――30分後――


(遅すぎる。一品出すのにどんだけ掛かるんだよ)


 厨房からは「ジャッジャッ!」という何かを焼く音が延々と聞こえてくる。

 そこから漏れ出た煙が店内に充満しているが、焦げたような、湿ったような、正体不明の香りだった。


「よっしゃ、できたぞ! お待たせ」


 ドタバタと店主が慌ただしく皿を置く。


「これが『なんでも亭』の看板メニュー、特製煮込みだ!」


 見た目は肉や野菜が入ったシチューのようで、意外と普通だ。

 レオンは覚悟を決め、一口運ぶ。


「――っ!?」


 靴底のような食感と、ドブのような臭いがした。レオンは涙目になりながら必死に飲み込んだ。


「……店主さん、これ、味見しましたか?」

「いや……?」

「しましょう。絶対に」


 店主はスプーンを取ってくると、レオンが今食べた特製煮込みを怪訝そうにしながら食べた。


「……まっず」


 ペッと床に吐き出した。


「何か間違えたのかなあ」

「どうなったら正解だったんですか?」

「先代からの秘伝の味なんだよ。昔食べたときはもっと美味しかったんだけどなあ」

「おいしいって? 具体的には?」


 レオンはイライラしてきた。


「肉は柔らかかったし、もっと味があったような……」

「ちゃんとレシピ通りに作ったんですか?」

「う~ん、レシピはもう残ってなくてな。勘でやってるところもある」


 レオンは、まだほんの少し残っていた親切心を振り絞り、一つずつ丁寧に指摘することにした。


「店主さん、まず店が汚すぎます。床はベトベトしてるし壁はシミだらけだし、こんなところで食事なんてできません」


「いやいや! 掃除する時間があったら仕込みをしたいんだ。一人で店を回しているから大変なんだぞ」


「仕込みですか……そもそもこの料理、どうしてこんなに時間がかかったんですか? 飯時に何十分も待たされたら、たとえ美味しい料理でも二度と来ませんよ」


「ちっと焦がしてしまってな、作り直してた。普段はこんなことないぞ」


「初めて来たお客さんにその言い訳は通用しませんよ。それに、普段のお店を見せてもらえないと、俺が来た意味がないじゃないですか」


 レオンのぐうの音も出ないほどの正論に店主は押し黙るしかなかった。


「……悪かったよ。俺だって、好きでこんなまずいもんを出してるわけじゃないんだ。もう一杯いっぱいで、自分でも何やってんだか分からないんだ」


 店主は力なく項垂れた。

 その背中には哀愁が漂っている。

 二人きりの店内に、沈黙が流れる。


 もうここでやるべきことは終わったと言っていい。

 ギルドに戻って依頼達成を報告し、もっと実のある仕事をすべきだと、内なるレオンは言っている。


 レオンは出口にちらりと目を向けた。

 そして、はぁ……とため息をついて座り直した。


「やれることから改めていきましょう。悪いところが直れば、最低でも普通の店にはなれるはずです」


 店主は顔を上げて、泣きそうな顔で言った。


「あ、ああ。いつもこの辺りで冒険者は帰っちまうんだが、あんたは残ってくれるんだな……」


「いつも? この依頼は何度も出しているんですか?」


「レオンさんといったか。あんたで五人目だ」


 この哀れな店主は、これまで4回も見捨てられたということだ。

 そしてレオンは、自分がその5番目になることを良しとしなかった。


「俺も依頼を受けた者としてのプライドがあります。それで『はい、さよなら』とはしません。経営に役立つかはわかりませんが、素人の立場から遠慮なく意見を言いますよ。構いませんね?」


 レオンは心を鬼にしてでも、店を立て直すことを決意した。



 ∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨


 >>> 愛の貧乏脱出大作戦 <<<

 >>>『なんでも亭』を救え!<<<


 ∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧




 レオンは店内をぐるりと見渡した。

 壁に黄ばんだ紙が大量に貼られていて、下手な字で料理名が書かれていた。


 シチュー800ゴールド、ステーキ1,200ゴールド、フルーツ盛り合わせ2,500ゴールド……。


「店主さん、メニューはいくつあるんですか?」


「全部で100以上あるぞ! なんでも亭だからな!」


 店主はそれが唯一の取り柄であるかのように胸を張った。


 そしてレオンの頭の中で分析が始まる。


(なるほど、まずは――『過剰な選択肢』だな)


 飛び込みで来た客が大量のメニューを前にして思うことは一つ、「面倒くさい」だ。

 腹を空かせた状況で選択肢が多いことは、必ずしもメリットではない。


「じゃあ、裏を見せてもらっていいですか?」


 レオンが厨房に入ると、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。

 ゴミ箱からはみ出した大量の肉、使いかけの干からびた野菜、まだ食べられそうな食材が、無造作に転がっている。


「これ、全部捨てるんですか?」


「だって、焦げちまったもんは客に出せないだろ?」


(この人、根本的なところで『命』を軽んじてるな)


 食材に対する敬意が圧倒的に足りない。

 茄子1本を取ってみても、どのような特徴があってどのように活かすべきかを、料理人は考えなくてはいけない。

 それを怠るということは、客に出す料理に真剣になっていないことの証だ。


「そうですね……」


 レオンが厨房の奥をのぞくと、そこには仕込みの済んだ食材が山のように積まれていた。


「――あんなに用意して、使い切れるんですか?」


「客さえ来てくれたらな」


「来ないじゃないですか」


「う、ううん、それを言われると……」


(ここから手をつけるべきか)


 メニューが多ければ仕込みの量も増え、食材のロスも増える。

 労働力、時間、資金を同時に失うという、避けるべきロジックだ。


「改善すべき点が見えてきました」


「本当か!?」


「メニューは1本に絞りましょう。店名も変えます。『なんでも亭』という名前からは、もはや迷走しか感じられません」


「え? どういう意味だ?」


「店主さん、あなたは基本的にあまり器用じゃない。多くのメニューを作ろうとして、注意力が散漫になっていませんか?」


「でも、先代から守ってきた店のイメージがあるから……」


「現在の『なんでも亭』のイメージは『何を出されるか分からない謎の店』ですよ」


「うっ!」


「否定する前に、俺の再建計画を試してみませんか?」


 店主は固く拳を握り、苦渋の表情で頭を下げた。


「……よろしくお願いします」


 ◯


 翌日、レオンは店主を連れて、街の近くのダンジョンに潜った。


「ひ、ひええ! 魔物だあ!」


 逃げ惑う店主を尻目に、レオンは鮮やかな剣さばきでオークを追い詰めた。

 巨大な腕をかいくぐり、その首筋を一閃した。


「いいですか、店主さん。この一滴の血、一切れの肉のために、俺たち冒険者は命を懸けているんです」


 倒れたオークの解体を見せながらレオンは言った。


「本当に美味しい肉は出回らないんですよ」


 レオンは即席で焚き火を起こすと、手際よくオークを切り分けた。


「市場で買った肉に、この味が出せますか?」


 鉄の串に刺し、シンプルに塩だけで焼いた肉。

 店主は熱々のまま頬張ると、涙を流しながらレオンの言わんとすることを悟った。


「うまい……。俺は、こんなに素晴らしい食材を、ゴミのように捨てていたのか……」


 レオンは剣についた血糊を拭きながら、静かに言い添えた。


「この辺のダンジョンには、ケンタウロスみたいな亜人もうろついていますから、気をつけてください。奴らは魔物より賢いんで」


 ◯


 エプロンを付け、厨房に立つレオン。


「今回、俺が用意する看板メニューですが、それは『カツ丼』です」


「カツ……? 初めて聞くな」


「俺の故郷の料理です。目が飛び出るほどおいしいんですよ」


 レオンは慣れた手つきで支度を始める。


 下処理したオーク肉にパン粉を付け、熱した油でじっくり揚げる。

 黄金色に揚がったら一旦油を切り、切り分けたそれを煮立たせた割り下に投入する。


「この煮汁は故郷に伝わるタレで味付けしています。後で作り方を教えますよ」


 溶き卵を上からかけ、ふたをして待つこと30秒。さらに予熱で15秒火を通したら、炊きたてのご飯の上にのせて完成。


「オーク肉のカツ丼、ご賞味ください」


 ホカホカと湯気を立てるカツ丼に、店主は喉を鳴らす。


「いただきまーす!!」


 ハムッ、ハフハフ……ぐァつぐァつぐァつ……。


 店主は一気にかき込むと、ダン!――と丼を机に置き、床に手をついて頭を垂れた。


「お見それしやしたァ! レオンさんッ!!」


「この味を守ってください。そうすれば、あなたの『オーカツ亭』は国一番のお店になりますよ」


 ◯


 一ヶ月後――。


 この日、新装開店した『なんでも亭』改め『オーカツ亭』は、客でごった返していた。


「カツ丼二つね」

「こっちは四つ!」

「あいよ!」


 店主が鍋をふるいながら威勢良く返事をする。

 壁紙を張り替え、見違えた店内。

 整理され、掃除の行き届いた厨房。

 メニューをカツ丼に絞った戦略は見事にはまり、オペレーションに混乱はない。


 熱しすぎた油から火を噴かし、火傷をしながらも特訓を積み重ねたオークカツは、レオンが揚げたものと遜色ないレベルに達していた。

 特訓の合間を縫って行われた宣伝のビラ配りや、周辺住民を対象にした試食会といった努力が実を結び、開店初日は盛況な客入りとなった。


 そうして、大成功のままに午前中の営業を終了した。


(俺の店がこんなに繁盛するなんて……)


 皿を洗いながら感動に身を震わせる。

 現状を一番信じられないのは、店主本人だった。


 髪を短く切った彼は、以前とは別人のようだった。

 新しいエプロンをつけ、『オーカツ亭』のロゴ入りシャツに身を包み、何よりもその表情は生き生きとしていて、確かな自信に満ちあふれていた。


「まさか、自分の子供みたいな年齢の子に助けられるなんてな……」


 店主は厳しい特訓の合間にレオンに尋ねた。

 どうしてそんなに詳しいんだ、料理屋でもやっていたのか、と。

 するとレオンはこう答えた。


『お婆の店の手伝いをしてただけですよ。料理とか、店のことはそこで覚えました』


 カツ丼もそこのメニューらしい。


「おっと、肉が少なくなってきたな」


 食材の棚をチェックしていた店主は、午後の営業再開前に、仕入れに行くことにした。


 彼が向かうのは市場ではなく冒険者ギルドだ。


「え、オーク肉がない?」

「今日はたまたま切らしてるんですよ。なんせ自然のものだから」


 ギルドのカウンターでにべもなくそう言われ、店主は頭を抱えた。


(せっかく順調だったのに、仕入れができないなんて……)


 今からオークの討伐依頼を出しても間に合わない。

 今日は店じまいかな……と思っていたその時、目の前をチャラそうな冒険者が通り過ぎた。


「はぐれ◯◯◯◯◯◯の討伐成功でーす。換金お願いしま~す」


 店主はスライムのように忍び寄って小声でその冒険者に尋ねた。


「(きみきみ……ちょっといいかい)」

「うをっ! なんだこのおっさん!?」

「(◯◯◯◯◯◯の討伐成功ということだが、死体はどうしたんだい?)」

「死体? 死体はダンジョンに捨ててきたぞ。でかい獲物は運べないからな。討伐証明部位の耳とか指(・・・・)だけ持ち込めばいいんだぞ?」

「そうなんだね。ありがとう」


 店主はギルドを出ると、早足でダンジョンへ向かう。


「これだ! これでお客さんに美味しいカツ丼を作れる!」



 ・


 ・


 ・


 午後からの営業も大繁盛だった。


「カツ丼お待ち!」


 と、活気に満ちた店主が、大盛りの丼を差し出した。

 店内は満席で、客たちは皆、笑顔で肉をほおばっていた。


「最高にうまいね!」

「そうかい、ありがとよ!」

「午前の営業にも来たんだけど、その時よりうまいよ!」


 客の誰かがそう言うと、別の客も同調した。


「そうそう! うますぎて二周目なんだけど、昼に食べたときより甘みがあるというか、柔らかい気がする。どうしてだい?」


 客の問いに、店主は自慢げに胸を張った。


「ああ、今日はオーク肉が切れちまってね。代わりにケンタウロスの肉を使ってみたんだ。そのせいかな?」


 客の動きがピタリと止まった。


「オークもケンタウロスも似たようなものだろ? って、おい、どうした? そんな顔して」


「店主さん……オークはほぼ豚ですけど、ケンタウロスは『亜人』であって、ほぼ人間の扱いですよ……」


「え? そうなの?」




 ――――。




「アウトォォオオオオオオッ――!!!」


 オーカツ亭は大炎上した。


 重大な倫理違反が認められたため、衛兵が即座に店に踏み込んだ。

 カツ丼の食べ残しを確認した結果、店主は連行されていった。


 怒り狂った市民からの追求はそれに留まらず、今回の件で経営コンサルティングを行ったとされる冒険者ギルドにも及んでいる。


(店主さん、さすがにそれは面倒見きれない……)


 レオンは追われるように町を出た。

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