第4話 ビンタで解決しようとする文学少女(3/3)
文学クラブでも、最初は平和だった。
「ここでは書く人も、書かない人も、ペンネームで呼び合うの。
冒険者じゃなくて、文学を愛する一人の人間として参加するためにね。私は『火花』」
と、短髪の女性。
「私は『灯』です。よろしくお願いしますね、レオンさん」
続いて長い髪の女性。
「うわあ、素敵なルールですね! 僕もペンネーム作っていいですか!」
「もちろんですよ。何か候補はありますか?」
「……怪獣、っていうのはどうですか?」
「何か由来が?」
「一番好きな本から取りました! 俺の住んでいた村では本が貴重だったんですけど、その中でも『怪獣の涙』って詩集を何度も読みました」
レオンがそう言うと、
――『火花』が、椅子から跳ね上がった。
「えっ! 『怪獣の涙』好きなの!?」
「はい。村長が持ってた本なんですけど、毎日通って何度も読み返してました」
「うそ……私の一番好きな詩集……」
火花の目が星のように輝く。
「どの詩が好き?」
「全部好きですけど……、
雪の下で泣いている怪獣の話が一番心に残ってます」
「分かるー!!」
火花が、机をばんっと叩いた。
「分かりすぎてつらい!!」
「そんなにですか」
「だってあれ、"怪獣"って書いてあるけど、
実は"人間"の比喩なんだよ!」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ!!」
火花は、完全にスイッチが入っていた。
その様子を、――『灯』が見ている。
「あらあら、火花が懐くなんて珍しい」
「な!? 懐くとか言うな!」
二人のやり取りが微笑ましくて、レオンも笑みを抑えきれなかった。
内心、「ここならやっていけそうだ」と、文学クラブに加入することを決めていた。
――怪獣が文学クラブを蹂躙するまで、あと十日。
・
・
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十日後――。
日が経つにつれ、
火花は、レオンと詩の話をする時間が増えていき、
灯は、その様子を控えめな笑顔で見つつ、物思いにふけるようになっていった。
そしてこの日、灯が火花を誰も居ない談話室に呼び出した。
夕方の光が斜めに差し込んでいた。
テーブルの向こうで、灯がまっすぐ火花を見つめている。
「レオンさんのことです」
柔らかな声なのに、どこか張りつめていた。
「私、レオンさんのことはギルドに来た日から、ずっと見てました。なのに、どうして一番近くにいるんですか? どうしてあなたが一番楽しそうに笑ってるんですか?」
「いや、それは話が合うからで――」
「私が、先に、好きだったのに……!」
灯は静かに立ち上がり、おもむろに袖をまくり上げた。
「……火花さん。文学的に言葉で解決できないなら、もう『冒険者』として決着をつけるしかありませんね」
「は? あんた、まさか……」
「正々堂々、ビンタで勝負です!」
灯が激しく右手を振り抜いた。
――バチィィィン!
火花の頬に、鮮やかな手形が浮かび上がる。
一瞬呆気に取られた火花だったが、すぐにその瞳に闘志が宿った。
「……へっ、面白ぇじゃん。受けて立ってやるよ!」
「おら、来いや!!」
火花もまた、渾身の力で左手を振り回す。
――バチィィィン!
「ばっちこい!」
「しゃあ!」
「ばっちこい!」
バチン! バチン! バチンバチンバチン!!
二人は凄まじいリズムで互いの頬を叩き合い、談話室には乾いた打撃音が爆速で鳴り響いた。
もはや文学クラブの面影はない。
そこへ、ギルドマスターが飛び込んできた。
「うるさいぞ! ギルドの中で餅でもついてるのか!!」
マスターは、光速で交互に繰り出される手の平と、真っ赤に腫れ上がった二人の顔を見て、思わず絶叫した。
「お前ら! 何をやってるんだ!!」
しかし、二人のラッシュは止まらない。
「しゃあ!」
「ばっちこい!」
「やめろ! いい加減にしろ!」
マスターが二人の間に割って入り、無理やり引き剥がした。
二人とも肩で息をしながら、なおも互いを睨みつけている。
「……マスター、邪魔しないで。今、いいところなんだから」
「どこがいいところだ! 一体、何をやってるんだ!?」
「何って、レオンさんを賭けて勝負を――」
「あ、バカ!」
「勝負だと!? ギルド規約第2条! 『いかなる理由があろうとも、合意の上で互いに暴行を加える決闘行為は厳禁とする』! それは立派な規約違反だぞ!!」
「ビンタもダメなんですか……? 切った張ったじゃあるまいし……」
灯がショックを受けたように呟く。
「当たり前だ! ギルドの治安を乱し、規約を軽んずるその態度……これ以上ここに置いておくわけにはいかん!」
マスターは断腸の思い(と、凄まじい頭痛)とともに言い放った。
「君たち、両名とも本日をもってサークル活動から追放、およびギルド出入り禁止とする!」
「そ、そんな……」
「文学クラブが……」
「問答無用だ! 出て行け!!」
マスターの怒声が、部屋に響いた。
「(またしてもレオン君か……これは、伝えた方がいいのか……しかし彼が悪いわけでは……)」
◯
次の日。
書き上げたばかりの詩を片手に、レオンが文学クラブの部室へと向かうと、そこには見たことがあるような光景が待っていた。
【重要】会員除名および出入り禁止処分のお知らせ
昨日、ギルド内にて重大な規約違反を確認いたしました。
これを受け、本日付で文学クラブを無期限の活動停止、および関係者の除名処分といたしました。
あわせて、いかなる事由であっても、本件に関する一切の詮索行為を固く禁じます。
会員の皆様におかれましては、本通知を最終決定として受け止め、厳守いただきますようお願い申し上げます。
以上。
「……また?」
レオンは、手にした詩の原稿を見つめたまま、その場に立ち尽くした。
なぜ自分が関わるサークルが、こうも次々と「探ってはいけない理由」で消滅していくのか。
「『雪の下で泣いている怪獣』の解釈、火花さんに聞いてもらいたかったのになぁ」
彼がそう呟き、寂しげに背を向けたその瞬間。
物陰でその様子を監視していたギルドマスターが、胃を押さえながら深く、深くため息をついた。
◯
「歓迎するでござるよレオン殿~!」
と、陽気に迎えられる。
「よ、よろしくお願いします!」
レオンが次に入ったのは『盤上叙事詩愛好会』だった。
幅広い年齢層の男性五人衆がメンバーだ。
その中でも眼鏡の男性が、胸を張る。
「吾輩はキリトと申す! ジョブはナイトを拝命しておる!」
耳慣れない言葉にレオンは訪ねた。
「ナイト? ジョブというのは?」
「ここではまず一人ひとりジョブを決めてから遊ぶでござるよ~。
それになり切って、会話しながらみんなで物語を作るのが盤上叙事詩というものでござる!」
「うおお! めちゃくちゃ面白そう!」
「俺はタイマ、忍者のジョブを得ている」
覆面の男が二本指を揃えて目元に当て、やたらキメた動きで振り下ろした。
「私は調教師ジーコ、テイマーです」
人の良さそうな男性がペコリと会釈する。
「シーフのキーファだ。大事なものは隠しておけよ?」
金髪の男性がニヒルに笑う。
「アーチャーのシローだ。よろしく」
寡黙な雰囲気のある、いぶし銀の男性だ。
「それじゃあレオン殿のジョブを決めるところから始めるでござるか~」
「わ! 何にしようかな!」
――『盤上叙事詩愛好会』サ終まで、あと一時間。
サイコロを振り、
コンボを決め、
くだらない話で笑い合う。
「こういうのも、いいなあ」
レオンは、心からそう思った。
――そこへ。
「レオーン!」
聞き覚えのある声が、廊下から響いた。
扉が勢いよく開く。
「いた! やっぱりここだ!」
ミーナが飛び込んできた。
その後ろから、クララ、エリス、リサが続く。
「ちょ、ちょっと待ってください。
手芸部、活動停止じゃ――」
「サークルは活動停止だけど、
レオンと話しちゃいけないとは言われてないから!」
「そういう解釈なんですか」
元手芸部の四人は、
当然のように部屋の中に入り込み、
当然のようにレオンの周りに集まった。
「レオン君、最近どう?」
「元気だった?」
「ちゃんとご飯食べてる?」
「……刺繍、してる?」
男だけの安住の地は、
一瞬で、華やかなカオスと化した。
「レオンどの……」
「ひえっ」
「む、むむむ……」
「女の子が四人も……」
「た、耐えられん……」
レオン以外の男性たちから、みるみる血の気が引いていく。
「じゃあ、私たちもルール覚えようかな」
「レオンに教えてもらおう」
「隣、座っていい?」
「……ここ」
四人の女性が、レオンの周りを完全に囲んだ。
男たちは、そっと立ち上がる。
「しからばごめん」
「……帰るか」
「はい」
「さよならだ」
「また、どこかで」
「えっ? えっ?」
レオンが気づいたときには、もう盤上叙事詩愛好会は解散していた。
◯
そして、現在に戻る。
「うむ、じっくり思い返してみたが冒険者レオン! やっぱりお前を追放する!」
「え? なんで?」
「手芸部、文学クラブ、『盤上叙事詩愛好会』……
この短期間で、いくつサークルを潰したと思ってる」
「えっ、俺が潰したんですか?」
「そーーだよッ!!」
マスターの声が裏返る。
「頼む、もう勘弁してくれ。
君に悪気がないのは重々承知してる。
だがこのままだと、ギルドからサークルが全部消える」
レオンは、しばらく黙って考えた。
「……友達作りって、難しいんですね」
「君さあ、なんかズレてるんだよなあ」
マスターは、頭を抱えた。
「とにかく、このギルドから離れてくれ。
他所に行くなり、山ごもりするなり、なんでもいいから」
「分かりました」
レオンは、小さくうなずいた。
「今まで、お世話になりました」
そう言って、ギルドを後にする。
◯
しばらくして、
冒険者界隈で、
こんな噂が流れ始めた。
『またサークルクラッシャーが出たらしい』
『サークルを次々と破壊する男がいるらしい』
レオンは、別のギルドの前で、わくわくしながら空を見上げていた。
「次は、もっと気をつけよう」
そう自分に言い聞かせる。
「でも、どうして俺の入ったサークルは無くなるんだろう……」
レオンは、そっと扉に手をかけた。
――レオンは、自分が何をやらかしているのか、まだ気づいていない。
それでも彼は、今日もどこかのサークルの扉を叩く。
新しい"友達"を求めて。




