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第2話 ブラックギルドで生牡蠣を振る舞われる


 ギルドの掲示板の端っこに、素人が作ったような安っぽいポスターが貼ってあった。


『毎月のお給料、当たり前だと思ってない?

 あなたがギルドに貢献するんだよ!』


 メッセージ性は薄いのに、やたら腹が立つ。


 更に小さな文字で『"感謝"と"自己犠牲"があなたの市場価値を高めます!』と書いてある。


「気持ちわる……」


 思わず出た本音。

 隣で書類を整理していた受付嬢が、ひまわりみたいな笑顔で振り向いた。

 瞳の奥は、溜まり水のように濁っている。


「レオンさん、どうしましたぁ? そんな顔してると、評価下がっちゃいますよ?」

「いえ、何でもないです。依頼達成書持ってきました。お金ください」

「はい、喜んで!」


 彼女は天に向かって声を張った。

 するとアチコチから山彦の如く返ってくる。


「喜んで!」

「喜んでー!」

「はァい喜んで!」


 うるせーな、とレオンは思う。


 依頼処理の間、手持ち無沙汰(ぶさた)になったレオンは、カウンターに積まれたチラシを手に取った。

 『討伐ポイント2倍キャンペーン! 貯めて嬉しいギルドポイント!』という、毒々しいほど鮮やかなピンクのチラシが山のように積んである。


「……これ、貯めたら何になるんですか。景品とか?」


「いい質問ですね!」


 受付嬢はぐりんと首を回して笑顔を浮かべた。


「なんと、ギルドへの"貢献度"が上がります! 目指せ、プラチナ会員!」

「それ、何かの役に立つんですか?」

「誇らしいでしょ!」

「冒険者ランクが上がったりは?」

「しません!」


 レオンは無言でチラシを置いた。

 ギルドのホワイトボードには、殴り書きで『今日もゼロ災でいこう、ヨシ!』と書かれている。

 昨夜の飲み会で、ギルドマスターが「『ゼロ災』ってのは『労災申請ゼロ』って意味なんだよねぇ! だからお前ら怪我しても報告すんなよ!(笑)」と自慢げに語っていたのを思い出し、彼は心の中指を立てた。


 ・


 ・


 ・


 1ヶ月後――

 レオンの目の下には、泥を塗ったようなクマがこびりついていた。


「…………」


 それを見たギルドマスターが、親友を殴るような勢いで肩を叩いた。


「レオンくん! 今月も馬車馬のような働きだね! 最高だよ!」

「あー……マスター、受付嬢さんに伝えてくれません? 勝手に依頼入れないでって。締め切り守ってたら死ぬんで」

「『締め切り』っていい言葉だよねぇ。追い詰められた時に命は輝くんだよぉ!」


 人間、狂った環境にいると、整合性を保つために認知が歪んでくる。

 自己の輪郭を失いかけているレオンが「こいつの顔、今ここでブン殴ったらどうなるかな」と妄想していると、マスターがニヤリと笑った。


「頑張り屋さんのレオンくんには、特別な"福利厚生"を用意してるよ」

「福利厚生?」

「そう。我がギルド秘蔵の裏メニューさ」


 マスターが顎で示した食堂のカウンターには裏メニュー(許可制)とあり、『※命を削った者だけが味わえる禁断の味、有りマス』と走り書きがあった。


「秀逸なキャッチコピーだろ?」

「……これ、食べ物ですよね?」

「おうよ。興味があるなら今夜来てみな! 主役は君だ!」


 その日の夜。

 レオンは食堂で、筋骨隆々の料理長と対峙していた。

 料理長は、人でも殴り殺せそうな重厚なメニューブックを差し出してきた。

 表紙には厳ついフォントで『自己責任』と書いてある。


 レオンが本を開くと、そこには三つの地獄が並んでいた。


 ・レバー盛り合わせ

 ・鳥刺し

 ・牡蠣のカクテル


「……」


 レオンは、そっと本を閉じた。


「これ、全部"生"ですよね?」

「おうよ! 鮮度は俺が保証する」

「当たったら?」

「大丈夫だ、実績あり(笑)」


 料理長は、真っ白な歯をキラリと光らせてサムズアップした。


「……死人がでたことは?」

「細けえことは気にすんな。で、どれにする?」


 レオンは観念して、一番マシそうな牡蠣のカクテルを指さした。


「じゃあ、これで」

「お兄さん、通だねぇ!」


 このテンションの高さ、分からない。

 レオンが席につき、運ばれてきたのは、オシャレなカクテルグラスに盛られた生牡蠣だった。

 赤いソースとレモンが添えられ、見た目は華やかだ。


「う、いただきます……」


 覚悟を決めて、あおった。

 その瞬間、レオンの脳内に星が散った。


「うま……え? うましゅぎいいいいいい!!!!」


 海の濃厚な風味が、爆発するような旨味が、日々のストレスを強引に上書きしていく。

 いつの間にか、ギルドマスターがレオンの隣に座っていた。


「マスターも食べるんですか?」

「当たり前だろ。部下にだけ危ない橋を渡らせるなんて、ブラックギルドの風上にも置けないからなあ!」

「自覚あるんですね」


 気づけば、ギルドのいつメンがぞろぞろと集まってきていた。


「レオンが裏メニュー許されたってマジ?」

「おお、生牡蠣じゃん! 旬だねえ!」


 料理長が酒をドカドカ持ってくる。


「おメぇら、こいつは馬車馬レオンの裏メニュー解禁祝いだ! どんどん飲めヨ!」

「馬車馬に乾杯!」

「乾杯!」


 ついでに鳥刺し、生レバーも提供される。

 ガツガツ喰いながら「生最高!(笑)」と叫ぶ闇の宴会が始まっていた。


 ・


 ・


 ・


 翌朝。

 レオンは、すっきりした目覚めを迎えた。

 体は軽い。腹も痛くない。指先まで力が漲っている。

 牡蠣は『海のミルク』と呼ばれ、疲労回復効果が高いというが――


「牡蠣……俺にまだ働けというのか……」


 レオンは少しだけ、この狂ったギルドを好きになりかけていた。

 ちょっとイカれたところはあるけれど、そんなに悪い人たちではない。


 だが、ギルドの前に着くと、そんな気持ちも消え失せることになる。

 ドアには一枚の紙が貼られていた。


『しばらく休業です。※職員および所属冒険者大半がトイレから出られないため』


「……」


 脳裏に昨夜の光景が蘇る。

 血まみれのレバーを啜っていた戦士。

 鳥刺しを呑み込んでいた僧侶。

 レオンも堪能していたはずだが、どうやら難は逃れたらしい。


「九死に一生だな……」


 その時、ドアが勢いよく開き、ピンピンした顔のギルドマスターが現れた。


「おおレオン! お前は無事か!」

「え、マスター、なんで元気なんですか?」

「俺? 俺は事前にこれ飲んでたからね」


 マスターが懐から出したのは、『飲む前に飲め ブリケア』という有名企業が出している胃腸薬だった。


「効くんだぁコレがあ!」

「え、自分だけ……? 他の人には?」

「これも一つの試練であり、どうか乗り越えて欲しいと思ってるんだ! 腹を壊してのたうち回る部下を見る俺の身にもなってくれ、胸が張り裂けそうで……俺も苦しいんだ!」


 と言って滂沱の涙を流した。


「(どの口が言ってんだ……)」


 マスターは涙を拭い、それに――と続けた。


「社会人は自己管理ができて一人前だぞぉ! ぶはは!」


 部下を沈めた男の高笑いを見て、レオンの中で、|それまでの熱量や感情が一瞬で急激に冷める《(   スン……   )》音がした。


「辞めます」

「ん? なんだと?」

「別のギルドへ移ります。さよなら」


 レオンは、そっとギルドに背を向けた。


「な、なぜだレオン! 俺達、家族だろぉ!」


「家族(笑)」


 レオンは鼻で笑い、一度も振り返らずに歩き出した。

 背後から「もっとすごい裏メニューがあるんだぞぉ! "クマの胆汁"とかよぉ!」という絶叫が聞こえてきたが、それも無視した。



 レオン、悟りの一句――


 腹壊し


 見せし本性


 人、こわし



 少し世間の厳しさを知ったレオンは、次の町へ向かった。

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