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第3話 宙に浮き、吐息を小瓶に詰めて売るカルト教祖


 通りに突き出したストライプ柄のひさしが、石畳の道に影を落としている。


 遠くで鐘の音が響いた。


 鳩が一斉に飛び立ち、噴水の飛沫を浴びながら、尖塔の向こうへと消えていく。


 見るもの全てが風光明媚な町並みに、ついキョロキョロとしてしまうお上りさんがいた。


 冒険者のレオンだ。


「わあ……こんな都会初めてだな……」


 カフェから蓋付きのカップを持った男性が出てくる。

 彼は懐中時計を一瞥すると、颯爽と雑踏へ消えていった。


 その何気ない一コマにも、どこか洗練された雰囲気があった。

 この文化の中心地では、ただの一般人ですらモデルか芸能人のように見えて、レオンは尻込みしてしまうのだった。


 彼は手の中の小さな紙に視線を落とす。


「ええと、地図ではこのあたりなんだけど――」


 レオンが見上げた先には、通りにそぐわない雰囲気の建物があった。

 太く大きな柱。

 幅の広い大理石の階段。

 玉ねぎのような曲線のあるヘンテコな屋根。

 開かれた入口の上には、金色の文字でこう掲げられている。


 ――冒険者ギルド『太陽と光の会支部』――


 嫌な予感がした。

 だが、他にギルドらしき建物は見当たらない。


「よし、信じよう。今度こそ普通だと信じよう」


 自分に言い聞かせるようにして、レオンは扉を押し開けた。


 中は、やけに静かだった。

 広いホールに、ふかふかの赤い絨毯。

 壁には、同じ顔の男が、いろんなポーズで微笑んでいる肖像画がずらりと並んでいる。


「……誰?」


「素晴らしい問いかけですね」


 すぐ横から声がした。

 振り向くと、白いローブを着た女性が立っていた。

 胸元には『案内役』と書かれたプレートが下がっている。


「ようこそ、太陽と光の会へ」


「冒険者ギルドではないんですか?」


「そちらも活動の一環としてやっております」


「本業じゃないんだ……」


「そしてあのお方は、我らが教祖であらせられる聖ベテルギウス・カネマツ様です」


「教祖って言いました?」


「はい。ですがギルドマスターも兼ねておられます」


「そんなこと可能なんですか?」


「冒険も、信仰も、根っこは同じですから」


 女性は、にこやかに微笑んだ。

 その笑顔が、どこか張り付いたように見えるのは、きっと気のせいではない。


「えっと、この町での登録と、依頼の紹介をお願いしたいんですが」


「もちろんです。ですがその前に、オリエンテーションを受けていただく必要がございます」


「オリエンテーションとは?」


「新しくいらした方には、まず聖ベテルギウス・カネマツ様の教えを知っていただく決まりでして」


「どうしてですか?」


 女性は少し困ったような笑顔で言う。


「決まりでして」


 女性は、ホールの奥を指し示した。


「こちらへどうぞ」



 <◎><◎> <◎><◎> <◎><◎>



 案内された先は、小さな講堂のような部屋だった。

 前方には壇上と、巨大なタペストリー。

 後方には簡素な椅子がずらりと並び、冒険者らしき者たちと、白いローブの職員(しんじゃ)らしき者たちがまばらに座っている。


 レオンは仰ぐように見上げた。

 タペストリーには、肖像画の男――聖ベテルギウス・カネマツが、両手を広げて光り輝く姿に描かれている。


 意匠さえ気にしなければ、細緻で見事な織物と言えるだろう。


「あの、このマスターは何をされてる方なんですか?」


「聖ベテルギウス・カネマツ様は、宇宙と交信なさるお方です」


 案内役が、誇らしげに言う。


「ウチュウ……?」


「我々の頭の上には空があります。しかし本当は空などないんですよ。

 我々が空と呼んでいる空間は、更にその先にある宇宙の縁に過ぎないのです」


「あのー別に訊いたんじゃないんですけど」


「そして生命の源である太陽は、宇宙に広がる星の海に浮かんでいる、というのが世界の真の姿なのです。

 聖ベテルギウス・カネマツ様は太陽の化身としてお生まれになり、宇宙ギルド本部と地上の我々とを橋渡しするために、その身を削って毎晩交信されているのです」


「はあ……その、ウチュウ? というところにギルドの本部があるんですか?」


「はい。公式には認められていませんが」


「でしょうね」


「今はまだ人類の波動が弱いために目視することは叶いませんが、我々の祈りが届き、チャネルが増幅されれば、いずれ公になることでしょう」


「全然理解できないです」


「皆さんはじめはそう言うんです。でも、理解した瞬間に頭がパーンとなるんですよ。解放感で」


「確かにそんな感じですね、あなた」


 そのとき、壇上に人影が現れた。

 白いローブをまとった中年の男が、ゆっくりと歩み出る。


「聖ベテルギウス・カネマツ様だ……!」

「え? あれが?」


 誰かが名前を呟くのを聞いて、ようやく、レオンはその男が教祖だと知った。

 どうやら、ギルドの入口で見た肖像画の中の彼は、かなり美化されていたらしい。


「皆さん、よくぞ集まってくれました」


 周囲の冒険者たちが、ざわめきながら立ち上がる。

 なぜか拍手が起こり、何人かはうっすら涙ぐんでいる。


 突然の熱気の高まり。

 レオンは場内の雰囲気に流されるように、パラパラと拍手を送る。


「私は聖ベテルギウス・カネマツ。かつては、皆さんと同じ、一介の冒険者でした」


 よく響く低い声で、ゆっくりと語り始めた。


「私はある日、ダンジョンの最深部で、宇宙よりの声を聞いたのです。

 その日から、私は、使命を悟りました。

 モンスターを倒すことが目的ではない。

 己の魂を磨くことこそが、真の冒険なのだと」


 周囲の冒険者たちが、感極まったようにうなずく。


「そうして、この太陽と光の会は始まったのです――」


 そう締めくくると、教祖は、壇上に置かれた机から、一冊の本を手に取った。


「私はこの教えを書き残すことにしました」


 表紙には、金色の文字でこう書かれている。


『宇宙とつながる冒険術

 ~モンスターを愛し、罪を憎め~』


「この本には、私が宇宙から授かった"真理"が、詳細に記されています。

 まずはこれを肌身離さず持ち、肉体に馴染ませることから始めてください」


 おもむろに講堂の扉が開き、ローブ姿のスタッフたちが、山ほど本を乗せたカートを押して入ってくる。


 教祖はバチッ、と一度だけ手を打った。


「はいっ、ここからは"物販タイム"です」


「物販タイム!?」


「真理を学ぶには、まず"形"から入るのが自然です。

 物質に魂が宿るのです」


 教祖が指を鳴らすと、壁際のカーテンが一斉に開いた。


 そこには、ずらりと棚が並んでいた。

 棚には、さまざまな品物が、整然と並べられている。


「財布の紐が緩めば、魂の拘束も緩みます。皆さん、どうぞ前までググっとお越し下さい」


「……」


 レオンはその珍妙な品々を、しばらく無言で眺めた。


『教祖様 ご推薦の低波動治療機 100,000ゴールド』


 このガラクタが、十万ゴールド……?


 隣にいた案内役が、にこやかに説明を始める。


「ああ、それですね。私も3台持ってますが、肩こりにすごく効きますよ」


「1台でいいでしょ」


「保存用、観賞用、使う用ですよ」


「せめて2台」


「あ、こちらが、聖ベテルギウス・カネマツ様のご著書です。お持ちしましたよ」


『教書:宇宙とつながる冒険術 50,000ゴールド』


「内容は?」


「"感謝"と"献身"の大切さが、繰り返し書かれています」


「分厚いわりに、それだけですか?」


「"同じことを何度も読む"ことで、潜在意識に刷り込まれるのです」


「刷り込むって言っちゃったよ」


「そしてですね、こちらが、聖ベテルギウス・カネマツ様が実際にお使いになった羽ペンです」


 案内役は、ガラスケースの中のペンを指さした。


『教祖様 使用済み羽ペン(インク別売り) 10,000ゴールド』


「このペンでサインすれば、他の信者さまより一歩リード出来ますよ」


「サインって、何の?」


「"入信の同意書"などですね」


「絶対書いちゃいけないやつだ」


「そして、こちらが一番人気の"聖水ボトル"です」


『現地直送 ~宇宙とつながる水~ 3,000ゴールド』


「聖ベテルギウス・カネマツ様のご邸宅より汲み出した霊験あらたかな聖水です」


「ただの水道水ですよね?」


「見た目はそうです」


「この瓶、なんかゴミみたいなのが浮いてますよ」


「おや、当たりですね。これは私が買います」


 案内役と販売員との間で、瓶と3,000ゴールドが交換されるのを、レオンはドン引きしながら見守った。


「一日一杯飲むだけで、頭がリフレッシュするんですよ」


「洗脳の作用では?」


「さらに、こちらが新商品」


『教祖様 宇宙交信中の吐息入り小瓶 800ゴールド』


「おっさんの吐息を売ってるんですか?……?」


「|聖息《せいそく》です。聖ベテルギウス・カネマツ様が、毎晩宇宙と交信なさる際に採取した息を、特別な儀式のもとで封じ込めました」


「特別な儀式というのは?」


「お口元で8の字を描くように、こう動かして……」


「ただの力技じゃないですか」


「一日三回吸うだけで宇宙と同化できますよ」


「そんなよく分からんもんになりたくないですよ」


 棚を一通り見て回ったレオンの視線が、ふと、妙な一角で止まった。

 そこだけ、やけにスペースが取られている。


 銀色に光る、とんがり帽子がぽつんと棚に置かれている。

 商品棚のラベルには『高級金属ミスリルをふんだんに使用した逸品』と書かれているが、

 シワシワで妙に安っぽい光沢を放っていた。


「そちらは、大人気商品『チャネル増幅帽』です!」


 すかさず案内役が横に滑り込んでくる。


『教祖様 監修:~宇宙とつながるアンテナ~ 1,000,000ゴールド』


「帽子なんですか、これ」


「はい。聖ベテルギウス・カネマツ様が宇宙ギルド本部と交信なさるときに、実際におかぶりになっている帽子です。チャネルを開く助けを得られるんですよ」


 レオンは、そっと(つつ)いてみた。

 見た目はピカピカしているが、驚くほど薄い。

 軽く触るだけでパリパリと軽い音がする。


「……本当にミスリルですか、これ」


「もちろんです。ミスリル、脅威の1000ミリグラム配合しております」


「1グラムって言って下さいね」


 一方――、


 そんなやり取りの裏では、太陽と光の会のスタッフが慌ただしく動いていた。


「太陽が陰っているようです」


 職員の一人が、壇上の教祖にそっと耳打ちする。


「どういう意味かね?」


「……売れ行きが、芳しくありません」


 その瞬間、教祖の目が妖しく光った。


「では――宇宙の力を、示す時が来たようだ」


 聖ベテルギウス・カネマツが深く息を吸い込み、チャネル増幅帽をかぶる。


 ホールの照明が落ち、白いローブがふわりと揺れた。


「宇宙よ……太陽よ……我に宿れ! キエーーーーーィ!!」


 講堂に響き渡る裂帛(れっぱく)の声。


 思わず振り向いたレオンの目に写ったのは――


「と、と、飛んでるーーーーーっ!!?」


 宙に浮く、教祖だった。


「トリック……じゃない!?」


 ロープで吊ったり、カーテンの向こうから持ち上げている様子はない。

 近くで見ていたレオンでも、その仕掛けが分からない。

 教祖、聖ベテルギウス・カネマツは、本当に浮いていたのだ。


 どよめく講堂。盛り上がりは最高潮。

 信者たちは歓喜に震えながら「ハイ! ベテルギウス様ー!」と唱和する。

 そこへ教祖は、次なる奇跡で畳み掛ける。


 口を尖らせて息を吐いた。


「光よ……太陽よ……顕現せよ! フォァーーーーーッ!!」

 小さな火球が、ぽっとこぼれ、レオンの顔に熱気が届く。


「――熱ッつ! え、火ぃ出た!?」


 ぽっぽっぽっと、次々に火球を吹き出す。

 それは太陽と呼ぶにはささやかながら、本物の火だった。


 信者が泣き崩れ、案内役が「これが奇跡! 太陽の奇跡です!」と絶叫する。


 混乱と拍手の渦の中で、レオンの胸が少しだけ震えた。


「……本当に、凄い人、なのか?」


 その隙を逃さず、案内役が書類を差し出す。


「では、こちらにお名前を。署名で魂がつながります」


 レオンはいつの間にか『教祖様 使用済み羽ペン(インク別売り) 10,000ゴールド』を握らされていた。

 そしてバインダーに留められた、ややザラつく紙には『資産の包括的寄託および身分関係の整理に関する事前承諾書』と題されていた。


「全財産の寄付……夫婦は離婚し……一日四時間の奉仕活動を義務とする……って何!?」


「初心者の方には、まずはカルマを浄化するところから始めていただきます。これはそのための決まり事です」


 レオンはペンを置き、深くため息をついた。


「……俺のチャネルは、閉じてるみたいです」


 レオンは講堂を背にし、ギルドを去った。


 <◎><◎> <◎><◎> <◎><◎>


 数日後、旅の途中の酒場で噂を聞く。


「あの太陽と光の会? 焼け落ちたよ。夜中に突然、火が出たらしい。

 夜空が一瞬だけ昼みたいに明るくなったって話だ」


 レオンはしばし言葉を失い、ミルクの入ったグラスを置いた。


「宇宙には行けたのかな……」


 レオンは窓の外を見やる。

 青い空に、雲ひとつ漂っていない。


 『頭がパーンってなるんですよ』


 あの信者たちの、赤ちゃんみたいな無邪気な笑顔に、遠く思いを馳せるレオンだった。

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