第5話 助けた美人が目の前で服を脱ぐ
そのギルドは、通りの端っこで、ひっそりと死にかけていた。
傾いた、塗装の剥げたトタンの看板は、かろうじてこう読める。
――冒険者ギルド『スコーピオン』――
「……営業、してるのかな」
扉は風に押されてキィキィと鳴り、穴の空いた壁には板で封がしてある。
レオンは、恐る恐る扉を押し開けた。
中は、うす暗くがらんとしていた。
依頼掲示板を見てみたが、古ぼけた依頼書が数枚ばかり、すきま風に揺れているだけだ。
『求む:草むしり 報酬:感謝 期限:いつでも』
――あ、ダメそう――
レオンの期待が打ち砕かれたとき、ふと受付カウンターの奥で、やつれた女性が書類を積み上げている姿が目に入った。
黒髪をひとつにまとめた美人。
しかし頬はこけ、目の下にはうっすらとクマがある。
どこか幸の薄さがにじみ出ていた。
「い、いらっしゃいませ」
女性は慌てて立ち上がり、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「あの、ここ、ギルド、ですよね?」
「はい。冒険者ギルド『スコーピオン』、マスターのナミと申します」
「マスターなんですか」
「はい。見た目は薄給事務員、中身は一応ギルドマスターです」
「はは……」
自虐がしんどい。
「えっと、俺、レオンっていいます。流れの冒険者で……この町での登録と、依頼の紹介をお願いしたいんですが」
「ありがとうございます……! こんな寂れたところに、ようこそ……!」
ナミの目が、うるっと滲んだ。
そんなに客が来ないのか。
「ここ、前はもっと賑わってたんですけどね……」
ぽつりと漏れた言葉に、レオンが首をかしげる。
「何か、あったんですか?」
ナミが口を開きかけた、そのときだった。
バンッ、と乱暴に扉が開く音がした。
「おーい、ナミちゃーん、今日も元気にしてっかぁ?」
数人の男たちが、ズカズカと入ってくる。
派手なシャツの前をだらしなく開き、腕には蛇の刺青、タバコを咥えて下卑た笑みを浮かべている。
揃いも揃って、ガラの悪さが服を着て歩いているような連中だ。
「ナミさん……、お客さんですか?」
レオンが小声で尋ねると、ナミは青ざめた顔で首を振った。
「いえ、その……この町に新しく出来たギルド『スネーク』の職員です。最近、ずっと嫌がらせを……」
先頭の男が、レオンを押しのけながら、カウンターにドンと肘をついた。
「おうナミ、まだ畳んでなかったのかよ。しぶといねえ」
「何のご用件ですか」
「用件? 決まってんだろ。『スコーピオン』なんて時代遅れの看板、さっさと下ろして、うちの受付嬢になれって話よ」
隣で聞いていたレオンは、なんだ、引き抜きの話か、と理解する。
「ナミちゃんみたいな美人が、こんな寂れたギルドでくすぶってるのはもったいねえだろ? スネークのマスター様は、情に厚いお方だからよぉ。拾ってやるって言ってんだよ」
ナミの強く握った手が、震えている。
「何度もお断りしてます。ここは父の代から続くギルドなんです。簡単には――」
「簡単に、だろ?」
男が手のひらでカウンターを叩いた。
梁からチリ降り注ぎ、黄ばんだ依頼書がぱらぱらと床に落ち、どこかで猫が『にゃあ』と不機嫌そうに鳴いた。
「取引先も、冒険者も、みーんなスネークに乗り換えた。残ってんのは、しけた依頼と、しけたマスターだけ。こんなギルド、やってても無駄だろ?」
冒険者レオン。
目の前で美人が震えているのを見過ごせるほど、彼は枯れていなかった。
「あの」
「んだよ、坊主」
「今は俺の順番なんですけど」
「はあ?」
男たちが、じろりとレオンを睨む。
「その臭い口を閉じて俺の後ろに並んでください」
「なんだテメェ、新入りか? このギルドに関わると痛い目に遭うぜ?」
男たちがレオンをねめ回しながら取り囲む。
拳をボキボキと鳴らし、吸っていたタバコを指で飛ばす。
「じゃあ、教えてもらいましょうか。その痛い目ってやつを」
――数分後。
腰の入ったレオンの背負い投げにより男が宙を飛ぶ。
「ちょ、待っ、そこは関節が――ぎゃあああああ!!」
「いってえええええええ!!」
「なんだこいつ、動きが見えねえ!」
ホールの床には男たちが転がっていた。
テーブルに頭を叩きつけられ、椅子を踏み台にして蹴り飛ばされ、見事なまでに散らばっている。
レオンは悶える男たちを見下ろし、静かに告げた。
「『スネーク』のマスターに伝えてください。スコーピオンにちょっかい出すと、面倒な流れ者が出てくるって」
「お、覚えてやがれ……!」
男たちは情けない悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
それを見届けたレオンは、軽く肩を回して息を吐く。
「ふう。スライムよりはマシだけど、ゴブリン未満ってところかな」
「ゴ、ゴブリン……?」
呆気に取られたナミが、ぽかんと口を開けている。
レオンはハッとした。
「すいません、事情も知らずボコっちゃいました。マズかったですか?」
「いえ……、その。……ふふ、正直、少しスカッとしました」
ナミが口元に手を添えて、うつむきがちに小さく笑った。
その控えめで可憐な仕草に、レオンの胸が高鳴った。
彼は平静を装い、ナミの目を真っ直ぐに見つめた。
「安心してください。もし仕返しに来るようなら、俺が全部引き受けます。もう、あなたに指一本触れさせませんから」
「え……! ありがとうございます……」
感極まるナミ。
だが、彼女は不思議そうに首をかしげた。
「でも……出会ったばかりの私に、どうしてそこまで?」
レオンは、あえてぶっきらぼうに唇を尖らせて言った。
「俺、勇者に憧れてるんです。困ってる人を助けるのは、勇者なら当然でしょう。それに――」
「それに?」
「……いや、なんでもないです。さあ、仕事の話をしましょう! 依頼、何かありますか?」
柄にもなく顔が熱くなるのを感じて、レオンは慌てて話題を切り替えた。
ナミは一瞬きょとんとした後、今度は心からの笑顔を見せた。
「はい! すぐお持ちします!」
・
・
・
それからレオンは、ギルドの空き部屋を借りて、残っていた僅かな依頼を片っ端からこなしていった。
草むしり。
荷物の配達。
猫探し。
地味で報酬も安い。
だが、依頼主たちは口々に言った。
「ナミさんのところに、また冒険者が来てくれてよかったよ」
「昔はここが一番頼りになったんだ。あんた、よく来てくれたなあ」
レオンがギルドに戻ると、ナミが慌てて出てくる。
「お疲れさまです! あの、これ、差し入れのサンドイッチです。近所のパン屋さんが……『レオンくんに』って」
「え、俺に?」
「本当は『ナミの旦那さんに』って言ってたんですが……」
「だ、旦那!?」
レオンの耳まで真っ赤になった。
「パン屋のおやじのセクハラですよね!? 今度ブン殴っておきますから――」
「いえ、その……私も、レオンさんには、本当に助けられてて……」
ナミが、もじもじと視線を落とす。
――鼻の下が、伸びた。
「俺はただ、勇者に憧れてるだけで……」
「ふふ……」
二人の関係が、少しずつ変わっていく。
ギルドに寄せられる依頼書も増え始めていた。
このまま、このギルドに腰を落ち着けるのもいいかと考えるレオンだった。
だが――。
スネークは、黙っていなかった。
ある夜。
レオンがクタクタになって依頼から戻ると、ギルドの方から激しい喧騒が聞こえてくる。
「な、何があったんですか!?」
「火事だ! スコーピオンが燃えてる!」
見上げた先で、ギルドの窓から、赤い火が覗いていた。
「ナミさん!」
レオンは駆け出した。
人だかりをかき分け、中へ飛び込む。
扉の向こうには、燃え広がる書類。
倒れた棚。
その中で、ナミが必死に水をかけていた。
「レオンさん! お客さんの依頼が! せっかく……せっかくあなたが一生懸命こなしてくれた依頼書が……!」
「外へ行ってください! ここは俺が!」
レオンは水の入った桶を掴み、頭からぶちまける。
布で口元を覆い、大事な書類を次々と外へ放り出した。
幸い、火はまだ小さい。
近所の人々も駆けつけ、バケツリレーが始まる。
やがて、煙が薄くなり、炎は消えた。
「はあ……はあ……」
ギルドの中は、煤だらけだった。
壁は焦げ、天井には黒い跡。
レオンは髪から水をしたたらせながら、やるせなさを滲ませた。
「……しばらく、営業は出来ませんね」
ナミが、崩れ落ちるように、その場に座り込んだ。
「ここまでして……あの人たちは、スコーピオンを潰したいんですね」
その顔には、絶望が色濃く浮かんでいた。
レオンの中で、何かがぷつんと切れた。
「……どうやら、俺のメッセージが届いてなかったみたいです」
「レオンさん?」
「ちょっと、行ってきます」
「どこへ? ――待って!」
レオンは、剣を一本だけ腰に差し、夜の街へと走り出した。
・
・
・
スネークの本部は街の一等地にあった。
新しい石造りの建物。
煌びやかな看板。
入口には、いかにも腕っぷしの強そうな男たちがたむろしている。
レオンが近づくと、彼らが一斉に睨みつけてきた。
「おい、坊主。ここはスネークの本部だ。依頼が欲しいならギルドに――」
「代表を出せ」
「は?」
「スコーピオンに火をつけた件で、話がある」
男たちが、顔を見合わせる。
「……面白え。通してやれ」
レオンは怒りで視界を赤く染めながらも、真っ直ぐ奥の扉だけを見据え、男の冷やかしなど一顧だにせず進む。
そこには、ざっと三十人ほどの職員がいた。
酒を飲みながらカードゲームに興じる者。
壁にもたれてナイフを弄ぶ者。
煌々と輝くシャンデリアの下で、人相の悪い男たちがたむろしている。
全員の視線が、レオンに突き刺さる。
「代表はどこだ」
「奥だよ、奥。ほら、こっちこっち」
妙に愛想のいい男が、レオンを奥へと誘導する。
――そして、扉が閉まった瞬間。
「今だ、やっちまえ!」
一斉に、男たちが飛びかかってきた。
「ですよねー!」
レオンは、椅子を蹴り上げた。
飛んでいった椅子が、突進してきた男たちを足止めする。
「うおおおおおっ!」
「囲め! 逃がすな!」
レオンはテーブルを踏み台にして跳び上がり、梁に手をかけ、くるりと回転。
見事にその上に着地した。
「お、おい、やめろ! そのシャンデリアは――ッ!」
レオンは剣を抜くと容赦なくシャンデリアのチェーンを切り落とした。
勢いよく落下したシャンデリアは、鼓膜を震わせるほどの轟音と共に砕け散った。
「ぎゃああああ! たけえのに!」
「自分の心配した方がいいですよ」
いつの間にか背後にいたレオンに蹴り飛ばされ、頭からテーブルに突っ込む男。
レオンは本部の中を場所を変え、部屋を変え、次々と押し寄せる男たちを叩き伏せていった。
そして――かすかに聞こえる男たちのうめき声。
気づけば、ホールに立っているのはレオン一人だけだった。
「はあ……はあ……やりすぎたかも」
とは言え、彼とて無傷ではない。
転げ回って体はあちこち痛むし、いいのが入って目のところには青あざが出来ている。
今も肩で息をしながら、剣を杖代わりに立っているだけだ。
ふと、荒い吐息の隙間に、乾いた足音が混じる。
ゆっくりと、奥の扉が開いた。
「いやあ、見事なもんだ。一人で殴り込むだけはあるな、小僧」
現れたのは、仕立てのいいスーツに身を包んだ壮年の男だった。
刻まれた深い皺に、幾多の修羅場を潜り抜けてきた余裕を湛え、温度の感じられない冷たい眼光をしている。
その背後には、明らかにさっきまでのチンピラとはレベルの違う、精鋭らしき屈強な職員たちがずらりと並んでいた。
「ギルド『スネーク』のマスターをしてるもんだが、俺に会いに来たんだって? それにしちゃ行儀が悪いんじゃねえか? あ?」
魔物との戦いで培ったレオンの第六感が告げる。
恐らく一番強いのがマスターだ。
周囲を囲む精鋭たちが、一撃で城壁を崩せるギガンテス級の脅威とするならば、中央の男が放つ威圧感は、それすらも超越したデーモン級。
気を抜いた瞬間に首が飛んでもおかしくない――いや、瞬きの間にすべてが終わっていても不思議ではない、それほどの隔絶した格の違いだった。
「まあいい、ここからが本番だ。お前たち――やれ」
レオンは、剣を構え直した。
(まずい……さすがにもう……)
その時だった。
「待ちな!」
ギルドの入口から、声が響いた。
振り向くと――そこには、フライパンや箒を持った街の人たちが、ぞろぞろと扉を押し開け入ってきていた。
「パン屋のおやじさん……!?」
「レオンくん、一人で行くなんて水くせえじゃねえか」
「ナミさん『アタシも連れて行け』って、蹴るわ殴るわ駄々こねて、止めるの大変だったぜ?」
「役に立たねえかも知れねえがよ、助太刀するぜ!」
『にゃあ』
武器なんて持ち慣れていない、ただの市井の人たち。
滑稽ですらあった。
だが……こんなに心強い味方はいない。
「……参ったな。皆さん……最高にカッコいいですよ……!」
レオンの瞳に輝きが戻る。
レオンは、あざの残る顔を崩して笑った。
マスターは、その光景を眺め、毒気を抜かれたように肩の力を抜いた。
「……なるほどな。こりゃあ、俺の負けだ」
背後の部下たちが、驚いたように顔を上げる。
「え、しかしマスター――」
「そもそもだ。テメエら、火を付けたらしいな。俺ァそんな指示を出した覚えはねえぞ?」
マスターは冷徹な眼差しで、足元に転がっている職員を見下ろした。
その突き刺さる視線に汗をだらだら流し、死んだふりで誤魔化そうとする職員の姿は、正に蛇に睨まれた蛙のようだった。
しかしそれを白々しい言い逃れとみたレオンが鋭く言い返す。
「嘘を言うな。お前がやらせたんだろ」
「嘘じゃねえ。うちの馬鹿どもが先走っただけさ。なあ兄ちゃん、ここいらで手打ちにしようぜ」
「燃えたギルドはナミさんの思いそのものだ。無かったことになんて出来るはずないだろ」
マスターは鼻で小さく笑い、悠然とその場にしゃがみ込んだ。
そして床に散らばったシャンデリアの残骸の中から、まだ煌めきを放つ破片を一つ、無造作につまみ上げる。
「兄ちゃんの壊したシャンデリアは舶来品でな、あのギルドより高いぜ? 弁償してくれんのかい?」
「うっ……、そ、それは……」
「な、落とし所を間違えて大火傷するのはナミの方だぜ」
レオンはガクリと項垂れた。
「ご、ごめんなさい……ナミさん……」
マスターは、ニヤリと笑ってレオンを見た。
「しっかし、ナミも、いい男を捕まえたもんだ」
「ええ!? そんなんじゃないです!」
「照れるな照れるな。まあ、いい。今日は見逃してやる。帰)んな」
「はい……」
マスターは、ふっと遠い目をした。
「昔な、俺もスコーピオンにいたんだ。ナミの親父さんに拾われてな」
「え?」
「道端でくたばりかけてた俺を、初めて"人間扱い"してくれたお人だ。
あの頃は輝いてた。
ナミがいて。
親父がいて。
だが突然、親父が『お天道さまに背くのはやめだ』って言い出して、組織の方針が変わり、反発するものが出始めた。
俺ァ必死こいてそいつらをまとめていたら、落ちこぼれ共が集まり始めて、それでこの有り様よ」
マスターは、自嘲するように笑う。
「守りたかったはずの場所を、守るために壊しちまう。馬鹿だろ?
だが、未練がましいのは終いにしよう。
ナミのことはお前に頼むぜ」
「本当に、もう手出ししないんですね?」
「しねえよ。約束する。俺はこう見えて、約束は守るタチでね」
その目は、冗談を言っている目ではなかった。
「……信じます。でも、裏切ったら許しませんよ」
ふらふらになりながら、レオンはスネークの本部を後にした。
そして、パン屋のおやじが呟く。
『え、俺達の出番、これだけ?』
・
・
・
スコーピオンに戻ると、ナミが飛び出してきた。
「レオンさん!!」
ボロボロのレオンを、ナミが強く抱きしめる。
「どこ行ってたんですか……! 傷だらけじゃないですか!」
「ちょっと、藪をつついたら蛇が出てきまして……」
「無茶が過ぎます! 二度としないで……!」
レオンの胸に顔をうずめるナミ。
「もう大丈夫です。スネークは、スコーピオンに手を出さないって」
「……本当に?」
「ええ。あのマスター、見た目はアレですけど、筋は通す人だと思います。勘ですけど」
ナミの目から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれた。
「本当に、ありがとうございます……!」
夜が明け、空が白んできていた。
◯
レオンが借りている部屋で傷の手当てをしていると、扉がそっとノックされた。
「レオンさん……」
「ナミさん? どうぞ」
扉が開き、薄衣をまとったナミが、朝焼けの光の中に立っていた。
「な、ななな、ナミさん!?」
レオンの頭の中で、何かが盛大にショートした。
「あなたなら……本当の私を、見せられる気がして」
ナミは、静かに部屋へ入ってきた。
そして――衣を、すべて下ろした。
「え、ちょ、ちょっと待って心の準備が――」
ナミがくるりと体を翻し、レオンに背中を向けたところで、言葉が止まる。
差し込む光に照らされたナミの背中に――紅い蠍の刺青が浮かび上がっていた。
それは、肌を這うように、妖しく、そして禍々しく輝いている。
「…………」
レオンは、言葉を失った。
「かつて、私の父は、一代で大陸を制覇したギルド長でした」
ナミの声が、静かに響く。
「武闘派を極めたやり口で、最盛期には、傘下に直系・枝も含めて千近い組織を吸収していました。
その象徴が、この紅蠍の刺青……『紅蠍一家』の印です」
「い、いっか……?」
「でも、私が生まれたことをきっかけに、父は危ない橋を渡るのをやめました。
『娘にだけは、血塗られた道を歩かせたくない』って。
その結果、求心力を失い、組はどんどん縮小していきました」
ナミは、白い肩越しに続ける。
「それでも、父は笑っていました。『これでいい』って。
でも私は……父が私のせいで夢を諦めのを知っていたから。
この紅蠍の印を、ただの過去にしたくなかった」
レオンの背中に、冷たい汗が流れる。
「レオンさん、この背中の墨は私の覚悟です」
ナミが、ゆっくりと振り向いた。
その瞳には、強い意志が宿っている。
「レオンさんとなら、また大陸統一を目指せる。
私と、契りを結んでください」
「ち、契りって、あの、その、どのレベルの――」
「盃を交わし、あなたを『若頭』として迎えたいんです」
レオンはベッドから転げ落ちた。
「ヤクザだああああああ!!?」
「ち、違います! 今はクリーンなギルド運営を――」
「背中が全然クリーンじゃないんですが!?」
「レオンさんがいてくれたら、また皆をまとめられる。
スネークも、ドラゴンも、タイガーも、全部まとめて――」
「物騒な動物園だな!?」
「だから、一緒に――!」
「すいません、俺、カタギなんで!!」
レオンは、全力で窓に飛びついた。
「レオンさん!?」
刹那。
「お前たちッ!!」
ドスの効いたナミの声が、響き渡った。
「どうしやした、姐さん!」
「姐さんの声が聞こえやしたぜ!」
窓の下の路地から、ぞろぞろと男たちが現れる。
いつの間にか、スコーピオンには新しい職員が集まっていたらしい。
「レオンを捕まえな! 絶対に逃がすんじゃないよッ!!」
「おう!!」
「なんでそうなるんですかあああああ!!」
レオンは、窓枠を飛び越え、屋根伝いに逃げ出した。
朝から街に追いかけっこの怒号が響く。
「待てコラー!」
「逃げんな若頭ッ!」
「若頭じゃない!!」
レオンは、心の底から叫んだ。
「人助けなんて、懲り懲りだーーーっ!!」
・
・
・
しばらくして。
街道を、傷心のレオンが歩いていた。
道端に生えていた名も無き花を摘み、くるくると指先で弄ぶ。
「初恋は……上手くいかないって言うけどさ……」
ため息をつきながら空を見上げた。
「男はつらいよ……」
たった一輪の花を道連れに、彼はまた、あてのない風に吹かれていく。




